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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり2
420/426

173.無機化学研究室

物理研究室の仮配属が終わった。

結局、講義用の資料の半分は講義されないまま残った。

少しだけ残念な感じがある。


OSのニモニック列の入力の方も僅かに残ってしまった。


どちらも完了しないで終わった。


コンピューターへの入力は、次に仮配属される文官に引き継がれる。多分よっぽどの事が無ければ終わるんじゃないかな。


講義資料の残りには興味はあるんだが、こればかりはどうにもならない。一応、アイルさんは悪かったと思ったのか、何時でも質問してもらったら説明をすると言ってくれた。


訊いた方が早いのか……独学の方が……やっぱり無理かも知れない。どうするにしても、時間のある時に資料の残りを理解出来ればと思った。


最終日の昼休みに殿下の姿を食堂で探した。

結婚式の宴会の参加者の人数を訊くためだ。


食堂では、例の様に見付けることが出来なかった。

一体何処で昼食を摂っているんだろう。

仕方が無いので、この前聞いたバスケットボールのところだろうと思い、体育館に入った。


「右だ!右にパスしろ!」

「そこだ。いけ!」

「あっああぁ。」


体育館の中では大声が飛びかっていた。

体育館の中央で頭より少し大きな球を奪い合っている様子が見えた。


バスケットボールというのは初めて見る。

記憶ではサッカーのような何かの縛りがあったと聞いていたと思うんだが……何だったかな?憶えていないな。


殿下達は体育館の奥でバスケットボールをしているメンバーを応援していた。


「殿下、久しぶりです。」


「あっ、ミケルさん。どうしました?」


「いや、8月d27日の宴会の参加者の人数を教えてもらおうと思ったんです。」


「それはゼリアだな。あれ?ゼリアは何処だ?」


「トイレじゃないですか?」


ムザル君が応えた。

少し待っていたら、ゼリア君がやってきた。


「ミケルさん。」


「やあ、ゼリア君。先日聞いた宴会の参加人数を教えてくれないか?」


「ええ。だけど、ミケルさんの結婚式って何かあるんですか?」


「何かって?」


「いえ、どうしてだか、参加するかどうか尋ねると誰も彼もが知ってましたよ。」


「え?」


「何だか凄く噂になっているみたいです。」


「噂って?」


「ボーナ商店で結婚式の衣装を見たとか、エクゴ商店で聞いたとか言ってましたね。ミケルさんのお相手って有名な人なんですか?」


「そ……そうかもな……。」


「国務館の管理官の人でしたよね?」


陛下がオレに訊いてきた。


「考案税申請書の調査部門に勤めているんですが……。」


「結婚式をダムラック司教が執り行うんでしたよね?」


「そうですね。」


「やっぱり特別なんじゃないかな。結婚式を司教様が執り行うのって大貴族でもそうそう無いですからね。」


「そうなんですか?」


「ええ。だって、司教様って、大陸にd20人しか居ないんですからね。」


「そう……か……。」


「それで、参加人数なんですけど今のところd340人(=480人)なんですけど大丈夫ですか?ひょっとするともう少し増えるかも知れないんですけど。」


殿下に代わってゼリア君が人数を伝えてきた。


「えっ?d340人?」


「ええ。だけど、あの感じだとd400人を越えるかも知れません。」


「d400人って。それは何故?」


吃驚だ。そんな人数になるとは思ってもみなかった。


ゼリア君の話では、サッカーの知り合いに声を掛けたところ、声を掛けた職人達や商店勤めの人達、騎士達全員が参加したいと言ってきたらしい。サッカーのつてでその結婚式の宴会に参加出来るんだったら是非参加したいと言っていたんだそうだ。

そういった連中がさらに知り合いを誘っても良いかと言っていた。それでこの人数になったらしい。

さらに連れてくる可能性がある知り合いの人数までは把握できていないから、今把握している人数より増えるんじゃないかと言っていた。


準備してもらっている会場を変えなきゃならないんじゃないかな……。


休日になった。

朝、何時もの時刻、何時もの場所でジーナと会った。

宴会の参加者の人数を伝えた。


「それは……凄い人数ね。ミケルの知り合いなの?」


「どうだろう。会ったことがあるヤツも居るだろうけど、大半は知らない人じゃないかな。ひょっとして飲み会で一緒だったかな……。何にしても、そういった連中が知り合いを連れて来るらしい。」


「実は私のところに来る商人や工房の関係者も参加したいと言ってくる人が多いのよ。マリエーレには大人数でも良い場所を選んでもらっているけれど……大丈夫かしら……多分無理ね。屹度そんな人数は想定してないわ。

