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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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005 真夜中の女子会⑤:善意と駆け引き

 エリーは客間に戻り、椅子で居眠りするベア院長の前を素通りし、ベッドの中で煩悶する。


 夜食会の中で、アルフレッドは改めて露術を覚えさせないと宣言し、エリーにこう言っていた。


【おっと、またお得意の死ぬ死ぬ詐欺か? おめでたい頭してんな。よく考えろ。テメエはもう簡単に死ねねえんだよ】


 嬉々として説明する意図がわからず、エリーは耳を傾けてしまった。


【自殺はオレが意地でも止めてやる。なら誰に手を汚させるつもりだ? ミキか? イーリャか? それともラムシング村の連中か?】


 確かに、人に任せなければならない。


 けれども、今更それがどうしたと言うのだろう。


 少なくとも、護律官ミキ・ソーマは覚悟を決めている。いつでもエリーを殺すつもりでいるはずだ。


 いよいよとなれば、エリーも受け入れる覚悟がある。


 堅牢な意志の周りから詭弁を述べられても、今更揺らぐ決意ではない。


 アルフレッドはそれを理解できていないのかしら。


 因縁をつけるしかできない身の上に哀れみさえした。


【なるほど、そうなりゃオレには止められねえ。で、テメエが殺されたら、村のサルどもはどう思う? 根無し草のイヌどもはどう思う?】


 詭弁に、血が通った。


【護律協会の考えに近い村は誤魔化せるかもしれねえが、テメエはイヌどもの恩人だ。それをなぶり殺しにしたサルの末路を考えてみろ。たちまち犬猿の仲、サルイヌ合戦勃発だぜ。それでも良いのかよ? ええ?】


 エリーは頭が真っ白になった。


 アルフレッドの哄笑が、思考の空白を塗り潰していく。


【死んでやるだと? 寝言は寝て言え。テメエたっての願いだろうが、イヌ畜生どもは耳を貸さねえぞ】


 祖霊の襲撃からライトールたちを救った恩義により、今やエリーはスプリグリ族の要人だ。


 エリーたちはその功績を、儀仗の結いという形で公衆の面前で示した。


 儀仗の結いは、吸血鬼を宿す危険性を覆し、エリーの味方を増やすための重要な一手だった。


 全てはエリー自身がアルフレッドに対抗する力をつけるため。その地盤を固めるためだった。


 それを逆手に取られてしまった。


 スプリグリ族長バルケティルは、胎の子の庇護者としてエリーの強さを大いに認めている。


 その敬意がどれほど深いものかは、エリーに貸与された銀の首飾りが物語っている。


 宴の間に限るとはいえ、スプリグリ族の宝をよそ者のエリーに貸し与える。


 最高級の厚遇だ。


 衆目は否応なしにエリーを英雄視する。


 認められすぎたのだ。


 思えば初対面のときからミキは、事あるごとに吸血鬼諸共エリーを駆除すると仄めかしてきた。


 エリーの命の価値を低く見せかければ、アルフレッドに死をチラつかせることができる。


 エリーの命を粗末にすることがアルフレッドに対する牽制になり、一周回ってエリー自身を守る構図となっていた。


 ところが、昨夜の儀仗の結いで、エリーの命の相場が暴騰してしまった。


 きっとミキは、儀仗の結い自体にも乗り気ではなかったに違いない。


 けれども、エリーがライトールを救出した時点で参加を辞退する道は絶えていた。


 ならばせめて、エリーの命の価値を操作するしかない。


 だからミキは儀仗の結いを打ち合わせ通りに進めたがっていたのだろう。


 アドリブなんて、お呼びじゃなかった。


 ところが、バルケティルが即興で格別な計らいを授けて、その思惑が破綻する。


 エリーへの称賛は、バルケティルの善意から出た行動である。


 かつ、バルケティル自身とエリーの株を一挙に上げる絶好の機会だった。


 それが悪手になると考える人間など、まずいない。


 スプリグリ族長の粋な計らいにミキがわざわざ水を差そうとしていたのは、アルフレッドに切り札を握らせたくなかったためであれば納得がいく。


 不都合にも、相手は遊牧民の代表者だ。強くは言い出せない。


 結果、エリーの命は、スプリグリ族にとってかけがえのないものとなってしまった。


 簡単には死ねない。


 ミキに最期の始末を任せても、ラムシング村とスプリグリ族の関係に禍根を残してしまう。


(もう、どうすりゃ良いのよ)


