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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
2-2/2.最初の朝餐

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016 最初の朝餐 1/4:食べられる物、食べた者勝ち

「ねー、何作ってんの」


 ダイニングに戻って開口一番、ヘーゼルが胸いっぱいに匂いを嗅いで、うっとりと目を細めた。


 エリーはミキと一緒に食器をてきぱきと並べる手を止め、歓迎する。


「お帰り、ヘーゼル。もう良いの?」


「おう。元通り」


 ヘーゼルが両腕に力こぶを作った。へんにゃりと疲れた力こぶだけれども、ひとっ走りしたかのようにさっぱりした表情で、だらんと長い舌を垂らしている。


 今朝のこともそうだし、休憩中の行為のことだって嫌でも想像がついてしまう。どんな顔で出迎えれば良いかとエリーは内心そわそわしていたけれども。


(何の心配もなかったわね)


 早速、アルフレッドに謝らせるか、添い寝の礼を言うのが先かと考えていると。


「ひゃー、豪勢スね!」


 ミキに一品作らされて豊かになった献立に、ヘーゼルは垂涎を吞んで目を輝かせる。


 食欲に正直なヘーゼルが可笑しかった。今に一生懸命なヘーゼルと、ハプニングに囚われてあれこれ考えてしまうエリー、まるで真逆だ。


 この喜びように水を差すのも気が引ける。ミキの見えない顔色を窺うと、彼女も肩をすくめた。


(アルフレッドのことは後回しでも良いか)


 今はエリーがヘーゼルを労う時間だ。エリーも、それにミキだって腹ペコそうだし。


「一品だけ作ってみたの。お口に合えば良いんだけれど」


「こ、これ、エリーが?」


 ベリーソースの香味に胃袋を掴まれて、オオカミの尻尾までまろび出し、ぶんぶん振っている。


「添い寝してくれたのって、私が凍えてたからなのよね? そのお礼と……お詫びになるのかな」


 エリーが作ったのは、短時間で火を通すため、やむなく薄焼きにしたトナカイの肉団子だ。


 ソースは、融かした脂身にハーブの香りを移し、潰したドライベリーを馴染ませたもの。そこにソバの実の粥の上澄みを投入。乳化を促して仕立てた一品。


 脂身に肉を少々残すのが、肉の味と一体感を出すコツ。


 添え物は在り物でザワークラウトを山ほど。


 温め直したお粥には、辛みのあるダイコンとショウガを追加し、アクセントに。


「肉っ気をリクエストされて……スープを作る時間がなかったから、焼いたんだけれど。朝から重いかもしれないし……」


 ヘーゼルなら平気で平らげるというミキのお墨付きで、迷わず作ることにした。


 それでも気に入ってくれるか心配だったけれども。


「もう食べて良い!?」


 待ちきれないとばかりにヘーゼルが身を乗り出し、手を衝いた拍子に食卓が傾きかけた。


 ミキとエリーが咄嗟に押さえるも、食卓の端っこに皿が半分近くせり出すほど滑って、落ちかけ、思わずエリーは目をつむった。


 ……静かだ。恐る恐る片目を開けると、氷が食卓を一回り大きくさせて、皿を受け止めていた。


 ミキが額を拭く真似をして、聞こえよがしに溜め息をつく。


「えっと……」申し訳なさそうなヘーゼルが拳骨を食らわされた。


(き、杞憂だったみたいね……)


 生きた心地のしなかったエリーに代わって、ミキが音頭を取る。


「仕方のない子だよ全く。もう良いから、ちゃんと座ってからね」


 お利口にちゃんと座ったので、お祈りを端折ってヘーゼルはがっついた。ミキが止める隙もない。


 あっと言う間に肉が消え、ザワークラウトがまだ残っているのに「おかわりある?」なんて口走る。


 ヘーゼルはわんぱくに、ソースだらけの口の周りを舐めていた。


 おかわり。エリーは心で反芻する。自然と笑みがほころぶ。


「野菜も全部食べてからね」


「食べっから! 次は一緒に食うから! もっと食いたい!」


「ヘーゼル」


 わざとらしいほど朗らかな調子でミキに呼ばれて、ヘーゼルが毛を逆立てて固まった。


「うス……ちゃんと残さず食べるッス……おかわり、その後……」


 返事までコチコチだ。


「よろしい」


 もちゃもちゃとザワークラウトを食らうヘーゼルの横で、ミキがエリーに手の平を向けた。


「やったね。大成功」


 ゆったりと、ミキが手の平を頭上に挙げる。何か待っている気配がする。


「ハイタッチ。エリーさんも同じようにして、パァンて叩くんだよ」


 言われるがままハイタッチをする。


 何だか浮かれた気分になる。こんな簡単にふわふわしていて良いのだろうか。手から痺れが引いていくのが、心地良い。


「全部食った! おかわり!」


 あっと言う間に平らげたヘーゼルが皿を出す。成功の余韻に浸る間も惜しくなる食べっぷりに、ミキもエリーも苦笑する。


「はいはい、待ってて」


 この調子ではまだまだ足りない。エリーは一皿目の倍盛った。


 なし崩しで、少し遅い朝食が始まった。


 山盛り肉団子をがっつくヘーゼル。倍では足りなかった。


 その隣で、ナイフとフォークを握ったまま、ミキが食卓を叩いた。


「エリーさん、酷い。これは酷いよ」


 エリーはぎくりとした。味見は小まめにしていたはずだけれど。


「ご、ごめんなさい。何か失敗して……?」


「アタシが禁酒を始めたと知ってて、こんなお酒が欲しくなる味付けにするなんて酷いよ」


「初耳ですが?」


「生殺しだよ。万が一に備えて血のコンディションを整えようってアタシにこんな仕打ち……」


 心配して損した。村の人々に続いて、エリーがミキを蹴飛ばす日も、そう遠くないのかもしれない。


 抗議が馬耳東風と見るや、ミキは真面目腐って咳払いする。


「良いかい、エリーさん。節制の神髄は我慢にはないんだ。人間、固い意志には裏切られるのが常さ。だからそもそも断ちたい物を手近に置かない、あっても気にしない状況作りこそ肝要なんだよ。それなのに、何だいこの料理。お酒をお呼びだよ」


