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最後に紅薔薇は綻んだ

やっぱり主人公が黒いです。

前回の時点でアウトだった方はぜひお逃げ下さい。

自室で一人考えを巡らせていれば、

控え目にノックが行われた。

ロンだろうか、と一瞬思ったものの、

それは違うとすぐに気付く。


ロンのノックはこんなにも丁寧じゃない。

代わりの護衛が先に尋ねてこないところを見ると、

たぶん家族のうちの誰かだろう。


「ビアンカ」

「……セラ姉様」


やっぱり。案の定入ってきたのは長姉であるセラ姉様。

だがふと気付く。おかしな点が一つあることに。


「そういえばセラ姉様、

 どうしてここにいらっしゃるの?」

「明日は夜会だから、

 ラオと一緒に遊びに来たんだよ」


それで他国に嫁いだはずの姉様がいるのか。

本来ならさっき会った時に気にするべきだったが、

そんな余裕全くなかったのだ。

ロンがいない、それだけで私はこんなに取り乱す。


「……なあ、ビアンカ」

「何ですか」


姉様から呼んだにもかかわらず、

その先を一向に切り出そうとしない。

どれくらい待っただろうか。

暫く置いて、姉様は重々しく口を開く。


「ロンの婚姻話を知っているか」

「……姉様、知ってるの?」

「まあ、私の……

 ラオの国の令嬢が切り出したことだからな」

「……そう」


ラドゥガの民なら幅も利くが、

他国の貴人となると少し厄介かもしれない。

姉様の嫁ぎ先もまた大国なのだから。

だからといってそう簡単に諦める程、安い恋心ではない。


「ロンはあまり乗り気でないだろう。

 だからこちらでも遠回しに断ってはいるんだけどな。

 話が通用しないんだ、ロンの口からじゃなきゃ聞かないって。

 でもロンも断るに断れない立場だから」


力になれなくてすまない、と

姉様は申し訳なさそうに呟いた。

私とは違ってなんと律儀な人、眩しい位だわ。


「教えてくれてありがとう、姉様」

「その、」

「でも大丈夫」

「え?」


にこりと笑みを向ける。

ただ口角は上がっても瞳は細めずに。


「きっとロンは断るわ」


断らせてみせる。

その状況を私が作ればいいだけの話。

だから自信を持って、私はそう、言い切った。




そして来る明日、夜会の時。

鍛錬用では無く公式の鎧を身につけ、

私を迎えに来たロン。


「似合わないかしら?」


今日は普段着るような白や淡い桃ではなく、

彼の好きな赤で決めてみた。

いつも以上に露出を増やした大胆なドレス。

それを纏った私を彼へ見せつける。


「え、いや……よく、お似合いです」

「良かった」


胸元から必死に目を逸らそうとするロンに可愛げを感じながら、

私はいつものように笑みを浮かべた。

決してこの疚しい心を悟られないように。


「……お手を」


咳払いを一つして、彼が手を差し出す。

そこへ自分の手を重ねた。

絹越しに努力の賜であるマメの感触。

鍛錬の代償を感じさせる堅さ。

この温かな手が私はずっと欲しかった。そう、ずっとだ。


(渡さない、絶対、私以外の娘になんか触れさせない)


