8.体調管理も部下のつとめ?
恋愛要素ゼロです。すみません(;´Д`)
神殿の白い石壁に嵌め込まれた窓から、朝の瑞々しい光が差し込む。調理台に並べられたキッチン用品を前に、ぺろりと唇を舐めてからコック服の袖を捲った。いつもの簡易な僧服は着物のように袖が広く料理との相性が悪すぎるので借り物である。
「遠征から戻ったばかりだというのに平気なのか?」
「シノ様には高すぎるな。踏み台を用意しないと。」
コソコソと厨房の扉の影から覗き込んでいるのは神殿付きのコック達だ。料理場と服を貸してほしいと頼んだところ快諾してくれたのだがこうして監視されている。料理人の命である厨房を子供に好き勝手されたくない気持ちはわかるので嫌な気持ちはしない。踏み台も用意してくれるみたいだしね。
なぜ急に料理かと言うと、話は2週間前に遡る。
いつもとは違い焦燥に駆られた様子で大神官様が頼んできた作業は、シーサーペントという海の魔物の駆除だった。ウミヘビとドラゴンを足して二で割ったような生き物で、駆除の経験があるゴブリンやコバルトなどとは段違いに強いのだという。まさか聖女に振るわけにもいかず二つ返事で承諾すると彼の目にはうっすらと涙の膜がはった。護衛にA級冒険者だか騎士団の小部隊だかを付けると言われたが丁重に断りを入れて、単身向かった海と山に挟まれた村でこの話の本題となる代物、蒟蒻芋を見つけたのだ。
閃いた私はとりあえずシーサーペントを駆除し、これまた見つけた海藻と芋をスキルで加工しほくほく顔で神殿に帰還したというわけだ。
便利スキルのアイテムボックスから加工した2つの粉末、蒟蒻粉とアガーを取り出してボウルに入れると扉の向こうがどよめいた。
「なんだあの白い粉?!」
「わからん、ただ帰還された時に良い物が手に入ったと言っていたぞ。」
「あの村麦なんて作ってないよな?待てよ、たしか今回のお務めって...」
「「シーサーペントの討伐...」」
聞き取れない音量で囁き合い、水を打ったように静まりかえったコック達。
そっと差し出された踏み台をありがたく使わせてもらい、ボウルに申し訳程度の砂糖を追加しよく混ぜる。鍋にオレンジジュースを入れてボウルの中身を少しずつ加え入れ、混ぜながら魔法で沸騰するまで温める。そしてバットに移し替え中身が固まるまで冷やせば完成だ。
ひっくり返されたバットから落ちたものはぷるんと震えてまな板の上に着地した。包丁で賽の目に切りガラスの器に盛り付ければなかなか見映えのするデザートとなる。味見と称して一つ口に入れると記憶と相違ない食感で、チート能力を存分に駆使した甲斐があったと頷いた。
「シノ様、これは...?」
「これはですね、こんにゃくゼリーです!!」
「こんにゃくぜりー?ですか?」
じりじりと距離を詰めてきた料理長といつの間にかいた大神官様は初めて聞く単語だったようで首を傾げた。この世界はイカ焼きはあっても蒟蒻もゼリーも存在していないらしい。縁日を広めた聖女様にも醤油を開発して頂いたお礼に是非差し上げたかった。
「説明より食べてもらうのが一番です。」
スプーンに乗せたゼリーを扉の向こうを含め全員に渡すと、皆一様に米神に冷や汗を流した。
初めて見る食べ物に抵抗感があるのか、なかなか口にしてくれない。それどころかしきりに目配せしあって一番槍を探している。魚を取りに行くペンギンじゃあるまいし何がそんなに怖いのだろうか。
やがてゼリーと無言で見つめ合っていた大神官様が意を決した顔で口に入れた。それを見た料理長も決死の形相で続く。
「...美味しい。美味しいです、オレンジの風味も損なわず爽やかで。」
「この独特の食感が堪らないですね!弾力があるのに歯切れが良い!」
ほら見ろ、美味しいじゃない。
それを聞いて食べはじめたコック達の反応も上々だった。甘味というと焼き菓子と果物くらいしか無い世界でゼリーの食感はさぞ衝撃だろう、大の大人が頬を染めて興奮しているのは微笑ましかった。
「あの凶暴なシーサーペントにこんな活用法があるなんて!」
え?
