175.配属
手助けの文官の人達の配属希望の用紙が集まった。
今日はメーテスの休みの日なんだけれど、配属先を決めなきゃならなから准教授全員が事務棟の打ち合わせ室に集まった。
准教授は皆ソワソワしている。
事務長のバンビーナさんがd50人分の申請書を抱えて打合せの場所に持ってきた。
「それで、全員第一希望から第四希望まで記載してくれている?」
私はバンビーナさんに訊いた。
「ええ。記載不備にだと配属先希望を無効にすると通達していましたから、全員全ての希望を書いています。」
「そう。それなら良かったわ。」
どうやって配属先を決めるのかについては、准教授達と結構議論することになったんだよね。
第一希望から第十希望まで全ての研究室を書いてもらうなんて案もあった。
だけどね。もし第十希望に回された人なんて居たら、その人ってやる気が無くなっちゃうんじゃないかな。
実際、私やアイルが前世で大学の受験の時には学部で合否を判定して、希望する学科を全て第一希望から全ての学科を書くことになっていた。そしてその大学の理学部と工学部は一緒の試験だった。
私もアイルも理学部を志望していたんだけど、そもそも興味が薄かった工学部なんて12も学科があった。最初の4つぐらいは真面目に書いたんだけど、最後の方はもうどうでも良かった。
結局、二人とも第一希望の理学部の学科に入学出来た。だけど、殆ど希望していなかった学科になった人も居たらしくて、そんな人はやる気が凄く薄かったって話を聞いたことがある。
だから全部の研究所の希望を書いてもらう案は却下した。
逆に希望を一つだけ書いてもらえば良いだろうってのもあった。
でも当初から電気研究室、機械研究室、石炭化学研究室、天然物研究室、無機化学研究室あたりは希望する人が多いんじゃないかって話が出てた。
そうすると、この5つの研究室以外を希望する人が極端に少なくて、もしゼロだったらどうするかって話になった。
そんなこんなで、結局希望する研究室を4つ書いてもらうことにしたんだ。
どういった選定方法が正解なのかってのは分からない。
だけど、少なくとも10個ある研究室のより好ましい4つのどれかに配属されることになる。
配属された人も極端にやる気が無くなるってことも無いだろうって判断だったんだよね。
ただ、どうなるのかは、希望申請書の中身次第なんだよ。
「それでは第一希望別に准教授の皆さんに申請用紙をお渡しします。」
バンビーナさんが、事前に振り分けていた用紙を順に准教授に渡していった。
良かった。全員に紙が渡ったみたいだ。
少なくともどの研究室も第一希望者がゼロってことは無かったな。
この中で私だけは紙を持ってない。私は研究室を持ってないからね。
ん?アイルの顔が渋いな。アイルが手にしているのは1枚だけか……。
だから、あれほど興味を引くようにしろって言ってたのに。
あんな状況だったのに1枚あるってのはちょっと驚きだけど。
「アイル。誰が希望していたの?」
「ん。ミケル・モンタニって名前が書いてある。」
「それって、ジーナさんの婚約者じゃないの?」
「そうだな……。
だけど一人だけだ。」
「第一希望の選から外れた人が屹度居るわよ。」
「そうだな。」
ミケルさんの希望用紙を見せてもらった。
第一希望が物理研究室で、石炭化学研究室、電気研究室、気象研究室と順に書かれてあった。第二希望が石炭化学研究室ってことは物理系を希望しているって訳でも無いみたいだな。
物理研究室の第一希望が一人だけだから、ミケルさんの第二希望以下は関係ないんだけどね。
配布されている申請書の様子を見たら、アイルのところだけじゃなく、第一希望が一人だけってところが結構あった。
気象研究室、天文研究室、分析化学研究室、薬剤研究室も第一希望は一人だけだった。
ウテントさんとダビスさん、ピソロさん、カリーナさん、ビアさんも浮かない顔だ。
一方で電気研究室のアルフさん、機械研究室のセテさん、無機化学研究室のヨーランダさん、天然物研究室のキキさん、石炭化学研究室のギウゼさんはニコニコしている。
「それじゃあ6人以上居るところは6人だけ選んでちょうだい。バンビーナさん、お手数だけど選から漏れた人を第二希望で分類してもらえます?」
6人を上回った希望申請書を持っている5人が申請書を選んでいった。
選から漏れた人の申請書がテーブルの中央に出されていった。
