171.知的財産
それからボロスさんは電子レンジの機能や使い方の説明をしてくれた。
少し厚めの使い方が記載された書類をリーサが読んでいる。
「ジーナさん、これ絶対に買いです。」
使い方の書類を読んでいたリーサが声を上げた。
「説明では便利そうだけど。でも……ボーナ商店に続いて、エクゴ商店でも私の名前が出てくるのは……。」
「実害は無いんでしょう?大丈夫ですよ。」
リーサさんは、よっぼどこの道具を気に入ったみたいだ。
「本当に無いかしら?」
「そんなに大々的に宣伝したりしませんよ。客に訊かれたら、ジーナさんは新婚の準備にこの道具を選んだと伝える程度です。」
とボロスさんが説明する。
「そうなの?ねぇミケルどう思う?」
ボロスさんが言う通りであれば、別にオレ達に断りを入れなくても良さそうなものなのだが。
仮に大々的の宣伝されたとして、実害があるとは思えなかった。
「その程度なら大丈夫じゃないか。」
「そうかしら?
私は、家族が祝ってくれればそれで良いだけなんだけど。
なんだか大事になりそうな気がするわ。」
「ジーナの事を祝いたいのは家族だけじゃないんじゃないかな。
それに、先刻の説明だと便利そうじゃないか。」
「そうね。
それならその電子レンジって道具を買うわ。」
「これも8月24日にお届けで宜しいですか?」
ボロスさんが訊いてきた。
「ジーナさん。これ私、すぐにも使ってみたいわ。」
「リーサはこの道具が直ぐに欲しいの?」
「この道具の説明書を見たら、料理が早く出来るみたいな事が書いてあったんです。ちょっと試してみたいの。」
「使うのは主にリーサになりそうだから、リーサが使ってみたいというのならそれでも良いけど。
ボロスさん、この道具って一番早いと何時届けてもらえますか?」
「在庫はありますから、今日の夕刻以降であれば届けられます。」
「じゃあ、今日お願いします。」
リーサさんは使い方の書類を胸に抱いて勢い良く応えた。
それから、電気を使う道具類を色々と見ていった。
電気を使う道具も色々と便利な機能が増えていたりしている。折角の機会だから古くなった道具類を買い替えようという話になった。
道具類を見て廻って、選んで、結局ボーナ商店には1時半(=3時間)ほど滞在した。
リーサは電子レンジを受け取る準備をしなきゃならないと言って官舎に帰っていった。
夕食のためにメンバー達と落ち合う時刻にはまだ少し時間があった。
近くの飲食店でジーナと二人で入ってお茶を飲むことにした。
「少し疲れたな。こんなに大変だとは思っても見なかった。」
ずっと立ち詰めで食器や道具類を選んでいたので、オレは店の椅子に座ってほっとした。
「そうね。私も少し疲れたわ。意外と色々必要になるものなのね。」
「そうだな。あんなに買い物をする事になるんだとは思ってなかった。
あっ、そうだ。
オレは考案税申請の事についてはそれほど詳しく無いんだが。
ボロスさんが言っていた改良考案ってのはジーナが考えたのか?」
「うーん。私が考えたという訳でも無いんだけど、行き掛り上そんな感じに受け取られてるかも知れないわね。」
「それって一体何なんだ?」
「マリム特有の制度かな。
あれ?今は王国全体でやっているかも知れない。
ここだと、アイルさんとニケさんのお陰で見たこともない考案が凄い勢いで生れているじゃない?」
「そうだな。もう慣れたけどかなり異常なことだよ。」
「そうよね。それにアイルさんとニケさんって、先日の打ち合わせの時みたいに、考案税については全然気にしていないのよ。
そして二人は自分達に必要なものは作るんだけど、それを改良したりするのは領民に任せてるっていうか、自由にさせているのよね。
二人には考案税の改良についても考案税申請をしたらどうかってことを話したことがあるんだけど、ニケさんは面倒臭いって言うし、アイルさんは領民が改良するのは良いことだなんて言うのよ。
それで、マリムでは二人が作った考案品を改良したり、色々組み合わせて新しいものを作るのが盛んになってるの。」
「その改良品って考案税の対象になるのか?
