4-2 ウサギの覚悟
「我が主、キャッスルタートルより貴方様をお迎えにあがりました。」
カメは深々と頭を下げて告げる。
「...今日は、カメの姿なのか...」
ファントムタイガーは困惑していた。
「あれ、聖獣同士で関わりはあったんでしょ?」
「いや、タートルの使者殿は毎回姿が違うのです。」
「ある時は鳥、ある時はヘビ...虫の姿で現れたこともありました。」
「...私の姿は主より与えられたスキルによる物です。私は生き物ではありませんので、生き物の姿を借りて皆様とお会いしているのです。」
耳を澄ますと、確かに鼓動も呼吸音も聞こえない。
今こうしてコミュニケーションが取れているのも、私のスキルではなくこのカメの方から情報を送られている感じだ。
「獣の王と成りし御方よ。どうか、我が主の招待を受けては頂けないでしょうか?」
「うん、いいよ。最初からそのつもりだったし、そっちから招いてくれるって言うなら話は早い。」
「ありがとうございます。それでは...」
そう言うとカメはぐっと首を上に突き上げた。
その動作の後、彼の背後の地面が盛り上がり、小さな洞穴のようなものが突如として現れた。
「こちらの先は主の元へと繋がっております。従者の方もご一緒で構いませんのでお通り下さい。」
魔力も見えない。
明らかに洞穴の先の空間が歪んで見えている。
これもスキルなのか?
ネコ型ロボットの出す道具みたいなことも出来るのかよ...
と思ったら、ファントムタイガー二匹は躊躇なくその洞穴に入ろうとしている。
「ち、ちょっと!?大丈夫なの!?それくぐって平気なヤツなの!?」
「...?キャッスルタートルの元へ赴く際はいつもこれでしたので。」
「今回は状況が緊急ではあったので走って向かってはいましたが...」
なんてことだ。
この場では私の感覚のほうがマイノリティなのか...
「…一つだけ聞かせて。この先でキャッスルタートルが待ってると思うけど、私が殺されないという保証を提示してほしいの。」
ガワはウサギ、感覚もウサギ。
だが中身は人間。
たとえファントムタイガーたちが殺したりしないと言っていても、私にとってはリスクは避けるに越したことはなかった。
「…主はこの森の生物の命を奪ったことは一度たりともありません。」
「最強の聖獣って聞いたけど?強いんでしょ?」
「確かに主は私の知る限り戦闘での敗北はありません。ですが、それらのほとんどはニンゲンとの戦での話でございます。」
最後の一言で一気に微妙になってしまった。
つまり、タートルは人間のことを良く思っていない可能性がある。
私の中身を明かすのが難しくなってしまった。
「ご心配であれば、お話の間このゲートを開き続けましょう。」
「…分かった。疑ってごめん。私、見ての通りあなたたちみたいな特別な生き物じゃなくってさ。ウサギなりに警戒してたの。」
ここまでしてもらっておきながら話し合いにすら応じないのは逆に怪しまれるだろう。
食い下がるべきタイミングを見誤らないようにしないと。
私は二匹のファントムタイガーに続いて洞穴を潜る。
ほんの一瞬、音も光も何もかもを感じなくなる感覚が体を覆うが、瞬きの間に水のせせらぎの音が聞こえてきた。
眼前に広がるのは巨大な湖。透き通った水面がどこまでも続いている。
その中央には巨大な浮島が見えた。
…分かる。
私の中のトラのスキル【獣の支配者】がざわめいているのを感じる。
もうここは、キャッスルタートルの縄張りの中だ。
「タートル様。お連れいたしました。」
静寂が湖畔を包む。
そして、程なくして地面が揺らぐ。
水面が波打ち、中央の浮島が揺れる。
島の下から新たな島が姿を現したのかと見間違えたが、それは動物の身体的特徴。
巨大なカメの頭部が姿を現した。
「ご足労いただき感謝します、新たな【獣の支配者】に選ばれし者よ。」
穏やかな口調と声色。
聞いているだけで心が安らぐような声だが、私は逆に恐ろしくてたまらなかった。
これほどまでに強大な存在と対面しているのに、殺気がまるで、欠片も感じられないのだ。
この森で過ごした数日、殺気を感じないことなんてなかった。
それは肉食の獣に見られている時や、虫や爬虫類を襲っている時に感じる命の危険など。
些細なものでも、この森には常に殺気があったのだ。
それなのに今この瞬間、この空間には一切の殺気が存在しなかった。
奇妙なほどに安心できてしまう空間だった。
その安心が何より恐ろしかった。
「…警戒されているようですね。」
「…!?」
勘づかれた…?
