011 味変ついで
植物エキスと昆虫由来の酵素入り糖蜜の混合液を霧にして噴き出す。舌を爪で掻き、後味を拭う。
「おえっ! ぺっぺっ! 畜生が、オレが寝てる間に何飲んでんだ!」
白目を血に染めて、アルフレッドが騒いだ。ミキは気安く片手を挙げた。
「や、おはようアルフレッド」
「お休み中だコラ! 取りこみ中に首突っこむんじゃねえよ! おいバカ女!」
アルフレッドが自分の、つまりエリーの頭を殴る。
】いきなり出てきてバカとは何よ! 私が呼んでも出てこないくせに! バカはあんたでしょ! ヘーゼルに変なことして! 死ね、女の敵!【
「うるせえ知るか! オレの言うこと聞かねえ奴はバカで充分だ! 食い物には気を遣えっつったろうが!」
】知らないわよ、そんな話!【
「胤族は食った血の影響受ける、っつったぞ! 鳥頭が! 今のは、植物と昆虫の組織を混ぜてやがったな! テメエ、身体ん中でオレが花か虫になっても良いってのか!」
】なってしまいなさいよ、あんたなんか! 今よりよっぽど可愛げがあるわ!【
「言わせておけば食用種風情が……!」
「銀仮面フラッシュ!」
窓辺に寄ったミキが、雷雲の仮面で朝日を反射し、アルフレッドに当てる。照射部が瞬時に焦げる。
「あっづ!」】熱っ!【
「興味深いね。アルフレッドが優位なら、日差しも有効みたいだね」
みじめに食卓の下に隠れ、火傷を押さえるアルフレッドを、ミキが窓を背にして、観察者の目で見下した。
「こんの腐れ拝露教徒……」
反骨の鼻先に、ピッと指が差された。
「君の執行猶予の話が途中だったね。胎児の無事が絶対条件である以上、人間の食習慣は必ず守ってもらうよ」
「テメエ、オレに死ねってか!」
「これを守れないならどの道、死んだも同然だって、わかるよね? 胎児は母親の食べた物で育つ、なんて単純なものじゃないんだ。母親が食べる、身体を作る、その身体から栄養を分け与える。このプロセスの蓄積で育っていくのさ。まずエリーさんの栄養失調をどうにかしないと、お腹の子が危ないんだよ。それなのに、君が身体作りの邪魔をしてどうするってのさ? そもそも生き血だって身体に良くないから避けたいところを、君の種族背景に配慮して渋々許してやっているんだ。君もエリーさんの種族背景に配慮して、許容したまえよ」
「オレは人間の血以外、お断りだ!」
「好き嫌いはいけないね。これ、最後通牒だから」
キッチンがざわめいた。水瓶、茶器、冷めた粥、外の雪……およそ水を含む全ての物がミキの威圧に恐れおののき、身を震わせているようだった。
】ね、ねえ、あんた。意地張ってたら、本当に【
「うるせえよバカ女!」
「おや、それはどっちにほざいたのかな?」
ミキが短剣を抜く。刀身に受けた朝日が不意に、アルフレッドの手元を横切り、浅く焼いた。
「何度でも言うよ。くだらない延命措置ごっこなんて、いつでも終わらせて良いんだ。特に今は虫の居所が良くなくてね、愛弟子に悪戯したどこぞのスケコマシに心中穏やかじゃないのさ」
「血を飲んだは同意の上だ。テメエにとやかく言われる筋合いはねえ」
蚊帳の外、意識の奥で、エリーは驚いた。】そんな……ヘーゼル、どうしてこんな奴の言うことなんか……【
不良自慢に酔う笑みで、アルフレッドが楽し気に語る。
「お人好しだよなあ、アイツ。寝起きにちょっと頭の傷を開いて見せてやりゃ、面白えくれえ従順になりやがんの! 血が足りねえ、このままじゃエリーの傷を塞いでおけねえ……。ぎゃはは! 御涙頂戴、一発でコロッといくとこ、テメエらにも見せてやりたかったぜ!」
夢の中、エリーに死を追体験させた一幕を思い出す。あの裏側では、同時にヘーゼルへの脅迫が、着々と進んでいたのだ。
】こいつ……!【
人の命をもてあそぶのに飽き足らず、それを利用してヘーゼルまで。
だが、「そのことだけじゃないよ」ミキがエリーの気持ちを淡々と代弁する。
「同意のないことまでシただろう? 心当たりはないかい? 血を吸われた程度で、あの子があれだけ取り乱すなんて思えないからね。よっぽど酷い目に遭わせたんだろう」
アルフレッドが記憶を探るように視線をさまよわせ、思い当たると、不服げに片眉を上げた。
「んだよ。味変ついでに、親切で痛みを紛らわせてやったんだ。何が悪いってんだよ」
「エリーさん、聞こえているなら手を出して」
アルフレッドに言い切らせない内に、ミキは短剣を逆手に持ち替え、高く掲げた。右手が、アルフレッドの意思に逆らってもたげ、食卓の陰より光の下へ、床を揺らすほど力強く叩き出される。
「テメッ……」】それ以上、しゃべるな!【
怒りが、胸を痛めるほど突いてくる。エリーが弱いせいで、アルフレッドの横暴を止められなかった。エリーを守るためならと、唯々諾々と身体を明け渡すヘーゼルの姿を幻視する。口移しで血を飲ませるだけの約束を反故にされ、次第に吸血鬼の腕力に組み伏せられ、恥を探られた姿を想像するだけで、胸が痛くなる。
あまつさえ、味変ついでに? 行為で血の味を変える? ヘーゼルはそんなことのために、辱められたのか。
エリーに溢れる激情が、アルフレッドの支配から、一部だけ逸脱した。
それでもすぐさまアルフレッドに乗っ取られるが、わずかな隙にミキのブーツが手首を踏みにじる。靴底に打たれたリベットは銀で、吸血鬼の肌を押し焼いた。
エリーと共にアルフレッドが苦悶する。差し出された手の甲に、短剣の銀が閃く。
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