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「お前は犠牲者役だ」と捨てられた俺、ラスボスと配役を交換する ~役なし《代役》は、世界最強ヒロインと台本どおりに死なない~  作者: michael


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第八話「聖女役は男でもいい」

第八話 聖女役は男でもいい


 三つ目の舞台では、疫病が役だった。


 白い礼拝堂に患者二百人。

 治療できるのは《聖女》だけ。


 聖女役へ選ばれた少女は、十二歳だった。


「私が全員治します」


 笑っている。

 足元には、別の結末が表示されていた。


 《聖女は最後の患者を癒やした後、神へ還る》


「死ぬってことか」


「光になるだけです」


 少女は教えられた言葉を繰り返す。


 俺は彼女の名を聞いた。


「リリ。聖女リリです」


「その前は」


「前?」


「役をもらう前の名前」


 長い沈黙。


「……小川理々花」


 俺は《旅人役》と聖女役を交換した。


 白い衣装が俺へ移る。

 胸元が合わない。


 バンが吹き出す。


「似合うぞ聖女!」


「後で治療対象から外す」


「私怨!」


 治癒の光を広げる。


 一人治すたび、身体が軽くなる。

 百人目で指先が透けた。


 自分が消えれば、みんな助かる。

 それは美しい。

 そう思わされる。


「零、止める?」


 ミオが聞く。


「止めない。交代する」


 聖女役は一人と書かれていない。


 理々花、ミオ、バン、キュー、アオ。

 患者の中で動ける者も手をつなぐ。


 俺の治癒光を、一人ずつへ分けた。


 聖女ではなく、《治療班》。


 光は弱くなったが、誰も消えない。


 最後の患者が目を開ける。


 《終幕条件の変更を確認》

 《聖女の昇天――不要》


 理々花は、自分の名前で母親に抱きしめられた。


 その直後、礼拝堂の天井が割れる。


 ファイナル・キャストの回収部隊。


 隊長が叫ぶ。


「違法な配役改変を停止しろ!」


 バンが前へ出た。


「全部俺がやった!」


 《汚名代行》が発動し、俺たちの違反記録が彼へ移る。


「やめろと言った」


「今回は作戦だ!」


 バンは部隊へ拘束される。


 その間に、患者たちを舞台裏へ逃がした。


 最後に俺へ笑う。


「先へ行け。悪役は途中で捕まるのが定番だ!」


「必ず迎えに行く」


「その言葉、嫌いなんだろ!」


「じゃあ今できることを言う」


 俺は彼の名前を呼んだ。


「犬飼バン。お前の役を、忘れない」


 拘束車の扉が閉じる。


 配信画面には、バンだけが事件の首謀者として表示された。


 ミオが剣を握る。


「次は救出」


「いや」


 俺は回収部隊の配役表を見る。


「捕まった悪役は、敵の本拠地へ運ばれる」


 バンは、自分から入口を作った。


    ◇


 拘束車の中で、バンは一人ではなかった。


 両側の檻へ、十人以上の探索者がいる。


 胸の役札は空白。

 武器も技能も没収されていた。


「お前、有名な悪役だろ」


 一人が言う。


「サインは有料だ!」


「いらねえ。俺の《治療役》を返せ」


 男は戦闘中、隊長命令へ逆らって敵兵を治療した。

 台本にない行動として役を剥がされたという。


 隣の女性は《母親役》を拒否した。

 本人が産んだ子ではない孤児を守りたいと言ったため、理想の母親ではないと判定された。


「役を没収された者は、どこへ行く」


「英雄報酬庫」


 護送兵が嘲笑する。


「使える役は新人へ再配布。お前たちは背景へ落とす」


 バンは笑わなかった。


 昔の自分なら、悪役として全員の罰を引き受けようとした。

 だが今それをすれば、本人たちが拒否した理由まで消える。


「名前を教えろ」


「何のために」


