026 大小異文化交流 3/3:スプリグリの凱歌
スプリグリ族の騎馬隊は見送りの前と同じく隊列を整えて、一行の帰還を迎えた。
ただし、見送りのときから露骨に態度が変わって見える。
見送るときは誠意を求めるゴロツキたちだったのが、若頭を無事連れ帰したら舎弟の顔つきになった。
(あいつらあんな神妙な面してますけど、ライトールの兄貴のタマなんざ二の次でしたぜ)
小悪党気分でライトールを見つめていると、本人に気づかれそうになったので素知らぬ顔をした。
「お姉ちゃん!」
エリーがウマを降りると、騎馬隊の厳かさ似つかわしくない、幼い声が聞こえた。
声の出所を探すと、狗人の女性のそばで獣追いの男の子たちが無邪気に手を振っていた。
今にもこちらに駆け寄りそうな二人の男児の肩を、狗人の女性が柔らかに止めている。
後でね、とか、少し待ってね、とか、耳元にマズルを寄せて言い聞かせているようだ。
笑顔でエリーも、控えめに手を振り返した。
ライトールもウマを降り、イーリャの手を借りながらではあるが、怪我を感じさせない足取りで一行の先頭に立つ。
「みな、心配をかけた! 泥だらけだが俺は無事だ!」
騎馬隊に波及する感嘆を、ライトールは声圧で黙らせる。
「ここの二人、ラムシングの女傑らが助太刀を得て、俺は九死に一生を得た! 祀られぬ祖霊をここにいるエリーが翻弄し、ゲセカの息女、イーリャが自らの手で鎮めた! その証をここで我らが祖霊に立てる!」
ライトールに続いて、イーリャも肩を並べる。
「ライトール様は単身で囮を引き受け、ご令妹様に当村の子どもたちを託し、死地より逃した立役者です。殿を務め、祖霊から一歩も退かず、ご自身の使命を全うされた上でご生還を果たされました。どなたか、彼の武勇を証明できる者は」
(君も一緒だったのにね?)眠る仔トナカイのことは、エリーが心の中で称える。
獣追いの兄弟と一緒に、狗人の女性が騎馬隊の前に進み出た。
「兄上のご活躍はこのラライとヴューガ、そしてここにいる子どもたちが見届けました」
ほら。とラライに促され、兄は緊張混じりに「見届けました」と、弟ははきはき「ました」と誓う。
同意を受けて、ラライが引き継ぐ。
「また、こちらの子は、空砲で見事祖霊を出し抜いた麒麟児です。この子たちの活躍なくして、私の生還は語れません」
兄が照れる。
「ぼくだって役に立ったよ!」
弟が抜け目なく手柄を主張し、ラライは破顔した。
「そうね、この子たちこそ麒麟児です」と訂正する。
騎馬隊の面々は話を噛み締めており、中にはぽつりぽつりと頷く者も見られた。
イーリャとライトールの筋書通りだ。
「今回は話を盛らなくても双方の顔が立つ決着を見た。とても助かる」と道すがらそれぞれの集団の後継者たちは、お互いの悩みに共感しつつ、打ち合わせの中で本音を漏らしていた。
イーリャは祖霊にトドメを刺したことで責任を果たした。ライトールは命を賭けて村の関係者を救った。
各々の長の跡継ぎとして、充分に面目を保つ働きだった。
アルフレッドが全部解決していたら少し手こずったかもしれない。
(まさかあいつ、その辺のことを理解して手加減していたのかしら)
「試練を乗り越えた勇者たちに、喝采を!」
年長らしき狗人の号令で、騎馬隊たちは勝鬨を挙げる。
結果、祖霊騒ぎはどこに出してもケチのつけようがない、円満な解決を見たのだった。
ライトールが勝鬨に負けじと声を張る。
「今日は好き日だ! 俺たちが試練を乗り越えたのはひとえに、天より加護を授かりし強者たちが一挙に集ったためである! 異議ある者は! おらんな!」
ライトールの声が森に吸われ、場は静まり返る。
「であれば、今日という日は殊更に好き日だ! 一族とラムシング諸共、宴を挙げねば罰が当たるというもの! そうだろう! 今日は俺の奢りだ! 一人残らず飽きるほど食い、飲み、祝うが好い!」
勝鬨よりも盛んな喝采が沸き起こる。
「さっすが若旦那!」「いよっ、太っ腹!」「あんたに一生ついてくぞ、御大将!」