「そんなに断ちたいなら、捨てれば良いじゃないですか、お酒……」


「そんなご無体な! ああ、どうしよう。手が震えてる……本当に我慢できないかも……みんな、アタシを応援して……」


 全く、おちおち食べていられない。


 とはいえ、エリーの匙が進まないのは、食卓が騒がしいせいだけではない。


 ドライベリーを口にしたときもそうだったし、調理中、度々味を見てもそうだった。


 食材や料理を舌に載せるたび、酷いと臭いを嗅いだだけで、エリーの血管は痺れ、胃が縮む。


 この悪寒はきっとアルフレッドのものだろう。エリーはその巻き添えになっていた。


(味見の量を加減して、何とか料理は完成させたけれども)


 全く食が進まない。


 アルフレッドは、普通の食事が生理的に無理だとあれだけ騒いでいた。受け入れると口で言っても身体は正直だ。


 賑やかに食卓を共にする二人、ヘーゼルとミキから外れて、肉団子の一口がためらわれる。


 食事の度にあんな騒動を繰り返してしまうのは、二人の迷惑だ。


「どしたの」


 エリーの異変に気づくミキ。


「その……何だか食欲が……」


悪阻(つわり)かな?」


 あっさり言われた。


「いえ、アルフレッドがまた暴れるんじゃないかって……」


「心配しすぎ……ううん、そっか、そりゃ不安だよね。エリーさんにしかわからない感覚なんだもんね。ま、何かあったら無限に相手してあげるよ、こっちも」


 やはりミキは軽く言ってのけた。


「アタシ、子守りは頼まれないけれど、これでも妊婦さんのお世話は引く手数多なんだよね」


「もごもごごがもげがが、もごー」


 口いっぱいにモゴモゴとヘーゼルが何かを力説する。


「呑みこんでから言いなよ」


 師匠にやんわり叱られ、ヘーゼルは言う通りにした。


「こればかりはマジだぜ、エリー。若隠居はガキ相手でも大人げねえけどよ、妊娠のことめっちゃ詳しいんだぜ」


 脳天に拳骨を食らうヘーゼル。オオカミの姿がチラ見えするほど痛がった。


「一言余計だよ」


 殴った方が痛いとばかりに拳をぷらぷら振り、ミキが咳払いをする。


「……ともかく、ヘーゼルのお墨付きを得たようにね。アタシがいる限り安心だよ。とりあえず、君の口に合う物を探してみようじゃないか。確か、ドライベリー単体はいけたよね」


「そうですけど……偏ってもあまり良くないんじゃ」


「悪阻の間は偏食上等。食べられる物、食べた者勝ちさ。さあ、どんどんいこう」


 その楽天家ぶりが心強く、背中を押される思いでエリーは肉にナイフを入れた。


 粗挽き肉の弾力。ナイフの手応えが心地良い。フォークに刺して、口へ運んだ。


(……おえっ)


 胃が喉まで裏返りそうだった。


 エリーは青ざめて、ゆっくりカトラリーを下ろし、口を押さえ、皿をヘーゼルに押しつけて、勝手口の向こうに消えた。


 食事中に見せられないことを済まして、やつれたエリーが戻る。


「肉はダメみたいです……」


 エリーは水で口を洗い、お粥に挑戦する。


(大丈夫かしら……)


 自信がない。お粥を温めているとき、湯気がどうしても受けつけなかった。


 ミキによれば穀類を煮炊きする香りもダメになる人が多いらしい。


 なので、エリーのお粥だけ冷ましている。


(確かに吐き気は起きていないけれども……)


 どうしてもスプーンが止まってしまう。


 肉団子を平らげたヘーゼルが、エリー当人よりもはらはらとして、見守っている。


 意を決してお粥をすくう。一息に口に含み、咀嚼し、とろりと嚥下する。


 けぷ、とエリーは小さくげっぷした。


 ヘーゼルが固唾を呑んだ。ミキは静観する。


「……ミキさんのお粥、美味しい」


 エリーの胃の腑に、活力が満ちていく。ショウガの香りが、何もかもチャラにしてくれた。


「アレンジしておいてよく言うね」


 ミキが苦笑する。エリーに続いてお粥を食べて「うん、さすがアタシ」と居直るのがおかしかった。


 エリーが笑い、ミキも笑い、ヘーゼルも何となく混ざって笑い合った。


 今度こそ、エリーはこの食卓に加われた気がした。


 もう一口、お粥を頬張る。


 エリーはミキの好きなところを心に書き留めた。


(ミキさんは、長所があっても短所で帳消しにしちゃう変な人)


 だけれども、それでも掛け値なしに強くて、人を良く見ていて、おとぼけ屋なんだ。

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