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06.点検保守、からの



ディオル殿下の往診で朝食を共にするようになって1ヶ月、今日は聖女を披露するパレードの日だ。

王都は聖女の象徴である白の花が随所に飾られ、降臨した聖女の登場を今か今かと待ち侘びる群衆のざわめきは私のいる神殿まで届いていた。その聖女が朝になって仕立て終わった装束が気に入らないと喚きだした時はどうなる事かと思ったが、クリス殿下の甘い一言ですんなりと場が収まったのだった。


「最初から出てくればいいものを...外面王子め。」


問題の装束は、派手にしたい聖女と伝統を重んじる神殿とでだいぶ揉め、通訳の私が胃を痛めながら妥協案としてデザインしたものだった。そもそもクリス殿下が最初に出てきてくれたら揉めることもなかったのだ。結局私は聖女から叱責されるし骨折り損である。


「シノ様?何か仰いましたか?」


「いえ?」


柔和な笑顔のまま疑問符を浮かべた大神官様は特に興味を持たなかったのか、止めていた歩みを再開した。

いけない、子供らしからぬ表情を見せてしまう所だった。


「それにしても、クリス殿下は何を考えておられるのか...。王都の壁はシノ様には高すぎます。」



大神官様の転移魔法で一瞬のうちに王都の端に到着した私は、目の前に聳える10階建て程の高さの白壁を見上げる。


この国には都市を丸ごと壁で囲む文化がある。

歴代の聖女が結界を張るためであり、貧しい村は木の柵になることもあるが人の住む場所とそうでない場所の境界線は必ず引かれているのだ。そして境界には祈りの祭壇と呼ばれるスペースが用意されていて、聖女はそこで結界魔法を発動する。境界は聖域とされ、王族と聖女しか触れる事は許されない。つまり大神官様は触れないので梯子を使って自力でこの壁を登れというのだ。

外面王子もとんでもない場所をあてがったものである。


...じゃなくて無理じゃない?

いくら梯子があったってこちとらか弱い10歳児だ、身体能力が最大といえど限界はあるだろう。

土魔法で足元を盛り上げるのも考えたが壁の基礎部分を抉ってしまう。鳥に変身できる魔法なんて無いし、魔法をかけて自力で登るしかないか。


「身体強化しながら登ります。あー、もし落ちたら受け止めて貰えますか?」


「...お怪我はさせません、近くの検問所の衛兵を総動員させましょう。」



何十メートルから落下してくる人間を受け止めるなんて事を人に強いるのは心が痛む。せめて持病に腰痛がなく屈強で、出来れば物腰柔らかなイケメンの衛兵さんだと良いな。

...欲をかきすぎか。


「その必要は無い。」



涼やかなアルトトーンに振り返ると、朝日に艶めく黒髪を晒したディオル殿下が立っていた。半歩後ろにはクリニークさんが控えており頭を下げている。



「ディオル殿下?!何故このような場所に?」



平伏しながらも目を丸くする大神官様の横で私も目が点なっていた。慌てて膝を折るも殿下に制されその場に立ち尽くす。

こうやって野外に出ている殿下を見たのは初めてで、最初にベッドで青白く横になっていた姿を思い出した。

回復したとわかっていてもいつも屋内で会っていたので、自分でも驚くほど新鮮な喜びがある。


「祈りの祭壇に行くにはシノは小さすぎるからな。俺が連れて行く。」


歩み寄るやいなや私を横抱きにした殿下は何食わぬ顔でスタスタと壁に向かって突き進む。

一方抱えられた私は思考が停止していた。


頬には柔らかな髪の感触。背中と膝裏には華奢な腕が回されていて首を動かすとピントが合わないほど近距離に殿下の顔があった。ふわりと鼻を掠めるのはせっけんだろうか、優しく爽やかな香り。

というかなんでこんなに細いのに私を持ち上げられるのか不思議だが、そもそも王子が他人を抱えるのは立場的に問題無いの?あまり強く拒絶するわけにもいかないし、それよりどうやって連れて行くの?王子も転移魔法が使えるのだとしても抱っこする必要はない。


「いや、ありがたいのですが、何も担がなくても」


「子供1人抱えるくらい問題ない。担いで登るわけでもないしな。」



そう言う貴方も子供では?首を傾げる私を見てニヤリと口角を片方だけ吊り上げた殿下が目を伏せる。急に突風が吹き荒れ髪を揺らしたと思えば、私達は空高く浮き上がっていた。