まだ私は何も行動も発言も起こしていないのにどうして…
「あなたのこの森で過ごした感覚が故に、余計に警戒させてしまうのでしょうね。では…」
その発言の後、周囲にほんの少しの殺気が満ちる。
警戒が解けないギリギリのその殺気は私にとっては日常に近いものだった。
「殺気のコントロールなんて出来るんだ…出来るんですね。」
「敬語は必要ありません。あなたの一番話しやすい話し方で結構です。」
「じゃあ、お言葉に甘えて…でも大丈夫?ちょっと事情があって、もしかしたら私の言葉ちょっと理解しにくいかもだけど。」
「問題ありません。おおよそ見当はついています。半年前の一件とあなたは関係があるのでしょう?」
全身に悪寒が走る。
「………どういう理屈か知らないけど、それを知ってるんだったら、あんたとの話も少し条件が変わってくる…」
「…分かりました。席を外していただけますか?申し訳ありませんがそこの従者の方も。」
「かしこまりました。」
「ウサギ殿!?」
「よろしいのですか!?」
「大丈夫。多分だけど。」
というか、大丈夫じゃなかったときは、どうあがいたって助からないだろう。
それにこの二匹は私が一人になるのを怖がっていることを知っている。
だが、たとえこの二匹でも私が転生者であることを聞かれれるのはリスクだ。
トラの一族だから信用はしているけど信頼は出来なかった。
「分かりました…」
「では…」
キャッスルタートルの使いと共にゲートの向こうへと二匹は消えていった。
「……さて、どこまで知ってるのかな?」
「そうですね…まずは警戒を解いていただかないとですから…私は転生者ではない、とだけ始めに伝えさせていただきます。」
「…どうして転生者のことを知ってるの…というか、どうして転生者じゃないと分かったら私が安心すると思ったの?」
「そうですね…あなたにならば砕けた説明でも理解できるかもしれません。私は理を観測する魔獣なのです。」
「理を…観測する魔獣?」
「平たく言ってしまえば、この世界とは別の世界があることを知っている魔獣、ということです。」
「…それって……」
「いいえ。ここと異なる姿のあなたのことまでは分かりません。ただ私が知っているのは別の世界があるということまで。そして、この世界の管理者にあなたたちの魂が入れ込まれたということまで。」
「そこまで知ってれば十分すぎるでしょ…でもまだ納得はいってない。それがどうして私が転生者を警戒していることにつながるの?実際それは事実だけど、あなたの知っていることからは推測が難しいでしょ…!」
「根拠はありませんが…長年この世界を観測し続けてきた勘、とでも言いましょうか。」
声の抑揚は変わらず落ち着いている。
私を騙そうとかそういうのは全く無さそうだった。
「ですので教えてください。なぜ、転生者を避けるのですか?」
「…それを私があなたに教えるメリットは?」
「半年前にこの世界で起こったこと、そして私が知る限りのこの世界の事を教えましょう。かつての聖獣の一角、あなたが言うところのトラがそうしたように…」
「全部知ってるんだね。」
「この森で起きたことであれば。ですが、二週間前にあなたの身近で起きた大きな歪みは捕らえることが出来ませんでした。あれは私の力の及ばないモノです。」
たぶん、ディレクターの事だろう。私にチュートリアルと称してスキルのことを教えに来たときだと思う。
リスクは、正直まだ拭いきれてはいない。
それでもそれ以上のリターンの方が大きい気がする。
「…あなたは相手の持っているスキルを見ることは出来る?」
「いいえ。実際に見て推測したり、魔法であればその根源を認識することは出来ますが、スキルそのものを認識することは出来ません。」
「そっか…じゃあ、今この湖に魚っている?出来れば残りの寿命が短い個体とかが良い。」
その方が罪悪感が少ない。
私が今からやるのは食事のための殺しじゃ無いから。
タートルは黙ったまま私を数秒見つめると、頭を水面につけた。
何をしたのかは分からないけど多分魔法だ。
水中に魔力の気配を感じる。
【魔力操作】のスキルのお陰でうっすらとだが魔力を視認することが出来るようになっていた。
やがて私の目の前へふらふらと小さな魚が泳いできた。
私は魚に爪を当て【獣の鉤爪】で魚を突き刺す。
【意思介入を含む絶命を確認 強欲な殺戮発動 スキルを移行】
【移行対象 マルルバス】
【獲得スキル 遊泳】
【獲得スキル 水中呼吸】
目当てのスキルを獲得した私は水中へ飛び込む。
スキルのレベルが低く、苦しくはあるが水中で呼吸が出来るようになっていた。
合わせて【遊泳】のスキルを手に入れたことでこの体でも水中に留まることが出来る。
「…転生者はこんな風に殺した相手からスキルを奪うことが出来るスキルを持ってる。加えて転生時点でそれぞれ別のユニークジャンルスキルを持っているみたい。」
「…なるほど。つまり強力なスキルを持っている転生者は、より強力なスキルを持っている転生者に狙われると。」
話しながら驚いた。
【動物言語理解】このスキル、水中にいても自分の言葉を届けられて、相手の言葉が聞こえるのか…!
そして相変わらずの理解の早さだ。魔獣は皆頭が良いのか?
「あなたが必要以上に自分の身の上を隠すのもそれが原因ですね?」
「そう。だから出来ればこのことはあまり広げたくは無い。」
「事情は分かりました。ですが、聖獣の間で共有しておく必要はあると考えます。」
「…他の聖獣がどんなのか分からないから、それに関してはなんとも言えないよ。ただ、広げたくないって言った手前だけど、必要があるなら、今みたいに明かしても構わないよ。」
「それは、何故ですか?」
「きっとトラなら…そうしたから。」
彼なら、自分の損得よりも他の生き物の安全を優先しただろう。
私はまだそこまで全振り出来るわけじゃ無いけど、彼から貰った気持ちに少しでも応えられるなら。
「…ではこうしましょう。この森を守護する聖獣の間でのみ、あなたのスキルの事を共有します。そしてあなたには…」
ゆったりと紡がれる彼女の次の言葉を、私は想像さえもしていなかった。
「聖獣の試練を受けていただきます。」




