021 祖霊やらい 2/4:白昼が闇
爆発、炎上。轟音が一帯を震撼させ、咄嗟にライトールはラライたちを庇った。爆風が背を吹き荒ぶ。バラバラ死体が降り注ぐ。
風が止み、全員の無事を確認し、暴れるヴューガの手綱を引きつつ、爆心地を注視する。
死体の落下地点で、いきなり爆炎が上がった。
火元は油分の多い生木の倒木だ。もうもうと上がる黒煙は太陽を遮り、ライトールたちに揺らめく影を落とした。
「何だ……何が」
ライトールの思考が真っ白になる。火を操る祖霊など聞いたことがない。
勢いを増す黒煙に目を奪われていると、煙の中から尾を引いて、何か小さく光る物が飛び出した。
まとった煙が薄れていく。
「フォーク……?」
太陽に輝くフォークは、ライトールたちの頭上高くを通り越し、遥か背後の倒木にカランと命中する。
そして、炸裂。
爆発音と、守るべき者たちの悲鳴を浴びながら、ライトールは呆然と倒木を見渡す。
炎上した倒木以外からも、細く微かな白煙が昇っている。
「まさか……」
木漏れ日が、祖霊の血の一部を焼いているのではないか。
吸血鬼――祖霊の血は太陽光を浴びると比較的じっくり焼けるのに対して、銀に接触すると、瞬時に凄まじい熱を解き放つ。
雪原を囲む倒木全てに、あの祖霊の血が仕込まれている。銀の矢じりの埋まった死体に反応し……。
(いや、違う)
深く突き刺さった矢じりが血に反応するとは思えない。それにライトールが銀の矢じりを持っていたのは偶然だ。
この状況は明らかに、祖霊が狙って作ったものだ。
(自分の血を火薬に……? 枝葉の作る影は、血を温存するのが本命か!?)
肉体を切り離してまで死体を取りに戻ったのは、起爆剤として銀器を、殺し屋や獣追い親子の“隠し弾”を回収するためだった。
銀器の狙いは適当で良い。切り離した肉体が自ら接触すれば着火する。
煙幕はいや増し、天を隠す。白昼が闇に閉ざされる。
煙の向こう、陽炎に揺らぐ祖霊が、犠牲者の衣服を裂いて作った投石器を振り回す。銀に触れずに投げるよう工夫している。
いくら何でも学習が早すぎる。
「祖霊よ、鎮まれ! 火の手が回りすぎる! これ以上は霊髄を招くぞ!」
回答は、三つ目、四つ目の銀器と、爆発だった。
わかる訳がない。人間が元であればまだしも、相手はケナガウマの祖霊だ。人間の血から知能を得ても、言葉や意味といった知識までは奪えない。
「クソッ! これだから祀られぬ祖霊というのは!」
黒煙を吸い、ライトールが咳きこむ。
「兄上、頭を低くして!」
ラライに腕を引かれ、ビューガの頭を何とか下げさせてから、ライトールも姿勢を低くした。呼吸が楽になる。
火の手は四方から立っている。銀で着火された倒木を除けば、火の回りは遅い。だが、全ての倒木に祖霊の血が潜んでいる。
突破はできない。必ず犠牲が出る。
「死んでくれるか、ヴューガ」
鼻面を撫でると、愛馬はぶるると応える。ライトールは瞑目し、強いて穏やかに息をついた。
「俺とトナカイで注意を引く。ラライは小僧どもとヴューガに乗って逃げろ」
「いけない、兄上! 全員で!」
「悠長に言ってられん! 急げ!」
祖霊が、黒煙の作る闇に踏み出した。燃える倒木を丸ごと持ち上げ、大きく振り、軸足で回転する。
(焦れたか。自ら包囲に穴を作ってくれた)
ライトールは祖霊の背後に活路を見出す。
「あそこだ! 早く!」
祖霊に目を奪われていたラライが、弾かれたように兄弟を連れてヴューガに乗る。
「祖霊のご加護を!」
ラライの祈りと共に、敵なる祖霊が燃え盛る巨木を投げる。
拍車をかけるラライ。ヴューガは大外から回って祖霊の背後を目指す。
巨木が来る。ライトールが仔トナカイを庇って転がり、かわす。新芽を探して掘り返した雪原はそこら中が泥濘と化していて、ライトールは泥にまみれた。
祖霊は、ラライたちの方を追った。
「やめろ!」
叫ぶライトールに一瞥もくれず、祖霊は逃げるラライたちを選ぶ。
(わざと逃げ道を!)
