022 祖霊やらい 3/4:お・手
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スプリグリ族はライトールの救援に手を貸さない。
イーリャの説明に、エリーは耳を疑った。
「族長さんの息子なんですよね? どうして」
イーリャは左右に並走するスプリグリ族に視線を配り、しかし狗人の聴力には敵わないと割り切って堂々と声にした。
「ラムシング村を治める者として、まず当家に責任を果たすよう求めているのです」
「責任って……そんなこと言っている場合じゃ」
「ライトールたちを無事に救助できれば安泰。彼の身に何かあれば、彼らは賠償を請求します」
「賠償……まさか」
イーリャは頷いた。
「私どもにご期待をかけてくださっているのです。彼らは」
暗に、賠償を支払う方に。
遊牧民である狗人、スプリグリ族は、牧草地を求めて各地を転々と流浪する。
大地から緑を奪い尽くして去るという生活文化は、彼らの気質の土台となった。
もらえるならもらう。奪えるなら奪う。奪えそうなら、危なっかしいので親切で奪う。奪う必要に迫られれば、是が非でも奪う。
「この地は当家の管轄です。彼らが滞在する間の安全を保障する義務があります。ライトールは族長のご子息、その賠償はいくらになるか……。当家はおろか開拓計画が消し飛びかねません」
「ライトールの命はどうだって良いって言うの?」
エリーは並走する狗人たちへ非難するつもりで、イーリャに食ってかかった。
「やめなさい。……当然ながら、いざとなれば彼らも介入します。しかし、それは当家が責任を果たせないと判断した後です。ですから、私どもで率先してお助けしなければいけません」
並走する狗人が、何も聞こえていなかったかのように装ってウマを寄せてきた。
「この先だ。コシノフのご息女、ご武運を」
スプリグリ族たちが示し合わせたように横一列に止まり、エリーたちを見送った。
規律のとれた隊列だ。声援が白々しく聞こえた。
ウマの切る風が焦げ臭く、肌に熱が当たる。風が目に染みるのは煙が混ざっているせいだ。森から上がっていた煙――火元が近い。
「イーリャさんは露術で後ろから手助けしてください」
エリーは地肌からペンダントを離し、服の外にかけ直した。「とんでもないです」とイーリャは拒む。
「私が先陣を切ります。それがコシノフの女の責務で」
「適材適所!」
エリーは声を張って黙らせた。小癪な理屈は、スプリグリ族の冷徹さだけで充分だ。
「不安でしょうけれど、ここはアルフレッドに任せてください。それより、火が燃え広がったら後が大変です。イーリャさんは状況を見守って、一番良い手を考えてください」
言い返そうとしてイーリャは口を開け閉めし、歯痒そうに俯いた。
イーリャが身の丈に合わない重責を背負っていることは、手の震えと今の会話でわかる。このまま矢面に立たせてしまえば、緊張に圧し負けてしまう。
部外者のエリーが図星を突くだなんて、出過ぎた真似だ。
けれども、エリーが正しいと理解しているから、イーリャは反論も口にできなかった。
「……面目ございません」
「違う! こういうときは、ありがとうって言うの!」
面目ないから何だと言うのだ。
命を懸けてまで、身の丈に合わない責務を負う必要がどこにある。
弱さを理由に、誰かを頼ってはいけないというなら、色んな人の手を借りなければ外を出歩くことすらままならないエリーはどうなる。
エリーは死の淵から蘇り、吸血鬼に寄生され、新しい命を宿していて、殺し屋につけ狙われている。
状況はとっくにもうエリーの手に余りすぎている。
できないことはできないと割り切って誰かに頼らなければ、そして自分にもできることを探さなければいけない。
エリーだけではない。イーリャだって、そのはずだ。
「イーリャさんが一番露術を使いやすい位置で戦ってください! あなたは私の先生なんですから、お手本を見せてくれなきゃ困るんです!」
