170.調度品
ようやく休日になった。
昨日は終業までの1時程の間、アイルさんは上機嫌でオレ達にスキームの文法を教えてくれたのだが、メンバー達の目がオレを責めている様にしか見えなかった。
勉強会の時は、アイルさんから渡されたプログラムの練習問題をする羽目になった。
オレとしては興味が無いかと言えばそんな事は無いんだが、メンバー達は必要な事以外何も言わない。
別にオレの所為じゃないだろと思う……。
先週と同じ2時半(=午前9時)にボーナ商店の前でジーナを待っていた。
ジーナの元に結婚式で使う衣装の仮縫いが終ったとボーナ商店から連絡があったらしい。
今日はその確認をするそうだ。
神殿から2時半を告げる鐘の音が聞こえてきた。
程無くジーナがやって来た。女性を一人伴なっている。
「ミケル。相変わらず早いわね。」
「先週と同じだよ。同じ鉄道に乗って来たからな。それよりその女性は?」
「以前話さなかった?リーサよ。」
そう言えば、ジーナの専属の侍女さんが、結婚後にオレ達の侍女をしてくれると聞いたな。
「ミケル・モンタニ様。始めてお会いします。リーサと申します。この度はご結婚なさるとの事、お慶び申し上げます。」
随分と丁寧に挨拶をされてしまった。
「ありがとう。えーと、オレのことはミケルと呼んでくれるかな。それにそんなに堅苦しい話し方もしなくて良いから。」
「はい。それではミケル様と呼ばせて頂きます。」
まだ堅苦しいけど、初対面だから仕方が無いのかな?
ただ、様はなぁ、どうなんだろう?
「リーサさんはジーナの事はどう呼んでいるです?」
「ジーナさんは、ジーナさんと呼ばせて頂いています。」
「じゃあ、オレの事もその「さん」付けで頼めるかな?」
「それで宜しいんですか?」
「いいんじゃない。ミケルがそう言っているんだから。」
「そう……なのですね。ではミケルさんと呼ばせて頂きます。」
「じゃあ、仮縫いの確認をしましょう。」
ジーナはオレ達を置いてボーナ商店に入っていこうとする。
「いや、ちょっと待ってくれ。何で今日は二人で来たんだ?」
「それは、リーサが日用品を買うのにミケルの意見も訊きたいって言ってたからよ。
今日はあちこち見て回らなきゃならないから、早く仮縫いの確認をしましょう。」
ジーナはオレ達二人を置いて一人でボーナ商店に入っていこうとしている。
オレとリーサさんは後を追うようにボーナ商店に入っていった。
日用品って……二人で暮すだけだろ?
オレの使っているものとジーナの使っているものを持ち寄れば良いだけじゃないのか?
「まあまあまあ。いらっしゃいませ。」
店に入るとエリスさんが即座に声を掛けてきた。この時間に来ることを知っていたのかな。
「衣装は準備出来てますので、こちらへ。
新しい結婚式と宴会の衣装ということで、ウチのお針子達の熱の入れ様が違いましたわ。」
リリスさんは熱っぽく話している。一番熱が入っていたのはリリスさんじゃないのか?
