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4.第二王子を診察



外面王子との謁見から2日。

わたしは大神官に連れられ第二王子の居室の前に立っていた。気は進まないが美醜を気にして能力が劣るはずのわたしを寄越す残念な兄を持ったことは心底同情するので、全力で原因究明に努めるつもりだ。そして助けた暁には是非とも一発喰らわせてやってほしい。



「失礼します、聖女様をお連れしました。」



大神官の落ち着いた声が深紅の絨毯が敷き詰められた廊下に響くが、目の前の扉からは応答が無い。

暗いウォールナットの木目を穴が開くくらいに見つめていると、やがて音もなくゆっくりと開いた隙間から濃いクマを隠しもしない男性が目で入室を促してきた。

そのあまりの顔色の悪さに先にこの人を治療した方がいいのではと大神官を見るが耳元で王子専属の治癒師、この国きっての治癒魔法の使い手だと知らされ口を噤む。

大神官は付き添いなのでわたし1人が立ち入ると気配を消していたメイドがさっと扉を閉めた。しんと静まり返った部屋は何処か重く澱んだ空気が滞り、カーテンが閉め切られ昼間だというのにまるで夜のようだ。

なんというか、とても気が滅入る。お世辞にも過ごしやすいとは言えない環境だった。



「ディオル殿下はまた発作を起こされて、今処置を終え眠られた所です。」


「心労お察しします。お疲れの所申し訳ございませんが、発作の諸症状を教えて頂けますか?」



声を抑えて質問すると、わたしを見下ろし瞬きを何度か繰り返した治癒師は少しばかり表情を和らげて現在の状況を詳しく説明してくれた。


最初の発作は半年前、朝食のデザートを食べた直後に起きた。全身に広がる蕁麻疹と高熱、嘔吐に喘息のような呼吸困難。治癒師が到着した時には意識も無く本当に危険な状態だったらしい。まず毒の混入が疑われ丹念な調査が行われたが食事や食器に異常は見られず、それからどんなに気をつけても日に2〜3度は蕁麻疹や発熱、頭痛といった発作に襲われているのだという。

必ず出る症状は蕁麻疹と発熱、嘔吐と頭痛は稀で呼吸困難があったのは最初の一度きり。

毒の後遺症という見方もできるが、調査で毒物は見つかっていないし頻度が減っていない所も辻褄が合わない。

結局行き着いた結論は、突発的な発作を伴う謎の病なのだそうだ。



深い溜息をついた治癒師は最後に独り言のように、治癒魔法で治せるとはいえ殿下の苦しみとは如何程かと呟いた。彼だって付きっきりの治療で相当キツいはずなのに、なんて優しい人なんだろうか。

自分が不甲斐ないとでも言うように握りしめられた拳に手を触れ、治癒魔法を施す。

クマがとれ生き生きとしたハリツヤが甦った男性は想像よりも若く、まだ20代くらいの男性だった。自分でも活力が漲ったのがわかったのか、不思議そうに自身を見下ろしている。


「...聖女様、魔法は私などではなく殿下に」


「殿下の治療が成功しても側に仕える貴方がたが元気でなくては、殿下が心から喜べませんから。」



原因の見当はあらかたついている。彼に言った言葉は嘘では無いが今後も主治医はこの男性なのだから不健康でいられては困るのだ。

わたしが治療に加わるのが余程嬉しいようで目尻に涙を溜めた男性は、しっかとわたしの小さな手を握りしめて声を殺して咽び泣いた。わかる、わかります!わたしも土台無理な作業中に助っ人が来たらこうやって泣いて迎えたもの。まあそんな事は何年も働いて片手ほどの回数しかなかったが。



「なんと心強い...!聖女様、どうか殿下をお救い下さい!」


「あ、わたしは補佐ですので、あしからず。」



それでも構わないと小声で叫ぶ器用な治癒師に導かれ閉ざされた大きな天蓋の前へと進み出る。メイドが衣擦れの音さえ立てずにそれを開くと、キングサイズの品の良いベッドに横たえられた少年が現れた。


さすがあの外面王子の弟だけあって青白い顔色やカサついた唇を差し引いても存分にイケメンである。

サラリと枕に落ちる黒髪はツヤがあり薄闇の中でも美しさがよくわかる。すっと通った鼻筋や薄めの唇、シャープな顎のラインは少年を聞いた年よりも大人に見せていた。兄は中性的な美人だったが弟は凛々しい美少年という感じか。



「発作が出てから今日まで殿下が食された物を出来るだけ詳細に教えて下さい。」



「お食べになった物、ですか...?

いつ発作で嘔吐されるかわかりませんので、消化の良いミルク粥や具を細かくしたスープを毎日お出ししています。この頃は手をつけられない日もありますが。」



「それと毎食後殿下のご希望によりブドウをお出ししています。」



ここに来て初めて声を出したメイドに治癒師がああと少しだけ顔を綻ばせる。ブドウがお好きなのでそれだけはいつも召し上がってくれるのだ、と。



「では最初に発作が出た時のデザートというのも?」


「はい。ブドウだったと記憶しております。」



発作の直前に食べたものだからそれは念入りに調査されたらしいがどこにも異常は見当たらなかったそうだ。その後も皮剥きから配膳までを信頼できる者が担当しデザートとして食べているらしい。そのメンバーに外面王子が入っていたのは驚きだが、まあいい。



「今からいつものメニューを少量ずつ持ってきて下さい。もちろんブドウも。」



頭に盛大な疑問符を浮かべながらも出て行ったメイドを見送り、待っている間にと勢いよくカーテンと窓を開け放つ。爽やかな風と日光が部屋に差し込むと焦った治癒師がわたしを窓際から引き剥がした。