「えっ、凄い...!これって風魔法ですか?!」


「そうだ。」


「風で空に浮かぶなんて...考えもしませんでした。」


言われてみれば竜巻なんかは風の力で建物が飛ぶのよね。もっと頭を柔らかくしなければ。

壁をゆうに越える高さでぴたりと止まった殿下は、風に髪を遊ばせながらまるで滑るように壁の屋上に設けられた祭壇に向かっていく。

眼下には石造りの建物がひしめく王都が広がっていて、遠くに青屋根が美しい王城が見えた。こうして見るとやはり素晴らしい造形だ。



「王城は遠くから見ても荘厳ですね。」


「外交の場でもあるからな、貧相では困る。」



殿下は合理主義のようだ。風情もへったくれもない返事にムキになって建物の魅力を語るうちに、祭壇が目と鼻の先の距離になった。

コツリと靴先で着地した殿下に降ろされ、青空の下一対の燭台が立つだけのシンプルな祭壇の中央に進み出る。

白と灰色のレンガで幾何学模様が施された床は、長年雨風に晒された故か風化が進んでいた。


「大分痛みがきているな。」


「ええ、いつ効果が切れてもおかしくないですね。」


なにせ先代の聖女様が老衰で亡くなられたのは80年前。最後に結界が張られたのはもっと昔のはずだ。結界魔法は境界となる物質を劣化から守る働きもあるのでギリギリセーフといった感じか。



「それでは始めますね。ちょっと時間がかかりますが待って頂くことは...」


「当たり前だ。」



助かります、下りる方が心臓に悪いので。

殿下は見学するつもりなのかその場で腕を組んで待機の姿勢を作る。面白いものじゃないと言っても動く様子がなかったので背中を向けて準備に取り掛かった。


準備といっても燭台に火を灯すだけだ。痛いほどの視線を背中に受けながら2つの錆びた燭台に魔力をかざすと小さな炎が現れる。祭壇の中央に戻り瞳を閉じれば時が止まったかのように周りから一切の音が消えた。

そこからは時間の感覚が曖昧になり、鈴の音に似た振動が全身に広がれば保守点検は完了になる。



「...終わりました。」



閉じていた瞼を押し上げ燭台に目を向けると、錆び切っていたのが嘘のように雲ひとつない空を映している。

よかった、無事成功したようだ。

これだけ広い範囲に発動したのは初めてなので体に満ちていた何かがごっそり持っていかれた感覚がある。

肺に溜めていた空気をゆっくりと吐き出すと、頭の中に不思議なノイズが入った。



『ーー聖女レベル2。10スキルポイントを獲得。』



まあ、なんとわかりやすいレベルアップ。

脳裏に現れたスキルボードを確認すると転移魔法の消費ポイントは100となっている。この調子ならすぐに貯まりそうなので今回はそのままにしておこう。


「見事なものだ。文献では王都の結界は1日がかりと書いてあったがまだ3時間も経ってない。」


持っていた懐中時計を内ポケットにしまった殿下は私に体の不調が無いか尋ねてくれた。他人に訴えるほどの脱力感では無いので概ね良好だと伝えると何故か笑いを溢す。

この頃殿下はよく笑うように思うが新しい趣味でも見つけたのだろうか。



「とてつもない奴だとは予想していたがここまでとはな。来い、戻るぞ。」



さも当然のように両手をこちらに向けて広げる美少年に抵抗感無く飛び込める人間が何人いるのか。約1名思い浮かぶが、大概の人は躊躇する。私もその1人だ。

おずおずと歩を進めると痺れを切らした腕が伸びてきてがしりと掴まれる。そのまま膝裏に腕を充てがわれ軽々と抱き上げられてしまった。



「殿下はいつの間にこんな筋肉をつけたんですか?まさか治療の後に運動してませんよね?」


「ブドウを食べた日は午後に軽く素振りするだけだ。それ以外で鍛錬を積んでいる。」



兄上を支えるには剣も頭も普通じゃ足りない。

風を切る殿下の瞳は空よりも青く輝いていて、それよりも魅了魔法を解く訓練をしてくれなんて言える雰囲気ではなかった。


行きと同じように空中散歩をしながら他愛もない話を紡いでいくと、気づけば王城の真上にいた。親切に近くまで送ってくれたらしい。降ろされたらしっかりお礼を言おうと考えている間に殿下は王城の一室のバルコニーに降り立つ。