ライトールは次の矢を射た。祖霊は構わず矢を受けた。銀が底をついたと見抜かれていた。
もはやウマからかけ離れた巨大な腕が、ウマの蹄持つ指がラライにかかろうかというとき。
ラライが割れた古銭を投げつけ、祖霊の手が発火した。必死に火を払う祖霊。沸騰する血がそのまま祖霊の怒りとなる。
足が止まった隙に、獣追いの兄の銃口が狙いを定めていた。
発砲――祖霊の足がすくんだ。
が、何ともない。ただの空砲だ。
これまでの追跡中、獣追いの兄弟は引き金すら引かなかった。そのため祖霊は、隠し弾がもう尽きたと決めつけていた。
事実、その直感は的中している。
だが、この土壇場――それも、樹々の合間を縫って追走していたときとは違って、一直線に背中を追うのは隙だらけだった。
銃声は、否応なしに祖霊の虚を突いた。
ハッタリをかまされた祖霊は更に激昂し、再びラライたちを追う。
今度は弟が、潰したブルーベリーを祖霊に投げつける。エリーに渡すために取っておいた森の恵みだ。
ブルーベリーの果汁が祖霊の手に浸透する。祖霊の手が捻じれてブルーベリーの茂みが生じ、人獣と植物の相が融合していった。
ブルーベリーの特徴が発現し、自分の意思に反して麻痺していく腕に祖霊は恐れおののき、自身の腕を切り離した。
ブルーベリーの侵食は止まり、切り離された腕は奇怪に蠢く肉の灌木となる。肉の灌木は雪を吸うにつれてむしろ枯れていく。最後には正体を失くして血の染みと化した。
その隙にラライたちは黒煙の切れ間を抜けた。祖霊の追跡を振り切り、森の奥へ姿を眩ませた。
逃がした獲物を口惜しそうに見送る祖霊の背に、火矢が命中する。松脂を矢に塗り、倒木の火を燃え移させた物だった。
たまらず祖霊は矢を引き抜き、振り向いた。
ライトールが哄笑する。ライトールは弓を捨て、曲剣を抜き、祖霊の注意を引く。
新たな得物――倒木の樹皮を剥いで束のように巻き、火を点けた即席の松明を加えた二刀流だ。
「無様だな! 女、子どもに手を噛まれて怖気るか! ならばこのスプリグリの血、バルケティルの息ライトール、貴様如きに吸い尽くせると思うなよ!」
腰を抜かして息急く仔トナカイを背に庇い、ライトールが祖霊と対峙する。
祖霊は手をこまねいているように見えた。松明を振ると、火の粉すら避けようとする。
元がケナガウマ。たとえ訓練されていようが、火に触れることの危険性は本能に刻まれている。
加えてライトールは倒木の猛火を背負う位置に陣取っていた。力任せの突撃を躊躇させる立ち位置だ。
ライトールは尻尾に感じる熱から、燃え移る寸前の距離を測り、炎に背中を預ける。
割れた古銭の残り片方と共に、曲剣の柄を強く握った。
「どうした? 来い! 来い! 来い!」
松明を大振りし、わざと隙を作っては挑発し、攻撃を誘ってはかわして、反撃を繰り返す。
掴みは松明で牽制する。あくまで狙い目は打撃へのカウンターだ。祖霊の腕力が加われば、曲刀の柄まで深く刺さるはずだとライトールは踏んでいた。
(刺し傷へ直接、銀をねじこみ、祖霊を滅する!)
運が良ければ、利き腕一本を落とすだけで済むだろう。祖霊一柱と刺し違えるのであれば安いものだ。
焦れた祖霊が、大振りに構えて、一撃必殺の威力を拳に溜めた。
巨大な両腕が一つに寄り合い、巨人の剛腕を成して。ライトールの手中の銀が、余りに小さく感じるほどに。
決死の覚悟がライトールの両足を伝い、地面を捉えた。
だが、祖霊は拳を下ろさず、背後に伸ばした。
火の回りが足りない倒木を手にし、棍棒代わりにライトールを薙ぎ払う。
咄嗟にライトールは曲剣で防いだものの、倒木の重量は軽々とライトールの身体を突き飛ばす。
背中を地面に打ち、息が止まる。嗚咽で吹き返す。泥を掻き、剣を支えにして、しかし足が泥に滑って立てない。
仔トナカイがライトールに助けを求めて鳴いている。
祖霊は棍棒を捨てた。ライトールと仔トナカイを見比べて、その魔手を、わざとらしくゆっくりと、恐怖を煽るように幼い命へと伸ばす。
ライトールの慟哭に、祖霊を止める力はない。
【
仔トナカイの首に祖霊の蹄がかかろうとして、祖霊の腕は、大きく仰け反るほど弾き返された。
ライトールが刮目する。
祖霊の前に立ち塞がるのは、スプリグリ族の女人がまとう装束。色鮮やかに染められたフェルトの服。ヘーゼルと深く交わった、忌まわしい情婦。
女は今朝とは比較にならないほど濃密な血の穢れを放ちながら、怯える仔トナカイの鼻面を撫でた。
仔は目を閉じ、ことんと眠りに落ちてしまった。
白目を血に染めて、呪われた女が高慢に笑みを裂く。
「血穢風情が、図に乗るなよ」
白昼の下、黒煙のもたらす偽の闇より、吸血鬼アルフレッド・ヴァルケルが顕現する。
【謎】
Q.
太陽でも燃えるはずの吸血鬼が何でわざわざ銀を回収しに行ったの?
A.
太陽を浴びた表面の血しか燃えないためです。
太陽を利用した方法だと、生木との接触面に火が回る前に燃料となる血液が不足し、不安な火力しか残らなくなります。
特に木の枝が影を作っているため、幹を燃やすには枝を払って日当たりを良くするという手間が生じてしまいます。
祖霊はそんな悠長にしていられなかった訳です。
生木に着火するほどの火力を出すには、ある程度まとまった血液に銀をぶちこみ、生木と接触させながら燃やす必要があったのでした。




