第二話 婚約者は今日も健気でした
「では、セシリア様を応接室へご案内いたします」
クラウスが一礼し、部屋を出て行った。
落ち着け、俺。
ゲームじゃ何度も見たイベントだ。
今日、セシリアは展覧会のチケットを持ってくる。
そしてアルディスは――。
『そんな暇があるなら、一人で行け』
そう言ってチケットを破り捨てる。
そのあと泣きながら帰るセシリアを見ても、見向きもしない。
最低だな、いや本当に。
「今さらだけど、何でこんなやつに婚約者いるんだよ……」
「侯爵家だからではないでしょうか」
「うわっ!」
いつの間にか戻ってきたクラウスに驚いて肩を跳ねさせる。
「ノックしてください!」
「いたしました」
「え?」
「三回ほど」
「……すみません」
考え事に集中しすぎていたらしい。
クラウスは軽く咳払いをする。
「セシリア様がお待ちです」
「……行くか」
応接室の扉の前まで来ると、少しだけ緊張した。
ゲームの立ち絵では何度も見た。
でも実際に会うのは初めてだ。
クラウスが扉を開く。
「アルディス様がお見えになりました」
ソファから一人の少女が立ち上がる。
柔らかな金色の髪。
透き通るような青い瞳。
白を基調としたワンピース。
ゲームで見たまま……いや、それ以上だった。
「アルディス様!」
うわ、可愛い…花が咲いたような笑顔とはこの事か。
「お久しぶりです!」
「……ああ」
「お元気でしたか?」
「元気だった」
「良かったです」
本当に嬉しそうだ…
いや、この子、何でこんな笑顔なんだ?
ゲームのアルディス、毎回冷たくしてたよな?
それなのに、こんなに嬉しそうに。自分がやったわけじゃ無いけど、罪悪感を感じる。
「今日はアルディス様にお渡ししたいものがあって……。来月、王都で展覧会が開かれるんです」
「ああ」
「アルディス様がお好きだと伺って、一生懸命手に入れました」
セシリアがおずおずと封筒を差し出してきた。
来た……
運命のイベントだ。
ゲームならここで。
『興味ない』ビリッ。
で終了だったな。
「……」
俺は封筒を見た後、セシリアをみる。
セシリアは不安そうに俯いていた。
「ご、ご迷惑でしたら……」
「ありがとう」
「……え?」
「嬉しいよ」
セシリアが固まった。
「せっかく取ってくれたんだろ?」
「は、はい……」
「一緒に行こう」
数秒。
部屋の時間が止まった気がした。
「……えぇぇっ!? ほ、本当にですか!?」
「ああ」
「アルディス様が……私と……?」
「嫌だったか?」
「そ、そんなことありません!」
ぶんぶんと首を振る。
勢いが良すぎて髪がふわふわ揺れている。
「すごく……すごく嬉しいです!」
ゲームでも、こんなイベントだったら良かったのにな。
「私、ずっとご一緒できたらいいなって思っていて……」
言ったあとで恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして俯いている。
「す、すみません!」
「謝ることじゃない。俺も楽しみにしてる」
「アルディス様…」
あー、またそうやって嬉しそうに笑う。
ゲームのイベントだけじゃ見えない表情だな。
こんなに素直で、優しくて、一途な子だったなんて。
この子だけは、絶対に泣かせたくないな。
しばらく他愛もない話をしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
帰る時間になり、セシリアは名残惜しそうに立ち上がる。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
「展覧会、楽しみにしていますね」
「ああ」
扉の前まで見送ると、セシリアは一度振り返る。
「アルディス様」
「ん?」
「今日は……とても幸せでした」
そう言って、照れたように笑って帰っていった。
部屋に静けさが戻る。
「……」
「アルディス様…。セシリア様が、あれほど嬉しそうにお帰りになったのは初めて拝見いたしました」
「そうなのか」
「ええ」
俺は窓の外を見つめ、小さく笑う。
「少しくらい、変われるといいんだけどな」
その呟きを聞いたクラウスは、珍しく何も言わず、小さく目を細めるだけだった。




