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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
1.χαῖρε, κεχαριτωμένη

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008 廃墟のむかし話

 話を戻す。


 ある日、突如として領民が全滅する大事故が起こった。


 一夜にして領地を壊滅させた原因はよくわかっていないが、教授の研究との関連が噂されている。


 ともかく原因不明の事故が起きた以上、何が第二の事故の引き金になるかもわからない。そのため、この土地は護律協会――吸血鬼退治の専門家集団によって禁域に指定され封鎖、その監視下に置かれた。


 その封鎖と監視の徹底ぶりがわかる証拠に。


「この辺、生き物が全然いねえだろ。空砲で脅かして追っ払って、禁域の手前じゃ野生の鳥や獣は乱獲してんだ」


 火薬の音に驚いて逃げ飛ぶ小鳥を想像し、エリーは憐れみを覚えた。確かに、ここは風と水の音ばかりで、羽ばたき一つも、魚影一つもない。ぞっとするほどの静寂に包まれている。


 ただ、動物を追払うことと吸血鬼の関係が、ピンと来ない。


「どうして?」


「吸血鬼絡みだからな。念のため、血の赤い生き物は全部追っ払うに越したこたあねえのさ」


 徹底している。神経質なまでに。そんなところに落ちて、現在進行で厄介をかけているエリーにだって、追い払うべき赤い血が流れている。


「別に謝んなくて良いかんな」


 先読みされたエリーはぎくりと身を固くし、心の中では頭を下げつつ、ふと疑問を口にした。


「ヘーゼルはここ、入って良かったの?」


 うっ、と呻いて、ヘーゼルが足を止めた。悩まし気に唸り、不敵に笑う。


「自分、これでも護律協会の修律士見習いだかんな。若隠居に頭を下げて、お酌の一つでもしてやりゃあ、うやむやになるって」


 そんで大丈夫だよな? うん、だよな? 己に言い聞かせるヘーゼルが不憫で、エリーは慰めの言葉を探した。


「だ、大丈夫だって。元はと言えば入っちゃった私が悪いんだし、ヘーゼルは仕方なく私を助けてくれたんだから、むしろ……ね? だから、そんな落ちこまないで。怒られなきゃいけないのは、私なんだから」


「う、うう……エリー、すげえ立派じゃんか……。エリーならきっと、アルフレッドだって見向きもしねえや」


「アルフレッド? って、誰それ?」


「誰……って、まあ、悪い子を食いに来るっていう、おとぎ話の化け物だよ」


 そもそも、その化け物の本当の名前はわからない。ただ、出会った人間を片端から捕まえて「アルフレッド?」と尋ねるため、その名が付いたそうだ。


「違う、つっても食われっし、自信満々に、おおそうだ自分がアフルレッドだ、つっても嘘を見抜かれて食われちまうんだ」


「理不尽」


「だよな」ヘーゼルが苦笑する。「ま、おとぎ話っつったらそんなもんだろ。で、そういう怖い化け物は、ガキの躾けに便利じゃん。良い子にしねえと、アルフレッドが家に来るぞ……って。まあ、ありがちな話だよな」


「ありがち……」


 こういう話になると、記憶を失ったことをエリーは嫌でも意識してしまった。


 多分、どんな場所にも似たような話があるのだろうし、よそから来た人と親交を深めるには、この手の話題が適しているのだろう。


 私だって、そういうおとぎ話の一つや二つ、知っていたっておかしくない。似たような話を知らなくても、代わりになる何かを覚えていて、それとなく話を逸らすこともできる。


 子守唄は覚えていたはずなのに。


 エリーが言い淀むので、失言に気づいたヘーゼルが口を開く前に、エリーは「ごめん、は禁止。お互いにね」と釘を刺す。


 しかし、それでも気まずさは相変わらずだった。


 急いで話題を逸らそうと、エリーは辺りを見回した。どこまでも、霧の中の水没市街だ。苦し紛れの話題でしかないが。


「にしても、街一つ本当に水浸しなのね。これってやっぱり、吸血鬼対策なの?」


「や、こりゃ偶然だな。十何年か前の大地震で、周りの地面がドゴーンってせり上がって、今みたいに険しい谷の底になったっつーんだけど、そんときの地下水が湧いてるんだとさ」