電気研究室が一番多くて6枚。無機化学研究室と天然物研究室、石炭化学研究室が次に多くて5枚、機械研究室が4枚。全部で25枚あった。
その申請書をバンビーナさんが、第二希望で分類していった。
「ニケさん。第二希望が既に多かった研究所を希望している場合はどうしますか?」
「取り敢えず、第一希望が少なかった研究室の場合だけ、その申請書をその研究室に渡してあげて。」
気象研究室が3枚、天文研究室が1枚、分析化学研究室が2枚、薬剤研究室が1枚増えた。
第三希望では、天文研究室、分析化学研究室、薬剤研究室が1枚ずつ増えた。
第四希望は、既に6名を越えた希望が出ていた研究室を記載しているものしかなかった。
これで、気象研究室が4枚、天文研究室が3枚、分析化学研究室が4枚、薬剤研究室が3枚になった。
「配属が決まっていない申請書は15枚ですね。この申請書の希望欄には全て人数が多かった研究室が記載してあります。」
最後まで残った申請書を数えてヨーランダさんが教えてくれた。
ありゃりゃ。物理研究室が出てこなかったね。
一枚しかない申請書を持ってアイルは涙目になっている。
「物理研究室が1枚しか無いんだけど、第二希望以降で物理研究室を希望している人の申請書を持っているところはありますか?」
「私のところにありますけれど……。第一希望が私のところの人です。」
カリーナさんが持っている申請書に第四希望が物理研究所の人が居た。
カリーナさんはその申請書を握り締めていて少し表情が硬ばっている。
まあ、そうだよね。第一希望の人を他の研究所に渡したくなんかないよね。
それは解る。
それに第一希望した研究室の人数が少ないのに第二希望に回されるなんて……有り得ないよな。
他には、気象研究室と天文研究室に第二希望で物理研究所を希望している人が居た。全部で3人だった。
まいったね。人数の多いところだったらどうにかなったかも知れないけど。よりによってどれも第一希望で人数の少ないところを希望した人だけって……。
結局、物理研究室を希望に書いた人はアイルが手にしているミケルさん以外は3人しか居なくて、どの人も希望者の少ない場所が第一希望だった。
「ねえ、アイル。これだとどうしようもないよ。」
やっぱり希望先を10個書いてもらった方が良かったかな。
でも、それだとモチベーションがダダ下りになっちゃう。
「……」
アイルは黙って、第二希望より下に物理研究室が記載されている申請書を見ていた。
「これって、全部同じグループの人だな……。」
小さな声でアイルが呟いた。
「グループって何?。」
「半月毎に仮配属してた、あのグループだよ。」
「へぇ。そうなの?それってミケルさんのグループよね?」
「ああ、そのグループだけは随分と質問をしてたから憶えているんだ。」
「他のグループからは質問は無かったの?」
「殆ど質問が無かった。理解してくれていたんだと思ってたんだけど……違ったのかな?」
それで何となく分かってしまった。
例によって、アイルは講義した文官の人たちを煙に巻いてしまってたんだろう。
それじゃぁ希望者が居なかったのはアイルの所為じゃないか。
「えーと。それじゃぁ、既に配属が決まっている人はそのままで。未だ配属が決まってない15人の割り振りをしましょうか。
既に6人選択されている5つの研究室に3人ずつ増やそうかと思うんだけど、どう思います?」
「えっ。」
アイルが目を見開いて私の方を見たけど、どうしようも無いものはどうしようも無いのよ。
再度希望調査なんて面倒なことしたくない。
「それで良いと思います。」
ウテントさんが応えた。
「仕方ないよな。」
「そうだな。」
「そうね。」
「それでも手は増える訳だしね。」
希望者が少なかった准教授のダビスさん、ピソロさん、カリーナさん、ビアさん達も合意してくれた。
「どうやって選びます?」
キキさんが訊いてきた。
「第一希望をなるべく優先して選んでもらえますか?あとは人数の多い5つの准教授で相談してください。」
それから5人の准教授達があれこれ相談して新たに3人ずつを選んでいた。
「なあ、物理研究室は?」
アイルが私に訊いてきた。
「うーん。それはどうにもなら無いわよ。」
「だけど、折角ウェハー工場も建てたのに。コンピューターの開発は大事だろう?」
「そうだけど……。
お義父様やグルムおじさんに相談してアトラス領の文官を貸してもらったら?