「なっ何をなさるのですか!?外の風で冷えては殿下のお体に障ります!陽の光だってせっかく眠られているのに...!」


「わたしの国の言葉に『病は気から』というものがあります。健康な体は健康な心から、いつでも夜中のような部屋では心が元気になりません。」



ですがと食い下がる台詞はベッドから聞こえる微かな声に飲み込まれる。音速で駆け寄った治癒師によって抱き起こされた少年は、兄と同じ瑠璃色の瞳でわたしを見るなり怪訝そうに眉を顰めた。色こそ同じだが猫のように大きくて吊り上がった目は兄と違って少し気難しげだ。



「はじめてお目にかかります、シノと申します。」


「...聖女か?今代は桃色の髪だと聞いているが。」


「かの聖女様の補佐にと神より遣われました。」


「補佐...?ああ、父上か。俺などそれで充分だと。」


「ディオル殿下...。陛下がそのような事を言われる筈がありません、きっとシノ様でなければいけない理由が」


「顔でございますね。」


「「...は?」」



目が点とはまさにこの顔を言うのだろう。続けて外面王子の発言を一句違わず伝えれば、治癒師はどう声をかけたらいいものかと微妙な表情を浮かべ、ディオル王子はなにやら思案顔で黙り込んだ後ついとわたしに視線を戻した。



「兄上の非礼を詫びる。シノ殿...どうか俺に力を貸してほしい。」


「敬称は不要でございます。もとよりそのつもりで参りました。」



なんだ、弟の方がよほど常識人じゃないか。

これなら外面王子に一発喰らわせてやるのも夢じゃないと意気込んだ所でメイドがサービスワゴンを引いて戻ってきた。


ベッド脇のテーブルに並べられたのは大麦をミルクでよく煮たものと細かく刻まれた野菜のスープ、皮の剥かれたブドウの3皿。ただ体が弱っているだけなら効果がある病人食だが、わたしの予想が当たっていればあまり意味がない。王子は既に食べ飽きたのか料理を前にして細い眉をぐっと寄せる。



「食事は先程済ませたぞ。...量を摂れと言うかもしれないが、寝てばかりでは腹も減らない。」


「いいえ、食べるためではなく検査のためにご用意しました。...殿下、腕にほんの小さな傷をつけて宜しいですか?」



王子が目を見開くより先に治癒師とメイドが断固拒否の声を上げた。さも謀反人を前にしたかのように警戒され思わず両手を上げてベッドから距離を取る。断られるとは思ったがこうも過敏に反応されるとは。

どう説明したものかと考えあぐね一度出直すことも視野に入れ始めた頃、無言を貫いていたディオル王子が2人に下がるように指示する。



「殿下、しかし...」


「助けを求めたのは俺だ。この奇怪な病を克服できるなら多少の危険は仕方がない。」



まあ、言っても針でちょっと刺すだけなんですけどね。


清潔な布と水、縫い針でも良いので針を3本火で炙ってから持ってくる様に頼むと加熱する必要を尋ねられる。この世界は治癒魔法なんて便利な物があるおかげで医療知識はそこまで発達していないようだ。だからこそ今回の件が大ごとになったのだろうけど。


すぐに用意は整いわたしに向かって差し出された針を王子に受け取らせた。



「腕の内側ならどこでもいいので、針1本につき1箇所を刺して傷を作って頂けますか。」



「...傷というから何かと思えば、この程度か。」



肩から力が抜けた王子は白いシャツを捲り手首から肘にかけて針を突いていく。ごく小さな血の玉がぷくりと膨らむのを確認して王子の腕を引いて手の平を上にしてテーブルに置き、傷の上に持っていたミルク粥を一滴垂らすとわたし以外の3人は理解できないと首を傾げた。続けて残り2品もつけ終わると作業を凝視していた瞳が一斉にわたしを見る。



「これは体が食べ物を有害なものだと勘違いしてしまうか調べているのです。ようはアレルギー検査ですね。」


「あれるぎー?聞いたことのない言葉ですね。」


「どれも発作が起きる前から食べていたものだ。」


「ある日突然食べ慣れたものに反応してしまうのが食物アレルギーの怖い点です。体調に異変は見られませんか?」


「別になんとも...いや待て、少し痒い気がする。」



見れば一番肘に近い傷ーーブドウの果汁を垂らした周辺がみるみる赤く腫れてくる。すぐに水に浸した布で拭き取り治療魔法を施すと炎症は跡形もなく消え去った。



「まさか...。」


「一度食べて頂き経過観察をするべきですが、ほぼ確定で間違いないでしょう。


ディオル殿下は、ブドウアレルギーでございます。」



言葉を失った彼らは数秒顔を見合わせた後、メイドと治癒師が頭を床に擦り付けんばかりにひれ伏した。

まずい、2人の前で調べるべきじゃなかったか。

フォローしようと前のめりになったのを白い腕が遮る。



「良い、俺が指示したことだ。お前達に落ち度は無い。」


「ですが...」


「良い。...それよりシノ、つまり俺はブドウを食べると発作が出る病ということか?」


「はい。完治まで長い期間がかかりますが、口にさえしなければ発作はもう起きないでしょう。」


「そうか...」



ふわりと王子の目尻が緩み口角が上がる。

それが笑顔だと気づく前に彼はベッドへ背中を預け両腕でその美しい瞳を隠してしまった。

ただ一言、よかったと呟かれた声は年相応に震えていた。


こうしてディオル殿下の半年に及ぶ発作との闘いは幕を閉じた。


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