第十二話 打ち明ける決意
夜会まで、あと一日。
紹介状は手元にある。
準備も終わった。
……なのに、何だか落ち着かない。
理由は分かっている。
クラウスだ。
この世界に来てから、一番世話になっている人。
俺が無茶を言っても文句一つ言わず、いつも支えてくれた。
夜会に踏み込めば、これまで以上に危険なことへ首を突っ込むことになる。
このまま隠し続けるのは、もう限界かもしれない。
「クラウス」
「はい」
「少し話がある」
書斎。
クラウスは静かに扉を閉めると、俺の前へ立った。
「珍しく真剣なお顔ですね」
「そんなに分かるか?」
「長い付き合いですので」
……そうだよな。
俺より、アルディスのことを知っている人だ。
「俺は……」
一度言葉を飲み込む。
さすがに緊張する。
「お前の知っているアルディスとは、少し違う」
クラウスは何も言わない。
ただ静かに続きを待っている。
「昔の記憶を思い出したんだ」
「昔、と言いますと?」
「…この世界じゃない。別の世界で生きていた記憶だ」
部屋が静まり返る。
少しの沈黙。
やっぱり信じてもらえないか。
そう思った、その時だった。
「……やはりそうですか」
思わず顔を上げる。
「驚かないのか?」
「正直に申し上げますと、前から、おかしいとは思っておりました」
「前から?」
「はい、正確には『改心する』とおっしゃられた日からです…。その日から使用人へ感謝を伝えるようになられました。婚約者様への態度も変わられました。以前なら絶対に読まれなかった本も読まれるようになりました。甘い物も好まれるようになりました」
……そんなに変わってたのか。
「極めつけは」
クラウスは小さく息を吐く。
「以前のアルディス様なら、私に『ありがとう』などと仰いません」
思わず苦笑する。
それは確かに言わなそうだ。
「では……」
「別人だと?」
「ええ」
はっきり言われた。
ちょっとショックだ。
「そんな話、普通は信じないだろ?」
「何故でしょう?」
「別の世界とかいっているんだぞ」
クラウスは首を横に振った。
「私は、ずっとアルディス様を見てまいりました」
「優しくなられました。笑うようにもなられました…。屋敷の者も、皆楽しそうです」
少し間を置いて、穏やかに笑う。
「私は、今のアルディス様にお仕え出来るとこを嬉しく思っております」
胸の奥が少し熱くなった。
救われた気がした。
「ありがとう」
「ですが」
クラウスが表情を引き締める。
「一つお聞きしても良いでしょうか」
「何だ?」
「その、未来をご存じなのですか?」
やっぱり、そこに気付くか。
「全部じゃない…でも、この国で起こる出来事を、少しだけ知っている」
「だから盗賊の件も、魔石の件も、調べさせていたのですね」
「そういうこと」
クラウスはゆっくり頷いた。
「納得いたしました」
しばらく静寂が流れる。
やがてクラウスが一歩前へ出た。
「それで」
「私に何を命じられますか?」
思わず笑ってしまった。
「命令じゃない」
「手伝ってほしい」
「これから先、一人じゃ無理そうだから」
クラウスは深く一礼した。
「喜んで」
「アルディス様のお力になります」
その返事だけで十分だった。
ずっと胸につかえていたものが、少し軽くなる。
「安心いたしました」
クラウスがふっと笑う。
「何が?」
「アルディス様が急に善人になられた理由が分かりました」
「急って言うな」
「以前は本当に酷かったですから」
「……否定できない」
正確には俺じゃないんだけど。
元アルディス…本当に何をやらかしてたんだ。
クラウスが珍しく声を出して笑っている。
その笑顔を見て、俺もつられて笑ってしまった。
これでようやく、本当の意味で一人じゃなくなった気がした。
「……そういえば、一つだけ」
「ん?」
「女性から蔑んだ目で見られると、少し嬉しそうになさるところは変わっておりませんね」
ビクッ。
「し、知ってたのか?」
「はい」
「使用人の間では有名でしたので」
終わった。
黒歴史が屋敷中に知れ渡ってる。
ビクッ!
「ち、違うから、今は違うから!あれは元の人格の性癖だから!」
クラウスは真顔のまま頷く。
「……さようでございますか」
…絶対信じてない。




