転生王女は異世界を満喫中(2)
ミルザは強い。
副団長という立場も団長のルキウスの方が指揮力に優れていたからという理由らしい。
純粋な魔法の強さで見れば王国一は間違いなくミルザ、と言うのが民衆の意見だ。
そのミルザをして二度と敵対したくないと言わしめるほどの魔獣。
「そのウサギはどんな生き物なの?」
「...大きさは普通のウサギより一回り大きい程度ですが、特徴的なのはその体毛。薄く紫がかった毛に耳の先には一対の巨大な綿毛のような器官が着いていました。とても森で保護色になるような色ではありませんでしたが、あの聖獣の強さなら、そもそも隠れる必要もないということでしょう。」
「想像すればするほど不思議な見た目だなぁ...」
「我々もその見た目にほんの一瞬気が揺らぎました。しかしその直後、彼のウサギが放った魔力で魔力耐性の低い部隊の3割の兵士が意識を失いました。」
「魔力だけで気絶!?そんなことが出来るの!?」
「あくまで机上論ですが可能ではあります。砂糖や塩といった物が便利な反面過剰に摂取すると害となるように、魔力の元となる魔素も人体に有害になることは以前も教えましたね?」
「うん...だから魔法の稽古の一番最初は一定以上の魔力耐性をつけることからって。」
「魔力耐性を身に付けることで、その許容量は上がっていきます。それが魔法師団ともなれば、スキルレベルも最低2、3が基本で、数十名はレベル4を持っています。」
ちなみに【天啓眼】で見た彼女の【魔力耐性】はレベル5。
本人はそれをひけらかしたりしないが、精鋭の中でも一段違う次元に立っている。
「そして魔力は特定のスキルがない限り一定以上保有することが出来ません。保有量を超えた魔力は体外に無意識下で排出される。」
「えっとつまり...?どういうこと?」
「そうですね...」
彼女は辺りを見渡すと、近くに生えていた葉っぱで器を編み始めた。
その葉っぱに魔法で生成した水を注いでいく。
「器が魔力耐性、水が魔素です。注いだ魔素はある一定量までは器に留まり、その留まった量が魔法として本人が扱える量です。」
やがて水は器から溢れ、縁からこぼれていく。
「それを超える量は呼吸とともに自然と体の外に流れていきます。そして...」
彼女は途端に水の量を増す。
大量の水が一気に流れたことによって生じた水圧で草で編まれた器は一瞬で潰れてしまった。
「...ウサギがやったのがこれです。本人の限界量を超える魔力を超短時間で浴びせることで、器である肉体ごと許容を一気に超えさせた。理論上は可能な戦術ですが、そんな量の魔力を一度に広範囲に放出なんて、現実的ではありません。」
「それで耐性が低かった人は器の限界を超えて気を失っちゃったってこと?」
「そうです。私や団長を含む残りの人間は耐性が高いか、あるいは何かしらの魔法を発動していて魔力の逃げ道があったか…いずれにせよ、同じように水で例えるなら文字通りバケツをひっくり返したような魔力を浴びせてきたわけです。」
「そんな攻撃が出来るほど強力だから、ミルザはもうその聖獣と戦いたくないってこと?」
「…ただ強いだけであれば、討死してでも一矢報いる覚悟はありました。ただ、あの聖獣はそれだけではない不気味さがあります。」
「自分を殺しにきた部隊を一人も殺さないって気味の悪さ?」
「そうではなく…何と言えばいいのでしょうか…妙に人間味を感じるというか…あの魔力放出も攻撃だったのか怪しいのです。私にはどうにも…何というか…」
「言葉選ばなくたって大丈夫だってば!今は私しか聞いてないんだし!」
「ですが、その…かなり変なことを言いますよ?」
「私より変なこと言うの?」
「それはありえませんが。」
「忖度してよそこは!」
彼女はこうして私にも時折遠慮なくものを言ってくれる。
王女である私には基本的にこの国の人たちは頭を下げ、敬うように、そして機嫌を伺うように話しかけてくる。