「ケイト。」


「はい。お務めお疲れ様でございましたシノ様。」



こちらにと待機していたケイトさんに誘われ、訳もわからないまま部屋に入ればそこにはハンガーラックに掛かった衣装一式。

落ち着いたベージュのワンピースと白のブラウス。編み上げの革ブーツまで用意してある。



「これは...?」


「ディオル殿下のご好意で用意された物です。その前に少し汗を流しましょうね。」



え?どういうこと?なんて聞き返す暇もなく服を脱がされ、あれよあれよという間に体を洗われ身支度が整っていく。裸を見られた羞恥に途中から考える事を放棄し、はっと気づいた時には姿見の前に立たされていた。

仕上げにループタイを調節するケイトさんの手元で留め具がきらりと光を反射する。


「よくお似合いですよ。」


鏡越しに柔らかな表情で褒められ、へらりと不恰好な笑みを浮かべたのが自分でもわかった。

4ヶ月間、簡易な神官服と寝間着どちらかしか着てこなかったのだ。シンプルで顔を選ばないワンピースはぱっとしない顔立ちの私にもしっくりくるし、髪だってこんなに丁寧にセットされた事はない。

久しぶりにおしゃれできたのが素直に嬉しかった。


「さあ、殿下がお待ちです。」


来た時と違い普通に扉から部屋を出る。

続き部屋だったようで椅子に腰掛けたいつもよりラフな格好の殿下と目が合い、彼は上から下まで私の格好を見ると満足げに頷いた。


「これで聖女とバレることは無いな。」



着いて来いと立ち上がって背中を向けた殿下はそのまま部屋から出て行ってしまう。さっきから一体何が起きているのかさっぱりだ。

彼について廊下を進むと、すれ違うメイドや衛兵達が皆通路の脇に避け深く首を垂れる。世間話をするような間柄になって忘れかけていたが、殿下は殿下なのだ。

大勢に頭を下げられて肩身の狭い思いをしながら城を出ると、彼は神殿とは逆方向に向かってしまった。


「殿下、一体どこに向かわれているのですか?」


「行けばわかる。」


着くまでは内緒というわけね。大人しく彼の後ろを歩き跳ね橋を渡ると、賑わう王都の大通りへと出てきた。パレードの直後なのか地面に花びらが落ちており、街灯は白い花束で飾られ、行き交う人が皆頭や胸に白い花を挿している。耳に入ってくる話し声は聖女を褒め称えるものばかりだったのでほっと胸を撫で下ろした。粗相がなかったようで何より。


「殿下は」


「ここでそう呼ぶな、ディルと呼び捨てしろ。」


「...失礼します、ディルは街の人の声を聞かせるためにここへ?」


「そんなつまらない理由じゃない、目的地はもっと先だ。」



言うや否やむんずと私の手をつかんで人波に突っ込んでいく殿下。その瞳が美しい青からチョコレート色に変わっている事にここで初めて気がついた。この手慣れた感じ、さては初めてじゃないな?



「シノもしっかり握り返せ。その方が逸れにくい。」


「あの、逸れても索敵魔法で探せますし。」


「その手間が面倒だと言っているんだ。」



いやいや、はぐれるから手を繋ぐとか何処ぞの少女漫画だ。

ときめく場面かもしれないが住む世界の違う美少年では申し訳なさが先に立つ。だが殿下に引っ張られ履き慣れないブーツで足が絡れてしまい、結局握り返すことになってしまった。

不意に目が合った見知らぬ少女からの視線が痛い。

この先の人生で2度と彼女に会う事の無いよう祈りながら極力顔を俯けていると、急に止まった殿下の背中に衝突した。


「いたっ」


「きちんと前を向いて歩け。着いたぞ。」



質問の意味がわからず辺りを見渡すと、道の両端に先程までは無かった露店が軒を連ねている。もくもくと煙を上げる店から香ってきた肉の焼ける香りに、じわりと唾液が分泌された。

