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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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022 お・手

   †】


 スプリグリ族はライトールの救援に手を貸さない。


 イーリャの説明に、エリーは耳を疑った。


「族長さんの息子なんですよね? どうして」


 イーリャは左右に目を配り、しかし狗人の聴力には敵わないと悟って堂々と声にした。


「ラムシング村を治める者として、まず当家に責任を果たすよう求めているのです」


「責任って……そんな悠長なこと言っている場合じゃ」


「ライトールたちの救助が叶えば安泰、しくじれば彼らは賠償を請求します」


「賠償……まさか」


 イーリャは頷いた。


「私どもにご期待をかけてくださっているのです。彼らは」


 暗に、賠償を支払う方に。


 遊牧民である狗人、スプリグリ族は、牧草地を求めて各地を転々と流浪する。大地から緑を奪い尽くして去るという生活文化は、彼らの気質の土台となった。


 もらえるならもらう。奪えるなら奪う。奪えそうなら危なっかしいので親切で奪う。奪う必要に迫られれば、是が非でも奪う。


「この地は当家の管轄です。彼らが滞在する間の安全を保障する義務があります。もし族長のご子息であるライトールの身に万が一のことがあれば、その賠償はいくらになるか……当家はおろか開拓計画が消し飛びかねません」


「ライトールの命はどうだって良いって言うの?」


 エリーは並走する狗人たちを嫌悪し、聞えよがしに非難する。「やめなさい」とイーリャがたしなめた。


「当然ながら、いざとなれば彼らも介入します。しかし、それは当家が責任を果たせないと判断した後です。ですから、私どもで率先してお助けしなければいけません」


「この先だ。コシノフのご息女、ご武運を」


 スプリグリ族たちが横一列に止まり、エリーたちを見送る。規律のとれた隊列だ。声援が白々しく響いた。


 ウマの切る風が焦げ臭く、肌に熱を、目に刺激を感じた。火の気配だと直感する。


「イーリャさんは露術で後ろから手助けしてください」


 エリーは地肌からペンダントを離し、服の外にかけ直した。イーリャは拒む。


「私が先陣を切ります。それがコシノフの女(コシノヴァ)の責務で」


「適材適所!」


 エリーが黙らせる。小癪な理屈は、スプリグリ族の冷徹さだけで充分だ。


「不安でしょうけれど、ここはアルフレッドに任せてください。それより、火が燃え広がったら後が大変です。イーリャさんは状況を広く見て、手助けに徹してください」


「……面目ございません」


 歯がゆい顔をしている。無理もない。出過ぎた真似だが、エリーは遠回しに、イーリャでは不適格だと突っぱねたのだ。


 イーリャが身の丈に合わない重責を背負っていることは、手の震えと今の話で理解できし、イーリャ自身も本番での弱さを見透かされたと思っているのだろう。


 しかし、だから何だというのだ。


「違う! こういうときは、ありがとうって言うの!」


 命を懸けてまで責務に徹する必要があるのか。弱さを理由に、誰かを頼ってはいけないというのか。なら、色んな人の手を借りなければ外を出歩くことすら恐ろしいエリーはどうなるのか。


 エリーは死の淵から蘇り、吸血鬼に寄生され、新しい命を宿して、殺し屋につけ狙われている。状況はとっくにもうエリーの手に余りすぎて、足の届かない深みにいる気分だった。誰かに頼らなければ溺れてしまいそうだし、自分にできることを探さなければやはり溺れてしまいそうだ。


 エリーだけではない。イーリャだって、そのはずだ。


「イーリャさんが一番露術を使いやすい位置で戦ってください! あなたは私の先生なんですから、お手本を見せてくれなきゃ困るんです!」


 有無を言わせない力強い目で、エリーは言外に訴える。


 イーリャは目を丸めて、可愛らしく面食らったようだった。目をぎゅっとつむり、前を向く。


「ええ、そう、そうですね。感謝します。エリー。援護はお任せを! 万難尽く退けてご覧に入れます!」


 森と雪原の境が近い。まばらになりゆく木立、木漏れ日が増し、目の前の景色が開けていくはずが黒煙に閉ざされていく。雪原は灼熱、大火事だった。


   【


「出る幕なんざねえよ」


 日が煙に陰る中、赤い目がイーリャを見据える。


「オレの足を引っ張ったら承知しねえぞ、箱入り娘」


「あなたに言われる筋合いはありません、吸血鬼。コシノフの無謀を知りなさい」


「胤族だつってんだろ、どいつもこいつも! 吐いた唾ぁ呑むんじゃねえぞコラ!」


 アルフレッドはウマの背に立ち、黒煙の作る闇へ跳び、その向こうに踊り出た。


 力任せでは、この身体は持たない。相手が血穢なら、試運転に丁度良い。


   †


 妹たちのために身を捧げたライトールでも、逆立てた毛が萎えてしまった。戦意を失う構図だった。


 方や、知恵をつけたケナガウマの祖霊。方や血生臭さを漂わせる、よそ者の女。女はあろうことか、祖霊の剛腕を片手で弾き返してしまった。


 祖霊は耳を絞り、首を精一杯上げて、甲高くいなないた。同じくケナガウマであるライトールの愛馬、ヴューガの威嚇や警戒と瓜二つだった。


 女は血に染めた目で、風光明媚を楽しむ風情をくゆらせて、倒木燃え盛る雪原を見渡した。


 感嘆を漏らす。


「銀触媒反応を逆手に取ったか。独学……いや、その若さなら独創の域か」


 まあ、車輪の再生産だがな。小馬鹿にした失笑を漏らす女。顎を上げて見下し、頭ごなしに祖霊に指を差す。


「興が乗った。延命してやっても良い」


 威嚇を無視された苛立ちが、祖霊に手を振り挙げさせた。


 無数の蹄を生やし固めた拳、鉄に匹敵する蹄鎚(ていつい)が、たおやかに人差し指を向けたままの女を襲う。


「……るせえな! わーってるよ!」


 女は誰に怒鳴ったのか、ライトールにはわからなかった。


 ただ確かなのは、祖霊の蹄槌が、直撃の寸前で見えない壁に阻まれたかのように止まったという事象だけ。


 祖霊の腕が震えている。その背後に伸びる赤い糸は森を通って折り返し、女が留守にしている手に繋がっていた。


 血の糸を樹幹に噛ませ、祖霊の腕力を殺したのだ。


「オレが『お手』つったら、こうしろ」


 止まった蹄の先を、女は伸ばしっ放しの人差し指でちょんと突き、愛でた。


 愚弄されている。祖霊の怒りは蹄に満ち、血の針を伸ばして女を襲う。だが女は鬼ごっこ気分でふわりと跳び退り「鬼さんこちら」と手を叩く。


 風光明媚の風情に水を差されたとでも言いたげに、女の表情が冷めた。


「二度とつまんねえ芸を晒すな。ほらよ、お・手」


 女は再び、リラックスして指を差す。

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