表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/140

005 真夜中の女子会 5/7:善意と駆け引き

 三階が遠い。重い足を引きずって、エリーは客間に戻り、椅子で居眠りするベア院長の前を素通りし、ベッドに倒れた。


 マットに身体が沈む。このまま沈み続けて底に抜けてしまいそうだ。


(……あ、いけない)


 お腹の赤ちゃんのことを忘れていた。


 ミキの見立てによれば、エリーは妊娠十二、十三週あたり。尻もちをついただけでも流産の恐れがある。


 一回のベッドダイブで神経質になりすぎだけれども、お腹の子のことが頭から抜けてしまうだなんて。


 お腹の子が流れてしまうと、エリーはアルフレッド諸共駆除される。エリー自身の命可愛さもあるけれども、何よりお腹の子の無事を一番に考えてあげたいのに。


(ああ、もう、嫌になっちゃう。ごめんね)


 毛皮のシーツを頭から被り、自己嫌悪に煩悶しながらお腹を撫でる。心の中でお腹の子に語りかける。


(でもね、私、もうどうしたら良いか、わからないの)


 夜食会でのこと。あの憎たらしい寄生吸血鬼は、エリーには露術を覚えさせないと改めて宣言し、こう嘲笑った。


【おっと、またお得意の死ぬ死ぬ詐欺か? おめでたい頭してんな。よく考えろ。テメエはもう簡単に死ねねえんだよ】


 こいつは何を得意になって口走っているの。


【自殺はオレが意地でも止めてやる。なら誰に手を汚させるつもりだ? ミキか? イーリャか? それともラムシング村のサルか?】


 今更それがどうした。最初からミキ・ソーマはエリー諸共アルフレッドを葬るつもりでいる。今の今までエリーが生き延びているのは、色んな人の親切に支えられているためだ。


 いよいよとなれば、エリーも受け入れる覚悟がある。敵の詭弁で今更揺らぐものか。


【なるほど、そうなりゃオレには止められねえ。で、テメエが殺されたら、根無し草のイヌどもはどう思う?】


 詭弁に血が通った。エリーの動揺を見透かして、血潮が逸った。


【村のサルは護律協会側だ。オレを消すってお題目がありゃ、テメエの死を有耶無耶にできる。だが、同時にテメエはイヌどもの恩人でもある。その恩人が理不尽になぶり殺されたら、それをサルが黙殺したら……たちまち犬猿の仲、サルイヌ合戦勃発だぜ】


 エリーは頭が真っ白になった。代わりにアルフレッドの哄笑が、真っ白な頭を血で塗り潰していく。


 祖霊の襲撃からライトールたちを救った功績を、エリーたちは“儀仗の結い”の儀礼で公衆の面前に示した。


 スプリグリ族長バルケティルは、エリーを一人の母と認めてくれた。


 その敬意の深さたるや、一夜限りとはいえエリーに銀の首飾りが――スプリグリ族の宝が貸与されるほどの厚遇に表れていた。


 衆目は否応なしにエリーを英雄視する。


 エリーの村での地盤は固まった。


 普通ならめでたしで終わるところだけれども、同時にこれが命取りだった。


 英雄にまでなってしまったエリーは、アルフレッドにとっても価値ある人質となってしまったのだ。


【死んでやるだと? 寝言は寝て言え。テメエたっての願いだろうが、イヌ畜生どもは耳を貸さねえぞ】


 今更になって、ミキが儀式に後ろ向きだった理由がわかった。


 エリーの命の価値が暴騰するのを防ぐためだ。


 そのためには、事態に合わせて“儀仗の結い”に最小限のアレンジを加え、後は格式と手続きでガチガチに固めるのが最善だった。


 ところが、バルケティルのアドリブでその思惑が破綻する。


 エリーが集めた称賛は、バルケティルの善意と打算から出た、いわばサービスである。バルケティルとエリーの株を一挙に上げる絶好の機会だった。


 それが悪手になるなど、誰も思わない。


 晴れの舞台で「殺せなくなるからやめろ」など、口が裂けても言えない。


 もはや誰にエリーの介錯を任せても、ラムシング村とスプリグリ族の間に禍根を残してしまう。


(もう、どうすりゃ良いのよ)