もともとは、他の考案があってのことだろう?」
「それが新しい物だったら考案税の対象になるわ。ここでは、新しいものがしょっちゅう出来るから、それに刺激されているのか、領民も新しいものを作るのに積極的なの。
中には思いもしないものを作る人も居るわね。
二人の考案品が出てくるまでそんなことは全然無かったんだけどね。」
「へぇ。そうなんだ。それで改良考案ってどんなものがあるんだ?」
「うーん、色々あるけど。あっ、最初の改良考案って言われているのがあったわ。
次亜塩素酸ってのがあるんだけど。
知っている?
それってニケさんが布や紙を漂白するために作ったのよ。
そして、水道水の消毒にも使ってる。」
「その薬品は聞いたことがある。コンビナートで作っているんじゃなかったか?」
「そうよ、コンビナートで海水の電気分解をして作っているわ。
最初にマリムに来た時に、次亜塩素酸を脱臭洗濯に使っている人と出会ったのよね。
その人は文字が書けないっていうから、考案税申請書を書いてあげたの。」
「消臭って、あの液体で臭いが消えるのか?」
「ええ。これは凄いことだと思わない?」
「まあ、そうだな。思っても見なかった。」
「だから考案税の申請を勧めて、申請書を作成してあげたのよ。
だけど後でモメたのよね。」
「申請書に不備でもあったのか?」
「そんなことある訳無いでしょ。申請書は全部私が書いたものなんだから。それに、その時はダナ管理官も一緒だったのよ。」
「それって王宮の考案税の管理官か?」
「ええ。上司よ。あっ元上司?、あれ、今も上司かな?」
「ジーナが申請書を書いて、王宮の管理官も認めていたのにモメたのか?」
「ええ、副管理官と主任が承認出来ないと言い出したわ。」
「それは?」
「結局のところ考案って何かってことなのよね。
この場合には、次亜塩素酸自体に消臭するという性質がそもそも在ったのだから、考案とは言えないんじゃないかという意見だったわ。
それに、次亜塩素酸を考案した人の取り分が減ってしまうだろうというのも懸念事項だったの。」
「あれ?でも消臭用途の次亜塩素酸が無かったら、その分の次亜塩素酸は使われないんじゃないか?」
「そうなのよね。使い道が広がれば、その分次亜塩素酸を考案した人の考案税額が増えるのよ。
だから、色々議論して、その懸念は問題とはならないってことになったわ。
主な議論はそもそも考案されたものにその性質が最初からあったから考案にはならないって事だったわね。」
「もともとその性質があった?」
「そう。次亜塩素酸って考案が申請された段階で、次亜塩素酸の消臭の機能は元々あったんだから、それを見つけ出しただけで単なる発見じゃないかって。」
「発見って考案にならないのか?」
「そうよ。だけど実は昔はその事自体、明確になっていなかったのよ。
砂糖ってあるでしょ?」
「マリムの菓子に良く使われているやつだろう?こっちに来るまであんな調味料は知らなかったな。」
「あれって豚飼草って植物から取るの。だけど豚飼草って昔から良く知られていた植物で、名前通りに豚の飼料として使われているわ。
その時に発見は考案なのかって議論になったわね。
既に知られている豚飼草から、多分知られていなかったけれど昔から食物に含まれていた筈のものを取り出したっていうのは単に発見しただけで、それが考案になるかどうかって。
その時に初めて「単なる発見」って考え方が議論されたんじゃなかったかな?」
「それでどうなったんだ?」
「結局、単なる発見は考案じゃないって事になったのよね。
だから、砂糖そのものは考案にはならなかったわ。
ただ、それには後の話もあって、品種改良した豚飼草の品種は考案税の対象になっているいるし、砂糖を抽出してコンビナートで自動で砂糖の粉を作る方法は考案税の対象になっているわ。」
「何だか、どこで線が引かれているのか分かり難いな。」
「そうなのよ。これを判断するのは考案税申請書の担当者でも悩みの種なの。」
「その消臭洗濯って考案はどうなったんだ?」
「次亜塩素酸の消臭の機能は単なる発見ってことだけど、それで洗濯することは考案税の対象になったわ。結局は新しい方法かどうかってことが決め手になった。
多分、あれが最初の改良考案だったと思う。」
「じゃあ、ジーナがその改良考案申請書を代理で書いてあげたってことで感謝されているのか?
