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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
2.最初の朝餐

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023 私のヘーゼル

「それにしても大変恐ろしゅうございました。まさか我がラムシング村に悪漢が潜んでいるとは露知らず……ああ、コシノフ家の家名など、今はどうでも結構です。ヘーゼル、私の傷心を癒してくださるのは、あなたしかいません」


 首輪に繋がれて死んだ目をしたヘーゼルに、イーリャはお構いなしでかなり濃密なスキンシップを試みている。髪に触り、縞の下の毛皮を掻き分け、ときに鼻を埋めて胸一杯に嗅ぐ。


「すぅー……はぁー。あら? 今日は何だか、すぅ、一段と、すぅ、芳しく……」


「イーリャ、もう良いだろ……」


 ヘーゼルがむずがると「あらー、どちたの。かぷかぷぷぷぽぽぽー」とか小芝居を挟んで、楽しそうに甘噛みする。


 そうして一しきり堪能しては、エリーに自慢げな目配せを寄越すのだ。


 いや、本当に何。エリーの中でアルフレッドが【きっしょ】とだけ吐き捨てた。こんなことで気が合うなんて嫌だ。


 エリーは愛想笑いしか返せない。恐怖の種類が更新されていく気がする。


「良いかい、エリーさん。歴史を紐解くと、修律院はその原点となった組織から問題児の矯正施設的側面を連綿と引き継いでいてだね……」


「別に聞いてませんよ、ミキさん」


「助けてくれ、エリー」ヘーゼルは呆然と枯れていた。


「まあ、エリーちゃんってどなた? お友達のワンちゃんですか?」


「あの、私です」ミキさんに自己紹介してもらったはずよね。


「はあ」イーリャは胡乱に一瞥した。初対面より険しい表情だった。


「あなたが今お召しのそれ、私がヘーゼルに贈った品物なんですけれど。結局、あっと言う間に背が伸びてしまって、袖を通してくれる機会もありませんでしたが。それは良いのです。ですけれど、何、あなた。随分と私のヘーゼルと仲を深めておいでのようですが」


 剥き出しの嫉妬。思ってた難題と違う!


「あ、あの! とにかく一度、私の話を最後まで聞いてもらって良いですか!」


 無用な面倒は言いくるめてしまえとばかりに、エリーはイーリャの災難にまつわるあれそれを説明した。関連して、昨晩からの騒動も、ミキとヘーゼルの助けを借りつつ、何とかかいつまんで話した。


 最初は怪しむ様子だったイーリャも、次第に真剣に耳を傾けるようになり、全て語り終えた頃にはヘーゼルから離れて居住まいを正していた。


 イーリャに話を咀嚼してもらうため、間を置く。


「……事情は概ね把握しました。しかし、何から申し上げるべきか」眉間を揉んで一考し「まず、埒外の災難に遭われたことに際し、心よりお見舞いを申し上げると共に、ご不幸を存じ上げなかったとはいえ、私の不調法でご気分を害してしまったことを、心より深くお詫び申し上げます」


 イーリャはわざわざ席を立ち、深く頭を下げた。落差が激しくて、エリーは安心を通り越してどぎまぎしてしまう。


「イーリャさん、何もそんな……わかってくれたなら十分ですから」


「いえ、これでも私の謝意を表すには足りません。その上、我が村の住民をお助けくださったのであれば、エリー様はラムシング村の恩人です。不在の父に代わり、僭越ながら私が村を代表して御礼申し上げます……と、言葉にするのは容易ですが、恩人に対して何たる無礼の数々……己の不明を恥じ入ります。このままではコシノヴァの汚点として語り継がれてしまうことでしょう」


 畏まってはいるが、リードは離さない。イーリャは首輪を外そうとするヘーゼルのリードを引いて牽制した。


「そんな大げさな……」


「大げさではありません。旧ラムシンケ伯爵領再開拓計画は連邦の一翼を担う大事業です。人手も物資もいくらあっても足りないくらいなのですから、村に醜聞を晒す訳には参りません。ましてや私は計画責任者の身内です。村人の模範とならねばなりません」


 立派な人だ。記憶の中の彼と同じくらい。エリーは感心した。感心して手元を見、リードの繋がる先を見て、見なかったことにした。誰にでも欠点はあるし、何から何まで見習う無分別な人などそうそういまい。


「ですから、お力になれることがあれば、ご遠慮なさらずお申しつけください」


 握手を求められ、エリーも席を立って応じた。「ところで」手を結ぶ直前に、イーリャが挟む。


「ヘーゼルのことは、どうお思いですか?」


 エリーの差し出した手が硬直した。微笑みが殺気立って見えるのは気のせいかしら。


 しかし、答えを曲げるくらいなら、この手は取り合わなくても構わないと、エリーは心から信じていた。


「……頼れる恩人で、今はかけがえのない友人だと思っています。少し、心配になるときもありますけれど」


 イーリャの目尻が痙攣したかに見えて、慌ててつけ加える。


「イ、イーリャさんみたいな方がそばにいれば安心できるかなーなんて、あはははは」


 エリーの差し出した手を、イーリャは両手で掴んで勢いこみ、迫った。


「よくおわかりじゃありませんか! あなたとは気が合いそうで安心しました!」


 弱視のためにしかめた目元が、晴れやかに見開かれる。間近で聞いていたヘーゼルが「恨むッスよ……」とよそ行きの言葉遣いで、エリーへぼやいた。ごめん、ヘーゼル。この人、多分この中で一番手に負えないから。

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【ややこしや】

ラムシン“ケ”なのかラムシン“グ”なのか、地名の表記揺れに戸惑われている方がいる気がしたので追記します。

本来は“ケ”の字でしたが、“グ”の字に訛ったのが定着してしまった……という経緯があります。

旧伯爵領がちゃんと運営されている当時なら住民が誇りをもって間違った呼称を訂正して回っていたのですが、いかんせん滅んでしまったので、口にしやすい俗称の方が主流となってしまいました。

それもこれも、地名と領主の名字が妙に混同されてきたせいなのです。


開拓計画名に正式な地名が用いられ、村の名前に俗称が用いられるようになったのは、以上のような経緯があります。

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