今日も今日とてトラブったので朝から食べていないのだ。


「縁日みたい...。」


「エンニチ?シノの世界はパレードをそう呼ぶのか?」


「うーん、パレードはどちらかというと祭りでしょうか?」


おおまかな説明をすると殿下は違う世界でも似た行事があることに驚いていた。

このパレードはイレギュラーな開催で、通常は年に一回穀物の収穫に合わせて催されるらしい。まさに豊穣祭というやつである。


「ここは何代か前の聖女が発案した市だ。話を聞くとシノと同じ所から来たらしいな。食べ物も独特だから懐かしい物があるんじゃないか?」


例えばと指さされた露店には縁日よろしく垂れ幕がさがっていて、力強い字体でイカ焼きの文字が刷られている。駆け寄っていくと次第に慣れ親しんだ醤油の焦げる香りが強くなって、実物が見えた頃には煙で目が痛い程だ。鉄板の上で程よく焦げ目がついたイカに刷毛を滑らせていた店主はねじり鉢巻に紺の法被姿。

なんだろう、世界観とのギャップがすごくて素直に喜べない。


「お嬢ちゃんパレードは初めてか?珍しいだろう。」


「ア、ハイ...あの、これって醤油ですよね?」


「ああ、ショーユだよ。ずっと昔の聖女様が故郷の味だって喜んで食べた有り難い味だ。ほれ1本。」



差し出された串を受け取ると横から殿下の腕が伸びて店主の手のひらにコインを置く。

そういえばこの世界で金銭が発生したのはこれが初めてだ。手持ちなんて勿論ゼロなのでありがたく奢ってもらおう。



「ありがとうございます、すいません手持ちが無くて。」


「聖女に給金は出ないのだから気にする事じゃない。」



そうなのよね。

元の世界では訴訟案件なのだが、聖女に給料は無い。

しかしお金という形でないだけで、身分の無い異世界人に平均以上の生活をさせてくれるのである意味現物支給と言ったほうが正しい。私は補佐なので殿下との朝食以外は平民くらいの生活ですけどね!


もう一度頭を下げてからイカ焼きにかぶりつくと、弾力のある身から溢れる旨味と焦げた醤油の香りで口の中がいっぱいになる。これぞ祭り、日本の味だ。


懐かしい味を噛み締めていると、ふと疑問が浮かんだ。

聖女に給金は無い。そしてそれは国民の血税で暮らす王族も同じだったはず。ましてやこんな小銭を殿下が持ち歩くのは違和感がある。



「...ちなみにこの代金はどこから?」


「ん?ああ、市井で稼いだ俺の物だ。王城に銅貨なんて無いからな。」


「いや、疑っている訳では...


...ちょっと待って下さい、稼いだ?」


「そうだ。」


さも当然と頷いた殿下はなんと冒険者としてギルドに登録しているらしい。組合として独立しているギルド内に置いて、報酬の未払いや過剰な違約金などが発生していないかを確かめる監査官のような役割を担っているそうだ。

なにも殿下自身でやる必要も無いと思うのだが、悪事は立場が弱く発覚しづらい子供に対して行われる傾向があるらしく周りも反対しきれなかったのだとか。



「主犯を取り押さえた直後にアレルギーが出たからまず毒が疑われたという訳だ。腐った上層部を入れ替えてからはトラブルも無くなったし、もう潮時ではあるがな。」



12歳で黄門様みたいな事してるこの人...。中身との年齢差は私以上じゃない?


次は商業ギルドかなどと呟いている殿下を見上げる。チョコレート色の濃い瞳はやはり子供とは思えない意思の強さを感じさせた。急にブドウアレルギーを発症したのはこの件で極度の疲労を溜め込んだせいではないだろうか。

この歳でそこまで頑張れる子が大人になったらどうなるのだろう。節度を覚えれば楽しみだが、悪化すれば心配だ。人生の先輩として釘を刺しておこう。


「あまり無茶するのはお勧めしませんが、ディルがいるこの国は良い所になりそうですね。」


「っ、兄上が統べる国だ!豊かになるに決まってる。」



尊敬通り越してブラコンの域である。

聖女に骨抜きにされている王子が統べる国となると恐ろしいが、殿下がいれば酷い事にはならないかもね。


その後はから揚げにフランクルト、かき氷(これは魔法で氷を生成しているので割と高価だった)などなどお腹いっぱい楽しんで、茜色に染まった空を背に私達の足は王城へと向かう。