あとは、コラドエさんにお願いするとか。ウェハー工場はコラドエさんのところで対応してもらってるじゃない?」
「だけど、半導体の設計をしなきゃならないんだぞ。固体物理学とか理解して貰わないと。」
「それは追い追い考えるしかないわよ。まずはアトラス領の文官を回してもらえれるか訊いてみるしかないんじゃない?」
「……それしかないか……」
ーーー
今日は休日なんだが、昼過ぎにオレ達はメンバーと食堂に集まって配属先の発表を待っていた。
5人で一つのテーブルに着いて雑談しながら時間を過していた。
「どうなるんだろう。」
アンゲルが一人だけテーブルの傍を歩き廻っている。
「アンゲル落ち着きなさいよ。」
モンさんに嗜められた。
アンゲルは歩き回るのを止めて椅子に座った。
「だけど、気になるだろう?」
「気にはなるけど、気にしてもどうにもならないからね。」
マラッカが応えた。
「イルデさんはどうだったんだ?」
アンゲルがイルデさんに問い掛けた。
「第一希望に書いたら選んでくれるって言ってた。」
「イルデさんだけは決定してるのですね。」
「やっぱり、オレもギウゼ准教授のところに訊きに行けば良かったのかな……。
ああ、ダメだ。気になって仕方が無い。」
アンゲルはまた立ち上がってウロウロし始めた。
何とも落ち着かないな。
そんな遣り取りを何度か繰り返していたら、食堂の入口あたりが騒がしくなった。
「あら?結果が掲示されたみたいですね。」
入口の方を見ていたモンさんが口にした。
「えっ。そうなのか。」
アンゲルが入口の方を振り返って固まった。
「じゃあ、見に行こうか。」
オレは皆に声を掛けた。
オレ達は食堂の入口に向かって歩き出した。
アンゲルだけその場で固まって動かない。
おいおい。先刻まで歩き廻ってたってのに。何てことだ。
オレはアンゲルの手を掴んで引き摺る様にして外へ出た。
事務棟の前にある掲示板には各研究室と配属者の名前が書いてある紙が張られてあった。
掲示板の前は王宮から一緒に来た文官が集まっていた。
掲示を見た文官達は、内容を確認すると離れて行く。
多分、オレ達と同じ様にこれからグループで飲みに行くんだろう。メーテスの門の方へ歩いているのが多い。
喜んでいるヤツも居れば、悔しそうにしているヤツも居る。
少し待っているとオレ達の前に居た文官達は掲示板の前を離れた。
えーと。オレは?
物理研究室の紙にはオレの名前だけがあった。
えっ?
「おっしゃぁ。飲みに行こうぜ。」
アンゲルは上機嫌だ。望み通りに石炭化学研究室に配属になったんだろう。
「どうした、ミケル?
えっ、物理研究室ってお前だけなのか?」
「そうみたいだな。どういう事だろう?」
「希望する人が居なかったんじゃありませんか?」
背後からモンさんの声がした。
「だけど、モンさんも、ハムも、マラッカも希望に書いてたじゃないか?」
「そうですけれど、私の気象研究室の配属は4人だけですからね。それに物理研究室は第一希望ではありませんでしたし。」
「オレのところは3人だけだからな。第一志望が採用されたんじゃないかな。」
「私のところの分析化学研究室も人数は少ないわ。
多いのは、石炭化学研究室と天然物研究室、無機化学研究室、電気研究室、機械研究室ね。
9人も居るわ。」
「まあまあ。皆第一希望通りだったんだろ。飲みに行こうぜ。」
オレは何となく納得出来ない気分のままマリムの街に移動した。
今日もジーナが飲み会に合流することになっていた。
ジーナには店名だけ伝えて店で合流することしている。
「あら、来たわね。どうだった?」
ジーナはオレ達より先に店の中に居て、オレ達の席を確保していてくれていた。
「皆第一希望通りの結果でしたわ。」
モンさんが席に着きながらジーナの質問に応えた。
「こいつ、一人だけだったんだよ。」
アンゲルがオレを指して声を上げた。
「一人だけ?