「これは王都で流行るぞ、今からギルドに狩猟依頼を出しておこう。」
待て待て
「シノ様、あの粉末は骨ですか?鱗ですか?それとも牙ですか?!」
「芋!と海藻!です!!」
とんでもない勘違いをしてくれたものだ。思わず声を張り上げてしまった。しかし本当の原料も驚きだったらしく物凄い剣幕で粉の製造法を迫られる。
こんにゃく粉もアガーも精製スキルがなければ作れない事を説明するとツテがあるとこの事で後日原料の調達に向かう事が決まった。そこからあっという間に商会への売り込みや利権にまで話が及びどんどんスケジュールが埋まっていく。
段取りが終わった頃には、私の予定は1ヶ月先までパンパンになってしまった。手帳があったら真っ黒だ。
蒟蒻ゼリーで聖女をダイエットさせ、浄化魔法だけでも担当させて仕事を減らそうと思っていたのに。
いったいどうしてこうなった。
「なんでこんな事に...というか魔物入りと思っていたなら皆さんよく食べたものですねえ?」
今更だが魔物には魔毒という有害物質が溜め込まれているので、この世界に魔物を食用とする文化は無い。それなのにシーサーペントの骨だが鱗だかの粉末で料理を作りあまつさえ人に振る舞う非常識人だと思われたわけだ、私は。
冷ややかな視線を浴びせると真意を汲み取ったのかコック達は明後日の方向を向いて口笛なんて吹き出すものだから白々しいったらありゃしない。
唯一顔色を変えなかった大神官様に至っては、シノ様にかかれば例え腐った汚泥でも万能薬となりましょうと恐ろしく盲信的な事を言い出す始末。いや、その割に食べるの躊躇してましたよね?
「そ、それはさておきシノ様!このレシピと粉末を分けて頂くことは出来ますか?実は王城の料理番からクリス殿下のお茶会に出すデザートの新作を相談されていまして」
「それは構いませんけど...」
「ありがとうございます!」
これで試作会議に付き合わなくて済む、と料理長は晴れやかに笑った。
王城の超一流であろうコックが神殿所属の彼らを頼るのは意外だったが、クリス殿下主催とあらば聖女も招待されるだろうし好みを聞くついでに相談を待ちかけたなら納得ーーーー
「?!」
ばっと大神官様を見るも首を横に振られ何も知らないと主張された。私ももちろん聞いていない。
背中に嫌な汗が伝う感触に慄いていると、私達の動揺を察知した料理長が意外だと口を開いた。
「料理番は聖女様の好みを事細かく聞いてきました。とっくに知らせが来ているとばかりー...」
来ていたら間食置き換えダイエットなんてぬるい方法をとるものか!この前の嫌がりようからして、聖女の美少女像を壊したくないのは他でもない彼女自身だ。
話がいくなりなんとかしろと大暴れするのが目に浮かぶ。
「うーん...」
クリス殿下の中で聖女の外見などもはや関係ないの?
周囲の目にあの体がどう映るか、考える思考も残らないとは魔法の強制力をまざまざと見せつけられた気がしてうっすら吐き気がした。
きっとサプライズなどと言って当日のお茶会直前になって迎えに行くに違いない。エンパイアドレスの型紙は開発してすぐ殿下の手に渡ったので、フルオーダーのドレスと揃いのアクセサリーも贈るだろう。
そうして大層な飾り付けを施されたぷよぷよに跪き、蕩けるような笑みで絢爛華麗な貴族達の輪へと彼女を誘うに違いない。
ちょっとその場に立ち会いたい気もするが、神の遣いである聖女が王子の庇護の元で肥え太るのは些か外聞が悪い。
オルフェウスは豊かな国だが飢えで苦しむ人は少なからずいるのだ。王宮勤めの役人ならまだしも、噂好きな貴族達に晒すのは悪手と言える。
こんにゃくゼリーが無駄にはなるが、私がなんとかしたほうがいいだろう。
「そのお茶会の日程はわかりますか?」
「確か3日後だったと思います。」
「...シノ様...。」
「わかりました。聖女様にお伝えしに行くのでこれで失礼しますね。」
彼も聖女が貴族に晒されるのを危惧している、不安げな大神官様に一つ頷いて厨房を離れた。
3日か...密室に閉じ込めたとて大して痩せれる期間じゃないな。
そうなると外見を弄る他ないが、そんなスキルを都合よく持っているはずもない。
脳裏に出したスキルボードをざっと見渡しても該当するのは幻覚魔法くらいだけど私もその場にいなくてはいけないので却下。スケジュールの空きなど1ヶ月先まで無い。動けるのは今日だけだ。
レシピと粉末を料理長に渡し、自室に籠った私はスキルボードを視覚化して一つ一つの説明を読み込む。
名称だけでは分かりづらいスキル中心に見ていくと、やがて1つのスキルに目が留まった。
「これなら...!」
♢♢♢♢
コンコン
控えめなノックは彼の心情を表していた。その笑顔は僅かに引き攣っている。
「失礼します、聖女様はいらっしゃいますか?」
今日はクリス殿下が主催されるお茶会の日。
殿下お付きの私は聖女様のお迎えを指示されたのですが、正直なところ気が進んでおりません。
周りの者達には聖女様にお目通しが叶うことを随分と羨ましがれましたが...それは彼女の真の姿を知らないからでしょう。
ドレスに食べかすをつけ口に物を入れたまま喋る品のなさ!
