026 スプリグリの凱歌
狗人たちの騎馬隊は隊列を整え、一行の帰還を迎えた。
見送りのときと比べても、露骨に態度を変えている。部外者の出立と、跡取りの帰りでは当然違うか。エリーは諦めがついた。周りがどう思おうと、当事者でないとわからないことはたくさんある。エリーにとって大切なのは、隣にいる人たちだ。
「お姉ちゃん!」
ウマを降りると、厳かな森の軍団に似つかわしくない、幼い声がした。
声の主を探すと、見知った子どもたちが狗人の女性のそばで、無邪気に手を振っていた。今にもこちらに駆け寄りそうな二人の男児の肩を、狗人の女性が柔らかに止めている。後でね、とか、少し待ってね、とか、言い聞かせているようだ。
笑顔でエリーも小さく手を振り返した。
ライトールもウマを降り、怪我を感じさせない足取りで一行の先頭に立つ。
「みな、心配をかけた! 泥だらけだが俺は無事だ!」
騎馬隊に波及する感嘆を、ライトールは声圧で蹴散らした。
「ここの二人、ラムシングの女傑らが助太刀を得て、俺は九死に一生を得た! 祀られぬ祖霊をエリーが翻弄し、ゲセカの息女、イーリャが自らの手で鎮めた証を、ここで、我らが祖霊に立てる!」
ライトールに続いて、イーリャも肩を並べる。
「ライトール様は単身で囮となり、ご令妹様に当村の子どもたちを託し、死地より逃した立役者です。殿を務め、祖霊から一歩も退かず、ご自身の使命を全うされた上でご生還を果たされました。どなたか、彼の武勇を証明できる者は」
君も一緒だったのにね? 眠る仔トナカイのことは、エリーが心の中で称える。
「兄上のご活躍はこのラライとヴューガ、そしてここにいる子どもたちが見届けました」
ほら。とラライに促され、兄は緊張混じりに「見届けました」と、弟ははきはき「ました」と誓う。同意を受けて、ラライが引き継ぐ。
「また、こちらの子は、弾を込めずに銃を撃ち、見事祖霊を欺き退けた麒麟児です。この子たちの活躍なくして、私の生還は語れません」
兄が照れる。「火薬を込めたのぼく!」と弟が抜け目なく手柄を主張し、ラライは破顔して「そうね、この子たちこそ麒麟児です」と訂正した。
騎馬隊の面々は話を噛み締めており、中にはぽつりぽつりと頷く者もいる。
イーリャとライトールの筋書通りだ。
今回は、話を盛らなくても双方の顔が立つ決着を見た。とても助かる。と、道すがら後継者二人は打ち合わせの中で漏らしていた。
イーリャも祖霊にトドメを刺して責任を示し、ライトールも命を賭けて村の関係者を救った。各々の長の跡継ぎとして、充分に面目を保つ働きだった。
「試練を乗り越えた勇者たちに、喝采を!」
年長らしき狗人の号令で、騎馬隊たちは勝鬨を挙げる。
結果、祖霊騒ぎはどこに出してもケチのつけようがない、円満な解決を見たのだった。
ライトールが勝鬨に負けじと声を張る。
「今日は好き日だ! 俺たちが試練を乗り越えたのはひとえに、天の加護を備えた強者が一挙に集ったためである! 異議ある者は! おらんな!」
ライトールの声が森に吸われ、場は静まり返る。
「であれば、今日という好き日は殊更に好き日だ! 一族とラムシング諸共、宴を挙げねば罰が当たる! そうだろう! 今日は俺の奢りだ! 一人残らず飽きるほど食い、飲み、祝うが好い!」
勝鬨よりも盛んな喝采が沸き起こる。
「さっすが若旦那!」「いよっ、太っ腹!」「あんたに一生ついてくぞ、御大将!」
賠償という打算に支配されていた騎馬隊の面々は、今やお調子者たちに様変わりする。宴と決まれば急いで帰ろうと野次が飛び、ライトールを若旦那と呼んで、ぐずぐずしないでくだせえなどと言う始末。
