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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
2.最初の朝餐

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013 露術の使い手

 残りのお茶を楽しむ余裕はなく、無味乾燥に茶器は空になった。


 エリーはミキの手を煩わせたことを謝罪し、アルフレッドを止めてもらったことに感謝した。


「ま、一応、アタシが買って出た役目だしね」と、ミキはさらりとしていた。


 エリーは虚弱に微笑み、空の茶器に目を落とす。飲み干したと思った底に、茶渋が浮き始めている。謝罪と感謝でエリーの気が済まないのは、全ての根元に自分の弱さがあるせいだった。


「強くなりたいな」消え入る声で、エリーが呟く。


「ああ、それなんだけれどエリーさん、本当は強いのかもよ」ミキはずっと軽い調子だ。


「気休めでも、ありがとうございます」


「気休めなんかじゃないさ」ミキが茶器を下げる。「記憶を失う前のエリーさんのこと、知りたくないかい?」


 エリーの腕が勝手に食卓に着き、腕の力で気勢を上げて立たせた。


「ご存知だったんですか!?」


 ミキは手をひらひらさせて「期待するほどじゃないさ。大して知りはしないよ」目に見えて肩を落とすエリーを見かねて「でも、アタシが得た情報が、何かの参考になるかもね」


「そんな持って回った言い方しなくても」


「さて、あんなことがあった後だけど、料理はしてもらうよ。話はそのついでに。テキパキいこうか」


 はぐらかされた。しかし、やきもきしたままではいられない。さっそく料理にとりかかる。エリー自身の過去がわかるかもしれないのだ。陰鬱な気は一息に散らされていた。


「とりあえず、使える食材と調理器の置場、案内してもらえます?」


 ミキは快く教えてくれた。


 食材と器具を並べ、ドライベリーを摘まみ食い。甘酸っぱさが口に広がると、血管がびくりと震えた。アルフレッドかしら。


 ともかく黙っているようだったので、調理を始める。


 冷凍肉は露術(アンスロ)で解凍すると美味しさを損ねないらしい。ミキにはトナカイ肉の切り分けとミンサーがけを任せて、エリーは古くなったパンをおろし金にかけ、乾燥ハーブ・スパイス類を挽き、雪中貯蔵の玉ねぎを包丁で刻む。


 それにしても、やたらと鼻にツンとくる玉ねぎね。


「大丈夫? 気持ち悪くなってない?」


 ミキが気にかけてくれる。平気だと伝える。妊娠中は香味野菜が受けつけなくなることもあるらしく、無理はしないよう念を押してくれた。


「それで、さっきの話だけれども」とミキが切り出した。エリーは炒ったスパイス・ハーブ類をボウルに上げると、ミキにフライパンを差し出し、脂身を入れてもらって、先を促した。


「実は君を狙ってた殺し屋、一人だけ捕まえてさ」


 エリーが驚いたのは、火にかけた脂身が弾けたからだけではない。


「ま、まさか、ここにいませんよね!?」


「火、気をつけてね」


 ミキに窘められて、慌てて平常心を取り戻す。


「色々試してね」水責めしたり、仲間の死体を見せてミキが始末した風に装ったり、見張りが持っていた手紙の内容から揺さぶりをかけたり、関連してエリーが妊婦だと告げたりして、最後のが特に効いたようで「そいつから、聞き出せるだけ聞き出してみたんだけれど……」


   †


 まさか、妊婦だったとは……何てこった……。それならそうと……。


 はあ、俺って本当に、何て間が悪い……。


 手紙を返してくれ……話せることは、多くないが。


 ああ、ありがとう。


 標的の進路は、事前に通達されていた。だ、誰からとかは、勘弁してくれ。無理だ言えない! そもそも知らされていないんだ!


 わかった、せめて他のことから話させてくれ!