「今日はありがとうございました。懐かしい味が食べれて、こんな楽しい1日は久しぶりです。」


「...そうか。」


跳ね橋を越えたので殿下の瞳は青に戻っている。

穏やかに緩んだ眦に、今日1日が私への気遣いだったことを確信した。

側から見れば私は年端も行かない少女だ。それがめでたい祭りの日に1人で仕事に追われているのを見過ごせなかったんだろう。



「シノ、まだ時間はあるか?」


「?はい。あとは聖女様に御用聞きをして神殿に戻るだけですので。」


御用聞きと言っても愚痴や揶揄いだけの時がほとんどで用と言っても夜食のリクエストぐらいだ。今日はクリス殿下との惚気を延々と聞かされるだろうから覚悟しなくては。

頭が仕事仕様に切り替わると、この楽しい時間が終わってしまう実感がわいてきた。まるで学生の頃の夏休み最終日のような切なさだ。



「本当楽しくて寂しくなるくらいで、わ!殿下?!」


「耳元で叫ぶな。」


なにこのデジャヴ。またも一瞬で横抱きにされた私ごと浮き上がった殿下は再び祈りの祭壇に降り立つ。


幾何学模様の床はオレンジ色に染まり、東の小さな凹凸にしか見えない山並みの上空は夜の紫色がじわじわと縁を侵食していた。

なかなか見られない絶景にしばし目を奪われる。

殿下もそうなのか、無言の時間が流れた。

気まずさも緊張も退屈さもない、不思議な空気だと思った。



「...ーーシノには感謝しかない。未知の病の原因がブドウだなんて皆思いもよらなかったと驚いていた。」


「ああ、私のいた世界では割と知られていたんです。言わなかったですが極度の疲労でも症状が出る場合があるので気をつけて下さいね。」


「俺よりもシノがなりそうな病だな。」


「なっ、なぜわかるんですか...!」


「見ていればわかる。朝もそう、責任感が強く自分を二の次にする人間の考え方だ。」


「うっ」


実に的確な指摘に言い返す言葉もなく押し黙る。

やがて小さな笑い声が聞こえ顔を上げると、殿下がくしゃっとした笑顔を向けていた。


「なんでそんなに悔しそうなんだ。変な奴だな。」


「...っ!」



殿下は思いっきり笑うとこんなに幼くなるのか。

いっそ可愛らしささえある表情にバクバクと動悸がする。まったくイケメンの不意打ちは心臓に悪い。


「話が逸れたが、これは礼だ。」


「へ?」



差し出された手に光るのは小ぶりな銀のネックレス。

か細い鎖に小さなチャームが揺れている。夕日で何色の石かわからなかったが、やがて真っ直ぐ私を見る瞳と同じ色だと気がついた。

そっと受け取ると金属ではありえない、呼吸のような不思議な波動を感じる。


「これは...?」


「やはりわかるか。石に俺の魔法を封じ込めてある。

身の危険を感じたら手をかざして発動しろ。」



魔法付与というやつだろうか。おそるおそる両手で持つと殿下が後ろに回り手ずから着けてくれた。チャームの石に触れると波動は馴染むように薄まりやがて感じなくなる。指先でコロリと転がせば夕陽の色を反射してキラリと光った。



「...なんだか身に余るお品な気がします。」


「これはシノのためにあつらえた物だ。他にやるなよ。」


「...ありがとうございます。この分をお返しできるようキリキリ働きますね!」


「おい、礼だと言っただろう。」



ため息をついた殿下を見て自分でも可愛げのない台詞だとわかる。しかし減らず口でも叩かないと泣いてしまいそうだったのだ。



今まで職場でどんなに身も心も擦り減らして働いても、給料以外なにも貰えなかった。それこそありがとうの一言さえも。

だけど此処は、殿下は私の事を考え言葉だけではなく行動で感謝を示してくれる。心から認めて労ってくれる。

それがどれだけ尊いことか。



「ディオル殿下、私一生貴方にお仕えします!!」


「飾り一つで大袈裟な奴だな。」


「それだけじゃないくらい、気づいてますよ。」



ふいと背中を向けてしまった殿下の真っ赤な耳を私はきっと忘れないだろう。

言葉通り、この小さな背中だけに従えたらどんなに良いかと思う。

だが私が聖女と立場を入れ替えても従うのはあの外面王子だ。それなら聖女の下でこうやって一時でも殿下についていたい。



「ところでケイトからシノの国は景色の良い場所で品物を渡す風習があると聞いたんだが、いつから仲良くなったんだ?」


「...殿下がクリニーク様とお話ししている間ですかね。」



そのためにも彼女の誤解を一刻も早く解かねばと決心する私だった。


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