1.顔合わせ
「やったぞ!2人目の聖女様だ!」
「こんな奇跡が起きようとは...神よ、ありがとうございます」
視界に映るのは先ほどの少年を象った像が鎮座する祭壇、その後ろに嵌め込まれた荘厳なステンドグラスから溢れる光を背中に浴びた男性達は歓喜に沸く中私が立ち上がるのを助けてくれる。話す言葉は外国語っぽいが不思議と意味が頭に流れ込み、衣擦れの音とともに鼻を掠める知らない香り、大きな手のカサついた感触はどれもリアルすぎて掛けられる言葉は右から左へと流れていった。
ーーーーあっ現実だ、これ。
弾かれたように我に返ったタイミングで名前を聞かれ間抜けな声が出る。正直に答えると聖職者らしき人物が動き辛そうな装束をものともせずに駆けていった。
あっという間に数人の男性陣に囲まれ見上げすぎて10才の体では首が痛くなりそうなので目を合わせるのも程々にして説明に耳を傾ける。どうやらここはオルフェウスなる王国の神殿で、聖女が受けた神託により行った召喚の儀で現れたのが私なのだとか。
なんともお約束な筋書きだけど魔王討伐とかさせられないよね?身長減りすぎて地面が近いし手も小さいし...
幾ら何でもこんな子供に...ねえ?
「さあ、シノ様。聖女様がお待ちですのでどうぞこちらへ。」
恭しく首を垂れた、此処が神殿なら神官だろう男性が誘うままに青い絨毯の上を歩きだせば歩幅の小ささに足が絡れた。大丈夫、落ち着け。あの残業地獄から抜け出せたと思えばこれ以上嬉しいことは無い。
自分を宥めながら周囲に目を散らすと状況の把握よりまず建物内部の美しさに言葉を失う。
よく見れば少年の像は乳白色の大理石を削り出したもので柔らかな衣服の質感まで伝わってくるようだ。
ドーム型の天井は一面青空が描かれており、舞い踊る天使は今にも動き出しそうな緻密さで息を飲む。
1枚1枚が違うデザインで物語を表すステンドグラスが並ぶ通路を進めばこの国がいかに神を信仰しているか手に取るようだった。
「美しい場所ですね...。」
「ふふ、シノ様は良い審美眼を持っていらっしゃる。」
白髪混じりの髪を丁寧に撫で付けた神官は柔和に笑う。
建築期間は親子二代分なんて事を聞くともうため息しか出なかった。生前のヨーロッパにある世界遺産が建ったばかりならこんな感じだったのだろうか、心が洗われる気分だ。
そうして名残惜しくも神殿を出ると、太陽の光を反射する白亜の城が眼前に飛び込んでくる。橋を挟んだ距離があるというのに窓の形までわかる大きさに感嘆の声が漏れた。神殿に負けず劣らず見事な作りだ、何棟かの建物に分かれており左右対称の高い塔は尖った青屋根が美しい。周囲を取り囲む緑に壁の色がよく映えている。呆けて立ち止まる私に暖かい目を向けた神官は、転移魔法を使わず歩いて向かう事を提案してくれた。
もうあまりの優しさに涙が出そうになる。入社1日目で挨拶も無しに朝から業務をやらされた事を思えばそれだけでこの世界を好きになれそうだ。
「ありがとうございます、是非。」
なんとか答えた声は鼻声だったが、神官は笑みを深めるだけで案内を再開した。ペースが少しだけ遅くなったのは道すがらの自然を楽しめるようにか、イケオジすぎて惚れるかと思った。
木漏れ日を浴びながらレンガで整えられた道を進み、跳ね橋を渡るとピンクの薔薇が咲き乱れる庭園の向こうに城が迫ってきた。いよいよ上司との顔合わせである。
庭園は広すぎるのでまた今度と素通りし門兵2人がかりで開かれた巨大な扉の先は言わずもがな。突き抜けるほど高い天井に吊るされた人よりも大きそうなシャンデリア、真紅の絨毯が敷き詰められた大階段の脇には瑞々しい大輪の花が咲き誇っている。
ここを歩いているだけでも奇跡なのに下手をすれば職場になるかもしれないのか、人間1回死んでみるものだな。