奥の部屋に入ると、そこにジーナとオレの結婚式の衣装と結婚式の宴会で着る衣装が人形に着せて陳列されていた。
布地はアセチルセルロースを織ったものと聞いていたのだけど、ジーナの白いウェディングドレスもオレの黒いタキシードも光沢のあって部屋の灯りを反射して輝いて見える。
「まあ!綺麗!素敵です!」
リーサが大きな声を上げた。
確かにジーナのウェディングドレスは先日見せられたものより多くの装飾が入っている。
右肩の部分には布で作られた花が付いている。腰の部分から下の広がっているところには薄いピンクと黄色の沢山の小さな花がちりばめられている。
確かに熱の入れ様が大きかったみたいだな。
「それでは、早速お召し替えなさってください。ジーナさんの衣装はお一人では難しいかもしれませんから、店の者に手伝わせますね。」
リリスさんは、そうジーナに告げると部屋の中で待機していた店の従業員に声を掛けた。
ジーナは目を大きく見開いたまま固まっている。
従業員が二人掛かりでジーナの衣装を人形から脱がせると左奥にある布の覆いの先に入っていった。その後を遅れてジーナが付いて行った。
一瞬だけオレの方を見たが、その時の顔は呆けている様にも見えた。
「ミケルさんの衣装はそれほど着るのは難しくは無いのですが、筒袖の衣装は着られたことはありますか?」
リリスさんが今度はオレに向かって訊いた。
「いえ。無いです。」
「では、着方をお教えしないとなりませんね。」
リリスさんがオレの衣装を人形から脱がせる時に色々説明をしてくれた。
一番上の衣装には、全面にボタンという不思議な構造があった。
この衣装は胸の前で開くようになっている。
開いている左側の縁に小さな横向きの切れ込みがある。右側の縁には左側の穴の位置に合わせて親指の先ぐらいの大きさの平たい円形のものが付いていた。
どうやら、両腕を筒袖に入れた後は、そのボタンというもので全面を閉じるらしい。
上着の下は白いやはり筒袖の衣装だった。
こちらも胸の前が開くようになっている衣装なのだが、そのボタンというものが全面に縦に沢山付いている。そのボタンというものを外していくと全面が大きく開く。
こちらのボタンは小指の先ほども無い小さななものだ。
腕の先にもボタンが付いていて、手が通り易くなっている。手首のところが締まる形になっている。
腰より下の部分は筒脚の衣装だ。全面にボタンが付いていてそれを外して着る。
白い衣装の裾はその筒脚の衣装の中に入れると説明された。
このボタンというものは使ったことは無いのだが、まあ何とかなりそうだ。
「着方についてはお解りになりましたか?」
オレが頷くと、リリスさんは右奥の布が垂れている方を差した。
「では、あちらでお召し替えして下さいませ。もし困ったことがあれば遠慮無く声を掛けてください。」
人形から脱がせた衣装と、革で出来ている靴というものを渡されてオレはその布の向こう側に向かった。
衣装を脱いで、渡された衣装を着ていく。
最初は白い筒袖の衣装か。
ボタンというものと格闘することになった。
最初無意識にボタンを穴に付けていったら右側の一番上のボタンが余った。
良く見ると下の左側のボタンの穴が余っている。
これは気を付けてボタンで繋いでいかないとダメなんだな。
一度ボタンを全て外して今度は左右余りなくボタンを穴に通すことが出来た。
腕の先にあるボタンはどうすれば良いんだ?
構造上、片手でボタンをボタンの穴に通さなければならない。
ボタンを穴に通そうとすると穴が逃げていく。
暫くの間、悪戦苦闘して結局諦めた。
下半身が裸なので外に声を掛けるのが憚れた。
下の衣装を着たところで、外に声を掛けた。
「すみません。ちょっと手伝ってもらえませんか?」
「どうかされましたか?」
リリスさんが垂れている布越しに訊いてきた。
「腕の先にあるボタンがどうしても付けられなくて。」
「入っても大丈夫ですか?」
「ええ。衣装を着てますから大丈夫です。」
リリスさんはゆっくりと布を捲ってこちらを見てから中に入ってきた。
オレは腕の先にあるボタンをどうしても付けることが出来ないと伝えた。
「あらあら、そうですよね。慣れないと少し難しいかも知れませんね。袖の部分の手の指を曲げて袖を固定するとボタンの穴が動かなくなるのでボタンを通し易くなるんですよ。」
言われた通りにすると今度は穴が逃げること無くボタンを穴に通すことが出来た。
これはコツが必要な作業だな。
リリスさんに礼を言ったらリリスさんは布の外に出ていった。
最後の上着を着て、靴を履いてオレも布の外に出た。
「わぁ、素敵ですね。」
外に出るとオレを見たリーサがオレに声を掛けてきた。
「そうか?」
「ええ。素敵です。」
鏡の前に立って、自分の姿を見てみた。何時もの格好とは全然違う。着慣れないものを着ている姿を見ると、何とも恥しいものだな。
それから、リリスさんが言うがままに右手を上げたり左手を上げたり、歩かされたり、屈まされたりした。
少し窮屈な感じがしたがリリスさんに言わせると問題は無いんだそうだ。
この衣装と比べると普通の衣装は、ただ布を体に巻いているだけみたいなものだから、窮屈な感じがするのが普通らしい。
「靴はどうですか?歩いてみて何処か痛いという様なことはありません?」
靴というものは初めて履いた。
やはり足が窮屈な感じがするが、特に何処かが痛いという事は無い。
大丈夫だと伝えた。
暫く待っているとジーナがウェディングドレスを身に纏って出てきた。
髪にはティアラが付いていた。
一足ごとに裾が揺れて衣装が煌めく。
「わぁ!」
リーサが声を上げた。
「どう?」
顔を赤らめながらジーナがオレに訊いてきた。
「……綺麗だ。」
「そう?」
「ああ。綺麗だ。」
本当に綺麗だ。他の言葉が出てこない。
「それは衣装の事かしら?」
えっ?
