031 残党狩りの口づけ⑤:引きずり降ろす
「お見舞いったって物騒な方のじゃありませんよ!」
応接間を出てすぐ引き止められたエリーは不服とばかりに、三人に釈明した。
「アポロニアさんには普通にお見舞いに行くだけです。それだけで充分脅しになりますから」
ヴィトーとアポロニアは、エリーの中に吸血鬼が潜んでいることを知っている。
しかし、エリーとその命を狙うヴィトーだけは、血で血を洗う関係を結んでいる。
この認識のズレにつけこもうというのが、エリーの作戦だった。
「殺し屋でも人の子です。話に聞くような家族思いなら猶更、私とアポロニアさんが近づくだけでも耐えられないと思いました。直に触ったり、口づけなんかしたらもっと効くはずです」
事情を知らないアポロニアなら、エリーの訪いは純粋に祝福として映るだろう。
吸血鬼を宿しているとは周知の事実となっている。
けれども、銀で封印していることを強調し、エリーの人となりをアポロニアに包み隠さず伝えれば、打ち解けられると考えた。
対して、ヴィトーにとっては悪夢である。
殺そうとしていた女が、吸血鬼を宿した身体で身内に近づく。
何をされるか、わかったものではない。
「考えましたね」
空恐ろしさにイーリャが感心する。
「キスをすれば誰もが吸血鬼化を心配なさるでしょうが、アポロニア様は非常に大らかな方ですから、エリー様をお受入れになるのも早いでしょう。いえ、ひょっとしたら、エリー様の印象からですと吸血鬼と結びつかないかもしれません。しかしながら、エリー様の恨みを買うヴィトーにとっては、まさに地獄を見せられることになります」
イーリャの称賛にエリーは手応えを感じた。
「勿論、アルフレッドに手出しはさせません。アポロニアさんには触れますが、それだけです。アポロニアさんには、できれば安心してお産に臨んでもらいたいですし、普通に応援してあげたいです。けれど、私の身体の状態も、真意も知らないヴィトーには、アポロニアさんを人質に取られたと思いこませます」
「それで言いなりにして、表向きは屋敷の滞在を許しつつ、自縄自縛で歯向かわせないって訳? おー怖い」
「と言うより、アポロニアさんの応援が本命で、ヴィトーを懲らしめるのはついでって気分で……」
「うわー、この子えぐー。迂闊に機嫌を損ねたら事だよ。ねえ?」
ミキが同意を求めたが、キャスパーは咳払いするだけだった。
「唇を当てますから、念のため銀を口に含んで行きます」
んべ、とエリーは舌を出す。
護律協会支給の触媒が唾液にまみれて、ぬらぬらと照っている。
「おぉう……」ミキが絶句した。
「何て罰当たりな……」イーリャも戦慄した。
カロン、と飴のように触媒を口内に戻す。
ミキやイーリャが驚くくらいなら、ヴィトーに気づかれる心配も少ないだろう。
説明に納得してくれた三人に見送られ、エリーは一人で二階に上がる。
【おい】
ああ、もう一人いたっけ。
【回りくどいんだよ。生意気抜かす殺し屋なんざとっととぶっ殺せ】
「お呼びじゃないわよ」
口内の触媒の位置が悪く、若干もごもごした。
【アイツはテメエが苦労して見出した生存戦略を丸パクりしやがったんだぞ。殺し屋の分際でだ。あり得ねえだろ。ムカつくだろ。許せねえだろ】
「そう思う」
【なら殺せ! 殺し屋っつう立場をパクり返してやれ! 一族郎党血祭りに挙げろ! オレに血を捧げろ! それでこそフェアってもんだろう! 殺しに来た野郎ども相手に何をためらってやがる! 命のやり取りは、命で決着つけんだよ!】
「違う」
【何が違う!? 逆襲っつったとき、復讐っつったとき、テメエの胸は高鳴ったろ! 筒抜けだったぜ? 本当はぶっ殺してえんだろ? 憎くてたまんねえんだろ】
「だから何? 私は殺し屋と同じにはならない」
口の中で、触媒の据わりが好くなった。
「ヴィトーとアポロニアのことをよく知るのが先よ」
殺し屋と同じ土俵に、わざわざ上がってやるほど、エリーはお人好しじゃない。
エリーは敵を土俵から引きずり降ろす。
引きずり降ろして丸裸にしなければ、本当の自分を取り戻す手掛かりすら掴めやしない。
自身でも気づかないほど、エリーの一言は静かな気迫を放っていた。
アルフレッドは脈一つ分だけ、言い淀む。
【ハッ。口先だけならいくらでも言えらあな。いつまでその意地張ってられるか見物だぜ】
「なら運が良かったわね。被りつきの特等席で観せてあげる。お代は見てのお帰りよ」
アンドリーニ一家の客間をノックする。
どんなに嫌いなものでも好きになるという、三つの好きを探すおまじないを試した。
アポロニアは無垢な人だった。
家族思いで、家族に愛されている人。疑うことを知らない人。
そもそも、嫌いになんてなれない人だった。
ヴィトーは最悪だ。
エリーの命を狙って暗躍し、橇を台無しにした張本人。嫌いにしかなれない。
けれども、ヴィトーも家族思いな人だった。
それに、思った通り勘の良い人で、思ったよりも度胸のある人だった。
アポロニアの額にキスをする。
闇稼業とは無縁の、日向の人にしか見えない。
これが演技ならエリーの負けだ。
入室前までは前歯を当ててやろうと考えていたエリーだが、気が変わって口に含んだ触媒を押し当てることにした。
その後、応接間で待つ三人に首尾を伝え、内通者騒動に一応の決着をつけた。
イーリャと共にバーンズ夫妻へ帰りの挨拶を交わし、他の静養中の家族もまとめて宴会料理のリクエストを受けに回る。
最後にヘーゼルの様子を見に客間を訪ねた。
器の底までお粥をがっつり夢中に舐めているヘーゼルがいた。
元気いっぱいな行儀の悪さに言葉を失うエリーと、気配だけで目の保養にしているイーリャに、ヘーゼルが気づいた。
「おう、お疲れさん、二人とも」
「ヘーゼル、熱はもう下がった?」
元気なら良しとして、エリーが訊く。
「世話かけたな。おかげでだいぶ楽になった……おっとと」
ベッドを降りようとして、ヘーゼルが体勢を崩し、マットに尻もちをつく。
「ああ、無理しないで。……ごめんね。ヘーゼルが無理してるの、気づいてあげられなくて」
「謝んなよ。エリーが一番大変だったのに。こっちこそ心配かけてごめんな」
「今まで頑張ってくれてありがとう」
「ライトールんこと、助けてくれてサンキューな」
「えへへ」
「へへっ」
「いちゃついてないでさっさと話を進めてくださいます?」
イーリャの舌打ちで二人は正気に戻った。
宴のことを伝えると、ヘーゼルは見る見る頬を膨らませていく。
「ずるい! 自分も行く!」
微熱を残したヘーゼルがベッドの上で駄々を捏ねるのを、ベア院長が殴って黙らせた。
ヘーゼルの大柄な身体がベッドでバウンドする威力だった。
「肉なら何でも食べるよ、この子は」
ベア院長のお任せリクエストで話は終わり。
指一本動かすのはおろか、一言も発せなくなったヘーゼルを尻目に部屋を後にする。
コシノフ邸にスプリグリ族から宴の迎えが来たと、キャスパーから知らされた。
大変な一日だった。
大変な思いをした分だけ、思う存分羽を伸ばしてやろうと意気込むエリーだった。
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