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10.イレギュラーの発生

評価ありがとうございます、励みになります。






ディオル殿下の優しさに涙腺が崩壊してから早数日。

聖女ともご無沙汰だったわけだが、勘が取り戻せなかったために朝一番でやらかしてしまった。




「早く追加を持ってきなさい、王子様に学校に誘われたからって調子に乗ってんじゃないわよッ!!」



「畏まりました。ですが聖女様、こうも投げて返されては食器を痛めます。」



「はあ?...口ごたえしてんじゃないわよブスッ!」





うっかり聖女様にもらしたばかりにヒートアップした癇癪はもう今日で3度目だ。ちなみに今は昼過ぎ、普通に考えて頻度高すぎではなかろうか。

慣れたもので飛んできた皿やらフォークやらを受け止めワゴンに戻すのだが、それすら気に入らない様子。これがあるせいで聖女の側にいる間は身体強化は外せない。全くもってスキル様々である。


スキルといえば、神らしき少年との交渉で勝ち取ったスキル追加のポイントはどのくらい貯まったのだろうか。

目の前の事案を片付けるのが精一杯ですっかり忘れていたので、確認するために金切り声を上げる聖女に形だけの礼をしてワゴンを引いて部屋から退散する。

ドアを閉め前を向くと葬式帰りかと思うような顔をした大神官様がいてちょっとビビった。




「だ、大神官様?どうかなさいました?」


「シノ様が健気すぎて...このままでは私の胸が張り裂けてしまいます」




沈痛な面持ちはわたしが原因らしい。背後でヒステリーを起こした美少女聖女の暴れる物音がうるさいのでとりあえず神殿に場を移し、肩を落とす大神官様と向き直る。いつも柔和に下がっている目尻がさらに下がって最早泣き出しそうだ。




「ディオル殿下からお話は伺っております。王立学園にご入学されると...。やっと貴女が自由になる日が来るのだと思ったのに」




あの者はそれが気に入らないようですね。そう言った彼の目がなにやら冷たく光りぞわりと背筋が震える。

あの者って。この間まできちんと聖女様と言っていたのに、先程の癇癪でついに堪忍袋の緒が切れてしまったのだろうか。確かにアレを崇め奉ろうと思う人はいないだろうけど。あ、約1人いるか。




「シノ様はご多忙でご存知無いかと思いますが、近頃クリス殿下に宝飾品や観劇チケットを強請っては断られているようで。貴女の待遇を知って執着するのは完全な八つ当たりでしょう。」




聞けば魔物退治を全てわたしの仕事にしようとしたり、全国民に(わたしが)浄化魔法を施す提案をしたりしているようだ。大神官様がスルーしてくれたから良かったものの、実現したら入学どころか過労死である。


いや、待てよ。大神官じゃダメだと悟った聖女が、もしクリス殿下に話をしたら...。



「どうされましたシノ様、顔色が...」




実現してしまうかもしれない。

聖女に浄化魔法を施させようとした時、彼は疑う素振りも見せずに聖女の言葉を鵜呑みにしていた。

上手いこと言って丸め込まれたら国王陛下に進言するぐらいやりかねない。自分に何一つ損なく民衆の心を掴めるとなれば、国王はわたしの身を案じてくれるだろうか。


考えた事を素直に話すと、同じく血の気の引いた大神官様はまさか、と呟く。丁寧に撫でつけられた髪を触る手は震え、否定の言葉を言わないあたりわたしと同意見だろう。




「陛下に全てお伝えします。シノ様こそがかけがえのない聖女様であらせられるのだと、」



「それでは大神官様が嘘をついたことになります。もし罪に問われてしまったらどうするんですか?」



「覚悟の上でございます。」




わたしが2人目の聖女ではなく補佐になると話した時の目だった。あの時感じた肌を刺すような強い力は、国の最高権力に背く覚悟を固めたから?

イケオジの命とか重すぎるんですけど?!




「そんな事を覚悟しないで下さい!大神官様無しにこれからどうやってあの人の所業を隠すんですか?」



「ですが...」



「大神官様、シノ様...!!」




厳かな神殿の雰囲気を裂くように響く声は焦りが滲んでいた。

入り口に走り込んできた神官は顔見知りの男性で、いつもの穏やかな顔つきは一変し焦燥感に駆られている。



「どうしたというのです?」



「今騎士団からこ、国境沿いのソルキン村で紫の発疹と嘔吐を繰り返す患者が現れたと...!死斑病かもしれません!!」



大神官様の顔色が青を通り越して土色になる。わたしの心臓もバクリと嫌な脈を打った。

その村はこの間土砂崩れがあった峠の麓でーーー私を含めた復興部隊の拠点だった場所だ。

死斑病はこの世界で50年ほど前に流行した感染症で、発症と同時に紫色の発疹が現れ全身に広がる頃に死亡することから名がついた病気。致死率感染率ともに非常に高いのが特徴だ。聖女不在の中病原体は猛威もふるい、万を超える犠牲を出した後やっと鎮まったという話は大神官様から聞いた。

患者を隔離することで終息したため、特効薬は発見されていないという。



「そんな馬鹿な...また数多の命が奪われるというのか?」



大神官様の震える声が神殿の高い天井に響く。

頭を抱える2人の横でわたしは必死に脳内のスキルボードに目を走らせていた。



(前に聞いた話によると治癒魔法だけじゃ無理ね、何か効果的なスキルは...)