粗野だが快活な笑いが広がる。男の子たちが口々に「ぼくらも行って良いの?」と尋ね、「家族もお隣さんも、みんなまとめて呼んでおいで」とラライが柔和に歓迎する。子どもまで騒ぎに加わって益々賑やかだ。
「あいつらめ」
子どもはともかく、年甲斐もなく騒ぐ一族の太平楽に、ライトールが口の端を歪めた。
「小僧の家族も、当然ご両人も主賓だ。ご馳走させてくれるな」
「……良いのかな」エリーはイーリャに訊いた。「まだ内通者を捕まえてないのに」
「晴れの行事に加わるのは大事なことですよ」
流浪の生活の中で、スプリグリ族が身につけた気質だった。厄介な者に因縁をつけられそうなら、財産をその場で食い潰してしまえ。いつしかそれは、宴会好きで気風の好い一面へと転じていた。
加えて「それに」とイーリャに耳打ちされる。
「調理場をキャスパーに見張らせて、エリー様への配膳も一任させましょう」
「キャスパーさん……」
「私を信じてください。おまけに、あなたの身体の中には特別な血が流れているではありませんか。怖いものなどありませんよ」
「ううん? ……あ」そっか。毒なんかあおっても、身体を蝕む前にあいつが追い出しちゃうんだ。あいつ、煙の毒にも注意を払っていたくらいだし。
無害とまではいかなくても、今のエリーの身体なら、毒の影響を最小限にできる。
「なぁんだ! じゃあたくさんご馳走になっちゃお!」
イーリャのお墨付きで、エリーは喜んで誘いを受けた。特別な血とかいう誰かさんには、これまで迷惑をかけられた分だけしっかり働いてもらおう。
遊牧民の宴会料理。想像するだけで腹の虫が鳴いた。
【『なっちゃお!』じゃねえよ!】
エリーの腕が勝手に動いて、鼻の両穴に二本指が突っこまれた。銀の熱さを胸に感じた。熱さに怯んだ隙に、自由な方の手で引き剥がす。
「何させんのよ! 人前で!」
【黙って聞いてりゃ勝手放題決めやがって! 食用種の飯だけでもうんざりだってのに、毒なんざバカスカあおられてたまるか!】
「ご飯くらいゆっくり食べさせてよ! やっと一息つけそうなのに!」
【オレの飯にあーだこーだ注文つける奴に、んな自由あるか!】
「嫌よ! 私行く! 思う存分食べてやるんだから! ライトール、縛ってでも連れてって! 何かアルフレッドがぐずってるから!」
【オレをガキ扱いすんな!】
傍目には独り相撲にしか見えず、ライトールを始め狗人たちは困惑した。
帰途につく。スプリグリ族の騎馬隊半数を残党狩りに残し、戦い疲れたエリーたちを村まで護送する。
「護律協会の方がいないのに、大丈夫なの?」
ライトールは「深追いはしない」と潔い。
「臭いから吸血鬼の潜伏地を絞る。その周辺に目印をつけて隔離するだけだ。万が一遭遇しても、俺たちは安住の民よりかは銀の蓄えがある。迎え撃つ備えは充分だ」
「へえ、案外優遇されてるのね……」
「移動生活が基本の彼らから、過剰に資産や自衛力を奪う訳にはいきませんから」ウマに揺られつつ、イーリャが補足した。
誰の差し金か、スプリグリの凱歌が流れた。口笛やボディーパーカッションの即席鼓笛隊に寄せて、一族一の歌の名手ラライが朗々と歌う。
馴鹿呼び唄とは対極の猛々しい旋律を帰還の共に、獣追いの兄弟たちは乗馬を楽しみ、狗人たちがエリーやイーリャを囲んで武勇伝をせがむ。暑苦しい。しかし、名残雪のまだ厚いこの季節に快い厚かましさだった。
凱歌はコシノフ邸の一室にまで届いていた。
赤みの抜けない寝顔のヘーゼルが薄目を開けて、弱々しく微笑んで寝返りを打つ。穏やかな寝息が二つ。片方は、看病を担ったベア院長だった。
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【何事】
気づいたらすっごいリアクションいただいてました。ありがとうございます。




