3.第一王子
先日は服の調整が済むと大神官の書斎らしき部屋に通され、聖女業とは何たるかを半日がかりで説明された。
作業は大きく分けて3つ。1つは街ごとに張られている結界の保守点検、2つ目は魔物の駆除、最後は怪我人の治療と権力者へ浄化魔法をかけて回る営業だ。
正直なところ思ったよりヘビーな内容に腰が引けた。
結界も討伐も広い国中を飛び回る必要があるし、何よりお偉いさん方へ王家の代わりにご機嫌取りをする意味がわからない。聖女は神の遣いじゃないのか。
本来ならば率先してこれら全てをこなすはずの我らが聖女様は浄化魔法オンリーなので必然的にそれ以外はわたしの仕事というわけだ。神殿で祈りながら偶に治療する優雅な聖女像がガラガラと音を立てて崩れる中、大神官が説明を締めるに選んだ一言が頭をよぎった。
『このように心身共に尽くす方を我々は聖女様と崇め、陛下は王族に連なることを許すのです。』
つまり聖女は王族の誰かに嫁ぐのが通例。
まさか身を粉にして働くにもかかわらず恋愛結婚すら許されないのは衝撃だった。許すとかいう上からな態度にも腹が立つのでどうかそれだけはあの聖女様の役目にして頂きたい。苦笑いすら浮かべられないわたしに大神官は目尻を優しく下げて、わたし達と釣り合いのとれる年頃の王子がいるので心配はいらないと声を和らげた。
断じてそういう問題では無い。
まったく今思い出しても嫌な気分になるが、イケオジ大神官が心から言っている事からして王子と結婚できるというのはこの上ない誉なのだろう。むしろわたしがマイノリティ側なのかもしれない。
「こんな地味なのじゃなくて、もっと綺麗なドレスがあるでしょ?!」
「聖女様、この装束は世界でただ1人貴女にだけ許されたもの。王子もきっと今の姿を見たいはずです。」
この通り、目の前の聖女も第一王子に謁見となり目の色を変えて装飾品を選りすぐっているのだから。
純白の修道服はドレスばりに裾が広がっていて金系で縫い取られたモチーフは大神官と揃いの教会の紋章だ、おいそれと一般人が身につける事は許されない。
本当はシスターが被るようなベールとその上からさらに花嫁がつけるようなベールがあるのだが、頑なに拒否されたためわたしが指示をして豊かな桃色の髪を編み込み残った毛先を三つ編みにして所々に白いパールを散りばめた。慎ましい姿が求められる聖女だが、このタイプは放っておくと色とりどりの宝石でも持ち出しかねない。
予想通りお気に召したようで静かになった聖女様にくれぐれも頭を下げるのを忘れないでくれと念を押す。
他にも大神官から説明を受けた様々なマナーを伝えなければだが、まず頭に残らないだろう。
最低限人としての教養さえ示せればあとは持ち前の可憐さでカバー出来るはずだ。
わたしも調節が済んだ簡易的な神官服に綻びが無いか確認していると聖女から下衆な揶揄いが飛んでくる。
馬鹿にするのは構わないが、髪結いのメイドが控えているのに歪んだ笑顔を晒さないで欲しいものだ。
引き攣った愛想笑いを浮かべる彼女に緊張で顔が強張っているのだと苦しい言い訳をしてから、迎えに来た大神官と共に王子の待つ部屋に向かった。
「貴女が今代の聖女だね、会えて光栄だよ。」
一拍早く頭を上げた聖女の息を呑む音に視線をあげれば、金髪碧眼の見た目麗しい青年がこちらを見ていた。
オルフェウス国第一王子、クリス・ラド・オルフェウス殿下。
サラサラと音が聞こえそうな長い髪を後ろで結った姿は華奢な体躯も相まって中性的な美しさがある。甘やかに垂れた目元を彩る泣きぼくろはいっそ色気すら感じられた。
よかった、これなら結婚しろと決められても文句を言わなそうだ。ほっと胸を撫で下ろすとふらふらと王子に引き寄せられいく聖女の腕を瞬時に引いて留まらせる。
フェロモンに当てられて寄っていくのは虫でも出来る、聖女様なら顔を引き締めて聖女らしくいて貰わないと。
「ちょっと何すんのよ!邪魔しないで!」
「聖女様と言えど勝手に王族に触れては首が飛びかねません。説明は端折りますがいずれこの方とご結婚される可能性が高いので今は待ってください。」
説明をしないなんて部下にあるまじき態度だが、結婚の2文字がドンと背景に浮かび上がった聖女は頬を染めてうっとりと斜め上を見上げてうわ言を呟き始めた。
周りの目が痛いが勝手をされるよりマシだ、適当な理由をこじつけよう。対魔物用にとったスキル透視という便利なものがあったことを思い出してさっそく発動する。
「聖女様は殿下の纏う魔力にいたく感銘を受けておられます。...その高ささることながら、火と雷に加え防御魔法まで達者でいられるとは殿下に守られている民は幸福だと申されました。」
「!なるほど...さすがだね、能力確認の水晶も無しそこまでわかってしまうとは。」