「いや、いや、いや、ジーナが綺麗だ。」
「ふふふ。そう。」
はにかんだ様にジーナは微笑んでいた。
ジーナも同じ様に腕を上に上げたり、歩かされたりして寸法が合っているかを確認していた。
ジーナの衣装は裾の部分が床を引き摺るようになっているので、歩き難そうだった。
二人で鏡の前に立って姿を見てみた。
奇妙な衣装だと思うのだが、二人で並んでいる姿を見るとこれはこれで良い様にも思えた。
ウェディングドレス姿のジーナの隣に立つんだったら、オレのこの格好が合っているのかも知れない。
「ミケルはその衣装を一人で着れたの?」
「ああ、ちょっと大変だったけれど何とか一人で着れそうだ。」
「私は無理ね。」
溜息混じりにジーナはそう言って、衣装の作りを説明してくれた。
ウェディングドレスは幾つもの衣装が集って出来ているらしい。
やはりボタンで繋いでいるのだが、表からは見えなくなっている。
上の衣装は背中にボタンがあって、他の人の助けが無いと着ることが出来ないと言っていた。
腰より下の部分は何枚もの布で出来ていてそれが沢山の小さなボタンで止まっている。
これも背後にまでボタンがあって、一人でボタンを付けるのは無理なんだそうだ。
結婚式の当日にはボーナ商店の人が手伝ってくれるそうだ。
少しゆとりのある場所をピンの様なもので押えたり、少しキツいところの仮縫いの糸を解いたりする作業をしていった。
「良かったわ。大きさは大体合っているみたいですね。それでは宴会の時の衣装にお召し替えして下さいますか?」
それから宴会用の衣装に着替えた。
オレの衣装は、色と形が違うだけで同じようなものだった。
ジーナの衣装はウェディングドレス程の派手さは無かったがとても綺麗なものだった。
どうやら同じように一人で着るのは無理だったみたいだ。
表からは見えないのだが背中の部分にボタンがあるらしい。
着替えた後は仮縫いの状態を確かめる作業をした。
リーサさんは「素敵」「綺麗」を連呼していた。
仮縫いの確認には1時ほど掛かった。
「本縫いが完成するのは2週間後になります。その時にまたご来店ください。結婚式の前日には最終確認のためご来店をお願いします。
体型が変わることは無いと思いますけれど念の為です。」
オレ達は宜くお願いする旨を伝えてボーナ商店を出た。
「じゃあ、今度はエクゴ商店に行きましょう。」
ジーナが元気な声で言った。
「その前に少し早いけど昼食にしないか?何を買うのか分からないけど時間が掛かるんじゃないか?」
「それもそうね。じゃあ何処かで食事にしましょうか。リーサ、何処が良い?」
「えっ?何処でも良いんですか?」
「ええ。今日は手伝ってもらうんだから、何処でも良いわよ。」
「じゃあ、この先にあるお店でも良いですか?入ってみたかったんですよね。」
リーサに案内された店は少し高級な感じのする食事処だった。
肉や魚を調理して出す店だ。
まだ少し早い所為か客はあまり入っていなかった。
席に着いてメニューを見ると確かに少し価格が高いな。
ジーナは魚を、リーサは肉を、オレはジーナと同じメニューを選んだ。
「初めて見ましたけれど、綺麗な衣装でしたね。」
注文が終わると、リーサがジーナに声を掛けた。
「そう?変じゃなかった?何だか恥しいわ。」
「そんな事無いですよ。あの衣装って制服と同じ作りですよね。皆、制服に憧れているんですよ。」
「そうなの?」
「ええ。鉄道や大型船や高級なお店の制服って今はあの様式の衣装でしょう?このお店だって、店の人達はあんな風な衣装を着てるじゃないですか。
それに、あの衣装は別格でした。あんな衣装で結婚式をなさるなんて素敵過ぎです。」
リーサは店の奥に居る従業員を指した。
確かに店の従業員が筒袖や筒脚の服装をしている店は多くなってきた。
「確かに特別感はあるわね。」
「そうですよ。あぁ憧れるわぁ。だけど私だと結婚相手を探す方が先なんですよね。ジーナさんは良いですね。こんな素敵な方が結婚相手で。」
「あら。リーサなら良い人が見付かるわよ。ご家族は何と言っているの?」
「お父さんもお母さんも候補を教えてくれるんですけど……これはってのは居ないんですよねぇ。」
二人は結婚や結婚式の話に花を咲かせていった。
多分、リーサさんはオレ達と同年代か少し下かな?
