第六話 初めての展覧会
「アルディス様、お時間でございます」
クラウスの声に、俺は鏡の前で襟元を整えた。
今日はセシリアとの約束の日。
初めて二人で出掛ける日でもある。
「変じゃないか?」
「いつもより落ち着きがございませんね」
「そりゃ緊張くらいするだろ」
「そのようなお姿は初めて拝見いたします」
「忘れてくれ」
「馬車の準備が整っております」
クラウスは小さく笑い、一礼した。
セシリアの屋敷へ迎えに行くと、玄関から彼女が姿を現した。相変わらず可愛いな。
淡い青色のドレスに身を包み、陽の光を受けた金色の髪が優しく揺れる。
「お待たせしました、アルディス様」
「……」
「アルディス様?」
「ああ、すまない」
いかん、見惚れていたようだ。
慌てて視線を逸らした。
「その……似合ってる」
「!」
「///……ありがとうございます」
嬉しそうにはにかむ姿に、思わず笑みを浮かべた。
展覧会の会場は多くの人で賑わっていた。
大きな絵画や繊細な彫刻、見たこともない工芸品まで並んでいる。
「すごい人だな」
「毎年人気の展覧会なんです」
セシリアは楽しそうに歩きながら、一枚の風景画の前で立ち止まった。
「こちらの景色、とても綺麗ですね」
「本当だ」
ゲームでは背景としてしか見ていなかったが、こんな細かい設定まであったんだな。
つい自然と見入ってしまう。
この世界、本当にゲームそのままじゃないな。街も、人も、イベントも……。これから先も変わっていくんだろうか。
「アルディス様」
「ん?」
「このような絵がお好きなのですか?」
「え?」
我に返って目の前を見る。
そこには、美しい女性を描いた裸婦画が飾られていた。
題名 『煩悩』
「…………」
しまったぁぁぁ!!
考え事をしていて、よりにもよってここで立ち止まっていたらしい。
「い、いや!違うんだ、これはその……」
何か話題を変えなければ。
咄嗟に隣の展示物を指差した。
「お、俺はコレが方が気になってたんだ!」
「えっと…こちらですか?」
隣にあった展示物を指さしてみる。
そこには、どう見てもガラクタのようなものが抽象的に組み合わせてあるだけの不思議なオブジェ?
題名は…
《作者の内なる葛藤》
「……」
「……」
工芸品を見る。
セシリアの顔を見る。
もう一度二人で見る。
「……芸術は難しいな」
「難しいですね」
思ったことは一緒らしい。互いに頷きあった。
「ふふっ……」
「ごめん。格好つけようとして失敗した」
「いいえ」
どうやら、何とかなったようだ。
「アルディス様にも分からないものがあると知って、少し安心しました」
「俺だって何でも知ってるわけじゃないよ」
「はい」
楽しそうで良かった。
会場を一通り見て回ったあと、二人は喫茶スペースで休憩することにし、運ばれてきた紅茶を一口飲む。
「美味しい」
「こちらのお店の焼き菓子も人気なんですよ」
「……これは美味しい」
「でしょう?」
自分のことのように嬉しそうなセシリアを見ていると、自然とこちらも笑顔になるな。
「アルディス様」
「ん?」
「最近、とてもよく笑われますね」
「そうか?」
「はい。今のアルディス様の方が、私は好きです」
「……え?」
「!」
言った本人も気付いたらしい。
慌てて両手を振っている。
「ち、違うんです!」
「もちろん以前のアルディス様も、その……」
「落ち着いて」
「はい……」
セシリア真っ赤だな。
「ふふっ」
「も、もう……」
頬を膨らませるセシリアも、どこか楽しそうだ。
帰りの馬車。
夕日に染まる王都を眺めながら、セシリアが静かに口を開く。
「今日は、本当に楽しかったです」
「俺も」
「また、ご一緒していただけますか?」
「もちろんだ」
その返事を聞いた瞬間、今日一番の笑顔だな。
この笑顔を守っていきたい。
馬車は夕暮れの王都をゆっくりと走り抜け、穏やかな一日が静かに幕を閉じた。