【何を悩んでやがる】


 アルフレッドの声から逃れるように、エリーは頭もシーツで覆い、内に籠る。


 無駄だとばかりに吸血鬼は囁き諭す。


【テメエに露術なんざ必要ねえ。このオレがいるんだからな。オレたちを脅かす野郎は全員、オレが代わりに殺し尽くしてやる。オレは血をゲットできてハッピー。血を飲めば飲むほど、テメエはさっさとオレとおさらばできてハッピー。悪い話じゃねえだろ】


 初日に夢で持ちかけた取引を蒸し返されている。


 人を害せ、殺せ、血をすすれと、吸血鬼が囁いている。


 エリーを狙った殺し屋を二人、森に現れた祖霊一頭を手にかけた。


 エリー自身が助かるために、人助けのためにやむを得なかった。


 それでもずっと罪悪感に苛まれている。


(なのに、自分のために、自分の手を汚せって?)


 無駄だとわかっていても、エリーはぎゅっと目をつむり、枕で耳を塞いだ。


【……まあ良い。精々ゆっくり考えてみな。どうするのがテメエと、お友だちにとって最良なのかをな】


 嘲笑が身体の奥に退いていく。


 立ち止まってはいられない。どうにかするしかない。


 露術を覚える他にないけれど、エリーの心はこてんぱんに打ちのめされている。


 いっそのこと、スプリグリ族に事情を説明するのはどうだろう。


 私――エリーは、露術を覚えないと吸血鬼を止められません。なので吸血鬼に訓練を邪魔されたら死ぬ覚悟があります。


『早まってはならん。何か別の方法があるはずだ。安住の民とは何と冷血なことか。護律協会は何を手をこまねいておる。案ずるなエリー殿。そなたは我らスプリグリの盟友である。そなたの身にもしものことがあれば、一族の総力を結集し――』


 脳内バルケティルが一族郎党武装させ、その線は微妙だと伝えている。


 スプリグリ族は気の好い人々だけれど、略奪者の一面を備えている。


 族長の息子が危機に直面しても一歩引いて、ラムシング村の出方を窺ったのは賠償目当てだとイーリャは言う。


 その清々しいまでに薄情で実利的な態度と、宴で見せた気さくさが一致しない。


 色んな意味で気負わない一族である。


 身内ですら利用する彼らだ。恩人であるエリーの命すらも利用し尽くすのは想像に難くない。


 であれば、実際のところ、エリーの安否はどうでも良くなる。


 エリーの駆除が決まれば、スプリグリ族は徹底的に抗議するだろう。


 エリーを駆除すれば、口止め料を要求するだろう。


 かと言って、彼らは駆除を阻んだりしない。不服を表明するだけで充分だ。


 エリーの死そのものは周知の事実となる。吸血鬼の成り代わりを防ぐため、公的な記録に残すのは必須なのだ。


 代わりにスプリグリ族が吹聴するのは、武勇伝――エリーが宴で語った話だ。


 各地を転々とする遊牧民なら、噂を吹聴するのは造作もないことだ。


 エリーや、エリーを助けた人々の努力の物語は、スプリグリ族に脚色され、こう締めくくられる。


 ――勇気ある娘は殺された。ひとえに内に潜む悪鬼のために。


(待って待って待って……いきなり武勇伝を頼んだのって、そういう駆け引きでもあったの!?)


 気づいてももう遅い。エリーの口伝は利用価値がある。


 深謀遠慮に頭がこんがらがりそうだ。あの狗人(クー・シー)たちは一体どこまで先を見据えているのか。


 エリーが死ねば、ラムシング村にどのような風評が立つか見当もつかない。


 開拓が軌道に乗り始めて、人手も物資も入用な時期である。悪い噂のために物流が滞れば、計り知れない損害を被ることになる。


 スプリグリ族にエリーを厄介者だと思い直させるのも無駄だろう。


 その場合、エリーが――アルフレッドが本当に厄介事を起こした際に賠償問題へ発展するだけだ。


 シーツの中では、名案は浮かばなかった。

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