表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/140

004 真夜中の女子会 4/7:夜の勉強会

 贅沢に湯気の立つお湯で顔を洗って、エリーはやっと人心地ついた。温もった顔が室温で冷めていくにつれ、眠気が飛んでいく。


 用意してもらった新しい枕はからからに乾いていて、芯までふんわりとしている。せっかくだけれども、今夜は出番がないかもしれない。


 枕をぬいぐるみ代わりに抱き、エリーは食堂の長椅子に腰掛けて脚をぱたぱた寛いでいると、寝間着に袖を通したヘーゼルがやって来た。


 当然のように隣に詰めて座る。


「エリー寒くねえか? 自分とくっついても良いぜ。温けえぞ」


「あ、ありがとう」


 訊かれる前からもうとっくにくっつかれているんだけれども。おまけに丁度良い温かさだし。


 顔を洗ってさっぱりした頭に、うとうとと温もりが染みこんできて……。


 ――泥棒ネコ?


 生霊の気配に鳥肌が立って、エリーは離れた。


「で、でも、イーリャさんに焼き餅焼かせちゃうからやめとく」


「うげぇ」


 その光景を想像したヘーゼルも、ふざけ半分に苦い顔をしていた。


「お待たせしました」


 噂をすればイーリャが夜食一式をトレイに載せて持って来た。よせば良いのに、ヘーゼルはエリーからわざわざ離れて座り直した。


 イーリャの不信げな表情に二人は戦々恐々だったけれども、イーリャは淡々とトレイの上の物を並べていく。


「エリー様にはサジーリーフのお茶を、こちらのスモーブローはヘーゼルに」


 イーリャにお礼を伝えて、エリーは湯気立つ茶器に口をつけた。


 爽快な青葉に、ふかふかの土の香り。冷えた身体を耕してくれそうな風味がする。


 ヘーゼルに出されたスモーブローとは、オープンサンドのことだ。


 薄くスライスしたライ麦パンの上に、サワークリームとジャガイモのマッシュ、それから冷燻したサケの薄切りを載せ、ディルを散らしている。


 二切れあったスモーブローをヘーゼルは重ねて本家サンドイッチにし、一口でペロリと平らげてしまった。


「ひゃー、うめー。ごちそうさん」


(飲み物みたいに食べていたけれど、味とかわかるのかしら)


 そんなヘーゼルの食べっぷりをイーリャがうっとりと眺めている。


 かと思っていると、イーリャはすぐに居住まいを正してエリーの方に身体を向けた。


「エリー様、今、お疲れですか?」


「それが、誰かさんに本の角でぶたれてから目が冴えちゃって冴えちゃって……」


 イーリャがギクゥッとした。


「ああいや、からかっただけです。すみませんでした。目が覚めているのは本当ですよ」


 イーリャがムッとして、居心地悪そうに咳払いをする。


「でしたら今から、少しだけでも露術(アンスロ)を学んでみませんか?」


 露術――エリーが記憶を失う前に使っていたという、水を操る奇跡。


 その力を取り戻せば、もしものとき、エリーも独力でアルフレッドに対抗できる。エリーの希望となる術だ。


 けれども「え、こんな真夜中に?」


 勉強するには中途半端な時刻だった。嬉しい申し出だけれども、エリーは爪の先まで休息気分に浸っている。


 いきなり勉強に誘われても、ちょっとついて行けない。


「ミルズの森の一件で、エリー様は村の方々から信用を勝ち取られています。アルフレッドから水を差される心配もありません。始めるなら今です」


 イーリャさん、ちょっと焦ってる?


「それは……私も早く覚えたいのは山々ですけれども、蝋板とペンも無しに、いきなりですか?」


「本格的な指導は明日の朝にでも。せっかくですから、露術を使う感覚を先取りして体験してみませんか?」


 確かに、露術にはずっと憧れていた。本当に念じるだけでエリーでも水を動かせるのか、不思議でならなかった。


 散々後回しにしてきたのだし、ここで体験してみるのは景気づけに良い気がしてきた。


「うん、でしたらお願い――」


【 】


「――は? 何言って【 】……!?」


 エリーの口数が減って、押し黙ってしまった。瞠目し、視線を泳がせ、次第に俯きがちになっていく。


「どうかなさいました?」


 ただならない様子に、イーリャが声をかけてくる。皿を舐めていたヘーゼルも、エリーの異変に気づいた。


「エリー?」


「アルフレッドが……」口が重い。「露術は、覚えさせない。って……」


「そんな!」


 イーリャが茶器を揺らす勢いで食卓に手をつき、立ち上がる。湯桶を抱えてそばを通る女手が驚く剣幕だった。イーリャは軽く謝って、仕事に戻らせた。


 声を絞ってエリーに――その内に潜むアルフレッドに詰め寄る。


「約束が違います。邪魔をするなら命はないと承知の上ですか」


「往生際が悪いぞ。てめえも男なら潔く――」


「違うの」


 イーリャとヘーゼルの抗議を跳ねのける語気で、エリーは声を絞り出した。


「あいつごと今の私を殺したら、今度はスプリグリ族の人たちが黙っていない、って……」


 イーリャは寝不足で血走った目を見開き、ヘーゼルが小首を傾げる。


「それは……」イーリャが逡巡する。「いえ、確かに、素直に約束を守るとは思っていませんでしたが、まさかそうくるとは……」


「何だよ。どういうことだよ」


 一人、会話について行けないヘーゼルに、イーリャは憂いのある笑み浮かべた。


「みなさん、エリー様を大切に思っているということですよ」


「ああ? 何言ってんだよ。当たり前だろ、そんなの」


 ヘーゼルの無邪気さに救われる思いだったけれども、エリーは一瞬微笑み返すのがやっとだった。


 アルフレッドの脅迫のせいで、考えが乾いた砂のようにまとまらない。


 イーリャが頭を抱えて食卓にうずくまり、大長息をついた。


 ヘーゼルに嗅ぎ取れたのは、とにかくただごとではない雰囲気だけで、二人の間に視線を往復させていた。


「……まあ、こんな真夜中に切り出した私が浅はかでした」


「いえ……」


 アルフレッドのからくりに気づいた二人は、ばらばらに席を立つ。


「お、おい、お前ら……どうしちまったんだよ。自分にもわかるように教えてくれよ」


「……急に眠くなってきちゃった」


「病み上がりなのですから、ヘーゼルももうお眠りなさい」


「でもよ」


「おやすみなさい」


 エリーとイーリャが声を合わせて、ヘーゼルを振り切った。


「……おやすみ」


 訳もわからないまま食堂に取り残されて、ヘーゼルの返事は気落ちしていた。


 結局、夜の女子会は冷え切ったまま、解散を余儀なくされた。


「あ、おいエリー、枕忘れてっぞ」


 気恥ずかしさを噛み殺し、エリーは速足で踵を返した。


 ただ落ちこむだけなのに、恰好もつけられない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