マリエーレに相談しないと。」


今日は他に用事は無かったのでジーナとマリムの街を散策しながらあれこれ話をした。

どうしても、結婚してからの生活の話が主体になる。


侍女をしているリーサさんは早速電子レンジを使った料理方法の工夫をしているんだそうだ。

ジーナから国務館の官舎にリーサが電子レンジを使って作った食事を食べに来るように誘われた。


物理研究所の講義の所為で、無機化学研究室の予習が全然出来ていない。当面は時間が取れないだろうと思うと伝えた。


無機化学研究室の出仕の日になった。


いよいよ最後の仮配属先だ。

この研究室で半月過したら配属先が決まる。


その前にどの研究室を配属希望にするかを決めなきゃならない。


オレ以外のグループメンバーは既に決めていて、全く決めていないのはオレだけだ。

マラッカは分析化学研究室と薬剤研究室のどちらにするか決め兼ねていると言っていたが、オレと比べたら決めた様なものだ。


配属希望の申請は当初の予定通り、無機化学研究室の様子を見てからにしようと思う。

急いで決める必要は全くない筈だ。


朝、メンバーで揃って無機化学研究室の執務室に出向いた。


執務室の扉の前で来訪を告げたら、事務員のソフィアさんが応対してくれた。

初対面のオレ以外のメンバーが自己紹介をしている間、メンバー其々が部屋の中を遠慮勝ちに見回している。


そうなるよな。オレも最初にこの部屋に入った時にはそうなった。部屋の中は様々な絵画で壁が埋まっている。

准教授の執務机の背後に見覚えの無い絵があった。前回来たときから、さらに絵の枚数が増えているみたいだ。


准教授に自己紹介をしているときに


「あれ、あの絵。」


マラッカが最初に気付いたみたいだ。

マラッカの声にメンバー全員がマラッカが見ている方を見た。

そこには、初代国王陛下、王国の英雄のガリム・サンドル、モナド・グラナラと、マリム大聖堂、マリム大橋、アトラス鉄道の絵が並んでいる。


「紙幣の絵とそっくりだな。」


アンゲルも絵を見て声を上げた。


「そうですね。紙幣の絵と同じ絵ですね。でも……描き方が違ってますね。」


モンさんがそれに応えた。


「でも構図は全く同じじゃないか?」


ハムも声を上げる。


「以前、アトラス領でニケさんが王宮博物館の絵の修復をしたことがあるんです。皆さんがマリムにいらっしゃるより少し前のことです。そのときの絵の模写ですよ。」


オレ達が騒ついていたのに対してソフィアさんが説明をした。


「絵の修復ですか?ニケさんってそんな事もするんですか?」


「ええ。そうなんですよ。私も驚きました。

その絵は王宮博物館で門外不出とされていて至宝と言われているらしいです。

でも、最初にアトラス領に運び込まれた絵は、今にも崩れてしまいそうな見窄みすぼらしいものだったんですよ。私にはお世事にも何が素晴しいのか分かりませんでした。

でも、ニケさんの手に掛かって修復された後の絵はそれは見事なものでした。

絵の具の色も鮮やかになって。」


ソフィアさんはその時の事を思い出しているのかうっとりとした表情になった。


「それって、どうやって修復したんです?」


「魔法を使ったんですよ。流石ですよね。あの歳で特級魔法使いだけのことはあります。」


魔法と聞いて、全員で納得した。それ以上は誰も何も言わなかった。

オレ達にとっては魔法ってやつは謎以外の何ものでもないからな。


「それでは、無機化学研究室の説明をしましょう。会議室に移動しましょうか。」


ヨーランダ准教授が先導してオレ達は会議室に移動した。


席に着いて、准教授が話始めた。


「無機化学研究室では有機物以外の化学品を扱っています。対象になるのは周期表の中にあるエレメントの殆どの化合物です。

現在の主な業務は新しい鉱石からの金属精錬方法検討と農薬の生産方法の検討です。

最近では鉱物研究室で新たに見付けた鉱石から各種エレメントを精製する業務が多いです。

新しい金属エレメントは作られる新しい道具のための素材になりますから、マリムの基盤を支えている研究とも言えます。

農薬はマリムの農業試験場や、メーテスの農作物研究室と作物に有効な無機化合物をアンモニアやリンから合成する方法を検討しています。

以前は農作物に必要な養分の効果を見るには、年単位の時間が掛かったんです。

ニケさんの時間魔法で短期間で作物が育つようになりました。必要な養分についての知識ははかなり増えています。

今は農作物研究室からの結果を待っているところです。

本当なら、仮配属の皆さんには主要な業務を見てもらって手伝ってもらうところなんですけれど、今はちょっと変わったことをしています。

ケイ素の結晶の製造方法と加工方法の検討です。」


この前来た時はタングステンの精製をしていると言っていたんだが……あっ、電球の話を聞いた時にコンビナートでタングステンの細線が商品になっているんだったな。その仕事はもう終わったってことか。


