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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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031 残党狩りの口づけ 5/5:引きずり降ろす

 エリーが応接間を出てすぐ、ミキたちに連れ戻されたときまで戻る。


「お見舞いったって物騒な方のじゃありませんよ!」


 エリーは不服とばかりに、三人に釈明した。


「アポロニアさんには普通にお見舞いに行くだけです。それだけで充分脅しになりますから」


「……ああー」合点がいったように、ミキがポンと拳を手に打った。


 ヴィトーとアポロニアは、エリーの中に吸血鬼が潜んでいることを知っている。


 しかし、エリーとその命を狙うヴィトーだけは、血で血を洗う関係だ。


 この認識のズレにつけこもうというのが、エリーの作戦だった。


「殺し屋でも人の子です。話に聞くような家族思いの人なら猶更、私とアポロニアさんが近づくだけでも耐えられないと思いました。直に触ったり、口づけなんかしたらもっと効くはずです」


 アポロニアが義父と夫の裏事情を知らないなら、エリーの訪いは純粋に祝福しに来たものだと考えるだろう。


 他方、エリーが吸血鬼を宿しているとは周知の事実となっている。アポロニアに警戒される可能性もあった。


 けれども、エリーの人となりをアポロニアに包み隠さず伝えれば、打ち解けられると考えた。最悪、接触を諦めて、吸血鬼を銀で封印していることを強調しても構わない。


 対して、ヴィトーにとっては、殺そうとしていた相手が怪物と化して復讐に来たようなものだ。


 悪夢である。何をされるか、わかったものではない。


「考えましたね」


 空恐ろしさに引きながらも、お茶を一服してイーリャが感心する。


「キスをすれば誰もが吸血鬼化を心配することでしょうが、アポロニア様は非常に大らかな方ですから、エリー様をお受け入れになるのも早いでしょう。いえ、ひょっとしたら、エリー様の印象からですと直ちに吸血鬼と結びつかないかもしれません。しかしながら、エリー様の恨みを買うヴィトーにとっては、まさに地獄を見せられることになります」


 イーリャの称賛にエリーは手応えを感じた。


「勿論、アルフレッドに手出しはさせません。アポロニアさんには触れますが、それだけです。アポロニアさんには、できれば安心してお産に臨んでもらいたいですし、普通に応援してあげたいです。けれども、私の身体の状態も、真意も知らないヴィトーには、アポロニアさんとお孫さんを人質に取られたと思いこませられます」