両親がそろそろ結婚をと言って相手を探しては紹介しているらしい。
食事が運ばれてきた。
食事をしながら、リーサが紹介さた結婚相手の話が出てきた。どれもお眼鏡に適わなかったみたいだ。
アトラス侯爵家の侍女で、国務館に勤めているリーサは引く手数多らしい。
オレは下手に口を挟まない方が良いだろうな。
「でも、あの衣装は高いのですよね?
ジーナさんみたいに管理官をしているんじゃなければ普通の人には無理ですよね?」
「さあ?どうかしら。私は金額を知らないのよね。」
「えっ、何故ですか?」
「リリスさんはあの衣装を流行らせたいって言っていたわ。その為に代金は要らないって言われたのよね。」
「えぇえー。そんな事って……でもジーナさんだったらそうかも知れないですね。マリム中のお店の人はジーナさんに感謝してるんじゃないかしら。」
ん?何だ?
「そんな事は無いわよ。」
「そうですか?でも結構ジーナさんのお陰だって話を聞きますよ。私がジーナさんの侍女をしていると言うととても親切にして貰えるんです。」
「そうなの?
でも、あの衣装はリリスさんがニケさんの為に流行らせると言っていたから、これからあんな衣装で結婚式を挙げる人が増えるんじゃないかしら?」
「じゃあ、私もあんな素敵な衣装で結婚式を挙げられるんですね?」
「そうね。そうなると思うわ。」
それから暫く衣装の話になった。
あの衣装を買うと幾らなのかは分からないが、多分高いだろうということに落ち着いた。
流行らせるのを目的にしているから貸し衣裳が出来るかも言っていた。
食事が終ったのでエクゴ商店に向かった。
何となくジーナのお陰という言葉が気になったのだが、聞きそびれてしまった。
エクゴ商店の中に入ると、広い店内に様々なものが置かれてある。
オレはメンバーと街歩きをしていたけれどエクゴ商店には殆ど入ったことがない。
興味本意で少し覗いてみた程度だ。
買い物の殆どはメーテスの売店で済ませていた。
入口脇に人集りのある場所があった。
大きな紙が天井から下がっていて電球の図と説明が描かれてある。
「蝋燭より安くて明るい新製品」と書かれてあった。
へぇ、電球の売り場が設置されているのか。これがあれば室内で蝋燭や油を灯さななくっても良いんだよな。
宿舎はLEDだったんだが、官舎はどうなんだろう?
ぼんやりと天井から吊るされている説明の文書を眺めていたら後から声を掛けられた。
「おや?ジーナさんじゃないですか。」
「あら、ボロスさん。今日は店に出てるんですね。」
「そりゃそうですよ。電球なんてまたとんでもねぇもんが出来ましたからね。
タングステンって言うんですか、あの硬い金属は。
コンビナートでタングステンの細い電線が出来るようになって売り出されました。
電球に使えるってことで、ガラス工房は大騒ぎですよ。
ウチでも電球を大々的に売り出すことにしました。」
ボロスって聞いた事があるな……エクゴ商店の店主がそんな名前だった。ジーナはこの大店の店主にも顔が知れているのか?