「結晶ですか?」


マラッカが訊いた。


「ええ。アイルさんの要望です。文官の皆さんが本配属するまでにケイ素の単結晶が欲しそうです。かなりの大きさの結晶が必要になるらしいんですよね。」


「大きな結晶ですか?」


「ええ。直径1デシ(=10cm)は欲しいって言ってました。出来ればもっと大きなものを作って欲しいと仰ってました。」


「それって何に使うんですか?」


「高性能のCPUと大容量のメモリーとか言ってました。集積回路というものを作るんだそうです。アイルさんは魔法で作るのに限界があると仰っています。」


「えっ?それって、コンピューターの為の?」


「知っているんですか?

そう言えば、先週まで皆さんは物理研究室にし仮配属していたんでしたね。

コンピューターは未だ完成してないって聞いてましたけど、どんな感じなんでしょう?」


「コンピューターは動いてましたけど……完成って?」


「まだ色々作らなきゃならないって言っていたよな。」


アンゲルがマラッカの質問に応えた。


「そうですね。沢山作りたいものを話されてました。あの全てが出来れば完成するのでしょうか?」


モンさんも応えた。


「プログラムを作れば幾らでも機能が増えるんだろうから、どの段階で完成って言うのか判らないよな。

でも、そういう意味では、あとプログラムを作るだけになっているんだったら完成なんじゃないかな?」


ハムが意見を言う。


「じゃあ、完成しているって言って良いのかしら?」


マラッカがハムに問い掛けた。


「それはアイルさんにしか判らないんじゃないかな。」


「コンピューターはもう動くようになったんですか?」


ヨーランダ准教授が期待に目を輝かせて訊いてきた。


「ええ。私達が仮配属になってから6台のコンピューターを組み立てて、全部で8台が動いてはいます。どこまで作業を進めたら完成なのかは判りませんけど、8台とも同じ様に動いていました。」


それにマラッカが応えた。


「8台ですか……分析化学研究室に何台か必要と言ってましたね。そうすると……ウチにはムリかしら……。」


「どうかしたんですか?」


准教授の呟きにマラッカが訊いた。


「私もコンピューターに興味があるんです。沢山の結果を計算するのが楽になるって聞いてたんですよね。」


「確かに計算はあっという間にしていたな。」


「あのスキームというプログラムを使うと自動的に計算できるんだろう?」


アンゲルとハムが応えた。


「やっぱりそうなんですね。でも8台だけなんですね?