つい手に力がこもる。

強ばりそうな顔を必死に和らげながら、

私は会場まで彼にエスコートされていった。




酒は人の本性や弱点を引き出す。

そして身分が高まれば高まるほど、

嗜む機会は増える物だ。


だから王族は酔いに対して、耐性を身につける。

国の頂きに座る者である以上、

他人へそう弱みを握られてはならないのだ。

私もその中の一人となる。


普段はちびちび口に含むだけだが、

今日に限り勢いよく酒を煽った。

ロンが心配そうに見守っていたけれど、

これぐらいで酔うほど、私は軟弱ではない。

か弱く見えるのは見かけだけだ。


それでもふらふらと足下がおぼつかないフリをする。

自分がへべれけになった事がないから、

よくわからないのだけれど、こんな感じでいいのだろうか。

前に見た酔っ払いを思い出しつつ、演技していれば、

ロンが慌ててこちらに駆けつけてきた。成功したらしい。


手を引かれ、外へと連れ出される。

そして私達はそのまま自室へと戻っていった。




ロンは全く私の演技に気付いていない。

どうにか二人きりになるべく、

色々と罠を用意しておいたのに。

根が素直なロンは一個目で完璧に引っかかってくれた。

……山ほど用意したのにちょっと残念だわ。


「あの、姫様……」


無事に押し倒し、馬乗りになれた事に安心して、

そんな事を悠々と考える。

婀娜っぽく見えるよう、動作にも気を遣う。


下に引かれた彼は硬直するだけで、

決して私を押し返す真似はしなかった。

こんな状況に置いても、抵抗するにできないんだろう。

彼の瞳には戸惑い。宿る健全な光はどう変わるのか。


「……ロン」


触れるか、触れまいか、

そんな微妙な距離を保ちながら、彼の頬を撫でる。

これには何か感じるものがあったらしい。

さっきよりも眉尻が下がる、明らかな動揺。


「さわって」


たたみかけるように呟けば。

くっ、と彼の喉が鳴る。見開かれる目。

彼の胸に置いていた手から感じる激しく跳ね上がる心音。

何か言いたげにロンは何度も口を開閉させていた。


「私の体じゃいや?」


この一言に彼の喉仏が大きく動いた。

まんざらじゃない、と。

下から感じる熱に理解した上でロンに尋ねる。

わざと谷間を強調するように体を捻りながら。


もはや胸から視線を外せないらしい。

他の男に見られるのは不愉快だがロンであれば、

全く真逆の意味を持つ。


酒で多少火照っていた肌が、

彼の目に晒されて、更に体温を上げた。

意図せず吐いた息はいやに艶めかしい。

徐々に彼の瞳から理性が途切れていくのがわかる。

あと一息。ここで決めなければ。


「姫、男にそんな事言っちゃいけませんって!」


分からず屋ね。

貴方以外に言う訳無いじゃない。

煮え切らない態度に少々怒りを覚えながら、

私は彼の手を取って、胸へと押しつける。


「……」


彼が固まった。刺激が強すぎたのか。

でも私だって恥ずかしい。

好きでもなきゃ、こんな状況じゃなきゃできないわ。

汚い手だって分かってるけど、貴方を失いたくないの。

だから、答えてよ、ロン。


「姫」


これほどの事をしておきながら私は体を震わせた。

彼のそれは普段の声よりも遙かに低く。

ゆら、と彼の瞳に宿る光はあまりに昏い。

明らかに雰囲気が違うロンに怯えてしまう。


私がびくついて動けない間に、

あっさりと彼は押しのけた。

もともと力量が違うのは分かっていたけれど、

いとも容易く脱けられたものだから驚いてしまう。

それから起き上がった彼に抱きかかえられ寝台へと。


「んっ」


下ろされた瞬間、

唇に噛みつくようなキスが施される。

予想だにしていなかった荒々しさ。

今度は私が驚く番だった。


彼の唇は火傷しそうなくらい、ひどく熱かった。

舌と共に思考までも絡み取られる。

口付けをされたまま、胸をまさぐられた。

彼の手の動きで形を変えるそれに、

意図して触られているのだと実感されられ羞恥が湧く。


「好き、です。姫、」


肩口に彼が顔を埋めながら呟いた。

触れられながら、時折噛まれながら、

自分でも気がつかないうちにドレスが暴かれていく。


何度もうわごとのように、

好き、と、姫、と、繰り返す彼とは対称的に、

私はしっかりとした声で彼の名と愛を返して。

でもそれも最初のうちだけ。


次第に自分でも何を言っているのか

彼が何を言っているのか、分からなくなって。

ただロンが私の体を無我夢中でかき抱く事を喜びながら、

彼との一夜はゆっくりと流れていった。




起きるや否や切腹すると泣き出した彼を宥め、

距離を置こうとするのを嘖め、

どうにか私の隣に座らせた。


昨日とはまるで大違いの態度。

昨夜も驚かされたけど、今朝もまたびっくり。

どこに行ったのかしら?あの強引さ。


「昨夜何があったか、覚えてる?