今持っているポイントは350、1人で村に行くための転移魔法分を抜いて300と考えると選択肢は多いが有用そうなスキルが無い。背中にじわりと汗が伝うころ、取得済みのスキルの横に『スキルレベル2を解放』という表示が浮かんでいることに気がついた。その下に記されているポイントは治癒、浄化それぞれ100ずつなので迷う事なく実行する。取得した時の何倍もポイントを消費するのだから大幅なアップデートに違いない。

光の粒によって書き換えられた説明文を読んで勝利を確信したわたしは、ひっくり返りそうな声帯をなんとか落ち着かせてソルキン村に向かうことを伝える。

しかし、2人が目をこれでもかと見開いて放ったのは断固拒否の意思だった。




「無茶にも程があります!死斑病の感染力に治癒魔法が追いつけず何名もの治癒師が犠牲になっているのですよ、いくらシノ様でも村に近づけば命の保証がありません!」



「そうですよシノ様!僕の祖父も言っていましたが感染した村の前を通り過ぎただけで移るんです、替えの効かない方が行くべきじゃない。」




肩に置かれた大きな手の冷たさがその恐怖を物語っていた。

それがじわじわと脳に染み込む反面、片隅で違和感を訴える声が聞こえる。

ではそんな脅威の感染力を誇る感染病が発生したのに、滞在していた復興部隊に発症者がいないのはなぜか。

伝達魔法があるとはいえあの村に高等魔法を使える人はいなかった。実際、離れた兄弟に結婚を伝える村人が専門業者がいる大きな街まで何日もかけて向かったのをこの目で見ているのだから間違いない。病原菌の潜伏期間を考えるとあまりにタッチの差すぎるのだ。



「落ち着いて下さい。まだ死斑病と確定したわけではありませんし、わたしには確かめる術と救う力があるんです。

行かせて下さい。」




深く腰を折ると頭上で戸惑うようなうめき声があがる。

再三頭を上げるよう言われても頑として姿勢を保ち続けると、やがて苦々しいため息が降ってきた。




「...御身の安全を何より誓って頂けるなら、私が村までお連れします。聞き取りは私が行いますので。」



「あ、大丈夫です転移魔法使えるようになったので!それじゃあ行ってきますね!」



「「えっ」」






その場でそよ風と共に消えた少女に伸ばした手は空を切り、大の大人2人は暫く呆然と立ち尽くしていた。

静寂に包まれた神殿で先に我に返った大神官は、いつもの柔和さなど欠片も感じさせない覇気を纏って部下の男に事実の確認と伝達を指示する。



「一体何がどうなっているのか...!」




始終撫でつけられている白髪混じりの髪が一房額に落ちる。

乱暴に、だが的確にそれを整えて歩き出した先は勿論、彼女を唯一大切にしてくれる王族の少年のもとだ。










「ーーー本当なんですね?」



「そうさあ、居ないよ〜そんな患者。」




遊牧民を先祖に持つ歴史故か頑丈な布のテントが立ち並ぶソルキン村で、鮮やかな織物のクッションに身を預けた村唯一の薬師のおばあちゃんは柄物のポンチョを揺らし陽気に笑った。そんなのまるで死斑病じゃあないかと非常に芯を食うツッコミに思わず口角が引き攣る。



「まったくどこの誰だいそんな法螺を吹いたのは。とっちめてやらないとねえ。」



目の前に湯気の立つ薬草茶を出してくれたのはこのおばあちゃん家兼診療所を手伝う息子のお嫁さんだ。

またシノ様の顔が見られて嬉しいけどさ、と茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばされてそこで初めてああデマだったのだと安心できた。体ほどある大きなクッションに体重をかけると少し固い布地が体を包み張り詰めた緊張感がどっと疲れに変わる。



「ほら、お気に入りの茶を淹れたから飲んでいきな。お土産に少し包んであるからね。」



「そんな、申し訳ないですよ!ありがたく頂きますけども!」



ハハハッと快活な笑い声に、テントの入り口で覗いていた子供達がわちゃわちゃと雪崩れ込んでくる。

一人一人名前を呼べば皆屈託のない笑顔を見せてくれた。



「シノちゃんまた来たんだー?!」


「来るなら言えよ〜お別れだと思って泣いちゃったじゃんか!」


「今日は兵隊さん達いないから遊べるよね!」



見た目だけは同世代のこの子達には滞在中何かにつけて遊びに誘われていた。色とりどりのポンチョに健康的に焼けた肌、太陽のような笑顔は疲れた心によく沁みる。


アップデートされた治癒魔法、『状態異常透視』で皆を観察してもすり傷など軽微なものばかりで感染症のかの字も無い。抵抗力が低い子供が健康ならば、この村は大丈夫だ。



「お前達、シノ様は王都でこの村が大変だって嘘を聞かされて駆けつけてくれたんだ。用事が済んだら戻らなきゃいけないんだよ。」



「「え〜っ!!」」



まさに非難轟々、口々に不満を垂らす子供達は神官服の裾をひっぱってはお嫁さんに拳骨を喰らっている。

本音を言えば2〜3日泊まっていきたいくらいだが、神殿の混乱を思い出すとそうもいかない。子供達と約束を取り付けお茶を飲み干してから立ち上がると、近寄ってきたおばあちゃんが茶葉の包みを持たせてくれた。



