9.信頼する上司の無茶ぶり
だいぶ久しぶりの更新となります。すみません...。
「詰め込みすぎだ。断るということを覚えろ。」
「ですが...いえ、殿下の仰る通りです。」
剣呑な視線を受け肩を竦めたが、不器用な優しさに心はゆっくりと暖められていく。
久々の往診を終え豪華な朝食を前に、眉間に皺を寄せたディオル殿下の真意は純粋な心配だ。
この2ヶ月間のわたしの労働時間は元の世界ならニュース級、この世界でも常識から逸脱しているようだった。
ただでさえ結界の貼り直しと魔物の駆除要請でスケジュールがパンパンだったところに、こんにゃくゼリーの件で遠い村と商業ギルドに通うことになり終わったと思えば国境沿いの峠で土砂崩れ。王都に戻った瞬間に2週間の長期遠征を命じられたのだ。馬車で寝たのは初めての経験だったが快適とは言えなかった。
「事前に受けた討伐依頼、収入になるギルドへの商標登録、王命の遠征、これは致し方ないと言える。だがな。
その間緊急の討伐依頼を5件も受けて、尚且つ帰路の村の結界を軒並み貼り直すなんて事は聖女を通り越して自己犠牲のエゴだ。それでシノが倒れてみろ、影響が出るでは済まないぞ。」
「はい...。」
体は10才でも精神は成人だからか13才の殿下の言葉が耳に痛すぎる。せめて大人に言われたいが完全にお説教モードの殿下の後ろでうんうんと頷くケイトさんとクリニークさんは口を挟む気がなさそうだ。
まあ、たしかに倒れるというか風邪を引きかけたのは認めよう。行く先々で手厚い歓迎を受けたのでモチベーションは保てたのだが、体がついてこなかったのだ。
自分に治癒魔法をかけるのはなかなか苦労した。
叱られて小さくなっていく子供に気まずくなったようでひとつ咳払いした殿下はとにかく、とお説教を切った。
「もう無茶だけはするな。こっちは気が気じゃないんだ。」
「殿下の仰る通りですシノ様。お体が第一なんですからね!」
クリニークさんが優しげな眉をきゅっと釣り上げるが、怖いというかあざとい。腰に手を当て人差し指を立てるポーズがなんともあざとい。
癒し系インテリという謎のジャンルが頭に浮かぶ中ケイトさんに薦められ朝食に手をつける。
今日も美味しい。ありがとう美食の神ディオル殿下。
白パンにぱくつくわたしを眺めていた殿下は不意に口を開く。
「それで、今回の事案にあの女は関わっているのか?」
「!?ごほっ...」
し、白パンが食道の変な所にい...!
ケイトさんに素早くリンゴジュースを手渡され一気に飲み干しなんとか事なきを得た。しかし、今の反応では拒否したとて信用性はないだろう。
クリス殿下の付き人にイビリを見られているから、情報が漏れていてもおかしくない。
青い瞳の鋭さは、わたしを思ってとはいえなんとも居心地の悪いものだ。
「...かの方の能力は突出されていますので、それ以外をカバーするとなるとこのような状況になるかと。」
「元来聖女は1人だ。しかも多忙を極めたという記録は残っていない。なぜシノだけがこうも務めに追われる?」
鋭い...!!
実はこの事前に受けた魔物の駆除依頼、あの聖女がわたしの淹れた茶が不味いだとかで魔物討伐と名のつく物はすべて受けろと無茶振りしてきたものだ。元々聖女に要請がくる依頼は強力な魔物か群れの殲滅。つまり騎士団だけでは多数の怪我人がでると予想がつく依頼に限る。だがこの2ヶ月間の魔物駆除は言葉の通り駆除で、田畑を荒らす猪型や森の蜂型、果てはゴミ溜めに住むネズミ型とまさに害虫、害獣が相手だった。騎士団の地方駐屯地の新人の仕事だから当たり前だ。
騎士団長はずっと首を傾げながらも新人を育成する時間が増えると喜んでくれたがこっちは移動が長く疲れるだけだった。
...嘘です、楽な仕事と聖女がいない開放感で旅行気分を楽しんでました。お土産にと貰った地方の調味料や特産品を神殿の料理番に渡してご飯を作って貰ったりしてました。
「風の噂で聞きました。昨今、国民からの討伐依頼が増え騎士団においては新人の教育すらままならないのだとか。騎士団とは国の砦、有事の際に戦える者を確保するため受ける依頼を増やした結果です。」
「シノ様...」
「なんと、そこまで考えておいでか...」
お二人、感動しなくていいですよ、罪悪感が沸くので。
同じく不審に思った大神官様に言った台詞なのでスラスラ言えたが、肝心の殿下には通じただろうか?