僅かに瞠目した王子は満足げに頷いて侍従に何かを持ってこさせた。紺色のベロアで覆われた細長い小箱が聖女の前に運ばれると、侍従の男性が恭しく跪き箱を開ける。中に入っているのは小ぶりだが華々しい輝きを放つピンクダイヤのネックレスだ。石を抱く台座は極めてシンプルで装束に浮かないよう作られたのが伝わってくる。どうやら聖女はイケメン王子のお眼鏡に叶ったらしい、あとは結婚まで内面のマイナス部分を隠し通せばわたしの勝ちだ。
「顕現されたのが桃色の髪を持つ少女だと聞いて用意したんだ、貴女の持つ可憐さを彩る1つとして使ってくれると嬉しいな。」
「...なにこれ、ショボ。もっと可愛いのがよかった。」
「殿下のご配慮に最大の感謝を申し上げます。聖女様もこのような高価な品を頂いていいのかとお困りのようです。」
色付きダイヤの価値を知らないのは置いておいて、イケメンからアクセサリーのプレゼントを喜ばないのは意外だった。言語変換を習得していない事に感謝するのはこれで最後だと思いたい。
物足りないと言いたげにつまみ上げた聖女から瞬きの間にネックレスを掠め取ったわたしは、彼女が口を開けるより前に後ろに回り込み装着すると両手を叩いて褒めそやした。満更でもない様子に息をついたそのとき、今日一番の爆弾が投下される。
「よく似合っているよ。...そうだ、聖女殿は言葉がまだ習得できないみたいだし、僕が教えるというのはどうだろう?」
ゆるりと一層甘やかになった瞳に肩が跳ねたのは決してときめいたからではない。
衝撃に言葉を詰まらせると一体なんのスキルなのかこんな時ばかり聖女が通訳を迫ってきた。
2人の距離が縮まるのは喜ばしいし通訳の必要が無くなるのも嬉しい限りだが、果たして言葉が通じてからも好意が保てるのかが不安すぎる。一度躱すのも手だがこれがバレると非常に面倒な事になりそうだ、主にキレるだろう聖女の後始末が。王子もだいぶ聖女を気に入ったようだし、いいや、もうこの際丸投げしてしまえ。
「...王子から言葉を教えようかと打診されています。」
「なっ!早く受けなさいよ!!アンタさては断って自分だけ近づく気ね、ブスのくせに!!」
「あまりお顔を荒げると雰囲気が伝わります、抑えて。
受けると平均よりも早いスピードで言葉を習得しなければご結婚に影響が出てしまいます。わたしはその間聖女の業務があるので立ち会えませんが、お一人で出来ますか?」
当然じゃないと自信に満ち溢れた笑顔を溢す聖女に形ばかりの微笑みを返して、了承したことを伝えればその場で開始日時や場所、送迎の手筈まで全て整ってしまった。どうやらお勉強会は謁見前から決定事項だったようだ。あとは野となれ山となれ、彼女の内に秘めたる語学習得力とバイタリティに賭けるしか無い。
話を受ける前の怖〜い顔も畏れ多いと謙遜していたからだと強調するのを忘れずに再度王子に感謝してから退出するためもう一度礼をとると、わたしだけが残るよう大神官から指示を受ける。立ち止まるわたしに目尻を光らせた聖女は一瞬鋭い視線を向けてから王子にとびきり華やかな笑顔を向けて部屋から出て行った。やれやれだ。
「...さて。君にもお願いがあるんだけど、少し時間を貰ってもいいかな?」
「何なりとお申し付け下さい。」
聖女の好物も服の好みも把握済み、なんなら夜這いの手引きまで何でもお応え致しましょう。どんと待ち構えるわたしに告げられたのは、見当外れも甚だしく今年で12歳になるという王子の弟君の事だった。
「...ご病気、でございますか。」
「うん、何とも厄介な症状でね。治癒魔法で治しても1日と持たずにぶり返しては弟を苦しめるんだ。おかげで弟ーーディオルは塞ぎ込んでろくに口もきかなくなってしまった。」
どうか力を貸して欲しい、そう言ったクリス殿下は女受けの良い王子様なんかではなく家族を守りたいと願う1人の青年だった。それに2つ返事で快諾できなかったわたしは冷や汗が額に滲む感覚を覚える。
別に診るのは構わない、スキルを駆使すれば完治までとは行かずとも原因くらいは分かるだろう。マズいのはわたし個人に依頼が来ているという点だ。あのモテたいのにモテようとしない聖女の態度に何か不信を抱いてしまったのだろうか。
「ご依頼は理解しましたが...あの、なぜわたしに?先程までいらしたのですから言葉は通じずとも直接聖女様に」
「症状の一つは酷い蕁麻疹なんだ。身体中に広がって顔にも勿論出る。弟はもう立派な男、そんな姿をあの美しい聖女殿に見せろというのはあまりに酷というものだよ。」
女受け王子はその甘い笑顔を振りまいて君も一応聖女として顕現したのだから出来るだろうとのたまった。
つまり美人に見られるのは可哀想だから私に治せと。
ええ治せますよクソが!顔だけ美人の聖女とよろしくやってろ!
「畏まりました。全力で取り掛からせて頂きます。」
完璧な愛想笑いを貼り付けて退出したわたしはその後聖女に問い詰められたが後ろ暗い事など何一つ無い。理路整然と説明すれば嘲笑とともに会話は打ち切りになった。