 ロンが言った事も」


私の言葉にびくっと彼の体が浮いた。

その様子にこれは自責してるとなんとなく感じてしまう。

だから彼が罪悪感でまた何か言い出す前に、

私は流れに乗せてしまう事にした。


「正直に答えて、ロンは私が好きなのね」

「……はい」

「じゃあ、どうして」


じっと、彼を見つめる。

逸らす事は許さないと伝えるかのよう。

汗ばむ手をぎゅっと握る。

一息飲んで、私は口を開いた。


「私の知らない誰かと結婚しようとしてるの?」


彼の黒曜が揺らぐ。

きっと決まるまで私に知らせる気は無かったのだろう。

もしかしたらこの様子を見る限り、

受けるつもりだったのかもしれない。そんなの。


「だめよ、」

「姫……?」

「誓ったじゃない、私の事、ずっと守るって。

 なら私より大切な人を作らないで」


私には貴方の約束しかないのに。

それに縋って私は生きてきたのよ。

貴方にとっては些細な一言でも、

私にどれだけの喜びを与えてくれたと思ってるの?


知らないなんて言わせないわ。

もし知らなくても知ってもらう。

薔薇は蜂を手放せやしないのだと。


「破るなんて許さない」


潤む瞳で、でも彼を真っ直ぐ見つめて。

その言葉を口にする。

流れる涙は拭わずに彼の瞳を眺め続ける。

責め立てるような視線で、じっと。


「……勘違いしないで、私は誰でも良かった訳じゃない」

「ひ、め?」

「ロン以外なら迷わず叫ぶわ。

 助けてロンって、そしたらロンは絶対に救ってくれるでしょ?」


しばし沈黙を置いてから、立て続けに発言を。

わかりきった事を尋ねながら、

私は強かな笑みをはっきり浮かべる。

そう口にした時には密かに涙腺は閉まっていた。


「私は一国の姫よ?味方はロンだけじゃない。

 いつだって貴方を切り捨てる人を呼べるの」


とはいっても、私はロンを傷つけるような人、

傍に置いておくつもりはないわ。

貴方を動揺させるのは私だけで良いの。


真実とは反対の事を思いながら、彼の唇に触れる。

今度は私の番。昨夜とは違って子供のような口付け。

ぽかん、と口を大きく開けた彼。

置いてけぼりだと示すその顔すら愛しいわ。


「でも私もロンと同じ気持ちだから」


心から、この上ない笑顔を見せる。

なんとなく私の本性を感じ取ったらしい。

青ざめ口角を引きつらせるロン。

そんな彼へ、ふふと嬉しそうな声を私は漏らす。




全ては貴方が私の心を奪った時から決まっていたのよ。

だって私は紅薔薇だもの。

蜂である貴方を逃がす訳ないでしょう?


私との婚姻に縁談は葬られ、

式の最中、彼はその事実に気付いたけれど。


「愛してるわ、ロン」


決して私の手を振り払うことなく、

もう一度、誓いを重ねる。

前とは違い、言葉ではなく唇で。


微笑む私に彼は頬を染めながら、

強く手を握ったのだった。




昔々、紅薔薇姫の名を得た二の姫様は、

自らを護る騎士と愛し合いました。


騎士が公女からの縁談を振り切り、

王女様との愛を貫いた事から、

身分違いながらも二人は数多なる人に祝福されたのでした。


きっかけは純粋と言えぬ二人ですが、

その一途な愛は命尽きるまで途切れることなく、

また美しい花と蜂を生み出したと人々は語ります。


こうして幸せな物語は紡がれていきました。

やっと完結しました。

若干ロンが不憫ですが、彼なりに幸せなのであしからず。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました!

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