電球の値段を見るとd400ガント(=6,666円)だった。これは高いのか安いのか微妙な金額だな。長く保てば蝋燭よりは安いんだろうか?
「それで、そちらが婚約者の方ですか?」
エクゴ商店の店主がオレの方を向いて訊いてきた。
「始めましてミケル・モンタニと言います。」
「こちらこそ。エクゴ商店で店主をしていますボロスと言います。
ミケルさんは以前法務省の執行官で、今はメーテスにお勤めだとか。ジーナさんとは文官学校の同級生だそうですね?」
えっ、何故そんな事を知ているんだ?
ジーナが話したのか?いや、そんな事を話すとは思えないんだが。
「不思議そうな顔をしてますね。」
「いえ、何故そんなに詳しいのかと思っただけです。」
ボロスさんはニヤニヤ笑いをしている。
「そりゃ商人ですから。様々な情報に通じていないと。」
凄いな。大店の店主だとそんな事も知っているのか……。
「ははは。驚きました?冗談です。
ジーナさんのお兄様が店にいらして、大層自慢されてました。多分マリム中の商人は皆知っています。」
ジーナの兄さんの所為か。何となく納得できるな。
「ボロスさん。電球って、まだ寿命が短かいと聞いてましたけれど。」
その時、ジーナがボロスさんに声を掛けた。
「そうですね。でもそれは工房に依るんですよ。
だからウチは真空管を作った実績のある工房から仕入れてます。
信頼性が第一です。
そのうち、どの工房でも作れるようになるんでしょうけれど、そうなれば価格も下がって、その分大量に売れるようになります。
商売繁盛で嬉しい限りです。」
「そうなんですね。真空管を作っていた工房なら確かに良いのかも知れません。
ここにある電球はどのぐらい保つんですか?」
「多少個別に違いがありますけれど、d300時(=864時間)ぐらいでしょう。
毎晩1時使って1年ぐらいは保ちますよ。」
一年分の灯りの代金としてd400ガントか。確かに蝋燭よりは安いか。
「そんなに保つんですね。じゃあ今度家族が来たら勧めてみようかしら……あっ兄さんが来るんだったわ。良いと思ったら兄さんが買って帰るわね。」
「国務館やメーテスはLEDですよね。羨ましい限りです。LEDはアイルさん次第ですから。入荷しても取り合いになって、そもそも物が無かったんであまり商売にはなってないです。
でも電球は違いますからね。ガラス工房には頑張ってもらわなきゃと思ってるんです。
ところで、今日はどのようなご用向きでしょう?」
「えっと……。」
何故だかジーナは顔を赤らめている。
「ジーナさんとミケルさんの新婚生活の調度品を買いに来たんです。」
リーサさんがジーナの代りに応えた。
「ジーナさんの新婚生活の調度類ですね。何時もお世話になってますから格安でご提供させていただきます。
それで、何が必要ですか?」
「皿や深皿を見せてください。あとは電気を使う道具類も見たいです。」
ジーナは顔を赤くしたまま黙っている。調度品の相談をリーサさんとボロスが始めた。
確かに食器類ってのをオレは持っていない。
食事はメーテスの食堂で済んでいたからな。お茶を飲むための茶碗があるだけだ。
ジーナのところも二人分の食器は無いかも知れない。
「では、こちらにどうぞ。」
ボロスさんに案内されて店内を移動していった。
「なあ、ジーナ。どうしたんだ?」
移動している間に何だか様子が変だったジーナに声を掛けた。
「えっ……ええ。ボロスさんに説明しようと思ったら何だか恥かしくなっちゃって……。新婚生活なんて……」
またジーナの顔が真っ赤になった。
恥じらっているジーナは何時ものジーナと違って可愛いと思った。
けど、大丈夫なんだろうか。
ボロスさんに案内された場所には多種多様な陶器製、ガラス製の食器類が置いてあった。
噂ではエクゴ商店はボーナ商店と並んで王国一の大店という話だった。
だけど、この食器の種類は……流石に多すぎるだろう。
選ぶのが大変だと思った。
「これなんてどうですか?」
