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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
3.ラムシング訪問

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021 白昼が闇

 爆発、炎上。轟音が一帯を震撼し、爆風が一同の間を荒び抜ける。咄嗟にライトールはラライたちを庇った。全員の無事を確認し、ヴューガの手綱を引きつつ、爆心地を注視する。


 死体の落下地点で、いきなり爆炎が上がったように見えた。油分の多い生木だ。もうもうと上がる黒煙は太陽を遮り、ライトールたちに揺らめく影を落とした。


「何だ……何が」


 ライトールの思考が真っ白になる。火を操る祖霊など聞いたことがない。


 勢いを増す黒煙に目を奪われていると、煙の中から尾を引いて、何か小さく光る物が飛び出した。まとった煙が薄れていく。


「フォーク……?」


 太陽に輝くフォークは、ライトールたちの頭上高くを通り越し、背後の倒木にカランと命中する。


 そして、炸裂。


 守るべき者たちの悲鳴を浴びながら、ライトールは呆然と倒木を見渡す。炎上した倒木以外からも、細く微かな白煙が昇っている。思い当たる節があった。


「まさか……」


 吸血鬼――祖霊の血は銀に接触すると、凄まじい熱を解き放つ。


 雪原を囲む倒木全てに、あの祖霊の血が仕込まれているとすれば。枝葉の作る影は、爆薬としての血を温存するのが本命か。


 そして、肉体を切り離してまで死体を取りに戻ったのは、銀器を回収するためだった。


 銀器の狙いは適当で良い。切り離した肉体が自ら接触すれば着火する。


 煙幕はいや増し、天を隠す。白昼が闇に閉ざされる。


 煙の向こう、陽炎に揺らぐ祖霊は、犠牲者の衣服を裂いて作った投石器を振り回す。銀に触れずに投げる工夫か。


 いくら何でも学習が早すぎる。


「祖霊よ、鎮まれ! 火の手が回りすぎる! これ以上は霊髄を招くぞ!」


 回答は、三つ目、四つ目の銀器と、爆発だった。


 わかる訳がない。人間が元であればまだしも、相手はケナガウマの祖霊。人間の血を得て知能を得ても、名称などの知識までは奪えない。


「クソッ! これだから祀られぬ祖霊というのは!」


 黒煙を吸ったライトールが咳きこむ。「兄上、頭を低くして!」ラライに腕を引かれ、ビューガの頭を何とか下げさせてから、ライトールも姿勢を低くした。


 火の手は四方。銀と血で着火した倒木を除けば、火の回りは遅い。だが、全ての倒木に祖霊の血が潜んでいる。


 突破はできない。必ず犠牲が出る。


「死んでくれるか、ヴューガ」


 鼻面を撫でると、愛馬はぶるると応える。


 ライトールは瞑目し、強いて穏やかに息をついた。


「俺とトナカイで注意を引く。ラライは小僧どもとヴューガに乗って逃げろ」


「いけない、兄上! 全員で!」


「悠長に言ってられん! 急げ!」


 黒煙の闇に踏み出した祖霊が、燃える倒木を丸ごと持ち上げた。倒木を大きく振り、軸足で回転する。


 焦れたか。自ら包囲に穴を作ってくれた。ライトールは祖霊の背後、死の活路を指し示す。


「あそこだ! 早く!」


 怪異に目を奪われていたラライが、弾かれたように兄弟を連れてヴューガに乗る。


「祖霊のご加護を!」


 ラライの祈りと共に、敵なる祖霊が燃え盛る巨木を投げる。拍車をかけるラライ。ヴューガは大外から回って祖霊の背後を目指す。


 巨木が来る。ライトールが仔トナカイを庇って転がり、かわす。そこら中を掘り返した雪原は泥濘と化していて、ライトールを汚した。


 祖霊は、ラライたちの方を追った。


「やめろ!」


 飛び起きるライトールに一瞥もくれず、祖霊はより食いでのある方を選ぶ。もはやウマからかけ離れた巨大な腕が、ウマの蹄持つ指がラライにかかろうかというとき。


 ラライが割れた古銭を投げ、祖霊の手が発火した。


 必死に火を払う祖霊。沸騰する血が怒りを招く。


 執念で獲物を追う巨躯に、獣追いの兄は狙いを定めていた。発砲――祖霊の足がすくんだ。


 が、何ともない。


 これまでの追跡中、獣追いは引き金すら引かなかった。隠し弾はもう尽きたと決めつけて、事実その直感を的中させていた祖霊だが、この土壇場、注意を引きつけられた瞬間に轟く炸裂音は、否応なしに死を想起させるものだった。