そっと窺い見るとなにやら難しい顔で腕を組んでいる。
「...ーーーシノ、この国の結界全てを貼り直すのにあとどのくらいかかる?」
「?...そうですね、2年程あれば十分かと。」
やがて何か閃くようなそぶりの後に殿下が聞いてきたのはそんな質問だった。
だいたいの予想を伝えると思案顔で黙り込む。ケイトさんに視線を向けても首を傾げられたので予想がつかないらしい。
まさかこの人に限ってこのタイミングで仕事を押し付けるような事はしないと思うが、皆目見当がつかない。
やがてわたしに向き直った殿下の目に、いたずらっ子のような勝気な光が灯った。
「結界を1年で貼り直してくれ。今から3年後、シノは俺と共に王立学園に入学させる。」
「「殿下?!」」
「い、いちねん...ですか...」
なんというか、裏切られた気分だ。期間を半分に短縮なんて昔遭遇した悪どい上司と同じではないか。
手に持ったグラスを叩きつけてやりたい気持ちと何か理由があっての事だと縋る気持ちがないまぜになる。
...ん?後半はよく聞いていなかったが、学園に入れるとか言っていなかった?
「殿下、既にシノ様は多忙を極めておいでです!いくらご自身のためとはいえ、これ以上の負担はあまりにも...」
「確かに最初の1年は息つく暇もないだろう。だが雑多な魔物の討伐は冒険者ギルドに依頼すれば駆け出し冒険者の生活の糧になる。わざわざシノにやらせる必要は無い。」
「な、なるほど...しかしギルドに依頼となると報酬を用意しなければなりません。小さな農村にそのような余裕は無いかと。」
「シノ様の御身分からも入学は厳しいと思われます。王立学園は貴族籍にいる事が絶対条件ですから。」
クリニークさんの言うことは尤もだ。故に討伐依頼は騎士団に集中する。ケイトさんの意見だってそれが事実なら私の入学は不可能。
的を得た意見に部屋の視線が殿下に集中しても、殿下の瞳は揺らがなかった。それどころか唇に年に似合わない不敵な笑みが浮かぶ。
「金ならギルドにあるさ、今は獄中の狸爺共から没収した莫大な資産が残っている。使い所を迷っていたから丁度いい。貴族籍は...忘れていたな、聖女補佐なら問題無いと思うがシーガルの養子にでもするか。」
あっさり論破され言葉を失くす2人。ケイトさんに紙とぺンを持ってくるよう指示した殿下は、受け取るとあっという間に3枚の手紙をしたためてしまった。
私の予想が正しければ宛先は騎士団長、冒険者ギルド長、エトヴォス・シーガル侯爵。
「ではこれを今から言う者に届けてくれ、まず上の手紙はー」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
思わずうわずったわたしの声に、3人がその場でぴたりと動きを止める。
何故とばかりに瞬きしていますが、それはわたしのセリフですよ殿下!
「まず、まずですよ?わたしに貴族様方の教育は必要無いと思います。聖女様ならわかりますが、一介の補佐である人間には持て余す教養のために様々な方面の方にご迷惑をかけるのは心苦しすぎます!」
これで得た知識を聖女に落とし込めとか言われたらもう亡命してやる!と息巻いて捲し立てると、床に目を落として口元を指で隠した殿下はふむ、と考え込む。
そんな姿も様になるのが今は少しだけ腹立たしい。
「...迷惑とは少し違うな。シノ、お前はFランク、つまり駆け出し冒険者の年間死亡者を知っているか?」
「はい?」
「直近の年で465名だ。毎年町一つ分近い人数が生活費のため身の丈に合わない魔物に挑み命を落としている。騎士団に支障が出るほどの依頼が来ているのを知っていれば早くに策を打てたんだが、管轄外でな。有益な情報が出て助かった。」
「あ、いえ、恐縮です...。ではなく!」
なんでこうも話の芯がズレていくのかな?!
