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【祝10000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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007 真夜中の女子会⑦:悪夢の生贄

 夢想家(ドン・キホーテ)って、どういう意味なのだろう。


 疑問が口をつく前に、エリーの視界は真っ暗になった。


 送迎の人たちが持つ松明が、一斉に消えたのだ。突風もなく、突然に。


「何……?」


 右を向いても、左を向いても真っ暗闇。いつの間にかケナガウマからも降りている。


 心細い足元から、影が伸びていた。


 灯り――振り向くと、毛皮の外套をまとった人が松明を掲げ、エリーに手を差し伸べていた。


 顔に影が落ちている。けれども、曲がった人差し指。


「……アルデンスさん?」


 人影は答えない。けれども、それでもエリーは構わなかった。


「アルデンスさん!」


 良かった。生きていたんだ。喜びが身体を前へ衝き動かす。


 差し伸べられた手を両手で握り、アルデンスの存在を確かめるように頬をこすりつけた。


「良かった……」


 きっと、今までのことは悪い夢だったのだ。


 記憶を失ったことも、吸血鬼に寄生されたことも。その後の惨劇も何もかも。


 何それ。現実味がないって。


 おかしくって、涙が出そう。


「本当に、本当に良かっ……」


 アルデンスに引き寄せられた。


 どすん、と腹に重い衝撃があった。


 何だ。呆然と腹を見ると、アルデンスの握る剣が、刃の半ばほどまで突き立てられている。


 柄を捻り、腹の中を巻き上げて、抜く。おびただしい血が地面を叩く。体内の温みが肌を流れる。


 エリーは突き飛ばされて、背中から倒れた。体内で逆流した血が喉から溢れる。


「ごっ、ぽ……?」


 起き上がろうとしても、力が抜ける。


 不思議と痛みはない。吐血に喉を塞がれても、それほど苦しくない。


 死への諦めに、全身が支配されたかのように脱力する。


【テメエはもう簡単に死ねねえ】


 耳元に、アルフレッドの男声が当たる。


 エリーは首を反らせて逃れ、声の元に向く。


 にやにやと腐れ落ちた顔。


 上半身だけになったナイフ使いが、這いつくばっていた。


「人誑し……悪女の、嗜みいぃぃぃ……」


 耳障りな声から逃れるように目を背ける。


 逃れた先――反対側には、胸に大穴を開けたフクロウの鳥人(ハーピィ)がいた。


 鳥人はエリーの腕に被さり、恨めしそうに二の腕をついばんでいる。


「ホウ、ホウ、人喰いマイク様――ドン・キホーテ様、こちらへ」


 戦慄が、エリーの金縛りの脱力を解いた。


 急いで起き上がろうとしても、二人の死者に肩を押さえられてしまう。


 必死に足掻いても跳ねのけられない膂力。死後硬直の拘束だった。


「股座……乾かねえ内に……」


「ホウ、馳走です。ホッホウ、召し上がってください」


 死者の勧めに応えるように、腹の奥から血がコポコポと湧いてくる。


 足掻きながら腹を見ると、止めどなく溢れる血の奥からケナガウマ――倒した祖霊の前脚が浮上していた。


 数本の脚が糸のように紡がれて、蹄は杯の形を成し、その上に産声を上げる袋を掲げている。


「ラムシング村は悪魔の住む村だ!」


 突如として狗人(クー・シー)たちの罵声が四方から響いた。


「身重の女を血の生け贄に捧げる輩だ!」


「人間の風上にも置けん!」


 文句を言う暇があったら助けてよ!


 エリーの懇願は、蹄の杯に落ちる影に塗り潰された。


 アルデンスが産声に手を伸ばす。


 血に浸った生の腸詰のようなそれを、アルデンスは曲がった指で摘まみ、滴る血の受け皿にするように口を開く。


「嫌……お願い……やめて……! それは、その子は……!」


 エリーは血を吐き散らし、懇願する。


 ――これであなたの悪徳は取り除かれる。


 アルデンスは口をそう動かしたように見えた。


 産声が放される。


 ちゅるん。ごくん。


 産声が泣き止む。


 シーツの包まりの中で、エリーは我に返った。


 まどろみもない目覚め。毛皮を重ね掛けたシーツの中は空気が籠って、エリーの目にした光景と地続きで暗い。


 寝間着の上から腹をまさぐる。汗だくだけれど、血はおろか傷一つ探り当てられなかった。


 また、悪夢だ。


 物思いに耽っている内に、いつの間にか眠っていたらしい。


 もぞもぞとシーツから頭を出す。客間の空気が冷たい。


 日の出前、東の空は白み、窓から仄かに差す薄明かりが、室内を薄く染めている。


 手で顔を拭い、見る。冷たい汗。今度は血の涙を流していないらしい。


 エリーは両目に腕を渡して、深く吸い、吐いた。


「もう、そろそろ良い夢見させてくれても良いじゃないの……」


 悪夢を振り切るように、勢いつけてエリーはベッドから降りた。


 油を塗った革張りの窓を開き、淀んだ空気を入れ換える。ベア院長は居眠りしたままだった。


 クローゼットを開き、着替えを選ぶ。憔悴が指に出たのか、なかなか服を掴めない。


 クローゼットの前で、エリーは自身の手首を掴む。震えている。


 目をつむって深呼吸し、荒れ模様の心を整理する。


(今見た夢は、私の記憶じゃない)


 エリーの体験であるはずがない。荒唐無稽にも限度がある。


 キャスパーの語るアルデンス――マイケル・スコットの人物像。


 一つ前に見た、母性が反転する悪夢。


 人助けが結果としてアルフレッドにつけ入る隙を与えた無力感。


 一晩で立て続けにショックを受けたせいで、悪夢を見たにすぎない。


 エリーは自分に言い聞かせる。


 アルデンスは命懸けでエリーを助けてくれる人で、いち早く内通者に気づく頼もしい人で、エリーに三つの好きを見つけるおまじないを授けてくれた人だ。


 大丈夫。あの人にはちゃんと、三つある。


 けれども、それが全てエリーの心細さが見せる幻想だとしたら。


 アルデンスは、ロバートを剣で脅した。


 彼は人喰いと呼ばれ、殺し屋や吸血鬼から狙われるほどの何かを背負い、家畜としてエリーを自領へ連れ帰ろうとしていたのだとしたら。


 おまじないも、エリーを大人しくさせるための方便だとしたら――。


(やめよう)


 拳を握って、エリーは無理やり震えを止めた。


 殺し屋の一味、ミケーレ・アンドリーニはエリーのことを標的と呼んでいた。


 追われていたのはエリーであって、アルデンスではない。


 アルデンスはあくまで、エリーの逃避行に付き添う立場だったはずだ。


 ――あるいは君が、マイクを邪道に走らせた原因かもしれない。


 キャスパーの暴露が重く圧し掛かる。


 本人に向かって告白したのは、彼が限界を迎えたせいだろうか。


 コシノフ邸に迎え入れ、姿を消してから一晩中ずっと思い詰めていたのかもしれない。


 だからと言って、アルデンスの理想像を守れば守るほど、エリー自身の善性が危うくなっていく。


(違う。アルデンスさんが悪人じゃないなら、私もきっと、守るだけの価値があったはずよ)


 前提を見失ってしまうのは、冷静でなくなっている証拠だ。


 ミキも言っていたじゃないの。『ひもじい、寒い、寂しい、なんてときには特に気をつけなきゃ』って。


 温かいご飯を食べよう。落ちこむにしても、それからだ。

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