あぁ。物理研究室はミケル一人だけなの?相変らず他の人とは違う道を行くのね。」
「そんな心算は無いぞ。」
「この前聞いた時に何となくそうなりそうな気はしてたのよね。」
「そうなのか?」
「ええ。今週はどの研究室に行っても配属希望の話をしているのを聞いたのよ。
アルフさんのところやセテさんのところ、ヨーランダさん、キキさん、ギウゼさんのところを希望しているって話は良く出てきていたけれど、アイルさんのところの話は全く聞かなかったわ。」
「それを知ってたのか?オレは聞いてないけど。」
「だって、そんな話を聞いたからって希望する配属先を変えたりしないでしょう?
だから、言う必要があるとは思わなかったのよ。」
「確かにそうだな。」
それからメンバーとこれまでの仮配属の慰労会をした。
「やっぱり勉強会やってて良かったでしょ?皆第一希望になったのは勉強会のお陰なのよ。」
少し酒が入って、ほろ酔い気味になったところで、マラッカがそんな事を言い出した。
まあ、確かにそうかも知れないけれど、オレの配属にはあまり役に立ったのかどうか微妙なところだ。
「そうだな。オレの後輩で石炭化学研究室一択だって言っていたヤツは、配属されてなかったんだ。」
「へぇ。それでその人は何処に配属されたんだ?」
ハムがアンゲルに訊いた。
「さぁ、オレはオレの配属先しか見てないからな。どこに配属されたかなんて分からないよ。」
「このメンバーも明日からはバラバラですね。」
モンさんが染々とした声音で話した。
「そうだな。折角仲良くなったんだよな。」
アンゲルも少し声を落としている。
「それじゃあ、月に1回ぐらい落ち合って飲まないか?」
ハムが提案をした。
「それ良いかも。」
マラッカは嬉しそうに同意した。
「でも、正式に配属になったら色々忙しくなるんじゃありませんか?」
とモンさん。
「でも、その時はその時じゃない?」
「そうですね。でも私は配属になったら暫く飛行船で移動することになるかも知れません。」
「えっ?」
全員で驚きの声を上げた。
「それって気象研究室の仕事でってこと?」
「ええ。ウテント准教授が文官の配属が決まったら、気象調査の為に北極に行くって言ってましたわ。」
「北極?それってずっと北の方よね。でも、その話って何時訊いたのよ。」
「先週かしら?先々週だったかも知れません。」
「おいおい。それって、定期的に准教授と話をしてたってことか?
オレには准教授と話をしない方が良いって言ってなかったか?」
アンゲルの声が大きくなった。
「別に立ち話程度ですわ。」
「でも……怪しい。」
マラッカがモンさんの顔をじっと見詰めながら口にした。
「そんな事はありません。」
酒を飲んでも顔色があまり変わらないモンさんが珍しく赤くなっている。
「あー。赤くなってる。絶対怪しいわ。」
「へぇ。そういう事か。」
「それはお酒の所為です。それに立ち話しただけです。」
「どうだかな。」
オレとジーナは並んでメンバー達の遣り取りを見ていた。
「いい仲間ね。」
「ああ。そうだな。」
「ミケルってあまり仲間を作らないのかと思ってたんだけど、この感じだと、時々会うことになりそうね。」
本当にそうだなと思った。
これまで半年近い間、一緒に居た仲間なんだ。
オレ達は夜が耽るまで話をしながら飲んだ。
ーーー
私とアイルは、配属先を決めたあと直ぐに飛行船で領主館に戻った。
今日は休みだからね。就業時間なんて無いんだよ。
それに、グルムおじさんに文官を融通してもらえないか聞きたかったからね。
領主館は普段と様子が違っていた。
何だか騒がしいと言うか、何というか。
侍女さん達が小走りにあちこち動いている。
騎士さん達も右往左往していた。
「ニケさん。アイルさん。様子を観て来ますので、ここでリカルドと一緒に居てください。
リカルド。二人を頼む。」
そう言うとメリッサさんは領主館の奥へ走っていった。