「あとで俺の仲間が来る。交換に本名が要る」


「来る保証は」


「ない!」


「胸を張るな」


「でも来る。あいつは面倒なくらい人の名前を聞く!」


 一人ずつ名乗る。


 バンは役札の裏へ、爪で名前を刻んだ。


 護送車が英雄報酬庫へ到着する。


 巨大な倉庫。

 天井まで並ぶ棚。


 剣や宝石と一緒に、瓶へ入れられた役が保管されている。


 《勇者》

 《聖女》

 《愛される娘》

 《忠実な部下》


 人間が望んだ人生まで、所有物のように並んでいた。


 庫長がバンの《悪役》を鑑定する。


「非常に質が高い。汚名を受けるほど強化される」


「売るのか?」


「次期主役の宿敵へ与える。人気が出る」


「本人は」


「役へ適合すれば問題ない」


 バンは鎖を引きちぎろうとする。

 役封じの金具が光り、膝をつかされた。


「一人で暴れれば、同乗者を処分する」


 動けない。


 そのとき、棚の奥で赤い宝箱が運ばれてきた。


 黒い金具。

 不機嫌そうに震える蓋。


 バンは目を細める。


「零?」


 宝箱が、わずかに一回跳ねた。


「やっぱり来たか!」


 護送兵が振り返る。


「何を笑っている」


「悪役にはな、敵の本拠地で仲間と再会する場面があるんだよ!」


 そのころ倉庫の屋根では、ミオが通気口へ木桶を押し込んでいた。


「大きさが合わない」


「武器を置いてこいと言った」


「これは武器ではない」


 キューが無表情で判定する。


「現在までに、スライム一体、鎧一体を撃破。武器へ分類可能です」


 ミオは渋々、桶を背中へ結んだ。


「絶対なくさない」


「世界最強の剣より大事そうだな」


 俺は宝箱の中から言った。


「自分で勝った最初の武器だから」


 俺たちは同時に、英雄報酬庫へ侵入した。


    ◇


 英雄報酬庫へ運ばれる途中、護送車は一度だけ停車した。


 窓の外に、地上の街が見える。

 役を持つ人々が、決められた方向へ歩いていた。


 学生は学校へ。

 会社員は職場へ。

 母親役は子どもの手を引き、英雄役はカメラへ笑う。


「平和に見えるだろ」


 護送兵が言った。


「役を拒む奴がいなければ、迷う必要もない」


 檻の女性が窓を見る。


「私は、子どもを持たないと決めた」


「母親役へ適合した。社会に必要だ」


「私の身体は社会の小道具じゃない」


 護送兵は答えなかった。

 悪人ではない。

 役を守ることが善だと、本気で信じている。


 バンは自分の《悪役》札を見る。


「俺も、これが必要だと思ってた」


「今は?」


「まだ分からん。悪役を脱いだ俺に、何が残るか怖い」


 治療役を奪われた男が笑う。


「声が大きい」


「それは残る!」


「料理もできると言ってたな」


「煮込みだけだ!」


「十分だろ」


 役でなくても残るものを、一つずつ数える。


 バンは役札の裏へ、自分の名も刻んだ。


 《犬飼バン》

 《盾を持つ》

 《煮込みが得意》

 《怖くても、今度は置いていかない》


 最後の一行を彫る手が止まる。


「約束できるのか」


 女性が聞く。


「できん!」


「即答か」


「また怖くなるかもしれん。だから怖いと言う。勝手に帰らない。誰かに止めてもらう」


 完璧な英雄より、そちらの方が信用できると女性は言った。


 護送車が再び動く。


 英雄報酬庫の尖塔が見える。


 バンは檻の全員へ確認した。


「助けが来たら、何をしたい」


「役を返してほしい」


「返った後は」


「自分で使うか決める」


 一人ずつ答える。


 外からは、屋根を走る足音がした。


 ミオ。

 キュー。


 そして荷物として運び込まれた、不機嫌な赤い宝箱。


 バンは笑った。


「では全員、名前を忘れるな。あいつは役より先に、それを聞く」


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