 祖霊が再び前に進む。ヴューガが逃げ切るには、まだ距離が足りない。祖霊の爪がヴューガにかかろうとしていた。


 今度は弟が、潰したブルーベリーを祖霊に投げつける。エリーに渡すために取っておいた森の恵みだ。


 果汁が祖霊の手に浸透する。すると、手が捻じれてブルーベリーの茂みが生じ、人獣と植物の相が融合していく。


 吸血鬼――祖霊は、摂取した体液によって、身体の組成が変化する。人間なら人間の、ウマならウマの、ブルーベリーならブルーベリーの特徴が発現してしまう。


 祖霊の意思に反して麻痺していく腕に恐れおののき、祖霊は自身の腕を切り離した。ブルーベリーの侵食は止まり、切り離された腕は奇怪に蠢く肉の灌木となる。肉の灌木は雪を吸うにつれて枯れて、最後には正体を失くして血の染みと化した。


 その隙にラライたちは黒煙の晴れ間を隔てて祖霊の追跡を振り切り、森の奥へ紛れていく。


 ライトールの哄笑が、逃がした獲物を口惜しそうに見続ける祖霊を振り向かせた。


 ライトールは曲剣を向け、祖霊の注意を引き続ける。倒木の樹皮を剥いで巻き、火を点けて即席の松明にしていた。


「無様だな! 女、子どもに手を噛まれて怖気るか! ならばこのスプリグリの血、バルケティルの息ライトール、貴様如きに吸い尽くせる小物と侮るな!」


 腰を抜かして息急く仔トナカイと、燃え盛る倒木を背負い、ライトールと祖霊が対峙する。


 祖霊は手をこまねいているように見えた。松明を振ると、火の粉すら避けようとする。元がケナガウマ、たとえ訓練されていようが間近な火の危険は知っている。加えてライトールは猛火を背負っている。力任せの突撃を躊躇しているのだろう。


 尻尾に感じる熱から、燃え移る寸前の距離を測り、倒木と肉薄し、背中を預ける。


 割れた古銭の残り片方と共に、曲剣の柄を強く握った。


「どうした? 来い! 来い! 来い!」


 挑発し、攻撃を誘い、かわして反撃を繰り返す。掴みは松明で牽制する。あくまで狙い目は打撃だ。祖霊の腕力が加われば、柄まで深く刺さる。銀を体内へねじこみ、祖霊を滅する。


 運が良ければ、利き腕一本で済むだろう。祖霊一柱と刺し違えるのであれば安いものだ。


 焦れた祖霊が、大振りの一発を溜める。


 巨大な両腕が一つに寄り合い、巨人の剛腕を成して。手の中の銀が、余りに小さく感じるほどに。


 決死の覚悟がライトールの両足を伝い、地面を捉えた。


 だが、祖霊は拳を下ろさず、背後に伸ばした。火の回りが足りない倒木を手にし、棍棒代わりに薙ぎ払う。


 咄嗟にライトールは曲剣で側面を庇う。しかし、倒木の重量は軽々と彼の身体を突き飛ばし、地面に叩きつけた。衝撃で息が止まる。嗚咽で吹き返す。泥を掻き、剣を杖にして、しかし立てない。


 鳴く仔トナカイがライトールに助けを求める。


 棍棒を捨てた祖霊の魔手が、幼い命に迫る。


 慟哭に、止める力はない。


   【


 だが、祖霊の腕は、大きく仰け反るほど弾き返された。


 ライトールは刮目する。祖霊の前に立ち塞がるのは、スプリグリ族の女人がまとう装束。色鮮やかに染められたフェルトの服。ヘーゼルと深く交わった、忌まわしい情婦。


 女は今朝とは比較にならない血の穢れを放ちながら、仔トナカイの鼻面を撫でた。仔は目を閉じ、ことんと眠りに落ちてしまった。


 白目を血に染めて、呪われた女が高慢に笑みを裂く。


血穢(けつえ)風情が、図に乗るなよ」


 白昼の下、黒煙のもたらす偽の闇より、吸血鬼アフルレッド・ヴァルケルが顕現する。

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