アイルさんはもっと沢山作るって言ってませんでしたか?」


「どうなんだろう。CPUやメモリーを作るのは大変だって言っていたけど……。」


「図面を見せてもらったけれど、物凄く複雑だったよな。あんなに複雑なものだから魔法で作るのも限界だと言ってたな。

それにオレ達も組み立てるのがかなり大変だった。」


准教授の質問にハムとアンゲルが応えた。


「そうですか……多分大量に計算をする研究室に廻されるんでしょうね……。

やっぱりケイ素ウェハーを大量に生産出来るようにしないとダメなんですね。

あっ説明が途中でしたね。」


それからヨーランダ准教授はケイ素の単結晶を作る方法の概要について黒板に書いて説明してくれた。


・珪石とアルミニウムの粉末からテルミット反応を使って金属の珪素を作る。

・金属ケイ素と塩酸を反応させてトリクロロシランを合成する。

・蒸留を繰り返して高純度のトリクロロシランを得る。

・高純度の水素とトリクロロシランをケイ素を電極とした反応容器の中で多結晶高純度ケイ素を作製する。

・多結晶ケイ素を溶融させて単結晶のケイ素を作る。

・ケイ素の方位を測定して薄い板に切り出す。

・薄いケイ素の板を精密研磨して完成。


随分と沢山の手順がある。


「アイルさんが作りたいと言っている集積回路を作るには、欠陥や不純物が少ない高純度のケイ素の単結晶が必要らしいんです。

純度はd8W(オクトエバ)(=10進数だとナインナイン)からdNW(デカエバ)(=10進数だとイレブンナイン)です。

全体の重さのd10の8乗分の1からd10のdN乗分の1しか不純物が無い状態です。

ニケさんが作ればそれ以上の純度になるんです。だけどニケさんは領民にも作れるようにして欲しいって言っているんです。」


「凄く純度が高いんですね。それって、どうやって調べるんです?」


マラッカが質問した。


「それは分析化学研究室と協力して行なってます。その為にアイルさんとニケさんが質量分析装置を改造しましたね。

フッ化水素でケイ素を溶かして、高周波加熱という方法でそれを気化させて質量分析するのです。

それで、ケイ素に含まれている全ての金属の量を知ることが出来ます。」


「凄いわ。そんな分析も出来るんですか。」


「アイルさんが積極的ですからね。実験道具や分析道具をどんどん作っているんです。

ケイ素を作る道具もアイルさんとニケさんがあっという間に作ってしまって。

ここでは作るための条件を調べるのが仕事になってます。」


「それに、そのケイ素の結晶を作るのに随分と沢山の手順があるんですね。」


「ええ、そうです。

どの作業もニケさんとアイルさんの指示です。

手順が多いんですが、理には叶っているんです。

普通に作った金属ケイ素には不純物が多く含まれていますから、純度をdNW以上にする為には蒸留といった操作で純度を上げるのは妥当です。

その為にケイ素を気化しやすい液体の化合物にする必要があります。

トリクロロシランという化合物は沸点がd39.N度(=31.8℃)の液体です。蒸留で純度を上げることが出来ます。

ただ、トリクロロシランは空気中の酸素や水分と激しい反応をするので、空気を遮断して蒸留する必要があります。

そうやって純度を上げたトリクロロシランを再度金属ケイ素にすると高純度の金属ケイ素が得られます。

それを金属ケイ素に戻して結晶を作るんです。そうしないとd8WやdNWの純度の結晶は作れません。

そしてアイルさんが必要な結晶の為には更に加工して研磨してようやく完成です。

そういった訳でどうしても沢山の手順が必要になります。」


「あと半月でこれらの作業条件を確定するのですか?」


モンさんが質問した。


「ええ、そうです。既に全ての手順が実施できる様になっています。残っているのは結晶を作る条件を詰めるのと加工条件を詰めるところです。

この研究室で条件確認の作業が完了したら、コンビナートに製造装置を造ることになります。

加工条件を詰めるために、原料の生産量を上げなければならなくなったので、先週アイルさんには追加のシーメンス法で反応させる道具を追加で作ってもらったんです。」


「あれ?でも先週はアイルさんは、ずっとコンピューターに色々インプットしていたんじゃなかった?」


マラッカがオレ達に囁いた。

そうだな。ずっとプログラムを作っていたとしか記憶してないんだが何時の間にそんな事をしていたんだろう?


「時々居なくなっていたけど、あれはトイレじゃなかったのか?」


アンゲルがそんな事を言った。

確かに偶に席を外してたけど、でも直ぐに戻ってきてたな。

どんな道具か分からないけれど、アイルさんだったら殆ど時間を掛けずに作ってしまうのかも知れない。


「それでは順に道具とその説明をしていきますね。見てもらった方が早いので、順に実験室を見てもらいます。」


オレ達は会議室を出て、准教授の案内で研究室の中を移動していった。先日見た炉が大量に並んでいる場所を通り過ぎて、別な部屋に移動した。


その部屋は天井が高い大きな部屋だった。

こんな部屋、以前あったかな?


机の上に沢山のガラスの道具、部屋の中央には大きな金属の容器があった。部屋の壁沿いに二種類の大きな筒状の道具がいくつもあった。

二種類の道具は大きな部屋の中の反対側の壁沿いに立っていた。

一種類はガラスで出来ていて中が見える。もう一種類は金属製だ。


「この部屋では、コンビナートでテルミット反応させて作った金属ケイ素を原料にしてトリクロロシランを作っています。

コンビナートのテルミット反応させる工場では、主にバナジウム、クロム、マンガンなどの高温にならないと融けない金属を作るのに使っています。

ケイ素を作るのには他の金属同様に炭素と反応させることで得ることも出来るんですけれど、既にあるテルミット反応の工場で簡単に珪石から金属ケイ素が作れるのでその方法にしています。」


准教授は、金属製の大きな管の中に入っている金属の粉を見せてくれた。


「これが金属ケイ素の粉末です。これを塩酸とd300度で塩酸と反応させます。反応はそちらの釜で行ないます。

この釜は塩酸で腐食しにくいハイステロイという金属で出来ています。ニッケルと鉄とモリブデンの合金です。この道具の材料のハイステロイという金属はニケさんが魔法で作ったんですけれど、コンビナートでも少量を作っています。

