025 払うべき犠牲
半歩下がったイーリャから視線を外し、エリーはミキに尋ねる。
「方法はあるんですね」
「わかんない」
全員、肩の力が抜けた。エリーも食卓を叩いた。真剣になって損をした気分だ。
「思わせぶりなこと言って、それはないでしょう!」
「ええ? だって君、自分が超珍しい状態だってことは嫌ってほど自覚してるよね? 何をどうすれば確実に対処できるかなんて、アタシにわかる訳ないよ」
あっけらかんと笑うミキは「ま、やれるだけやるしかないよね」と能天気なことを言う。
「それとも、暗中模索は怖いかい?」
自分の身体を、凶悪な吸血鬼から取り戻す。それは廃墟の惨劇を経験してから、エリーの悲願にまでなっている。
その方法は、まだわからない。存在しないかもしれない。けれども。
「むしろ望むところです」
望まない暴力も、ヘーゼルを傷つける力も、もうたくさんだ。
この先ずっとミキやヘーゼルを頼って良い訳がない。現に、あのミキでさえ手も足も出ない事態を目の当たりにしたばかりなのだ。
いつまで被害者を気取って、ちやほやされていく気なの。
今日、この日、ミキの言葉を最後に、甘い自分を捨てて戦おう。平坦でわかりやすい道が拓かれるまで待つのを、やめてしまおう。
何もかもを試して、何もかもを取り戻す。
この身体の主人は、私なのよ。
覚悟を表した顔に、ミキは大きく頷いた。
「イーリャもそれで良いかな。アタシも考えなしに無茶振りしている訳じゃないからさ」
エリーの迫力に呑まれたイーリャが我に返って、咳払いをし、ちょこんと椅子に座り直す。
「……無謀はコシノフの家訓ですので」
イーリャなりの了承と見なして、引き継ぎ報告会が再開された。
「具体的な方法については話の腰が更に折れちゃうだろうから後回しにして、と。とりあえず、ここの見張り番を手配しないとね。ヘーゼル、調子が悪いところにすまないけれども、捕虜だけでも連れて行けそうかい?」
「調子が悪いのは鼻だけッスから」
「良い返事大好き」
大好き!? 教官にさえいきり立つイーリャだが、気を取り直して真面目を装う。この人本当に振れ幅が酷いな、とエリーは遠目に思った。
「風邪気味と言ってますのに、そんな肉体労働させられません。こちらの方にやらせましょう。吸血鬼の力を持て余していることでしょうし、支配下に置く訓練に丁度良いのではありませんか?」
ああもうほら早速目の敵にされちゃったわ。エリーは先を思いやる。覚悟の代償って、重い。
ミキが手を振って却下する。
「妊娠週数が若いかもしれないからダメだよ。流れたら君、責任取れるかい?」イーリャは二の句が継げない。ミキがつけ加える。「だからってイーリャもダメだからね。いざってときには、君が真っ先に動けなきゃどうするんだい?」
反論を探すイーリャの口が、肩に手を置かれて止まる。ヘーゼルだ。
「イーリャ、自分なら大丈夫だからよ」
「……まあ、本人がそう言うのでしたら」
「決まりだね」
こうして、エリーたちはラムシング村へ行くこととなった。
†
出立の準備のため、エリーはヘーゼルと服を漁りに席を外した。
ミキとイーリャはエリーの処遇に関して意見を交換している。
露骨に溜め息をつくイーリャ。
「何を企んでいるのですか」
「ええ? 企むだなんて人聞きの悪い。あ、朝食はもう済ませたかい?」
「教官」
大仰な手振りでミキははぐらかしていたが、居住まいを正すイーリャを認め、姿勢を合わせる。
「まずは君の意見を聞かせてよ」
「一刻も早く協会本部に報告すべきです」
「村の評判が落ちて、開拓計画が遅れようとも?」
「評判が地に墜ちて、計画が凍結されようともです」イーリャは努めて控えて声を大にする。「部外者の禁域侵入、領域内で傷害、殺人。三名も亡くなった上に吸血鬼が蘇ったですって? それを一時的にとはいえ伏せる? 何の冗談ですか? 私、捕虜に襲われたのですよ? 先程は話に合わせてあえて言及しませんでしたが、どう考えても重大な事件です」
「エリーさんの子どもを犠牲にしても良いと?」
「払うべき犠牲です。恩人も何もありません。教官ならご承知のはずでしょう」
そもそも、旧ラムシンケ伯爵領ではかつて、一夜にして領主一族を除く領民が全滅するという凶事に見舞われている。
当時の領主、ヘルシング“教授”は露術と吸血鬼の研究に明け暮れていたという。
そのお膝元、城塞都市内に封印されていたという吸血鬼、アルフレッド・ヴァルケル。
事故との関連を疑うべきである。
ラムシング村の中で、災厄の再演があってからでは遅いのだ。
熱の入ったイーリャの説明も、ミキの耳に届いているかどうか、疑わしい。
「ふうむ」ミキが指を組み、顎を載せる。「いや、ごもっともです、イーリャ嬢。どうやらアタシは事なかれ主義に毒されていたみたいだね。ならどうぞ」
ミキはキッチンの扉を指し示した。
「本部でも支部でも、ご自由に通報しなさい。君にこそ、この手柄を立てるに相応しい」
両者、口を閉ざした。にらみ合いが続く。しかしミキは仮面で、イーリャは弱視。間が持たず、イーリャが先に根負けした。
「通報も報告もできませんよ」
「あれえ? どうしてえ?」
「しらばっくれて、この人ったら……」項垂れついでにイーリャは前髪を手櫛で梳いた。「正論を説いたところで、教官は考えを変えてくださらないでしょう。権力におもねませんし、第一、あなたを腕尽くで従わせられる者など、この村にはいないのですから」
全くインチキ。あなたはずるいお方です。唾棄するようにイーリャはこぼした。
「ずるくてごめんね」
ミキが両手でピースを作る。
「それに、アルフレッドにそこまでの力はないと思うよ」
「その根拠は?」
「例の事故の原因が彼にあるなら、今頃とっくに起こしているだろうからさ」
上司に相応しくない軽薄な態度と、それに逆らえない自身の情けなさ。そのくせ一端に物を見る目は肥えている。ミキのふざけた人物像に苛まれて、イーリャは特大の溜め息をついた。
「それで、教官の意図をお聞かせ願えますか? 何故本部に報告なさらないのですか」
「できれば、あの子を助けてあげたいってだけだよ。本部が関わると一気に捻り潰されちゃうからね。その前に、やれるだけやりたいのさ」
「……教官が?」
「内緒だよ。……どしたの? いきなり視力戻った?」
「……こう、もっと深遠な意図があるものと」
「全~然。何ならここ数年で一番何も考えてないまである」
「それはそれで困るのですが」
ミキ・ソーマは護律官である。その職務に求められる資質は、狡猾な吸血鬼を屠る非情さにある。修律士であるヘーゼルやイーリャはともかく、人命を至上とする言葉がミキから出るのは意外であった。
しかし、ミキの傍若無人は今に始まったことではない。何より気風の良い台詞が胸をすくようで、イーリャが抱いた違和感は霧散した。
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