第十一話 穏やかな休日
夜会までは、あと二日。
今できることは特にない。
焦っても仕方ないし、考えすぎても答えは出ない。
今日は久しぶりにゆっくりするか。
そう思っていると、部屋の扉が叩かれた。
「アルディス様」
「どうした?」
「セシリア様がお見えです」
お、珍しい。
応接室へ向かうと、セシリアが嬉しそうに立ち上がった。
「アルディス様!」
「こんにちは」
「今日は、お時間はございますか?」
「あるけど?」
「王都に新しい喫茶店ができたそうなのです。それと……本屋さんにも行きたくて」
本屋。
その単語だけで少し心が躍る。
「いいよ。行こうか」
「はい!」
休日の王都は賑わっていた。
「今日は人が多いな」
「皆様、お休みですから」
並んで歩いていると、周囲から視線を感じる。
……まぁ、理由は分かってる。
「アルディス様……」
「見て、婚約者の方と一緒よ」
「本当に変わられたのかしら」
ひそひそ。
やっぱり評判は最悪だ。
「セシリア…。今まですまなかったな」
「いえ、最近はとても良くして頂いています」
「今日も一緒にお出かけ出来て、とても嬉しいです」
セシリアの顔がちょっと赤くなってて、可愛い。
喫茶店へ入る。
店員に案内され席へ着く。
「こちら、おすすめになります」
運ばれてきたのは、大分可愛らしい、いかにもなカップル向けの大きなパフェだった。ハートの装飾が際立ってる。
「……でかいな」
「あの…噂を聞いて、どうしても一緒に食べてみたくて」
…山みたいなパフェ。
「アルディス様!美味しそうですね!」
「セシリア…食べれる?」
「はい!大丈夫です!」
凄い笑顔だな。
俺、食べれるかな…
「美味しいですね」
「うん」
気付けばほとんどセシリアが食べていた。
しかし、セシリアが実は大食い系とは知らなかったな。
…セシリアが大食い系とは知らなかった。
喫茶店を出たあと、本屋へ入る。
本の匂いは、やっぱり落ち着く。
「あっ……」
こちらに気づいた店員が少し嬉しそうな顔になると、奥へ引っ込んだ。
…なんだ?
「アルディス様」
「新刊が入りました」
「……新刊?」
差し出された本を見る。
『冷たい視線の令嬢百選 第二巻』
…………。
何これ。
「以前の巻もお買い上げいただきましたので」
「……そうか」
思わず上向いて目頭を抑えた。
そうだった。
忘れていたよ…。アルディスの変態設定。
店員はさらに別の本を取り出す。
「こちらもごさいます」
『罵倒音声集・完全版』
「売るな、こんなの!」
「アルディス様限定版になります」
「限定版!?」
なんであるんだ!
横ではセシリアが首を傾げている。
「……?」
嫌な予感しかしない。
セシリアは興味津々で本を手に取った。
「あっ」
ぺらり。
開いた。
「アルディス様……」
笑顔だ。
でも何だろう。
少しだけ圧を感じる。
「このようなご趣味が?」
「違う!今は違うんだ!」
「今は?では以前はそうなんですね」
…アルディス〜!!
「こちらもございます」
店員がさらに差し出した。
『蔑まれたい紳士のための入門書』
「もう出よう!」
「あ、では私は本を買ってきますので先に出ていて下さい」
セシリアは手元に刺繍の本を持ちカウンターへ向かっていった。
俺は恥ずかしさに耐えきれず、本屋を出た。
後ろから店員の声が聞こえる。
「第三巻も入荷予定ですー!」
いらないから!
「……何してるの?」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、ギルが紙袋を抱えて立っていた。
「聞くな」
「本屋で何かあった?」
「何も無い」
「でもなんか店員叫んでたよ?」
聞かれている…なんてタイミングが悪いんだ。
「店員が、変な本を勧めてきたんだ」
「どんな?」
「『罵倒音声集・完全版』」
「ぷっ…。はははっ!」
とうとう笑い出した。
「そんな本、買ってたんだ」
「買ってない!」
「いやぁ、じいちゃんに教えたら喜びそう」
「絶対やめろ」
「どうしようかなぁ〜」
「言う気満々じゃないか」
「言わない代わりに、今度俺に付き合ってよ」
「うん?」
「行きたい店があるんだ。一人じゃ入りにくくてさ」
「……情報屋にも苦手な店ってあるんだな」
笑いが止まらないまま話すギルを見ていると、こっちまで笑えてくる。
セシリアを送り届けて、屋敷へ戻る馬車の中。
今日は平和だった。
……たぶん。
本屋はしばらく行けそうにない。
今度行ったら、第四巻くらいまで並んでそうだ。
そんなくだらないことを考えながら、俺は窓の外へ目を向けた。
穏やかな時間は、あと少し。
二日後には、ゲームには存在しなかった夜会が待っている。