 ……とにかく俺たちは、仲間の鳥人(ハーピィ)に運ばれて、崖で待ち伏せすることになったんだ。


 計画はこうだった。三人で護衛の男を引きつけている間に、鳥人が標的をさらう。現場が護律協会の禁域なのは承知の上だ。だから、場所を移して始末するつもりだった。


 だが、まさか、標的が露術の使い手だったとは、聞いていない。


 標的を鷲掴みにして、鳥人が離脱するのはこの目で見た。だが、鳥人の羽に、急に霜が降りて真っ白になったんだ。本当だ嘘じゃない。


 羽が凍ったせいか、鳥人は制御を失って、このままじゃ標的諸共墜落すると直感したらしい。


 だから、咄嗟に標的を放してしまった。


 後は、護衛が後を追って崖から飛び降りて、器用に標的を受け止めた。そのまま二人とも奈落の底に真っ逆さまさ。


 ……だ、だから、首謀者とかを聞かれても答えられないんだよ! 言ったろう! ……ったく、わからない人だなあ。


 ひい! ごめんなさい!


   †


「……ヘーゼルから聞いた話と総合すると、エリーさん……エレクトラさんと呼ぶべきかな。ま、慣れてる方で。エリーさんはアルデンスさんと一緒に谷底へ落ちた。悲運にもアルデンスさんは力尽き、エリーさんは命を落としかけた。けれど偶然、廃聖堂で眠っていたアルフレッドを目覚めさせて、今の状態になった。という具合かな」


 廃聖堂の検証も、軽く昨晩中に済ませたというミキ。聖母像にガラスのカプセルが埋めこまれているのを発見し、アルフレッドと接触した経緯を推測したそうだ。


 昨晩の内に、どれだけ働いたんだろう、この人。


「……何か、思い出せたことはあるかい?」


 弱火で炒める刻み玉ねぎに目を落とす。エリーの胸がむかついた。


 心当たりがない訳ではない。明らかに崖より高い場所から落ちる場面。抱き留めてくれた彼の頼もしさ。瞬間を切り抜いた記憶なら、戻っている。しかし、ミキの話は、エリーの体験した事実として腑に落ちるものではなく、あくまで他人の体験談が自分のものと偶然似ていたという感心しか呼び起こさないものだった。


 けれども、これは確かに、私の失った記憶なんだ。


 失った記憶には違いないけれど、にわかには信じられない。エリーが露術を使った? 水を操ることだけでも想像を絶するのに、羽を凍らせるなんて。


 信じられないが、それはそれ。ずっと知りたかった露術の話題だ。聞けるだけ聞いてしまおう。


「私じゃなくて、アルデンスさんが露術を使ったんじゃないですか?」


 身を挺してエリーを守ってくれた人にこそ、その力は相応しい。そう考える方が腑に落ちた。ミンサーに骨の欠片が噛んだのか、力みでミキが渋りつつ、返事を挟む。


「可能性はすごく薄いね。露術は純人間の女性にしか、まず使えないよ。例外は露術の創始者、(サンタ)マトゥリの子孫くらいかな」ミンサ―が骨を砕いたか、滑らかに動いた。「アルデンスさんが例外の方なら、それこそ一大事だよ。護律協会の威信が落ちちゃう」