「地震? 地震なんかで、こんな地形になっちゃったの?」


「そりゃたまげるよな。自分らの生まれる前にそんな大ごとがあったなんて。けど、その証拠に、崖の頂上に城壁の一部があんだよ。地殻変動で丸ごと持っていかれたんだ」


 感嘆の溜め息をつくエリー。思わず上を向いて城壁を探したが、霧に遮られて枯れ木の天辺も見えなかった。晴れた日に、切り立った崖上に屹立する遺構、城壁。絶景だろうな。


「ま、おかげで封鎖が楽になったのはそうなんだよな……」


 言葉尻がすぼむにつれて、ヘーゼルの脚も止まった。


 怪訝に眉を寄せ、鼻をツンと上げて、しきりに嗅ぎ鳴らし始める。


 それに倣ってエリーもすんすん、と臭いを嗅いでみた。霧の香りがするだけ。なのに、霧に隠された行く先に【たまらない◯の◯いが漂い】胸騒ぎを覚えた。


 腹の虫が誘われて、小さく鳴く。生唾を呑む。


「どうかしたの? まさか、吸血鬼?」


「いや……だけど」ヘーゼルがエリーに視線を寄越し、また前を探る。倒壊した家屋の瓦礫が、水浸しの通路に小島を造っている。


「エリー、お前、ここで待ってろ」


「えっ、ちょ、ちょ、待ってよ」


 ヘーゼルは無理に、しかし乱暴にならないように、エリーを瓦礫小島に降ろそうとした。エリーは手足を使って抵抗する。


「おい、大人しく降りろって」


「なら、ちゃんと説明して。何でいきなり?」


「そりゃあ」ヘーゼルが百面相を経て能面になる。ボソりと「ナンデモネエ」


「いやド下手くそか!」ヘーゼルがあからさまにショックを受けたのを無視する。「びっくりした! 表情でも声色でも何一つ隠せてないわ! ヘーゼル、やっぱり嘘つくの向いてないよ!」


「ウ、ウウウウソジャネーシ?」


「何で隠すの! 言ってよ、怒んないから」


 結んだ口の端をむずがらせるヘーゼルに「今、理由もわからないまま置いてけぼりにされるのは、怖いの」と告白するエリーの赤裸々さが響く。


 ヘーゼルの吐いた観念の溜め息が、寒気に冷やされて白くもうもうと霧に融けていく。


「わーったよ。説明すっから、ちょっと休憩させてくんねえ?」


 小島にエリーを降ろし、その隣にヘーゼルが腰を下ろしたかに見えた瞬間だった。


 ヘーゼルが曲げた膝のバネで跳躍し、廃墟の壁に飛びついた。窓の桟や軒を手掛かり足掛かりにして、瞬く間に屋根上へ上り、唖然とするエリーを見下ろした。


 ヘーゼルがすまなそうに合わせた手よりも低く、頭を下げる。


「悪い! やっぱ、こればっかは駄目だ! 絶対ぇすぐ戻っから、大人しくそこで待っててくれ!」


「ちょっと⁉ 待っ……ヘーゼル!」


 エリーの呼び止める声が、更にヘーゼルの背中を押すように、ヘーゼルは屋根を跳び越えて走り去ってしまった。その姿が霧に紛れた後は、エリーの声は空しく響くばかりであった。


 背中の温もりを失い、冷気と共に心細さが忍び寄る。それを誤魔化そうと、エリーは声を荒げてヘーゼルを呼ぶ。


 酸欠で、気が、遠くなりそうだ。エリー自身の血潮が耳に迫る。心臓がうるさい。


 血流に、男の嘲笑が乗っている。


   【†】

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