「あんたが病人を根こそぎ治したおかげで此処は閑古鳥さ。わしらはいつでも大歓迎だよ、また遊びにおいでえ。」



顔に刻まれた皺が深い笑みを象ると、節ばんだ指が優しく襟を直してくれた。うっかり緩みそうになる涙腺を誤魔化すように大きく頷いてからテントを出る。

そして1時間に満たない滞在であったのにも関わらず村総出の見送りを受けた私は、羊のチーズや織物など両手いっぱいにお土産を待たされ神殿に飛んだのだった。










「ーーーこの短時間に何が起きたんですか?」



「その言葉、丸々お前に返す。」





神殿に降り立った瞬間に目に飛び込んできた印象的な青に思わず口をついた言葉がこれだった。クリニークさんが追い縋っているが、全く意に介してない。それほどまでにこの瞳は据わっている、というか言ってしまうとブチギレていた。

仁王立ちに腕組みという完全威圧態勢のディオル殿下を前に、わたしなどすごすごと正座をするしかない。

その前に大量のお土産を置くのがまあなんとも気まずいこと。目でこれはなんだと聞かれているのがよくわかる。端的に事のあらましを説明すると、殿下の後ろで大神官様とクリニークさんが青い顔のまま大きな大きなため息をついた。




「言いたい事は山ほどある。だが一つだけ言うぞ。



ーーーーーこの馬鹿者が!!!」





カッと瞳孔が開いた殿下が発した、体ごと揺さぶるような怒号が神殿内に木霊してお土産の山から手縫いの人形がひとつ転がり落ちた。

また会ったときにおままごとの相手をする約束で借りたのに、ごめんよ。今拾うとまた雷が落ちるんだわ。




「無茶をするなと言っただろう!どうしてそう自分の身を顧みない!!」



「すみません...」



「偽の情報だったから良かったものの...くそッ、一体どう言えば理解できるんだお前は!?」



「繰り返さないよう善処します...」




社畜時代に培った平謝りスキルを遺憾なく発揮するが殿下の怒りは未だ冷めやらないようで、ツカツカと威圧感のある靴音を立てて近づいてきた彼は膝をついてわたしの頬を両手で掴み上を向かされる。首からゴキリと音がしたが今はそれどころじゃない。鼻先が触れるほどの距離で目が合い呼吸が止まった。




「誓え、今後二度と危険な真似をしないと。俺の許可なく王都を出るな。」



「は、はぃかしこまりました...」




こっわ、イケメン美少年のドスの効いた脅しこっっわ!!


間近にある顔に迸る溢れんばかりの怒気に赤べこよろしく首を振るしかない。これが心配からくる怒りなので余計に居た堪れなく、意味のない言葉がしどろもどろに口の端から漏れた。





「つべこべ言うな。」


「はひ...」


「...ーー首飾りも付けているようだし、今日はこれくらいにしてやる。それで?俺に何か用か。」




ようやくわたしから視線を移した神殿の入り口には、すまし顔の男性が立ち上がった殿下に慇懃な礼をとっていた。

そのクリス殿下の付き人より数段煌びやかな衣装に嫌な予感がする。




「ディオル・フォン・オルフェウス殿下並びに大神官様、国王陛下が謁見の間にてお待ちです。そちらの聖女補佐殿も共にと。...つきましては至急謁見の間へと参られませ。」




ちらりと居丈高な目線が寄越され、体が硬直した。

情けない場面を見られたとかそんな事はどうでもいい。


(こくおうへいか...国王陛下?!?)




「...わかった。直ちに拝見するとお伝えしろ。」



「畏まりました。」




一糸の乱れない所作で男性が立ち去ると、平伏していたクリニークさんがあわあわと殿下に駆け寄ってくる。




「殿下、もしやシノ様の件では...」



「何にせよ向かわなければなるまい。立てシノ」



「はぃぃ...」




もう立て続けに事が起こりすぎてまったく理解が追いつかない。殿下と大神官様が真剣な顔で話し合っているが脳が機能せず右から左へ抜けている。

ただ一つわかっているのは、この国の王様から名指しで呼ばれたという浮世離れした事実のみ。




「では行くぞ。」



「はい。...シノ様、どうぞ気をしっかり。」




しっかりしたいけどわたしのHPは既に尽きかけです。




そして神殿を出て何より驚いたのは、まだ今日が日も暮れない午後ということだった。

...なんて日だ!!






少し変な所ですが、長くなるので一旦きります。

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