キッと目の前の研ぎ澄まされた青を睨むと、数回の瞬きの後ゆっくりと細められた。笑みと言うにはそれはまあ随分と好戦的に。
「ならばこう言えば納得するか?
シノの意思を尊重するつもりだったが見て見ぬふりはもう限界だ。俺は優秀な人材をみすみす食い潰させる程馬鹿ではない。兄上に何か考えがあったとしてもな。」
ああ、やっぱりバレている。
その事を理解した途端、身体中に張り詰めていた力がゆるゆると抜けていくのがわかった。
対価として衣食住を保障されておきながら、部下の立場でフォローしきれなかったのは悔しい。けれどやっと気づいてくれた嬉しさがいとも簡単にそれを上回った。
わたし、必死に隠してたくせに、誰かに、殿下に気づいて欲しかったんだなあ。
何か喋ろうとする前に頬に雫が垂れる感触がして、それは瞬く間に滝のような流れになった。
この世界に来てから、いやもっと前からの苦労が報われたような気がした。
「俺と来い、シノ。1年は苦労をかけるが出来うる全ての援助をする。」
「ーーーはい、ありがとうございますディオル殿下。」
シノが退室した後2人の付き人にそれぞれ指示を出したディオルは、1人になった自室で今しがた初めて見た彼女の涙を思い返していた。
異界から呼び寄せられた、信じられないほどの能力と精神力を持つシノ。その年下とは思えない落ち着きに信頼を置く一方で、彼女なら平気だと高を括っていた自分を恥じる。
聖女からの不当な扱いを疑い始めたのはあのパレード。シノの存在など忘れたように兄と戯れるあの女にディオルは吐き気を覚えた。
その後も兄と仲睦まじく王城を散策する姿と、朝食もろくに食べぬまま奔走するシノを見ては熱を孕んだ怒りが腹の底に溜まっていく。
確信を得たのはついこの頃。兄の付き人から得た証言の陰湿さにディオルは唇を噛んだ。
シノは補佐だ。下僕でもましてや奴隷でもない。
例え召喚を指示したのがあの女であっても、それが彼女を蔑めていい理由にはなりようがない。
そんな現状を聖女越しとはいえ、兄は認識しているはずなのに。
「兄上...兄上はどうしてしまったんだ。」
開かれた窓から吹く風にカーテンが揺れ、窓際に立っていたディオルの目は眼下に薔薇園を散策する2つの人影を見つけた。金色と桃色の髪を確認して思わず口元を苦く歪めカーテンを閉ざす。
思い出されるのは、先日問い詰めた際にかけられたたった一言の返事。
『彼女なら大丈夫。お前がいるんだから。』
その場からどう引き上げたのか、記憶が定かではない。
心の底から尊敬する兄だった。彼が王となった暁には自分の全てをもって支え、守ると決めていた。
そんな兄が人でなしの穀潰しにしか見えない聖女を愛し暴挙を黙認しているのは耐え難いが事実だ。
あの聖女しか持たない秘術で拐かされているのだと思いたいが、高価なプレゼントを強請られてもひらりとかわすというのだから神経はまともと言える。
先日も専門家を集め新たな灌漑方式を編み出したばかりだ。ディオルの尊敬する、民を思いやり国を豊かにする努力を惜しまない王子の鑑そのものの姿だった。
なぜあの女が絡むと腑抜けてしまうのか、ディオルにはさっぱり分からない。それが恋の病だとでも言うのなら一生罹りたくないと思っている。
そして、そんな陳腐なものにあの少女を捧げるつもりは毛頭ない。
小さなノックが部屋に響き、いつもの付き人達が恭しい礼をして入ってくる。用事が無事済んだ報告に頷きを返したディオルは次の策を打つべく2人を引き連れ部屋を出た。
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