「それでヴィトーおじいさんを君の言いなりに変えて、表向きは屋敷の滞在を許しつつ、自縄自縛で歯向かわせないって訳? おー怖い」


 ミキが寒気にブルッと震えた。


「と言うより、アポロニアさんの応援が本命で、ヴィトーを懲らしめるのはついでって気分で……」


「うわー、この子えぐー。悪党を懲らしめるのがついでだって。迂闊に機嫌を損ねたら事だよ。ねえ?」


 ミキの絡みに、キャスパーは咳払いするだけだった。


「唇を当てますから、念のため銀を口に含んで行きます」


 んべ、とエリーは舌を出す。


 護律協会支給の触媒が唾液にまみれて、ぬらぬらと照っている。


「おぉう……」ミキが絶句した。


「何て罰当たりな……」イーリャも戦慄した。


 カロン、と飴のように触媒を口内に戻す。ミキやイーリャが驚くくらいなら、ヴィトーに気づかれる心配も少ない。


「そういう訳なんで、ご迷惑はおかけしません。行ってきますね」


 説明に納得してくれた三人に見送られ、エリーは一人で二階に上がる。


   †


 エリーを見送った三人が、応接間で待機する。


 キャスパーは空になった茶器類を厨房に下げに行く。イーリャがミキ共々、ソファに腰を下ろして一息入れた。


「……そうでした。教官」


「何かな」ミキは面布を上げてお茶を喫していた。


「エリー様の露術訓練の経過報告を」


 イーリャは一部始終を話した。アルフレッドに記憶の定着を妨害されたこと。祖霊退治を条件に訓練再開の目途が立ったこと。


「一時はどうなるかと思いましたが、これでようやくスタートを切れます。教官もおそばにお控えくださるなら、さすがにあの吸血鬼には手も足も……教官?」


 ミキがティーカップを膝に置き、思案気に残りのお茶を見下ろしていた。


「いかがなさいましたか?」


「……さっきの帰り道でさ、スプリグリ族からエリーさんと“儀仗の結い”を執り行いたいって打診されて、引き受けたんだけれども」


「まあ、名誉なことではありませんか」


 “儀仗の結い”。異種族間の友好を示す儀式としてはポピュラーながら格式がある。それにエリーが名指しされたのは非常に幸先が良いことのように思われた。


 しかし、仮面に隠されたミキは、浮かない顔をしているようで。


「あの、何か?」


「……こういう真面目な仕事、ガチで久しぶり過ぎて緊張がヤバい」


 悪寒に襲われたかのように、ミキがわなわなと身震いしていた。


「……左様ですか」イーリャは呆れて肩を落とした。


 もしも。道化る裏でミキは内心で難しい顔をしていた。


 もしも儀式が式次第通りにいかなかったら、エリーの立場が危うくなるかもしれない。


   †


 エリーが応接間から見送られた直後のこと。


【おい】アルフレッドに呼びかけられた。


「ああ、あんたもいたんだっけ」


【回りくどいんだよ。生意気抜かす殺し屋なんざとっととぶっ殺せ】


「お呼びじゃないわよ」


 口内の触媒の位置が悪く、若干もごもごした。


【アイツはテメエが苦労して見出した生存戦略を丸パクりしやがったんだぞ。殺し屋の分際でだ。あり得ねえだろ。ムカつくだろ。許せねえだろ】


「そう思う」


【なら殺せ! 殺し屋っつう立場をパクり返してやれ! 一族郎党血祭りに挙げろ! オレに血を捧げろ! それでこそフェアってもんだろう! 殺しに来た野郎ども相手に何をためらってやがる! 命のやり取りは、命で決着つけんだよ!】


「違う」


【何が違う!? 逆襲っつったとき、復讐っつったとき、テメエの胸は高鳴ったろ! 筒抜けだったぜ? 本当はぶっ殺してえんだろ? 憎くてたまんねえんだろ】


「だから何? 私は殺し屋と同じにはならない」


 口の中で、触媒の据わりが好くなった。


「ヴィトーとアポロニアのことをよく知るのが先よ」


 殺し屋と同じ土俵に、わざわざ上がってやるほど、エリーはお人好しじゃない。


 エリーは敵を土俵から引きずり降ろす。引きずり降ろして丸裸にしなければ、本当の自分を取り戻す手掛かりすら掴めやしない。


 敵を知る。自身でも気づかないほど、エリーの一言は静かな気迫を放っていた。


 アルフレッドは脈一つ分だけ、言い淀む。


【ハッ。口先だけならいくらでも言えらあな。いつまでその意地張ってられるか見物だぜ】


「なら運が良かったわね。被りつきの特等席で観せてあげる。お代は見てのお帰りよ」


 アンドリーニ一家の客間をノックする。


 どんなに嫌いなものでも好きになるという、三つの好きを探すおまじないを試した。


 アポロニアは無垢な人だった。家族思いで、家族に愛されている人。疑うことを知らない人。そもそも、嫌いになんてなれない人だった。


 ヴィトーは最悪だ。エリーの命を狙って暗躍し、橇を台無しにした張本人。嫌いにしかなれない。


 けれども、ヴィトーも家族思いな人だった。


 それに、思った通り勘の良い人で、思ったよりも度胸のある人だった。


 アポロニアの額にキスをする。


 闇稼業とは無縁の、日向の人にしか見えない。これが演技ならエリーの負けだ。


 入室前までは前歯を当ててやろうと考えていたエリーだが、気が変わって口に含んだ触媒を押し当てることにした。


 その後、応接間で待つ三人に首尾を伝え、内通者騒動に一応の決着をつけた。


 イーリャと共にバーンズ夫妻へ帰還の挨拶を交わし、他の静養中の家族もまとめて宴会料理のリクエストを受けに回る。


 最後にヘーゼルの様子を見に客間を訪ねた。


 器の底までお粥をがっつり夢中に舐めているヘーゼルがいた。


 元気いっぱいな行儀の悪さに言葉を失うエリーと、何をやっていようとヘーゼルが至高なイーリャに、ヘーゼルが気づいた。


「おう、お疲れさん、二人とも」


「ヘーゼル、熱はもう下がった?」


 元気なら良しとして、エリーが訊く。


「世話かけたな。おかげでだいぶ楽になった……おっとと」


 ベッドを降りようとして、ヘーゼルが体勢を崩し、マットに尻もちをつく。


「ああ、無理しないで。……ごめんね。ヘーゼルが無理してるの、気づいてあげられなくて」


「謝んなよ。エリーが一番大変だったってのに。こっちこそ心配かけてごめんな」


「今まで頑張ってくれてありがとう」


「ライトールんこと、助けてくれてサンキューな」


「えへへ」


「へへっ」


「いちゃついてないでさっさと話を進めてくださいます?」


 イーリャの舌打ちで二人は正気に戻った。


 宴のことを伝えると、ヘーゼルは見る見る頬を膨らませていく。


「ずるい! 自分も行く!」


 微熱を残したヘーゼルがベッドの上で駄々を捏ねるのを、ベア院長が殴って黙らせた。気絶している。ヘーゼルの大柄な身体がベッドでバウンドする威力だった。


「肉なら何でも食べるよ、この子は」


 ベア院長のお任せリクエストで話は終わり。


 指一本動かすのはおろか、一言も発せなくなったヘーゼルを尻目に部屋を後にする。


 コシノフ邸にスプリグリ族から宴の迎えが来たと、キャスパーから知らされた。


「もうそんな時間ですか」


 大変な一日だった。


 大変な思いをした分だけ、思う存分羽を伸ばしてやろうと意気込むエリーだった。

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