いや、ボロスさんの話は、そんなのではなかったな。
他に何かあったのかな?」
「他って言われても……その消臭洗濯の話は、私がここに赴任してくる頃には評判になっていたわね。
どういう訳だかその洗濯の方法が考案税で承認されたのは私のお陰ってことになってしまったのよ。
アイルさんとニケさんが考案品には全く興味を持っていないことで、改良は領民任せだったから、アイルさんやニケさんが考案申請書を提出したモノの改良考案の申請書を書くように、色々な人達に勧めたのだけど。
それと、どんな風に申請書を書けば考案税として承認されるかを教えたわね。
そのぐらいしかしていないわ。」
「その改良考案って件数は多いのか?」
「今はかなりの件数になっているわ。
考案税申請の件数はアイルさんとニケさんが一番多いけど、それに匹敵するぐらいの数は出てるわ。
ただ、容易に思い付けるような内容だと承認されないから、承認されるのは申請された件数の半分ぐらいかしら。それでもかなりの件数になってきたわね。」
工房とか商店とかで考案税の申請をして、それが承認されるようになった所為で皆ジーナに感謝しているのかな?
それなら、ジーナがマリムで有名なのも分かる様な気がする。
それから、その消臭洗濯の考案税申請書を書くことになった経緯を聞いた。
偶然出会ったらしい。
それはジーナが馬車を使って街を見て歩いたことが切っ掛けだった。
馬車を使ったマリムの観光というのはジーナがリリスさんに伝えて始まったことらしい。
その事業でリリスさんはかなり儲けたらしい。
リリスさんがウェディングドレスを只で良いなんて言い出す訳だ。
「そうそう。私も教えて欲しかった事があるのよ。今コンピューターってどうなっているの?」
オレは、昨日ようやっと外部記憶にファイルを保存できるようになったことを伝えた。
あとはアイルさんが作ったスキームという不思議なものを説明した。
そのスキームというものを使うと、それまでニーモニックを並べて作っていたプログラムが、楽に作れるようになったことも伝えた。
「へぇ。コンピューターってのも日々進んでいってるのね。」
「そうなんだよ。大分大変だった作業だけど、これから随分と楽になるんじゃないかな?
段々と仕組みが解るようになって、確かに色々できそうな感じがするんだよな。」
「色々って?」
「この前、ジーナに考案税の申請書をコンピューターの外部記録に入れられるって言っていただろう?
あれは多分、もう出来るんじゃないかな。
他にも王宮でしている作業って文書を作ったり、計算したりだろう?
同じようにそれってコンピューターってのを使って出来ると思うんだ。
ニーモニックを並べてそれで動かすのって大変だと思ってたんだけど、そのスキームってやつを使うとかなり簡単になるんだ。
プログラムってやつを使えば、こんなものが出来たら良いなと思うものが実現するんじゃないかな。」
「へぇ。随分とミケルの評価は高いのね。」
「ああ。来週で仮配属は終わりになるけれど、プログラムや半導体には興味があるな。
プログラムってやつを使うと、こんな事がしたいって事が実現しそうな気がするんだ。
この前ジーナが言っていたカードを使った整理の仕方もプログラムで作れるんじゃないかな。」
「じゃあ、物理研究室へ配属を希望することにするの?」
「まだ、無機化学研究室の仮配属が残っているから、それが終ってからだけど……確かにそれもアリかも知れない。」
「ふふふ。変なの。」
「変か?」
「ええ。そうね。
色々な文官の人と話をしてみたけれど、物理研究室の評価って最悪よ。
とても難解な上に何をさせられているのか全く分からないって話ばかり。」
「それは、そうかも知れないけど……最悪ってことは無いんじゃないか?」
確かにあのアイルさんの説明だと、ちゃんと質問を繰り返さなければ何が何だか分からないだろう。
だけど、アイルさんは説明をきちんとしてはいるんだよな。
伝わらないってのはアイルさんの所為かも知れないけれど、最悪って言う文官の方にも問題があるんじゃないかな。
何をやらされているのか分からないってのは何となく知っている。
オレ達が配属する前は、アイルさんが作った半導体の動作試験をしていたって聞いていた。
オレ達はやっていないから分からなけれど、あの沢山の金属の棒の電圧を一向チェックしていたんじゃないだろうか?