「じゃあ、本当に私が……?」


 息を整えつつ、ミキが頷く。


「一番濃厚な線だね」


 エリーはじっと、自身の手を見つめた。露術。ミキが操る水は、あたかも意思を持つかのようで、大蛇のようにも群のようにも振る舞っていた。


 それを、エリーも使えるかもしれない。


「エリーさんが強いかもしれない、って言った意味がわかったろう?」


 多分、ミキは仮面の下で片目をつむった。エリーの気分が高揚した。


「私、露術を使ってみたいです!」


 どうすればできますか? そもそもどんなことができるんですか? 前のめりで質問するエリーに、ミキは得意げに気取った。


「まず、護律協会が保管、管理している触媒……大体は銀製。聖遺物と呼ばれるカテゴリ。それとたまに聖マトゥリの聖骸(せいがい)を使うこともあるね」


「聖骸……その、ご遺体を?」おぞましい話だ。


「露術は聖マトゥリが、自身だけのために編み出した術なんだよ。だから他人が扱うには、聖マトゥリに縁のあるものを用いないといけない」


 だから使用許可証である触媒か聖遺物、あるいは聖マトゥリ本人の一部である聖骸が必要になる。


 もっとも、聖骸とされるものを全部合わせたら、聖マトゥリは八面六臂どころじゃ済まない体型になっちゃうんだけれども。ミキは気色の悪い与太話を楽し気に語る。


「そ、それより、露術はどう使うんですか?」


「露術を使うには、触媒を身につけてなきゃいけない。アタシの場合、この仮面だね。それから……」


「それから?」待ち切れない。


「基本はビュンと伸ばしてシャッとすくってザパーッ、だよ」


 ……あれ。終わり? 嘘でしょ。


「何の、冗談ですか?」


 あれ? 伝わらなかった? 首を傾げるミキ。


「うーんと……こう、手のおばけを伸ばすんだよ。ビュン! ってすると、水に混ざった小さな小さな粒々たちと自分が繋がるんだ」


「つぶ、つぶ……?」


「えーと……小さな生き物?」


「生き、物……? そんなのが水に交ざっているんですか……?」


「うーんと……目に見えないお友だち!」


「教え方を工夫してくれているのはわかるんですけれど……」


「あーもう、とりあえず納得してくれた体で! で、それに手伝ってもらってシャッと水をすくう! で、ザパーッと水をかける! 以上!」


 中々通じなかったせいか、ミキが勢いこんででまくし立て、説明できたとばかりに一人だけ満足げにした。


 簡単なの説明のし方だけで、肝心の理解が無理なんですが。


 エリーはげんなりした。この人、感覚だけであの離れ業をやってる。ちっとも参考にならない。「やってみる?」「……料理に集中したいので」今の説明だけで実践したら事故るわ。


「……それはそうとして」エリーの白い目からミキが逃げた。


「もし本当に露術の使い手だったとしたら、案外簡単に君の身元がわかるかもしれない。露術って、護律協会の専売特許だし」


「私が護律官だった、ってことですか?」


「護律官に限らず、協会関係者か、はたまた協会から触媒をくすねたか……」


 最後の方は疑り半分な声色で、エリーは身の毛のよだつ視線を感じた。


「私が、追われてたのって……」窃盗の罪、にしては重いような。


「ま、どうなんだかね。全裸にひん剥いてヘーゼルに添い寝させたときには、触媒らしい物なんて見当たらなかったし、多分谷底に落ちる途中で落として……」


 待って今聞き捨てならないことが聞こえたけれども。


「ち、ちょっとちょっと、待って、え? ミキさんが脱がせたんですか? アルフレッドじゃなくて?」


「あ、やべ。まーた骨が詰まって……」


「説明、してくれますよね?」


 エリーが笑顔で至極丁寧に尋ねると、観念してミキが白状した。


 エリーとヘーゼルは長時間禁域の湧き水に浸かっていたせいで低体温症になりかけていたらしい。暖炉などで急いで温めてしまいたくなるところだが、そうすると手足の冷えた血液が一気に内臓へ送られ、ショック症状を誘発する危険がある。


 急激な加熱に頼らず、徐々に体温を回復させる。それには、二人の体温を交換し合う――つまり、ベッドの中で裸になって抱き合うことが最善だった。らしい。


「説明が遅くなったことは謝るけれど、アタシもああした事態までは想定できなかったというか……」


「……わかっています。悪いのはあいつだってことも、ミキさんが最善を尽くしてくださったことも」


 正直にお話しくださって、ありがとうございます。エリーは頭を下げた。今朝の今朝まで、ミキは警戒を解かずにてんてこ舞いの調査を進めてきたのだ。わざと隠した訳ではない。助けてもらっておきながら、これくらいの抜けでいちいち目くじらを立てても仕方がないだろう。


「むしろ、ミキさんが完璧じゃないってわかって、親近感が湧きました」


 悪戯っぽく笑うエリーに「そう思ってもらえると助かるよ」とミキも緊張を解く。


 ふざけ半分に、露術の使い手疑惑の話は切り上げられた。


 確証がないことを考えあぐねても仕方がない。第一、他にも気掛かりなこともあるのだから。


 露術のこと以上に受け入れがたいのは、アルデンスのことだ。

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