塩酸を扱う場合に腐食しにくい金属は限られているんです。ステンレスも塩酸では腐食してしまいます。

この容器はさらに腐食を防ぐために内側にガラスの薄い膜を作って腐食を防止しています。」


「塩酸ってステンレスも溶かすんですか?」


「ええ。そうです。コンビナートの塩酸を保管しているタンクや配管はこの道具と同じでハイステロイの内側にガラスを付けたものを使っています。

最初はステンレスの内側にガラスを付着したものを使っていたんですけれど、ニッケルが大量に手に入るようになったので、今はハイステロイ製に変えています。

そして、ここで使用する塩酸はコンビナートからその配管を使ってこの部屋まで送られてくるんです。」


「コンビナートから配管が繋がっているんですか?」


「ええ。以前はこれは無かったんですけれど、ここでケイ素を作る実験をするためにアイルさんが作りました。ケイ素をコンビナートで作るようになったら撤去するかも知れませんね。

ニケさんが魔法で原料のエレメントに戻すんじゃないでしょうか。

そうやって、必要に応じて道具を作っては元に戻しています。

そして、こちらとあちらにある縦長の道具は蒸留する道具です。」


准教授はそう言って、部屋の片側と反対側にある道具を指差した。


「こちらの壁にあるガラスで出来ている蒸留の道具はトリクロロシランを蒸留する道具です。ここでは4つの蒸留の道具を通すことでトリクロロシランの純度を上げています。

あちらにある金属の道具は水素を蒸留するための道具です。チタンで出来ています。

ここには塩酸と同じ様にコンビナートから液体ヘリウムが送られてきています。分析化学研究室には常設の配管があるので、そこから分岐してこの実験室に配管しました。液体ヘリウムで冷却して水素を蒸留しています。」