リーサが白に大きな花の絵が描かれている陶器の皿を持ち上げてオレとジーナに見せてくれる。
「えーと。ちょっと絵が煩いかな。もう少し大人しめの方が良いかな……ミケルどう思う?」
「そうだな。少し派手な感じだな。」
「そうですかぁ?新婚家庭ならこんなのが良いと思うんですけど……。」
またジーナの顔が赤くなった。
リーサに次々と見せられる何種類かの皿や紅茶の茶碗などから食器を二人で決めていった。
かなりの時間を費した。
「それじゃあ、これを6人分お願いします。」
「えっ?何でそんなに買うんだ?」
思わずオレは聞いてしまった。
「だって、結婚したらお客様が来るかも知れないでしょ。
それに子供が生まれたらその分も必要ですよ。」
「へ?」
ジーナが妙な声を上げて真っ赤になった。
「それでは金額は……。これでどうでしょう?」
ボロスさんはソロバンに数字を置いて見せてくれた。
あれ?意外と安いな……。
「高いですね。ここはこのぐらいで。」
リーサがボロスさんが持っているソロバンに指を伸ばしての球をいくつか下げた。
「えっ、それは……原価割れしてしまいます……うーん。まあ良いでしょう。その価格でお売りしますよ。」
先刻の半額になった。
原価割れして売ったら儲けは無いじゃないか?大丈夫なんだろうか?
「結婚式は8月d27日でしたね。商品は何時お届けしますか?」
「ジーナさん。どうします?日が決まっていれば私が受け取って新居に移しておきますけど。」
「そうね、結婚式の何日か前の方が良いわよね。前日だと慌しいかも知れないわ。」
「じゃあ、8月d24日に宿舎に届けてもらえますか?私が受け取って新居の方に運んでおきます。」
「分かりました。それではそれを従業員に指示しておきましょう。お支払いはその時で良いですよ。
あとは、電気で使える道具でしたね。」
「ええ。何か新しいものがあったりしますか?」
「それなら良いものがありすよ。」
オレ達は、ボロスさんに付いて場所を移動した。
その時に何となく気になっていたことを訪ねてみた。
「ボロスさん。何故、ジーナを特別扱いしているんですか?」
「そりゃぁ、色々お世話になってますからね。」
「お世話って、ジーナは普通の文官ですよ。」
「考案税の審査をしてるのはジーナさんでしょ。ジーナさんのお陰で色々得をさせてもらってるんですよ。」
「それは考案税で世話になっているってことですか?」
「そうです。」
「でも、この店で売っている品の大半はアイルさんとニケさんの考案品ですよね?」
「そりゃそうです。以前は、ここに並んでいる商品なんてありませんでした。アイルさんとニケさんが作り出したものばかりです。」
「それじゃあ、アイルさんやニケさんに感謝するのは分かりますけど、ジーナのお陰なんてことは無いでしょう?」
何だかボロスさんが怪訝そうな表情になった。
「ミケルさんでしたっけ。ミケルさんは改良考案というのは知ってますか?」
「改良考案、ですか?知らないです。」
「なるほど、それでですね。
アイルさんとニケさんが作ったものを、マリムではそのまま作ることもありますけど、領民はその考案品を色々と改良して、そういった改良品を作ってるんです。
改良した部分の考案申請を出せば、その改良分は考案税の申請として受理すると言ってくれたのがジーナさんなんです。
そうじゃなければ、ここまで様々な商品が出てくるということは無かったんです。
考案税の何分の1が改良した人に考案税として貰える仕組を考えてくれたのがジーナさんなんです。
考案税の半分以上は、最初に考案したアイルさんとニケさんが受け取ってんでしょうが、改良分は改良した人に考案税が支払われてます。
こう言う私も、毎年かなりの金額を受け取ってます。」
アイルさんとニケさんが作ったものでも、改良したら、その改良した分は新たな考案として認めているってことなのか。
それで、同じものでも、こんなに沢山の種類のものが店に並んでいるのか?