有無を言わせない力強い目で、エリーは言外に訴えた。
ミキが露術指導を任せたくらいなのだから、イーリャは本当は弱くない。きっと彼女だけの強みがある。だから勇気を振り絞れる。危険な場所にも赴ける。
イーリャが活きる領域はただ、敵から離れた場所というだけ。エリーの直感がそう告げている。
イーリャは目を丸めて、可愛らしく面食らった。目をぎゅっとつむり、前を向くイーリャから、迷いは消えていた。
「ええ、そう、そうですね。私はあなたに、露術の使い方を教えなければなりませんでした」
「一番すごいの、頼みます」
「生意気な……いえ、感謝します。エリー。援護はお任せを! 万難尽く退けてご覧に入れます!」
森と雪原の境が近い。まばらになりゆく木立、木漏れ日が増し、目の前の景色が開けていくはずが黒煙に閉ざされていく。
雪原は灼熱、大火事だった。
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「ハッ! 口だけなら何とでも言える。テメエの出る幕なんざねえよ」
太陽が煙に陰る中、赤い目がイーリャを見据える。エリーはアルフレッドに変わっていた。
「オレの足を引っ張ったら承知しねえぞ、箱入り娘」
「あなたに言われる筋合いはありません、吸血鬼。コシノフの無謀を知りなさい」
「胤族だつってんだろ、どいつもこいつも! 吐いた唾ぁ呑むんじゃねえぞコラ!」
アルフレッドは走るウマの背に立ち、黒煙で閉ざされた闇へ跳び、その向こうに踊り出た。
力任せ一辺倒では、エリーの身体が持たない。それは昨日、殺し屋で遊んで確かめた。
そして、一度目の脱走騒ぎで、アルフレッドは身体の脆さを補う方法を掴んでいる。
手の平にびっしりと牙を生え詰まらせた感覚。血の糸の効率的な使い方。
アルフレッドは不敵に嗤う。
相手が血穢なら、実地試験に丁度良い。
†
妹たちのために身命を捧げ、武人として最期を飾る覚悟であったライトールでも、逆立てた毛が萎えてしまう光景だった。
方や、知恵をつけたケナガウマの祖霊。方や、血生臭さを漂わせる、よそ者の女。
突然死地に姿を現した女は、あろうことか祖霊の剛腕を片手で弾き返してしまった。
横槍を入れられた祖霊は耳を絞り、首を精一杯上げて、甲高くいなないた。同じくケナガウマであるライトールの愛馬、ヴューガの威嚇やその警戒する仕草と瓜二つだった。
女は血に染めた目で、風光明媚を楽しむ風情をくゆらせて、倒木の燃え盛る雪原を見渡した。
感嘆を漏らす。
「銀胤反応を逆手に取ったか。独学……いや、その若さなら独創の域か。まあ、車輪の再発明だがな」
鼻で嗤う女。顎を上げて祖霊を見下し、尊大に指を差す。
「興が乗った。延命してやっても良い」
女は滔々と祖霊の威嚇を無視し、その不遜さが祖霊の神経を逆撫でし、手を振り挙げさせた。
無数の蹄を生やし固めた拳、鉄に匹敵する蹄鎚が、たおやかに人差し指を伸ばすままの女を襲う。
「……るせえな! わーってるよ!」
女は誰に怒鳴ったのか、ライトールにはわからなかった。
ただ確かなのは、祖霊の蹄槌が直撃する寸前、見えない壁に阻まれたかのように止まったということだけ。
女の指先に触れるか触れないかの距離で、祖霊の腕が震えている。
その背後に伸びる赤い糸は森を通って折り返し、女が留守にしている手に繋がっていた。
血の糸を樹幹に噛ませ、祖霊の腕力を殺したのだ。
「オレが『お手』つったら、こうしろ」
止まった蹄の先を、女は気怠い人差し指でちょんと突き、くりくりといじって、愛でた。
愚弄されている。祖霊の怒りは蹄に満ち、血の針を伸ばして女を襲う。
だが女は鬼ごっこ気分でふわりと跳び退り「鬼さんこちら」と手を叩く。
風光明媚の風情に水を差されたとでも言いたげに、女の表情が冷めた。
「二度とつまんねえ芸を晒すな。ほらよ、お・手」
女は再び、リラックスして指を差す。




