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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
1.χαῖρε, κεχαριτωμένη

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020 奇跡の代償 5/5:身体の最も深いところの味

 エリーとヘーゼルがざわついた。アルフレッドの要求は罠にしか聞こえなかった。


「乗っちゃダメッスよ若隠居! こいつ若隠居ンこと吸い尽くすつもりッス! おいコラてめえアルフレッド! 血が欲しけりゃ自分のを――!」


【麻酔食らって朦朧としてやがるアマの血なんざ飲めるか】


「アル中のは良いってのかコラ!」そこはかとなくヘーゼルが不服そうだった。


「アル中じゃないもん!」明らかにミキが不服そうだった。


【アル中なのはそうだろ】


「すみません、引くほどお酒臭いです。実はさっきからずっと吐きそうで……」


「君らのために頭捻ってるってのに酷くないかい!? もう良いよ! 閃いちゃったもんね!」


 露骨に拗ねたミキが、回収したばかりの酒瓶をホルダーから抜く。


「これで大体二百㏄だから、これ一気して空にして洗って血を詰める! 二回分だよ! これで文句ないよね! ねえ!?」


 大の大人が投げやりに声を荒げたものだから、三人、耳を疑った。


「若隠居、抑えて。中身飲まずに捨てりゃ良いじゃないスか。酔ったら余計に……」


「うるさい! ご覧よ、この手!」ぷるぷる震えている。「ここ来るまでにかけた時間で本当なら何本空けられたと思ってんだい!」


「それモロにアル中の理屈ッスよ! だからいつも量減らせっつってんじゃないスか!」


「うるへー! こんなん飲まずにやってられっかー!」


 騒ぐ間に瓶の紐が引かれ、蝋キャップが取れた。革蓋をめくる。中身が外気に触れる間も空けず、ミキは中身を一息にあおる。


「ああーっ!?」


 ヘーゼルの悲鳴が尾を引く中、至福の溜め息が今日一番の酒気を放つ。酔いが膝に来ていた。


「だから言わんこっちゃ……」


 酔っ払いの肩を支えに回ったヘーゼル、その脳天に空き瓶が叩きつけられた。


「ごはぁ!?」粉々に割れたガラス瓶を浴びて、ヘーゼルは卒倒した。


「きゃああヘーゼル!?」


 千鳥足のミキがエリーを捉えた。エリーの悲鳴が引っこむ。


()()()はね」ベロベロだ。「偉いえらーい護律官なのれ、噛み痕とかぁ、残ひちゃラメなんらよお?」


 ふらつきながら、ミキがエリーと額を突き合わせてきた。嫌な予感がした。けれども、氷漬けでアル中から逃げられない。


「らからぁ、ガブってしゅんなら、こ~こ」


 フェイスベールが摘ままれ、めくられた。


 チェーンがさらさらと落ちる下、布の影に薄っすらと艶やかな唇が現れ、ンベ、と舌を垂らし出す。ベールはミキの頭までめくり上げられ、銀仮面を覆い隠した。


「あのミキさん! 血は瓶詰でって! ヘーゼル! ヘーゼル!? ひい!」


 ミキの両腕が艶やかに、エリーの首に絡みつく。


 面布のせいで前が見えなくなっているはずなのに、酒の回った赤い頬が、乱れた唇が、エリーの貞淑を破ろうと迫りくる。


 首を逸らしてエリーが逃げる。しな垂れてミキが追い詰める。


「ちゃあんと飲んれねえ、あるふれどお」


 女たちの唇が、塞がった。


 エリーの中に柔らかな舌肉が滑りこみ、犬歯を挑発的に舐めてくる。


 頭が真っ白になった。これ、キス。


 強烈な酒精と樽香がしっとりと、熱と共に口腔に染みてくる。生温かい息遣いと粘膜の絡む音が、耳にこびりつく。


   【


 何だが知らねえがチャンスだ。


 エリーの目が血に染まる。機を見てアルフレッドはエリーの身体の主導権を握り、お望み通りミキの舌に牙を立ててやった。


 ぶつり、と舌の肉を噛むと同時に、赤くとろみのある熱の甘露が口を潤していった。


】ちょっと! 勝手に代わんないでよ!【


【るせぇ! ビビッてたテメエに言われる筋合いはねえ!】


】ミキさん! 逃げて! 正気に戻って!【


 心の中でいくら騒ごうと、エリーの声は届かない。


 仮面も刺繍も、銀はベールの当て布に隠された。阻むもののない廃墟の中で、血と水の申し子らは口づけを貪り合う。


 アルフレッドは官能を(くゆ)らせるまま香り立つ血を貪り、ミキもまた退くどころか自ら歯を当てて熱中し、アルフレッドに証を刻ませた。


 たまらずアルフレッドが口を離す。挑発的に笑むミキ。熱い吐息をかけ合い、ミキの舌に二つ目の牙痕が穿たれる。


 粘液をも交換し、それ以上に濃厚な命の通貨を取り立てる。止められない。むしろ、行為にのめりこむ。生命の秘所に火を点けるかの如き欲に、二人は耽っていく。


 その余波は器の娘にまで及び、生ける血と、酔客の意識を浮つかせ、血肉を火照らせた。


 二人の口の端に紅の筋が垂れ、それを互いに補うようにして舐め、ミキが口移し、アルフレッドが全て飲む。


 傍から見れば、耽美な情景であったことだろう。しかし。


「……酒臭い」


】気持ち悪い【


 ヘドロからガスが湧くかのようにアルフレッドの喉が鳴り、呻いた直後、うぷぉ……と頬を膨れさせた。


 胃が縮む。血が喉を逆流する。ごっぽぽぽ。舌の根に、血生臭い苦酸っぱさがこみ上げる。


「ブボッ、げおろろろろろ!」


 二人の口の間から吐瀉物が止めどなくあふれた。


 ミキは言葉にするのもおぞましい汚物を顔からモロに受け、酸鼻を極める臭気に晒され、飲まされ、汚された。


「……ぉえ」


 たらふく受け皿になったミキの腹から、受けた分以上がきゅるきゅるとこみ上げる。


 上を向いて吐いたら溺れる。ミキが自己防衛本能に突き動かされた。


 ミキがアルフレッドの頭を掴む。吸血鬼に匹敵する膂力が、アルフレッドに膝を折らせた。口を開けば丁度、バケツのような体勢だ。


「お゛っ!? ぅぽぼろろろろろおおぉえッえッエェーッゲ、ッボオオオ!!」


「んぼ!? んぼぼーッ!」


 以降、応酬。終わりの見えない繰り返し。


 霧と廃墟が血反吐に塗れ、身体の深いところで睦み合う二人を隠していた。


   †】


 間もなくヘーゼルが意識を取り戻し、師匠と要救助者がゲロにまみれてへばっているのを目の当たりにした。


 何があったんだ。目眩がしそうだ。


「え、てか……これの面倒、一人で見んの?」


 遅れて、散乱する死体のことを思い出し「え、後始末は?」と途方に暮れる。


 ふと、耳が動く。馴染みのある遠吠えが届いた。村に宿営中の遊牧民の青年が、ヘーゼルの身の安全を尋ねる内容だった。


 正直なところ、くたくたのぼろぼろだ。今すぐ姉に泣きつきたい。


 しかし、これでも護律協会員のはしくれなので、協会の領分を超えて助けを求める無様は晒したくなかった


 大丈夫、終わった。その意を込めて、遠吠えを返す。


 じっと夜霧を仰ぐ。洟をすする。冷水を浴びすぎたのか、鼻が詰まっていた。

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