それから、この部屋についてメンバー達から質問が出た。

質疑応答して分かったことがある。


最初は中央にあるガラスの容器で製造条件を割り出したらしい。今は安定して高純度のトリクロロシランと高純度の水素が出来ているのだそうだ。

単結晶ケイ素の製造方法が確立したら、ここでの条件を元にコンビナートに工場を建てるらしい。


それから、隣の部屋に移動した。


そこには上部が丸くなっている円筒形のものが台の上に乗っている道具がd10個以上並んでいた。一つ一つの円筒は大人二人分ぐらいの大きさだ。


「この部屋では、隣の部屋で作った高純度のトリクロロシランと高純度の水素ガスを反応させて多結晶の高純度ケイ素を作っています。

水素も危ないガスですが、トリクロロシランは空気とも空気の中にある水蒸気とも反応するので扱いに注意しないとなりません。

ここにある道具は水素とトリクロロシランを反応させる耐圧容器です。

反応の際に発生した塩酸ガスと未反応のガスは分離して隣の部屋に戻しています。

塩素ガスはトリクロロシランを作るのに使って、未反応の水素ガスとトリクロロシランガスは隣の部屋で再度蒸留装置で純度を上げてこの部屋に戻されます。

上手く循環させれば、コンビナートからの塩酸を殆ど使わなくても良くなるんですけれど、今は検証が第一なのでコンビナートから塩酸を持ち込んでいます。」


この部屋の中にある道具の一つが容器が釣り上げられていて、中が見える様になっていた。

他の装置は反応をしている状態にあるのだと説明を受けた。

准教授とオレ達はその中が見える道具の前まで移動した。


その道具の底にあたる平な金属の板の中央には大きな穴があり、それを囲む様に4本の金属の突起と小さな穴が4つあった。

上部が丸い形をした厚い金属の容器が支柱の上で固定されている。


「この円筒形の容器は油圧で上下に移動できます。

容器を下げてこの板の上に乗せて気密を保てるようになっています。

容器を設置した後で、この大きな穴から真空ポンプを使って中の空気を抜きます。

その後に気体のトリクロロシランと水素を容器の中に導入します。

少しでも空気が残っているとトリクロロシランや水素が反応しますからね。

この穴とこの穴からトリクロロシランが導入されて、この穴とこの穴から水素が導入されます。

トリクロロシランと水素は導入する前にd100度(=100℃)に加熱しています。

この金属の突起は電極で、事前に加工しておいた高純度の多結晶ケイ素で出来ている電線を取り付けます。」


それから、多結晶ケイ素の電線を見せてもらった。

6デシほど長さでのU字型になっている金属の細い線だった。


「この線に電気を通してヒーターの様にこの線自体を加熱します。

温度としては、dW00℃(=1,000℃)からd1,000℃(=1,200℃)ぐらいです。

高温のケイ素の線にガスが晒されるとトリクロロシランは分解、還元されて金属ケイ素になります。

既に大体反応の条件は定まっています。

今は流す電流の値やガスの流入量を変えて効率的にケイ素が得られる条件の確認をしています。

これは最初の頃に2日ほど反応させて得られた多結晶金属ケイ素です。」


今度は銀色をした腕ぐらいの太さの金属のU字型の塊を見せてもらった。

最近になって作ったものは残っていない。それらは順次ケイ素の単結晶を作るために使用している。

あとの作業に必要な多結晶金属ケイ素が足らなくなったために、先週ここにある道具の台数を増やした。

多結晶というので見た目が違うのかと思ったんだが、普通に金属の塊にしか見えない。


「2日って、夜も連続して反応させていたんですか?」


驚いた顔でマラッカが訊いた。


「ええ。そうです。」


「クロロシランって危険だと言っていませんでしたか?ここにある道具を動かし続けても大丈夫ですか?」


「ここにある道具類は、隣の部屋もそうですけれど、漏洩したり、圧力や温度の異常があったら自動的に安全に止まるようになっているんですよ。」


危険な気体を扱うから工場のシーケンサーみたいなものがあるのか。

だけど、真空管の道具とかは見ていないな。

蒸気の音もしないから、蒸気が通っていることも無さそうだけれど。


メンバーの面々もそう思ったのか周りを見始めていた。

電線があちこちにあるから、電気的に測定をしているんだろうか?


「その自動で止める道具は何処かにあるんですか?」


オレは准教授に訊いてみた。


「個々の道具に付いています。それと部屋の端に全部の道具に繋がっている道具があります。

どれかの反応道具が異常で止まると、この部屋にある道具と隣の部屋にある道具は全て止まるようになっているんです。」


道具を見てみた。配管があって電線が付いている。外部から来た電線は容器の上部にある掌ほども無い小さな四角い箱に繋がっている。

あの箱の中に何かあるのか?


「この箱の中に何かあるんですか?」


「この箱の中に道具の状態を制御する回路が入っています。見てみますか?」


「この箱ですか?随分と小さいですね。見せてもらえますか?」


お願いをしたら准教授がドライバーと踏み台を持ってきてくれた。

准教授はドライバーを使って小さな箱の蓋を開けた。

箱の中をメンバー全員で覗き込んだ。

中には見覚えのある抵抗やコンデンサーが板の上に沢山張り付いていた。

見覚えの無い銀色をしている小指の先ほどの大きさの四角い部品がある。


「この銀色の部分にはケイ素を使った比較演算回路とかいうものがあるらしいんですよね。

こういった部品は高純度単結晶ケイ素が作れるようになると沢山作れると聞いています。」


「そうすると、これもコンピューターみたいなものなんでしょうか?」


モンさんが質問した。


「そうなんでしょうか?アイルさんが言うのには、コンピューターで使っているものより、ずっと簡単な回路だと聞きましたけれど。」


「随分と小さいですね。」


ハムの言葉で、真空管で回路を作ったらどのぐらいの大きさになるのか考えてみた。

電気研究室の時に真空管で電圧を比較する回路を見たな。センサー一つあたりに最低でも一つの真空管が必要になる筈だった。

この反応容器には温度や圧力のセンサーが何個も付いている様だ。ガス漏れも検知すると言っていたな。

その沢山のセンサー一つ一つに真空管を配置したら随分んと大きな道具になる。

この箱の中にある部品全てを集めても真空管1個の大きさにもならないんじゃないかな?

