027 残党狩りの口づけ①:内通者
ミルズの森を抜けると、雨脚は激しく、しかし森と村の境界を抜けると綺麗に止んでいた。
煙雨の向こうで、村人たちが待ち構えている。
凱旋行列に道を空け、歓声が巻き起こる。
村人たちが手にする銀器や農具に夕陽がきらめいていた。
祝福する群衆の先頭で、猟銃を手にして憔悴する獣追いが、目を皿にして行列を探っていた。
「おっとう!」
行列の後方から、探していた声がする。
獣追いは空耳を疑い、二度目の声で決然と振り向いた。
狗人の懐から身を乗り出して手を振る、元気な我が子らの姿。
一目見るや、たちまち視界が熱くにじんでいく。
大事な猟銃が手を滑り落ち、無心で兄弟の元へ行く。
狗人に降ろしてもらった兄弟も、父の元へ駆けていった。
父と兄はむせび泣き、無事を喜ぼうとしても声にならず、しかし通じ合い、痛くなるほど抱擁を交わし合った。
弟だけが武勇伝を自慢したがって、耳を貸さない父に不満がった。
父子たちを見ていられず、騎馬が数組、隊列から外れた。
「良かったな」「ご尊父よ、気持ちはわかるが泣くな。胸を張れ」「そうだ。その子らは族長の息女を救った戦士なのだ」
エリーたちは胸の温まる光景を眺めつつ、その横を通り過ぎる。
「や、二人ともご苦労様」
歓声を掻き分けて行列に足並みを揃えたのは、銀仮面の護律官。
「ミキさん!」
「話は聞かせてもらったよ。私抜きでよく頑張ったね。張り切って雨を降らせてるから、どんな隙間に隠れようが吸血鬼は逃がさないよ。安心したまえ」
エリーに軽く声を掛けて、ミキはイーリャの隣で歩く。
「教官……遅いですよ」
「ごめんごめん。雨を降らせたしチャラにしてよ」
「足りませんよ」
ミキは思い切りイーリャの太ももを引っ叩いた。
「いっ!?」
「安静にさせてって言ったのに、エリーさんまで連れ出して……生意気言うんじゃないの」
「違うんです、ミキさん」
エリーが庇う。
「私が勝手について行っただけで……」
「関係ないよ。本当なら吸血鬼騒ぎなんて一人で解決できるくらいじゃなきゃ、護律協会は務まらないんだからさ」
「面目次第もございません……」
「素直でよろしい。今後の活躍に期待するよ。それはそうと」
ミキは白髪の束を懐から出した。
「収穫はあったよ、エリーさん」
「それは……」
「多分、触媒……なのかなあ。自信ないや。詳しく調べてみないことにはわからないけれども、本物だとすればちょっとしたものかもよ」
「それってどういう……」
「当て推量は怖いから、きちんと調べてから教えるよ」
「ミキさんって勿体ぶりたがりますよね」
「良いかいエリーさん。ズバズバ断言しまくる人間は根拠のない自信に目覚めさせる話法を持っているだけであって、信用できる人とは限らないんだ。本当に信用できる人間っていうのは、安易な明言を避けがちなのだよ」
「はいはい」
そんなこと言いつつ、何もかもあやふやにして煙に巻く人なら知っていますけれど。
凱旋行列はコシノフ邸前まで続き、その間を利用してミキとイーリャは状況報告を済ませた。
「お帰りなさいませ。お疲れのところ恐れ入りますが、内通者の正体が判明しました」
出迎えてくれたキャスパーの第一声に、エリーとイーリャは度肝を抜かれた。
「内通者?」
ミキは首を傾げた。
帰宅後一番、応接間に通される――
「と、その前にエリーさん」
ミキが呼び止めた。
「色々あったろうし色々聞かせてもらいたいのは山々なんだけれども、まずその格好どうにかしなよ」
ボロボロだったことを忘れていた。
仕方ないでしょ。崖から落ちたときはもっと酷かったんだもの。
「宴もございます。私物でよろしければ、正装をご用意できますよ」
イーリャの私室に招かれる。
イーリャは目元にシャボンを作り、眼鏡の代わりにした。
眉間に寄ったしわがほぐれ、素朴な素顔をエリーに見せた。
「きっと眼鏡をかけた方が可愛くなるのに」
イーリャは笑って誤魔化した。
急いで身を清める。湯を絞ったタオルで身体を拭いた。
贅沢にファーをあしらったロングドレスに袖を通す。
エリーとイーリャの体格が似ているおかげで裾直しも最小限で済んだ。
腰にスカーフベルトを巻き、肩回りはピン留めし、ピンはショールで覆う。