殿下が入室したにも関わらず挨拶さえしない教養のなさ!
甘味ばかり食べ続け体型を乱した自己管理力のなさ!
なにより補佐についている年端もいかない少女をいたぶるその性根は人として如何なものかと声を大にして問いたい。郊外に蔓延る野盗とさして変わらないでしょう。
あの少女、シノ様といったか、彼女には同情を禁じ得ません。
「はあ〜い。」
この返事も品の欠片も無い。殿下の従姉妹にあたる王弟殿下の御息女のほうが数倍マナーを守っていらっしゃいます。まだ5歳であられますが。
本来王宮に滞在するような方では無いと思いつつも、殿下の賓客という位置付けとシノ様に人智を超えた力を授けた聖女様の実力を前にしがない侍従の私に物申す力はありません。
何故殿下はこの方をお側に置くのか。実態を知らない陛下や宰相様達から婚約を勧められ殿下は乗り気のようでした。
今までどんな優れた令嬢との話が持ち上がっても決して首を縦に振らなかったクリス殿下。
容姿の端麗さは勿論齢十で帝王学を履修し人望も厚く、剣を握れば騎士をも凌駕する腕前。頭では否定しても心の中では短所の1つくらい、と疑いの火が燻り続けています。
否、肥えた彼女を変わらず愛せるのだから次期王妃たる内面の美しさがあるのかもしれない。
ガチャリ
「もー!早く開けて下さいよ、待ちくたびれちゃいました!」
「?!...ーーー失礼、致しました...。」
クリス殿下は、結婚の相手を容姿だけで決めているのでは無いか。
初めて殿下に謁見された時に巻き戻ったように、華奢で可憐な姿の聖女様を目にして疑いは更に深くなってしまいました。
この方ほどの力があれば、見た目だけ元に戻したと言われても納得できます。
殿下の婚約者候補の御令嬢は皆麗しい容姿をされていましたが、この姿に勝る方はいなかったように思います。
豊かに波打つ桃色の髪、大粒のラピスラズリを嵌め込んだような瞳、人形に勝る均等の取れた顔。白く細い肢体は、大きく襟が開き胸下で広がらないスカートに切り替わる型のドレスに包まれまるで花の精霊が舞い降りたよう。
これで中身が伴っていたら、と思わずにはいられません。
「先触れもなく申し訳ございませんが、これよりクリス殿下のお茶会がございます。こちらに着替えていただきますか?」
「はいはーい!」
差し出した箱をむんずと奪いとった聖女様は大きな音をたて扉を閉めました。
淑女としてあまりにも下品な一連の言動に口角の痙攣が止まりません。箱の中身はオルフェウス随一のオートクチュールに発注した最高品質のドレスとアクセサリーです。その代金はクリス殿下が隊を率いて同盟国の危機を救った際の褒賞から出ています。
この方は王族に給金など無いのにプレゼントに費やされる資金が何処から来たのか、など知ろうともしないのですね。
着替えを終え出てきた聖女様は確かに美しかったですが、私は着飾られたその姿に一抹の恐怖を覚えました。
この方が王妃になり欲求が金品に向けば...国が傾くかもしれません。
「ああ...まるで精霊女王だね、薔薇達が君の引き立て役にしかならないとは。」
「「おお...」」
「なんと美しい方でしょう!お会いできて光栄ですわ。」
お茶会の会場である王城内の薔薇園に現れた聖女様は殿下の仰る通り常人離れした美しさを放っております。
先程着ていたドレスと型は同じですがスカート部分がオーガンジーを何枚も重ねて作られており、胸元の光沢のある刺繍などはさすがオルフェウスきってのオートクチュールだと舌を巻くほどです。ドレスと揃いの薄紫のネックレスとイヤリングはアメシストがふんだんに使われ陽の光にキラキラと反射しておりました。
会場にお集まりの皆様はこぞって聖女様を褒めそやし、そして彼女を庇護する殿下の審美眼を称えます。おそらく殿下の懐に入る切り口に持ってこいの話題なのでしょう。お茶会はお二人に美辞麗句を並べる時間となり、殿下は予定時間きっかりに場を立ち去られました。
聖女様をお部屋までお送りするよう仰せつかった私は道がわからないという彼女を先導して部屋に向かいますが、終始自分の容姿を自画自賛し送り迎えを私に指示した殿下への文句をのたまっておりました。
以後、彼女との接点が無い事を祈るばかりですが殿下がお目を覚まされない限り叶わぬ夢でしょう。
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