勤務中通路にいくつも飾られている調度品を一つでも壊したら奴隷落ちとかするんだろうか、身の毛もよだつ想像に腕をさすると前を歩いていた神官が立ち止まる。
お城は広いイメージがあったのにもう着いたのか、意外な手狭感に目を瞬くと右手側にさっきまで欠片も見えなかった中庭が堂々と広がっているのに気がつき納得する。転移魔法は気がつかないものらしい。
「少しお疲れに見えましたので、城の案内は後日に致しましょう。」
「お気遣い感謝します。」
なんだこの人。ただただ結婚してほしい。
熱の籠った視線に何事かを感じ取ったイケオジは一瞬だけ顔を引き攣らせて扉を開けてからさっとその場を離れた。たかが10才の子供相手にちょっと露骨すぎやしないか。ちょっと悲しくなりつつ部屋の中に入るなり神官の対応が私に対してではなかったと知る。
「やっと来たわね!アンタ早く通訳して、このケーキチョコレートが苦すぎるのよ!」
15〜6歳くらいか、神官と揃いのモチーフが入ったドレスに身を包んだ桃色髪の少女はフォークを皿に突き立てると後ろに控えていたメイドさんを荒々しく指差した。
これはこれは、なかなかの人柄である。
異世界転移においての必須スキルである言語統一化も取得せずに一体どこにポイントを振ったのかと思うが、その容姿を見れば一目瞭然だ。髪色はもちろんスカイブルーの大きな瞳にぷっくりと肉厚な唇と肉感的な体つきはどこをとっても重課金者のニオイしかしない。
メイドの彼女は正にその采配の被害者だ。訳もわからず異国語で叱責されてさぞ辛かっただろう、ソバカスの散る頬は可哀想なほど青褪めている。
「あ〜、聖女様は甘いケーキがお好きなようです。苦味が少ないものをお出しして下さい。」
務めて穏やかに進言するとぱっと顔を輝かせた彼女は深く礼をして廊下へと消えていく。さて、これで会話がしやすくなったかな?
「初めまして聖女様、私はシノと言います。
少年から大体のことは聞いているのでまずは貴方のスキルを確認させて下さい。」
「あたしは聖女よ、舐めた口きかないでくれる?」
「貴方の補助をする上であまり謙るとコミニュケーションが取りづらくなるので。」
一体どう育てば同じ立場の人をこうも威圧できるのか理解に苦しむ。憮然とした態度を崩さない聖女は私を気に入らないようだが言葉の壁に行き詰まっているらしく不承不承にスキルボードを具現化した。
予想はしていたがやはり外見変更が9割ウエイトを占めていて、残りは魅了魔法と申し訳程度の浄化魔法があるのみだ。オブラートに包んで言えば、全然使えない。
「...わかりました。あとは実際の内容を聞いて貴方に出来る範囲で仕事を振るのでそれまで待機お願いします。」
当たりがハズレかと聞かれたらもう放り投げたい程大ハズレの上司だが、此処が現実である以上仕事をせねば暮らせない。先程のイケオジに詳細を尋ねるべく扉に向かうと音を立てて立ち上がった聖女は握り込んでいたフォークを私に向けて叫んだ。
「そうやっていい所ばっか取るつもり?!許さないわよ、あたし嫌な事はしないから!」
まさかの職務放棄。
いやそもそも語学もスキルも0に近いのに実務をこなせると思っている所が怖い。内容を知らない私でも断言できる、この聖女では役不足だ。
「とりあえず仕事の内容だけ聞いてきます。やるかやらないかは後で決めましょう。」
愛想笑いを貼り付け扉を閉めれば死んで無くなったはずの慢性疲労が戻ってくる予感に打ちひしがれた。
私はこれからアレのご機嫌取りをしながら慣れない仕事をこなさなきゃいけないのか。直属の上司との人間関係は破綻同然である。
もうなんだか逆に楽しくなってきた。
生前は人当たりが良いからなどと安い褒め言葉で数多の厄介な上司の下につけられたものだ、あんなの子供のワガママと思えばどうってことない。
上手いこと手の平で転がしてやろうじゃないか。
この社会の荒波で鍛えた部下力、目に物見せてやる。