確かにとても小さい。


「アイルさんが頻りに「鉄の次はケイ素が重要になる」と言っているのですけれど、私は未だ知識が追いついてないんです。

でも、この反応容器にある監視や制御をする道具を真空管で作ると無線機より大きな道具になるとは言っていましたね。」


「ケイ素ってコンピューター以外にも使われるんですね。」


「そうなると聞いています。アイルさんは高純度ケイ素が出来れば、そういった部品を領地でも作れるようになる筈だと言っていましたけど、それはまだ先のことでしょう。

まずはケイ素ウェハーを作るのが先ですね。」


「ケイ素ウェハーですか?それはケイ素とは違うものですか?」


マラッカが質問をした。


「それは、この先の部屋で説明します。では次の部屋に行きましょうか。」


先刻から不思議に思っていた事がある。

先日この研究室に来た時には、この研究室はここまで大きくなかった筈なんだよな。


「准教授。先日伺った時は、この場所に部屋なんて無かったと思うんですけれど。」


「ええ、このあたりは新設したんです。ケイ素ウェハーの製造方法の検討をする場所としてアイルさんが造りました。」


「新設したんですか?何時の間に?」


「造って一月ぐらいでしょうか。アイルさんたちの魔法だと増設なんて一瞬ですよ。」


そう言われればそうだった。飛行船を造るところや、コンビナートで工場を造っているのを見たことがあった。


次の部屋の中に入った。

その部屋の手前には大きなガラスの筒が何個も並んでいる。

奥の方には別な道具がやはり何台も並んでいた。


「ここには、単結晶ケイ素を作る道具と、出来上がった単結晶のケイ素を加工する道具があります。

隣の部屋で作った多結晶ケイ素を砕いて、融かして、単結晶を作っています。

単結晶を作る方法には、チョコラルスキー法とフロートゾーン法があるんですが、ここではその検討をしています。

出来た単結晶は奥にある道具で薄い板に切断して研磨しています。

単結晶のケイ素を薄い板にしたものをケイ素ウェハーと言います。」


准教授は部屋の壁際にある机の上から丸くて薄い銀色の板をオレ達に見せた。

直径1デシより少し大きい手鏡の様に見える。

厚さは1/d100デシぐらいだろうか。


「これがケイ素ウェハーなんですね。」


「そうです、これがケイ素ウェハーです。

単結晶の塊を切断して研磨することでこの形になります。

ちなみに今見せているのは、ニケさんが作ってくれたケイ素ウェハーなんですよ。

これと同じものを作るための方法を検討しているんです。

この部屋の前の部屋で行なっていた、金属ケイ素から高純度多結晶ケイ素にするまでの手順や方法はほぼ確立しています。

今は主に、単結晶を作る方法と、出来上がった単結晶を切断して研磨する方法の検討をしています。

皆さんにはそれらの検討してもらいます。」


そうすると、これから半月はこの部屋で作業することになるのか。


准教授は手前にあるガラスの太い筒の前に移動した。


「この石英の筒の中ではチョコラルスキー法で融けたケイ素から単結晶を作っています。」


石英の中は熱の所為か光って見える。相当に高い温度なのだろう。

中にある円柱形のものがゆっくりと回っている。


「下に溶融したケイ素が石英のルツボに入っています。熱伝導を良くするためにその外側を黒鉛で覆っています。タングステンで出来ているヒーターで加熱しています。

ケイ素の融点はd1417度(=1414℃)と高温なので、熱に強い素材を使っています。

この石英の中はヘリウムを流してケイ素が酸化するのを防いでいます。

見ても判り難いかも知れませんが、この単結晶は回転しながら少しずつ上に上っています。

溶融しているケイ素の表面に接している単結晶のケイ素の方位に合った結晶が成長しているんです。

ようやくある程度の大きさの単結晶が出来る条件が見付かったところです。

この単結晶を作るところでは、ルツボの温度、回転する速度などの最適化が出来ていないので、その条件を調べて欲しいのです。」


道具の中で回っているのはケイ素の単結晶なのか。

眩しいと思いながら暫く容器の中で回っている円筒を見ていた。

上昇していると言うのだが良く分からなかった。


准教授は別な作業をしている道具の前に移動した。


「こちらでは、焼成した多結晶のケイ素やチョコラルスキー法で作った単結晶を使って、フロートゾーン法でケイ素単結晶を作っています。

加熱するヒーターを結晶の下から上に動かすことで、下部の一度溶融したケイ素が結晶になります。

実はチョコラルスキー法で作ったケイ素の単結晶には石英のルツボの酸素が溶け込んでしまうんです。

こちらのフロートゾーン法で作った単結晶は酸素が入ることが無いので、より高品質になるのですが、焼成した多結晶から作ったケイ素の結晶には欠陥が多くなっています。

チョコラルスキー法とフロート法を組み合わせるのが良いのか、多結晶のケイ素からフロートゾーン法を使って一度で作れないかといったことが課題です。

こちらも加熱する場所の移動速度や温度条件などの検討が必要になります。」


「こちらの筒の中もヘリウムが流れているのですか?」


「ええ。こちらもヘリウムを流して空気が混入しないようにしています。」


今度は筒の回りにある円形のヒーターが移動しているのか?