身分の都合上仕方のないことだと思いながら、元一般人の私からしてみれば少しそれが面倒だったりもする。
そんな中で、ミルザは年も近いこともあって遠慮なくものを言える少ない相手でもあった。
…年が近いと言ってももちろん前世との合計値だが。
というかまだ二十代中盤で一国の師団の副団長とか、改めてすごいな…
「では、私の主観であの聖獣を見た感想ですが…魔力放出も含めて、あの魔獣は最初から我々と話し合いをしたかったのではないかと思います。その土俵に持っていくためにわざと自らの力を必要以上に派手に行使したように見えたのです。」
「うちの部隊を大人しくするために、わざと派手に魔力を放ったってこと?」
「考えてみてください。戦いの果ての話し合いであれば、その広範囲に放てるだけの魔力で全員に壊滅的な被害を出すこともできたはずです。なのにそれをしなかった…」
「………ミルザ!」
私は彼女の頬に手を当て、揉み解す。
「聞いたのは私だったけど、怖い顔してた!」
「…申し訳ありません、お見苦しい姿を…」
「…そんなに怖かった?」
「いえ、ウサギ自体が怖いわけでは…ただ…」
頬に当てた手に彼女がそっと手を添える。
「もし…もしあのウサギが攻めてきたとしたら…私は…あなた様を守れるかどうか…」
「ミルザ……」
その表情に魔獣への恐怖など全く感じない。
あるのはただ、心の底から私のことを案じている気持ちだけ。
「…ねえミルザ!久しぶりに組手しようよ!」
「組手、ですか…?」
彼女の授業は実践経験に基づいた内容がほとんどだった。
その中でも時折行っていた魔法組手。
実戦に近い形で魔法を扱い、相手に当てるか膝をついた方が負けというシンプルなルール。
シンプルだが、防御も攻撃も回避も全てを同時並行で行うのでかなり難易度は高い。
おまけに私の相手は魔法師団副団長。今まで一本も取れたことはなかった。
「私ももう七歳だもん!守られるだけじゃないんだから!」
「…ルカ様は確かに飲み込みも魔法スキルの上達も早いです。私が幼かった時よりも遥かに…」
「でしょ!なんてったってロム家の王女だもの!」
「ですが、七歳は本来、守られるべき年です。今はまだ強さを急ぐ必要は…」
「ダメ!私が強ければ、ミルザはそんな顔しなくて済むでしょう?」
「ルカ様...」
「だから...」
私は彼女から距離を取り、方陣を展開させる。
魔法を扱うのに本来は必要のないこの方陣を組む手順。
私は王族。その血統もあって扱える魔力の総量は多いらしいが、まだコントロールできる魔力量に限界がある。
魔力を帯びた方陣、つまり魔方陣の展開は発動中扱える魔力量を飛躍的に増加させてくれる。
私はそれを、五つの多重で展開させた。
「...!?ルカ様、いつのまにそこまで...」
「だって私の先生は王国最強で、私の安心させたい人も王国最強なんだもん!これくらい出来なくちゃ!」
正直かなりきつかったが、一度展開した魔法陣は少量の魔力で安定し、周囲の魔素を吸収して展開され続ける。
「ロム王国王位継承権一位、ルカ・ロム...本気で行くよ...!!」
「...」
彼女も構えた。
だが、魔法陣は展開させない。
指の先にわずかに魔力をまとわせたのみ。
それでもその目は私をしっかりととらえている。
「王女付きメイド長、ミルザ・ラビオネア。お相手します。」
その発言が開始の合図。
展開した魔法陣に魔力を流しスキルを発動する。
「【火炎球】【水冷晶】【疾風斬】」
3連の別属性魔法同時展開。
それぞれ別の魔力を操作する必要があるが、ゲームと同じだ。
エイムを合わせながら銃を撃ちつつ、体力も気にする。要は複数同時処理。
そしてただぶつけるだけじゃ正面に対処されて終わる。
だから!
「...+《プラス》【宝玉の転移門】!!」
私の周りとミルザの周囲を複数の【宝玉の転移門】で繋ぐ。
このスキルが移動させるのは私だけじゃない。
私の魔力を乗せれば、私じゃないものだって転送可能!
つまり、私の魔法を四方八方から撃ち込むこともできる!!