理解して作業すれば良いだけなんだろうが……あのアイルさんの説明を聞いて何も質問もしなければ、ただ作業を繰り返して結果をレポートにするだけで、何をさせられているのか全く分からないという感想になってしまうのかも知れない。
「でも、そう言っている人ばかりだったわよ。
もしミケルが物理研究所を選んだとしても、ミケルの選択だから。
私はどこの配属になっても応援するわよ。」
「おう。まだ決めてないけどな。」
それからスキームとニーモニックで作ったプログラムの相違なんかを説明していった。
ジーナハ真面目に聞いてはくれているんだが、やはりオレの説明もアイルさんと同じなのか、理解してもらうことは難しかった。
「あまり良く分からないけど、そのプログラムってものを書けば、色々なことが出来るようになるって訳ね。
新しいものを作れるって……それって考案なのかしら……どうなんだろう?」
「プログラムも考案になるのか?」
「どうかしら……文書を書いているのと同じなのよね?
それなら知的財産ってやつかな。」
「何だ?その知的財産ってのは。」
「これはニケさんから聞いたことなんだけど。
絵画とか物語とか音楽とかって誰かが作ったものでしょう?
そういったものは知的財産って言うらしいわ。
誰かが苦労して作ったものを簡単に真似されたら、作った人は損するじゃない。
その知的財産というものは何かの手立てで保護されなきゃならないってニケさんが言ってたのよね。
でも、考案税と違って、知的財産に関連した法律って無いのよ。
だけど、そのプログラムが考案だったら、考案税の対象になるけど……どっちになるんだろう。
また王宮と相談しなきゃならないかな?
そうだ。
ミケルは法務省だったんだから協力してよ。」
「えっ?オレ?」
「そうよ。私はそのプログラムって全然分からないし、ミケルはプログラムにも法律にも詳しいじゃない。」
「それは、そうだけど……。」
何だか厄介事になりそうな気がする。
最悪、法案を作らなきゃならなくなるかも知れない。
まあ、今のオレの仕事じゃないから、以前の同僚に丸投げしても良いかもな。
「まあ、出来る範囲で手伝うよ。」
「そう。ありがとう。じゃあ、少し王宮に説明してみるわ。
私では説明しきれないと思うから、多分ミケルに説明を頼むことになると思うから、その時には宜しくね。」
オレは頷いた。
法案と言えば、王国憲法の案件があったな。
「そう言えば、考案税の制度を変えるって話はどうなったんだ?」
「あれは、法務省の長官の決裁が下りたって聞いているわ。あとは陛下が承認されたら布告されるんじゃないかしら。」
「そうか。それは大変だったな。」
「少し前から私は何もしてないのよ。一番大変だと思われていたアイルさんとニケさんの説得も全然大変じゃなかったし。」
「それでも、通常の仕事と一緒にやっていたんだから。ご苦労さま。」
「ありがとう。」
「それで、王国憲法の条文を変えるのか?」
「さあ。そこまでは私は知らないわね。布告があれば分かるんじゃないかしら。」
まあそうだな。それに今のオレの仕事ではないしな。
しかし……知的財産って……また良く分からないことに巻き込まれるのか。




