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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
2-1/2.最初の朝餐

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009 監視室の朝 5/6:流されてたまっかよ

 各々、用を済ませて食卓に着く。


 湯気の立つお粥はソバの実入りで、香り高く、器一杯によそってある。


 香りを嗅ぐと少しだけ、胃がキュッと締まるのは、エリーの気のせいだろうか。


「大丈夫かい?」ミキが気にかけてくれた。


「え、ええ。私なら」


 エリーはそれとなく、ミキの隣に目をやった。


「そう? じゃあお祈りしようか。巡る恵み、もたらす(わざ)に感謝を」


 厳かにミキが唱えるのに続いて、エリーも「感謝を」と気負って言う。


 次に、祈りを切る。


 手指を伸ばし、指先で額に触れる。


 そのまま指先で正中線上をなぞり、みぞおちの辺りで手の平を下へ向け、食卓を撫でるように円を描く。


 護律協会流の作法だと、ミキは言った。


「さ、食べようよ」


 そう接待主(ホスト)に促されても、中々匙が進まなかった。


 粥の香りを胃が受けつけないのもそうだけれども。


「グルルルル……! ふしゅーっ! グルルゥ……!」


 ミキの隣で荒ぶるヘーゼルを見ながらというのは、さすがに気後れする。


 ヘーゼルは木のスプーンを轡のように噛み、ぐるぐる唸っていた。見るからにイライラしている。


 ソフトにセットしたであろうモヒカンが、既に崩れかかっていた。


 額が赤く擦り剝けている。ミキによれば、トイレにこもって壁に頭を打ちつけていたらしい。


 両手を太ももの間に挟み、椅子を軋ませながら、もじもじと座りの悪さに耐える様子が痛ましい。


 汗だくでのぼせ上がった顔。目は爛々と見開かれている。


 鼻息を噴いて、今にも何かしら破裂しそうな有り様だ。


 それもこれもアルフレッドのせいでもあって、エリーが油断したせいでもあって。


 謝ろうにも、どう謝ればヘーゼルの気持ちが落ち着くのか想像もつかなかった。


(ていうかミキさん、よくこの空気で食べようと思えたわね)


 どう考えても食事どころではない。エリーはミキに視線で訴えた。


「やれやれ、世話が焼けるね」


 ミキは呆れる振りをしてエリーから逃げるように、ヘーゼルの方へ身体を向けた。


「ねえ、ヘーゼル」


 ヘーゼルは、捕食者が獲物を定める目で、師匠ミキをねめつける。


「おっほほほう、怖い怖い」


 言葉とは裏腹な素振りでミキが(うそぶ)く。ヘーゼルと、目線の高さを合わせた。


「ヘーゼル、つらいね。獣の部分に火が点いちゃったら、簡単にはいかないんだったよね。お粥は後で温め直してあげるから、部屋で“お休み”しておいで」


「ぐうう!」ヘーゼルは激しく首を横に振った。


「難儀な子だね。そんな調子だと、こっちも食事って気分じゃなくなるんだけれど」


「ぐるる!」変わらず首を横に振る。


「じゃあせめて、エリーさんの手を借りず、自分でも始末をつけない理由を教えておくれよ」


 もう聞いていられない。デリカシーがなさすぎる。椅子も引かずにエリーは卓を叩いて立ち上がった。


 だが、ミキはじっとヘーゼルと向き合ったまま、手の平を突き出してエリーを止めた。


「話せるかい?」


 ヘーゼルは相変わらず獣じみて唸っていた。口の端から粘った涎が長く垂れている。


 今にも誰彼構わず噛みつきそうな形相だが、ミキと呼吸を合わせて、じっとアイコンタクトを維持している。


 木のスプーンにミキが手を伸ばしても、ヘーゼルはギリギリ大人しく受け入れた。


 轡が外れた途端に、ヘーゼルがいきり立つ。


「クソ吸血鬼に流されてたまっかよ畜生が!」


 唾を飛ばし、獣が吠える。


 食卓に叩きつけられた手にオオカミの相が現れる。爪で面を削り、拳が握られる。


 乱れ、突っ伏し、呼吸もままならない興奮を押して、ふらりと席を立つ。


「エリー! 若隠居! 自分は負けねえ! あの吸血鬼だけにゃ絶対負けねえ! 自分が勝たねえと、エリーが安心できねえだろうが!」


 がなり散らすと、ヘーゼルは近くの壁に手を突き、額を打ちつけ始めた。


「流されんな! あんな野郎に! 舐めんなよ! 自分は! 姉ちゃんの! ガキの! 姉ちゃんに! なんだぞ!」


 自分に言い聞かせるように叫んでは、ヘーゼルは額を打つ。


 それは、内なる獣の衝動と戦う、誇り高い人の理性が、固い壁と面する姿であった。

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