ヒーターが光っている。

こちらも上下に動いているらしいのだが良く分からないな。

上の方を見るとヒーターが固定されている軸に回転するものが付いていた。

それが凄くゆっくりと回っていた。

その軸には螺旋があった。

あの仕組みでヒーターが上昇しているのかな。


「それぞれ6台の道具があります。それぞれ条件を変えて結晶を作っています。

結晶の出来不出来は分析化学研究室に新たに設置された分析装置で測定して判断します。

詳細は一通り道具を説明した後でお伝えします。」


そう言うと、准教授は部屋の奥の方に移動した。

ここには大人が4人分ぐらいの大きさの道具が幾つも並んでいた。


「単結晶ケイ素を切断するための道具です。

これはワイヤーソーという名前の道具です。

単結晶ケイ素の方位を揃えて切断します。

単結晶ケイ素は、種結晶と同じ方位に成長するのですけれども、もともとの種結晶の方位にズレがあるとズレたまま成長します。

出来上がった単結晶ケイ素の方位のズレを分析化学研究室にある測定器で測定して、方位のズレに合わせてワニスで台に固定してから切断作業をすることになります。

細いステンレスの線に水に分散させた研磨剤を吹き付けて、この細線を動かして単結晶ケイ素を切断します。」


説明の通りに細い金属の細線が二つのプーリーに巻き付いている。

プーリーの間は2デシほど空間が空いていた。

その空間の場所に台を固定するための治具があった。


「これは、切断したケイ素ウエハーの端部の面取りをするための研磨機です。

両側にある円盤にウェハーを挟んで回転させて端部の面取りをします。

ケイ素はとても脆いものなので、面取りをしておかないと、角の部分が欠けて折角研磨した表面を傷付けてしまうことがあります。」


准教授は今度は巨大な金属の円盤が水平に取り付けてある道具の前に移動した。


「この道具でケイ素のウェハーを研磨します。切断の際に発生した凹凸や厚さの不均一なところを削ります。

この金属の円盤は上下に分かれます。」


そう言って、道具に付いているボタンを押すと、上にある金属の円盤が垂直になった。


「この様な治具にケイ素ウェハーを取り付けて、この上限の円盤に挟み込みます。」


准教授はd10個の直径がd2デシ(=20cm)程の穴が円盤の外周に並んでいる治具を下の円盤の上に載せた。この治具の外周には歯車が付いていた。

准教授は今度は別なボタンを押した。

垂直になっていた円盤がゆっくりと下部の円盤に重なった。


「あとは研磨液を流しながら上下の円盤を動かすことで厚みが均一なウェハーを作ることが出来ます。」


再度円盤を開くボタンを押して、上に重なっていた金属の板を開いた。間に挟んだ円形の帯になっている治具を取り出した。

その治具はかなり薄い板なのだが複雑な構造が組込まれてあった。


「ケイ素ウェハーの直径はまだ安定していませんから、ケイ素ウェハーの形に合わせてこの穴の径を調整します。」


その板のd10個並んでいる穴の周辺部分にある凹みを動かすと穴の径が大きくなったり小さくなったりした。

何だか不思議な構造になっている。

さらに、円盤の外周にある歯車を動かすとケイ素ウェハーを取り付ける穴が回転した。

一目ではどんな構造になっているのか良く判らなかったが、とにかく複雑な治具だった。


「下にある円盤と上にある円盤は逆向きに回ります。そして、間に挟んだ治具は停止しているのですが、外側の歯車を回すことによって取り付けたケイ素ウェハーが別に回転するようになっています。

つまり、ケイ素ウェハーの上面と下面は円周方向に研磨されながら、そのウェハー自体が回転することで研磨方向が変化するようになっています。

この仕組みは後で説明します。」


続いて見せてもらった道具には大きな円盤があって、その上に表面に布が貼ってある小さな円盤が沢山付いていた。


「最後に精密研磨をします。先程の研磨では微細な傷が残りますので、こちらの研磨装置で磨き上げます。

ケイ素ウェハーは片面が鏡面であれば良いので、ケイ素ウェハーをこの金属の円盤に貼り付けて、上から回転する布を使って磨いていきます。

この道具では、研磨液の研磨剤の種類、濃度、量の調整、動作速度などの最適化を実験していただきます。」


「研磨の結果を確認するのにはどうするんですか?」


マラッカが質問をした。


「それも分析化学研究室に新たに設置された表面形状を測定をする道具を使って測定します。」


「分析化学研究室には、沢山の新しい道具が入ったんですね。」


「ええ、その通りです。アイルさんとニケさんが、ケイ素ウェハーを作るのに必要だと言って様々な分析の道具を作ったみたいですね。」


「そう……なんですね。分析化学研究室だと、他でどんな研究をしたのかが解るって言っていたのはそういう事だったのか。」


マラッカは納得したみたいに呟いた。


一通り装置の説明が終わったところで昼休みになった。


午後からは、結晶を作る道具、切断をする道具、研削する道具、研磨する道具の動かし方の説明。ケイ素素材の扱い方、現状の検討状態、検討の詳細の内容、分析化学研究室に新しく導入された分析装置といった説明を受けた。


説明を聞くだけでその日は終った。


最後にメンバーで分担を決めた。オレは切断する道具の担当になった。


官舎に戻ると書面が部屋に届いていた。


配属希望申請方法の説明書と配属希望申請書だった。


申請の方法を読むと、配属希望する配属先を第一希望から第四希望まで記載して、仮配属が終る8月dW日(=11日)の夕刻までに事務棟に提出することになっていた。


いよいよ配属先の希望を申請しないとならないんだな。

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