第十四話 夜会の報告
夜会から戻った俺は、着替えもそこそこに執務室へ向かった。
既にクラウスが待機しており、俺の姿を見るなり静かに頭を下げる。
「お帰りなさいませ、アルディス様。」
「ああ。ただいま」
椅子へ腰を下ろすと、大きく息を吐く。
思っていた以上に疲れた。
慣れない社交の場に加え、攻略本――いや、俺の記憶には存在しない出来事ばかりだったのだから当然だ。
クラウスはそんな俺の様子を見て、すぐ本題へ入る。
「夜会はいかがでしたか」
「……色々あった」
苦笑しながら答える。
「まず結論から言うと、前の世界の知識には、こんな夜会は存在しなかった」
その一言で、クラウスの表情がわずかに引き締まる。
「存在しなかった、ですか」
「ああ。だから今日起きたことは、全部俺の知らない出来事だ」
俺は夜会で起きたことを順を追って説明した。
偽名を名乗って参加したこと。
ノワールと名乗る男に出会ったこと。
そして、妙な薬を渡されたこと。
クラウスは一言も挟まず、最後まで聞いていた。
話し終えると、小さく息を吐く。
「……なるほど」
「どう思う?」
「…そうですね、アルディス様の知る未来と異なる出来事が起きていることだけは確かなようですね」
「それが一番厄介なんだよ」
未来が分かるという唯一の優位性。
それが少しずつ崩れ始めている。
これは偶然なのか。
それとも——。
俺は考えを振り払うように首を横へ振った。
今は考えても答えは出ない。
「そうだ」
上着のポケットから一本の小瓶を取り出し、机へ置く。
透明な瓶の中には紫色の液体。
夜会で受け取った薬だ。
「これを調べてほしい」
クラウスは慎重に瓶を持ち上げ、光へかざした。
しばらく眺めていたが、瓶の表面を指でなぞると、
「……これは」
「何か分かるか?」
「中の液体成分は分かりません。が瓶にも特殊な魔法がかけられているようです」
「瓶に?」
「ええ。恐らく保存用でしょう。中身が劣化しないよう維持する魔法と思われます。他にも何かある様ですが、私では詳しく分かりません」
俺は思わず瓶を見直した。
薬だけではなく、容器にまで魔法を使うとは。
どうゆう代物なんだ。
「そういえば…」
夜会で聞いた話を思い出す。
「これ一本、金貨十枚だった」
その瞬間、クラウスの眉が僅かに動いた。
「……金貨十枚ですか」
「ああ」
「普通の薬と比べるとかなり高価ですね」
やっぱりか。
俺の感覚なら、気軽に買える値段じゃないな。
庶民なら一生縁がない価格だろう。
「保存魔法を施した容器を使うだけでも費用が掛かります。そこへ薬の製造費まで加えてもかなり高いですね。希少性をだしたり、資金集めなどの意味もあるかもしれませんね」
「私では中身の詳しい判断できませんので、信頼できる薬師へ鑑定を依頼いたします」
「頼む」
何の薬なのか。
それが分かれば、夜会の目的も少し見えてくるかもしれない。
薬の話が一段落したところで、俺はクラウスへ視線を向ける。
「そっちは?」
「夜会についてですね」
「ああ」
クラウスは手元の書類を一枚取り出した。
「短時間でしたので、参加者全員の身元を調査することはできませんでした」
俺は頷く。
まあ、当然だ。
あれだけの人数を一晩で調べろという方が無茶だ。
「ですが、目立っていた数名については調査しております」
「結果は?」
「現在判明している範囲では、特に不審な点はありません」
有力貴族。
商会関係者。
魔道具職人。
いずれも素性は明らかだった。
「ただ……」
クラウスが少しだけ言葉を選ぶ。
「社交界では、最近ある噂が流れております。」
「噂?」
「夜会などで、小さな言い争いが以前より増えているそうです」
「普段は温厚な貴族同士が些細なことで激昂した、といった話も耳にしております」
俺は腕を組んだ。
「争いを起こした人の共通点は?」
「そこまでは分かっておりません。更に調査を続けます」
「ああ、頼む」
執務室に静寂が落ちる。
俺は椅子へ深く腰掛け、天井を見上げた。
ゲームには存在しなかった夜会。
正体不明の高価な薬。
言い争い。
一つ一つなら偶然で済ませられる。
だが、これだけ重なると話は別だ。
夜会も、薬も、どちらも俺の知識にはない。
偶然が重なっているだけならいい。
だが、もし誰かが裏で糸を引いているのだとしたら――。
それはゲーム本来の敵とは別の存在なのかもしれない。
「薬の鑑定には数日ほどお時間をいただきます」
クラウスの声で思考が途切れる。
「ああ。結果が分かったらすぐ教えてくれ。」
「承知いたしました」
俺は席を立ち、執務室を後にした。
ゲームには存在しなかった夜会。
攻略知識にない出来事。
そして、まだ見えない敵。
俺が知る未来は、静かにその形を変え始めていた。