「それって以前は無かったんですか?その改良考案ってやつですけど。」
「まあ、以前は何か考案するってこと自体が殆ど無かったんですけどね。
そんな具合だから考案品をさらに改良するなんて事は殆どありません。
でも、ここマリムではアイルさんとニケさんが考案したものに刺激されて色々と改良したりしてたんです。
もともとの考案税の仕組ってのは最初に考案した人が考案税の全部を貰ってたらしいです。
改良というのは考案じゃねぇって事になってました。
でも、マリムの状況を見て、ジーナさんが王都に掛けあってくれたらしいですよ。」
へぇ。そんな事があったんだ。
部屋の隅に来て、ボロスさんが足を止めた。
「これです。これは電子レンジってもんです。」
そこには一抱えぐらいの大きさの四角い箱があった。全面に取っ手とガラスの窓が付いている。
レンジと言ったよな。電子って?
「電子レンジ?電気レンジじゃなくってですか?」
「ええそうです。何でも真空管を作った時にアイルさんがマグネ何とかってやつを作ったらしいです。それを見てニケさんが電子レンジとかチンとか言ってたらしいですけど。チンってのわぁ何だか分かりませんが、それでこの道具の名前は電子レンジです。
これって詳しい話は知りませんけど何だか電波ってやつで食品を温めるっていうものです。」
「電波ですか?」
「そうよ。電波の一種のマイクロ波で温めるのよ。」
ボロスさんの代りにジーナが応えた。
「ジーナは知って……いるよな。考案税申請が出されてあるのか?」
「ええ。だけど一般に売られる様になったっていうのは知らなかったわね。」
「少し前から売り出してはいるんですよ。
ただ、少し高いのと、何に使うのか分からないってんであまり売れてはいないんですけどね。」
「でもレンジなんですよね?」
「ええちゃんとレンジとして使えるんですよ。余熱も要らないので便利ですよ。
ジーナさんとミケルさんはお忙しいんじゃないかと思ったので良いんじゃないかと思ったんです。
特徴としては、調理して冷めてしまった食事を皿ごと中に入れて温めたり、調理時間を短くしたりできるんですけどね。」
さあ、どうなんだろうか。以前の職だったら12時(24時間)休み無しだったんだが……まだ配属も決まってないしな。
「そうね。私は時々残業になることもあるのよね。
今はリーサが住み込みで居るから良いけど、結婚したら通いになるのよね?」
「お帰りになるまで待ってますよ。
この道具があると、ジーナさんとミケルさんが遅く帰ってきても直ぐに温められるんですね。」
「待っていてもらうのは有り難いけど、それは悪いわ。これがあったら、リーサも私達を待ってなくても家に帰れるわよ。」
「でもなるべくお帰りになるまで居るようにします。」
「無理はしないでね。」
「そうそう、それで先刻の話じゃないですが、中に金属の羽が付いているでしょう?
これは改良考案になっている物です。
これが廻ると食品が全体に温まって、場所によって暖かかったり冷たかったりしないんですよ。」
ボロスさんが全面の扉を開けて中を見せてくれた。
確かに箱の中の上部に4枚の金属の羽がある。
これは何でだろう?
電波の反射状態を変えるのかな?
「そう言えばそんな改良考案申請が出てました。温め斑が減ると書いてありましたね。」
「そうなんです。如何ですか?」
「良いとは思うけれど……高いのよね?」
「普通はd20ガリオン(=48万円)で出しているんですけれど、d10ガリオンで良いです。」
「それでも高いわね。」
諦め気味にジーナが応えた。
「高いです。せめてその半額。」
先刻からリーサは凄い値引きの交渉をしているな。
「それは……流石に足が出てしまいますよ……。
分かりました。代りと言っては何ですけれど、ジーナさんが新婚調度品として購入したと宣伝しても良いでしょうか?」
「6ガリオンになるんですか?ジーナさんどうでします?」
「それは、別に構いませんけど……、そんな事で良いんですか?」
「勿論です。
実はジーナさんの結婚式の話が街中に広まってましてね。何でもニケさんが結婚式に着るんだといっているドレスを着るのだとか。
注目の的ですよ。
そんなジーナさんの新婚調度品と広めれば、この電子レンジも売れます。
この道具は高いんですけれど、使ってみると便利なのは確かですから。」
リリスさんも宣伝の為と言っていたけれど、ここでも宣伝か。
何だか意味は分からなけど、商売人というのは誰もが似た様なことを考えるんだな。
しかし……注目の的というのは……。