【何を悩んでやがる】


 アルフレッドの声から逃れるように、エリーは目をつむり、枕で耳を塞いだ。吸血鬼が明朗な声で、無駄な努力を嘲笑う。


【露術がなくても、このオレがいる。オレたちを脅かす野郎は全員、オレが殺し尽くしてやる。オレは血をゲットできてハッピー。血を飲めば飲むほど、テメエはさっさとオレとおさらばできてハッピー。何が不満なんだ】


 夢での取引を蒸し返されている。


 既にエリーは殺し屋を二人、森に現れた祖霊一頭を手にかけた。


 エリーが助かるために、人助けのためにやむを得なかった。それでもずっと罪悪感に苛まれているのに、この上まだ手を汚せと唆してくる。


【精々ゆっくり考えてみな。どうするのがテメエと、お友だちにとって最良なのかをな】


 嘲笑が身体の奥に退いていく。


 敵の声を真に受けてはいられない。どうにかするしかない。露術を覚える他にないけれども、どうやって。


 いっそのこと、スプリグリ族に事情を説明すれば、あるいは。


 私――エリーは、露術を覚えないと吸血鬼を止められません。けれども吸血鬼に訓練を邪魔されてしまいます。


 なので、吸血鬼がその気なら、こっちは道連れにする覚悟があります。ご理解ください。あなたたちを守るためでもあるんです。


『早まってはならん。何か別の方法があるはずだ。安住の民の何と冷血なことか。護律協会は何を手をこまねいておる。案ずるなエリー殿。そなたは我らスプリグリの盟友である。そなたの身にもしものことがあれば、一族の総力を結集し――』


 脳内バルケティルが一族郎党武装させたところで、頭を振って妄想を払った。


 スプリグリ族は気の好い人々だけれど、略奪者の一面を備えている。


 族長の息子が危機に直面しても一歩引いて、ラムシング村の出方を窺ったのは、賠償目当てだとイーリャは分析していた。


 身内ですら利用する彼らだ。よそ者のエリーなら安否を気にせず利用できる。


 エリーの駆除が決まれば、スプリグリ族は徹底的に抗議すれば良い。不服を表明するだけで充分だ。


 あえなくエリーが駆除されたのなら、口止め料を要求する絶好のチャンスに変わるのだから。


 各地を転々とするスプリグリ族なら、噂を流布させるなど造作もない。


(でも、誇張するにしたって大きな嘘はつけない。吸血鬼に憑かれた人間がやむなく殺されたってくらいじゃ、脅迫には……あ)


 祖霊退治の実績。それをエリーの語った武勇伝がダメ押しでドラマチックにさせる。


(待って待って待って……いきなり武勇伝を頼んだのって、そういう駆け引きでもあったの!?)


 気づいてももう遅い。エリーの口伝は利用価値がある。


 エリーや、エリーを助けてくれた人々の物語は、スプリグリ族に脚色され、こう締めくくられる。


 ――勇気ある母は殺された。ひとえに内に潜む悪鬼のために。それを恐れた弱き者たちの手によって。


 ラムシング村の評判は地に落ちる。英雄殺しの恥知らずが住む村として。


 開拓途上の僻村の息の根が止まる。


 深謀遠慮に頭がこんがらがりそうだ。あの狗人(クー・シー)たちは一体どこまで先を見据えているのか。


 いっそのこと、手荒な手段に出てでも、スプリグリ族にエリーを厄介者だと思い直させるか。


 いや、それも無駄だ。その場合、別の賠償問題へ発展するだけだ。


 シーツの中では、名案は浮かばなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