「良いんですか? イーリャさんの物なのに、穴なんか空けるのは勿体ない気が」
「どうせ着る予定もありませんので」
髪を梳き、化粧は控え目に。
香水を……と、瓶に触れる寸前でイーリャの手が止まる。
狗人は鼻が利く。控え目にかけても不快にさせるかもしれない。
「ですが、まあ、このくらいはご勘弁願いましょう」
イーリャはまだ湯気の立つ湯桶に香水を一噴き――できなかった。
瓶を振っても液体の手応えがない。凍っている。
「忘れてください」
気まずそうにイーリャは香水瓶を仕舞った。
踵の低いパンプスが少し不細工だったけれど「つまづいたら大変です」とイーリャに止められた。
姿見の鏡像はまるでどこかのご令嬢のようで、エリーはしばらく表に裏に身体を回し、見蕩れてしまった。
華美になりすぎず威厳を秘めた装いは、きっとコシノフ家の気質を表現するものだ。
「待たせていますから、そのくらいで」
眼鏡のシャボンが割れるのが合図だった。
イーリャの私室を出て、吹き抜け階段を降りるまでの間。
屋敷で働く人々の目を集めてしまって、どうにも居心地が悪い。
「どっちが屋敷の主人なのか、わかりませんね」
「やめてください」
本来の主人に言われると笑えない。
きっと眼鏡が似合うと言ったことへの、ささやかな意趣返しなのだろう。
改めて全員で応接間へ入る。
「これはこれは」
「見違えたよ」
室内で待ち構えていた二人が、口々にエリーをちやほやと迎えた。
エリーたちを待つ間に、キャスパーはミキに内通者騒ぎのあらましを伝えていた。
「追手のことまでは考えつかなかったよ。見通しが甘かったね。ごめんよ」
「済んだことですから。それよりも、内通者の正体って?」
足並みが揃ったところで、キャスパーから最新の報告を受けた。
脱走した捕虜が自首したのだという。
森で待機中の仲間は吸血鬼になったか、その仲間の餌食になったかのどちらかで、ウマも全滅。
これ以上の抵抗は無駄だと悟り、折れた鼻っ柱でキャスパーに泣きついた。
懸念が一つあった。
吸血鬼化は、エリー殺害が失敗した際の保険である可能性だ。
既定の時間が過ぎた時点で殺し屋一味を吸血鬼化させることは、織りこみ済みだったのではないか。
突発的な事故に見せかけてラムシング村ごとエリーたちを襲撃するつもりだったとしてもおかしくはない。
手段を選ばないなら、考えられる筋書きだ。
キャスパーの指摘を、出戻り捕虜は頑なに否定した。
捨て身の戦法を取るくらいなら、もっと知恵を絞るのが彼らのやり方だという。
第一、目立ちすぎて話にならないし、前提からして標的以外を巻きこむ恐れがある手段は選ばない。
百歩譲って吸血鬼化が秘密裏に作戦に組みこまれていたのだとしても、吸血鬼にとって鬼門の昼間に決行するのは不自然だ。
ウマまで食い潰す無節操さも仲間らしくない。
「俺たちは被害者だ!」とまで言ってのけたそうだ。
どの口が。エリーは顔をしかめた。
「今、捕虜はどちらに?」
イーリャが尋ねる。
「地下牢です。一度は破られましたが、今後はその心配も無用でしょう」
「……それで、もう教えてくださっても良いでしょう。一体誰が内通者だったんですか」
宴に高鳴る胸は今や殺し屋への怒りにすげ代わり、エリーが訊く。
「捕虜は、内通者を通じて、当家の所有する銀のフォークを持ち出したと主張しております。当時、当家は吸血鬼対策のため、在宅中の全員に銀器をお貸ししておりました。また、貴重な家財にございますので、簡素ながら貸出名簿をつけております。その記録からフォークの借主を洗った結果、容疑がかかったのはヴィトー・アンドリーニです」
イーリャが表情の険しさを崩さず、目を見開く。「誰ですか」とエリーが訊いた。
「エリー様、討伐に向かう際、ロバートに取り押さえられていたご老人を覚えていますか。あの方です」
エリーを見て驚いていたあの人だ。
気難しそうで、若い頃の逞しさを感じさせる風貌の。
「そして――」
キャスパーが話を引き受ける。
「――捕虜の自称は、ミケーレ・アンドリーニ。ヴィトーの実子です」
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