賠償という打算に支配されていた騎馬隊の面々がお調子者たちに様変わりする。
宴と決まれば急いで帰ろうと野次が飛ぶ。ライトールを若旦那と担いでおきながら「ぐずぐずしないでくだせえ」などと気安く言う始末だ。
粗野で快活な笑いが広がる。
「あいつらめ」
年甲斐もなく騒ぐ一族の太平楽に、ライトールが呆れて口の端を歪めた。
男の子たちが口々に「ぼくらも行って良いの?」と尋ねた。
「家族もお隣さんも、みんなまとめて呼んでおいで」とラライが柔和に歓迎する。
「小僧の家族も、当然ご両人も主賓だ。ご馳走させてくれ」
ライトールがエリーとイーリャも誘ってくれた。
「……良いのかな」
エリーはイーリャに訊いた。
「まだ内通者を捕まえてないのに。その……疑いたくないけれど、毒……とか」
ギョッとするライトールに「彼女の身の上は複雑なのです」とイーリャがフォローする。
「晴れの行事にご招待くださったのです。お受けするのが礼儀ですよ」
流浪の生活の中で、スプリグリ族が身につけた気質である。
族長の跡継ぎが絡む騒動だっただけに、スプリグリ族はラムシング村へ強硬的な態度を貫いていた。
だが、円満に解決したとなっては、その頑なな態度が新しい禍根となり得る。
それなら、うやむやにしてしまえば良い。
厄介な者に因縁をつけられそうなら、奪われる前に財産をその場で食い潰してしまう。その気質はいつしか、宴会好きで気風の好い一面へと転じていた。
「それに」イーリャに耳打ちされる。「エリー様への配膳は徹頭徹尾キャスパーに見張らせましょう」
「キャスパーさん……」
「私を信じてください。おまけに、あなたの身体の中には特別な血が流れているではありませんか。怖いものなどありませんよ」
「ううん? ……あ」
そっか。毒なんかあおっても、身体に回る前にアルフレッドが追い出しちゃうんだ。あいつ、煙の毒にも注意を払っていたくらいだし。
無害とまではいかなくても、今のエリーの身体なら、毒の影響を最小限にできる。
「なぁんだ! じゃあたくさんご馳走になっちゃお!」
イーリャのお墨付きだ。特別な血とかいう誰かさんには、これまで迷惑をかけられた分だけしっかり働いてもらおう。
遊牧民の宴会料理。想像するだけで腹の虫が鳴いた。
【『なっちゃお!』じゃねえよ!】
エリーの腕が勝手に二本指で鼻の穴を塞いだ。胸の銀が熱く感じた。熱さに怯んだ隙に、自由な方の手で引き剥がす。
「何させんのよ! 人前で!」
【黙って聞いてりゃ勝手放題決めやがって! 食用種の飯だけでもうんざりだってのに、毒なんざバカスカあおられてたまるか!】
「ご飯くらいゆっくり食べさせてよ! やっと一息つけそうなのに!」
【オレの飯にあーだこーだ注文つける奴に、んな自由あるか!】
「嫌よ! 私行く! 思う存分食べてやるんだから! ライトール、縛ってでも連れてって! 何かアルフレッドがぐずってるから!」
【オレをガキ扱いすんな!】
傍目には独り相撲にしか見えず、ライトールを始め狗人たちは困惑した。
「お姉ちゃん!」
実質独り相撲をしているエリーに、獣追いの弟の方が無防備に近寄った。
「な、何かしら坊や。お姉ちゃんちょっと今取りこんでて……やっつけるまで待ってて……」
「これ!」
弟が満面の笑みで、手の平いっぱいのブルーベリーを差し出した。
凍っていた実は一連の騒動の内に解けて潰れ、弟の手袋は赤紫の染みだらけになっていた。
「森で採れるんだよ。これあげるから、もう谷に行っちゃダメ」
言っている意味がわからなかった。けれども、このブルーベリーがこの子なりの感謝だということは何となく伝わった。
口にするには、ちょっと勇気のいる見た目をしているけれども。
(でも、アルフレッドと喧嘩している最中に、刺激しちゃ危ないわよね)
【
胸が熱くなった。ペンダントに触れた肌が焦げていく。
アルフレッドはしかめ面で獣追いの弟を睨みつけた。怯んだ弟に構わず、がに股で腰を落としてブルーベリーを奪い取り、そのまま頬張る。
