4-1 ウサギの覚悟
森林の中を一匹のウサギが駆ける。
ウサギの生物としての限界を超えた速度で走る。
「う、ウサギ殿ーっ!!!」
「お待ちくださいっ!!!」
呼び止められたので【健脚】のスキルを止め、速度を緩める。
トラから貰った【健脚】にバッタの様な虫から得た【跳躍】を使うことで、ファントムタイガーでも追いつけないほどの速度で走ることができていた。
「ハァ…ハァ…な、何という速度……!」
「我々が全く追いつけぬとは…!」
「あはは、ごめん。てっきりこれくらいの速度なら平気かと…もうちょっと速度落とすね。」
「…まさか、ウサギに気を使われる日が来るとは…」
「おい、不敬だぞ…!この方は【獣の支配者】を長から引き継いだ方…つまりは我々ファントムタイガーの残党が忠義を尽くすべき相手であって…」
「ちょ、やめてよ…忠義とか柄じゃないし…」
トラのスキルの半分は【獣の支配者】に統合された。
ステータス開示によれば、統合されたスキルは全てが【獣の支配者】の派生という扱いになったみたいで、レベルの概念がなくなり最大火力で扱えるようになった。
…と言っても、私はウサギ。爪や牙はあるにはあるがファントムタイガーのような捕食者の身体的特徴じゃない。
手に入れたスキルもこの体でうまく扱えるようにならないと。
体と言えばもう一つ。
魔力を貯蔵できなかった私の体に【魔力操作】のスキルが加わったことにより、私も魔法や魔力が見えるようになった。
だが、相変わらず体内に魔力の貯蔵は出来ないらしく、ファントムタイガーのスキル【ファントムフレイム】を使って大気中の魔素を直接魔力に変換することでしか魔法は使えない。
それに、彼らにとってこの大気を漂う鬼火のような炎の扱いは魔力を扱える証拠であり、一人前の証らしいが、私の鬼火は、鬼火というより…藤紫色のケサランパサランだった。
そんなとこまでファンシーに寄せなくてもいいんだよ…
常に出してないと魔力が扱えないから両耳に引っ付ける形で出してるけど、原宿度合いが更に増したよ…
見てよ、ファントムタイガーたちの微妙な表情!
そうだよね!?
私からしたら【治癒】のスキルを使って体を回復させてる真面目な場面なのに、彼らから見たら、ふわふわと戯れる小動物だもんね!?
そりゃそんな顔になるよ。
どういう顔だよそれ。気まずいから目線は逸らしたいけど面白いから見てはいたいって顔してんな!?
忠義はどうした忠義は!!
「…ぷっ。」
「こら…耐えろって…!」
「スキルのおかげでくっきり聞こえとるわい!!」
この二匹は元々トラの息子の護衛だったらしい。
目が覚めたとき、仕える相手がいなくなったことに混乱しつつも、私の話を最後まで聞き、私に着いて来てくれることになった。
トラと息子の二匹はあの場所に一緒に埋葬した。
【営巣】のスキルを使って周りを固めたから、ほかの獣に掘り起こされることもないだろう。
いま私たちは聖獣キャッスルタートルの元へ向かっている途中だ。
道中ファントムタイガー固有のスキルの扱いについて教わりながら森を駆けること2日。
ようやく今日中にはキャッスルタートルの縄張りに入れるとのこと。
改めてどれだけ広いんだこの森。
「ねえ、そういえば私キャッスルタートル以外の聖獣のこと全く知らないんだけど。ファントムタイガーとキャッスルタートルと、あとはどんな聖獣がいるの?」
「...もはや群れとしての個体が我ら二匹しか残っていないファントムタイガーが聖獣と呼べるかは疑問ではありますが...」
「聖獣は我らを含めて四種。その中でも群れとして聖獣であったのは我らファントムタイガーのみ。他の三体は全て個として聖獣を冠する魔獣です。」
「一体は、我らがこれから訪ねる、森の中央を守護するキャッスルタートル。そして東を守護するインフェルノドラゴン。南を守護するキュアラルフェニックス。我らが守護していたのは森の西側でした。」
「北の守護は居ないの?」
「北はニンゲンや魔獣が少なく比較的安定しているのと、正直なところ森の守護はキャッスルタートルだけで事足りてしまうので...我らを含む他の聖獣は、状況の変化に即応するためにいるに過ぎませんから。」
「長のみで問題を片付けることも多々ありました。西側のロム王国は東の帝国と比べて平和主義なので、ニンゲンに対しても大きな問題が発生することは極稀でした。」
「...例えばだけどさ、聖獣同士で立場を奪い合ってる、とかは無いの?」
すくみが出来上がっている力関係には良くありがちなことだが、だとすればファントムタイガーが群れとして壊滅したことが他の聖獣に利用されたりは無いのだろうか。
「無いでしょうな。」
「ええ、考えられません。」
「...断言するんだね。どうして?動物なら縄張りを広げたいって思うものじゃないの?」
「...ウサギ殿。通常我らのような生き物が縄張りを広げるのは、今生きている場所で生きるのが難しくなったときだけです。」
「広すぎる縄張りは結局目がまわらず、結果として自分を生きづらくさせます。無尽蔵に縄張りを増やしたいなどと考えるのは、ニンゲンのみ...」
…確かにそうだよね。
前の世界も、野生の生き物は際限なく縄張りを増やしたりはしてなかった。
支配域が増えればそれだけで消耗を招きかねない。
持てもしないのに欲しがる強欲な生き物は、こっちでも人間だけだった。
「それじゃあ、当面は西のことは大丈夫ってことかな?」
「はい。少なくとも、ウサギ殿が現時点で気にする必要はないかと。」
「オッケー。そしたら、ちょっと話し合いの時間だね。」
「話し合い...?」
これも【獣の支配者】の副次効果だろうか。
何となく感じるこの感覚。
魔法が扱えるようになったが、魔力は蓄積できない。
言わば魔獣と獣の中間となった私。
もはや元のネザーランドウサギとは別の種族と言っても良いだろう。
種としての能力が上がったことによって、元々の固有器官も強化されていた。
「数分前くらいから、ずっと私たちの近くにいたよね?姿は見えないけど地面の下かな?音がずっと聞こえてた。」
鬼火...鬼火パサランを耳に着けると、ファンシーな見た目とは裏腹に実に機能的になる。
音の波長が魔力や魔素に反応して普段より小さな音も拾えるのだ。
ファントムタイガー達が私の見つめる先を見て警戒する。
数秒後、地面が盛り上がり中から姿を現したのは。
「...初めまして、小さな支配者様。」
クサガメだった。