「【魔法大宴会】!!!」
無数の魔法が門を通りミルザに撃ち込まれる。
…正直これで突破できるような相手だったら私も苦労しないんだけど。
ミルザは変わらず、魔法を放たなかった。
指先にまとった魔力で私の魔法を受け流し、弾き、物によっては掴んで別の魔法にぶつけて相殺していた。
でもここまでは想定内!
【魔法大宴会】に対処している間はミルザも動けないよね?
だからこの間に隙の大きい技の用意をする!
展開した魔法陣を全て集約し【宝玉の転移門】に繋ぐ。
数打ち込んでも対処されるなら、対処できない距離から対処できない威力で撃ち込む!!
「必殺ッ!!ロイヤル―――」
「さすがにそれは通りません。」
「ッ!?」
ミルザが目の前に...!?
いつの間に移動して...
そうか...!私の転移門!!
雑多に放った魔法は『私の魔法』その魔力を指先から全身に流し込んだんだ。
私の魔力が通っていれば転移門は通過できる、逆手に取られた。
腕を掴まれ持ち上げられる。体勢と魔力制御が崩れたことで転移門も魔法陣も、他の魔法も離散していく。
「魔力制御の総量がまた上がられましたね。喜ばしいことです。」
「...悪いとこは。」
「雑多に撃ち込み過ぎ、【宝玉の転移門】を使い過ぎ、魔力感知が甘い、完全では無い隙で大技を使わない、相変わらず近接に弱い...」
「もういいもういい!分かったって!!」
「では、夕食の後に。」
「持ち越さない!もう終わり!」
腕を離されて、地面に足を着けて服の埃をはたき落とす。
「…本当に成長されましたね。陛下もさぞお喜びでしょう。」
「どうだろ。お父様厳しいからな〜。」
「それはあなた様の身を案じるが故ですよ。」
「その通りだ。」
背後から聞こえてくる私のものでもミルザでもない低い声。
複数人の従者を連れてお父様、この国の現国王がやってきた。
視界に入るなり、ミルザは頭を下げる。
「陛下。」
「よい、ミルザ。先の手合わせ、素晴らしいものであった。」
「はっ。王女殿下も魔力の操作、総量共に素晴らしい成長でございます。」
「うむ。其方の教えあってこそであろう。引き続き頼むぞ。」
「かしこまりました。」
各国から賢王との評判を受けるその王は不要な言葉をあまり話さなかった。
カディア・ロム。私の父親である。
「お父様!ごきげんよう!」
「全く…ルカ、お主はちとお転婆が過ぎるぞ?先ほどの技、ミルザが止めておらねば城壁ごと吹き飛ばす気であったであろう?」
「そ、そんなこと……」
あったけど、まあ、未遂だし…
ふと見ると、お父様の片目が黄金色に輝いている。
これは【天啓眼】を使っている時特有の身体的変化だ。
私と同じく、お父様も王族。【天啓眼】を持っている。
「…どう?私のスキル、強くなったでしょう?」
「…ああ。立派になったものだ。」
「えへへ。」
「…まだ【強欲な殺戮】に関しては何も見えぬか?」
「…うん。」
「そうか…これほどまでに成長したお前でも見えぬか…」
お父様の大きな手が私の頭にそっと乗せられる。
「お主は、スキルの神に愛された子。この国の未来だ。」
お父様はいつもそう言っていた。
私のことを神に愛された子だと。
私はただ、転生者ってだけだ。それでも、この人たちやこの体にとってはそうなのだろう。
であれば、私は神の子であり続ける義務がある。
この人たちのためにも、私のためにも。
「…お父様。でしたら、この国の未来のために聞いておきたいことがあります。」
「なんでも聞こう。」
「………マルル大森林の聖獣、マルルウサギとどんなことを話したのですか?」
「………」
お父様の表情が曇る。わかりやすい動揺だった。
「……ミルザ。」
「ミルザは悪くないわ。森の事を教えてもいいっていうお父様の発言に従っただけ。そのことを聞いた上で、私が私の為に、この国のために聞いておきたいと思ったから聞いたの。」
「……」
お父様は沈黙した。
言葉を選んでいるのか、それとも伝えられない何かがあるのか。
長い沈黙の後、重い口を開いた。
「……ルカ、そしてミルザ。今晩、私の部屋に来なさい。お前たちには話しておこう。あの日、私が森であの獣と何を話したのかを。」