弟には一瞬、エリーの目がブルーベリーよりも深く赤い色に染まっているように見えた。
アルフレッドは弟に、口の中いっぱいのブルーベリーと、人よりも長く鋭い牙を誇示するように大口を開いて見せた。
】
けれども、エリーが瞬きをする間に、普通の目と歯に戻っていた。
突然口の中に溢れたブルーベリーの味わいに戸惑いながらも、エリーは笑顔を取り繕って恵みを味わう。
弟はきょとんとしている。早く気の利いたことを言わないと。
「あ、ありがとう。美味しいわ」
ふぅん……不思議そうにエリーを見つめる弟。
(ま、まずい……怪しまれてる)
「お姉ちゃん、笑うとかっこいいね」
「へ?」
弟はニカッと笑って走っていった。去る背中から見る耳まで赤くしている。得意になって、兄に「ぼくがお姉ちゃんを説得したよ」とか何とか自慢しているようだ。
エリーはアルフレッドに表に出た理由を再三尋ねるも、この吸血鬼はこういうときに限って黙る。
釈然としないまま。しかし一件落着には違いなく、帰途につく。
エリーとイーリャには新しいウマが宛がわれ、三騎が並んで行く。
スプリグリ族の騎馬隊半数を残党狩りに残し、残り半数が、戦い疲れたエリーたちを村まで護送する。
「護律協会の人がいないのに、残党狩りなんて大丈夫なの?」
ライトールは「深追いはしない」と潔い。
「臭跡から吸血鬼の活動範囲を特定し、潜伏地を絞る。その周辺に目印をつけて隔離するだけだ。万が一遭遇してもウマと一緒なら逃げられる。そのときは遠吠えで護律協会に報せよう。何、いざというときも、安住の民よりかは銀の蓄えがある。迎え撃つには充分だ」
「へえ、したたか……」
「森の中でいたずらに吸血鬼を燃やされても困るのですが」ウマに揺られつつ、イーリャがぼやいた。「銀だけで吸血鬼に対処すれば、延焼の恐れがあります」
「わかっている。立ち回りは心得ているとも。とはいえ、露術が使えん俺たちには、銀が生命線だからな。だというのに、護律協会には何かと因縁をつけられて、随分と供出させられた」
ライトールの恨み節のように聞こえて、人間を少し困らせてやろうという悪戯っぽさを含んだ響きだった。イーリャが形なしだ。
「またそんな……勘弁してください。私が生まれるずっと昔のことですよ?」
「気にするな。人族への挨拶みたいなものだ」
けれどもエリーには寝耳に水だった。
「え、護律協会ってまさか、結構阿漕なことしてきた感じですか……?」
権力の悪い面だ。こんな組織の世話になったままで良いのか。エリーはイーリャに目で訴える。
「い、一応、各種族の経済や自衛力を圧迫しない範囲で、という風に聞いています」イーリャの返事は歯切れが悪い。「だから吸血鬼退治は露術使いの領分――矢面に立つのが護律協会の務めなのです」
(すっごく言い訳じみているけれども、ライトールはそれで良いのかしら)
ライトール、というか狗人の表情はよくわからない。
けれどもライトールはどことなく悪巧みしていそうな顔で、ウマの歩調に合わせて尻尾を振っている様子は、緊張から解放されて浮足立っているようだった。
(何だか不思議な関係)
冗談にしては何だかわだかまりが残ったものの、エリーは少しだけ安心した。
良縁も悪因も、永い歳月が解決した訳ではないにしろ、当事者たちの間では笑い話になっている。
今のエリーの境遇が語り草になる日が来れば良いのにと、こっそりエリーは夢を見た。
誰の差し金か、スプリグリの凱歌が流れた。
口笛やボディーパーカッションの即席鼓笛隊に寄せて、一族一の歌の名手ラライが朗々と歌う。馴鹿呼び唄とは対極の猛々しい旋律を帰還を彩る。
獣追いの兄弟たちは乗馬を楽しみ、狗人たちがエリーやイーリャを囲んで武勇伝をせがむ。
暑苦しい。しかし、名残雪のまだ厚いこの季節に快い厚かましさだった。
凱歌はコシノフ邸の一室にまで届いていた。
赤みの抜けない寝顔のヘーゼルが薄目を開けて、弱々しく微笑んで寝返りを打つ。
穏やかな寝息が二つ。片方は、看病を担ったベア院長だった。




