第七話「俺が城門になる」
第七話 俺が城門になる
二つ目の廃棄舞台は、燃える城塞だった。
住民三百人。
出口は一つ。
城門は、すでに半分崩れている。
配役表にはこうあった。
《英雄――不在》
《避難民――三百名》
《城門――崩壊予定》
《終幕――百名の犠牲で閉門》
「また数を減らす台本か」
俺たちは住民を外へ逃がした。
最後尾へ魔物の群れが迫る。
城門が落ちれば、まだ中にいる七十四人が潰れる。
落ちなければ、魔物が外の町へ出る。
「零、交換するな」
ミオが先に言った。
「城門役なら時間を稼げる」
「崩壊予定も受ける」
「七十四人より安い」
「自分を値段で数えないで」
言葉が止まる。
妹を失ってから、俺はいつも計算した。
自分一人で済むなら安い。
それが《犠牲者役》と同じ考えだと、気づいてしまった。
「一人で城門にならなければいい!」
バンが壊れた扉を持ち上げる。
「俺が支える! ミオは魔物を止めろ! 零は一分だけ門になれ!」
一分。
俺は城門と役を交換した。
身体が石と鉄へ広がる。
両腕が塔になり、足が地中へ沈む。
《城門――鳴海零》
《崩壊まで 六十秒》
魔物の衝撃が全身へ響く。
閉じろ。
誰も通すな。
安全のため、外と内を分けろ。
城門の役残りが、人の顔を数字へ変えていく。
「残り三十人!」
レンガの隙間から、住民が走るのが見える。
「零、開けて!」
ミオの声。
俺は門を閉じかけた。
安全のためには、今閉じるべきだ。
七人くらいなら――。
「鳴海零!」
彼女が俺の石壁を木桶で叩いた。
「あなたは門じゃない! 閉じるかどうかを自分で決めて!」
名前が、役の中へ届く。
俺は歯の代わりに石を軋ませ、もう一度開いた。
最後の子どもが通る。
「全員!」
バンが叫ぶ。
俺は交換を解除した。
崩壊予定を引き継いだ元の城門が落ちる。
魔物の群れを内側へ閉じ込めた。
身体へ戻った瞬間、膝から崩れた。
ミオが受け止める。
「一分を超えたら?」
「門のままになったかも」
「先に言って」
「止めるだろ」
「当たり前」
彼女は怒っていた。
俺が助かったことに、怒れるほど安心していた。
避難した少女が、小さな石を俺へ渡す。
「門のお兄ちゃん、ありがとう」
「俺は門じゃない」
「じゃあ、零お兄ちゃん」
新しいクレジットが浮かぶ。
《鳴海零――最後まで門を開けた人》
城門役の残りが、少し薄くなった。
黒い扉が開く。
向こうから、凪の声が一瞬だけ聞こえた。
『お兄ちゃん。今度はちゃんと、誰かに支えてもらったね』
すぐ通信は切れた。
残る廃棄舞台は五つ。
◇
避難民は、城外の河原へ集まった。
台本では百人が死ぬ予定だったため、食料も毛布も二百人分しかない。
生き残った百人を、舞台は最初から数えていなかった。
「不足分を、誰へ我慢させる」
仮の代表者が困っていた。
老人。
子ども。
怪我人。
また犠牲者を選びそうになる。
「分ける量を先に決めない」
ミオが言った。
「寒さに弱い人へ毛布。食べられない人の分は別へ。明日の補給まで必要な量を聞く」
「全員同じでなくていいのか」
「同じ扱いと、同じ量は違う」
主役時代の彼女なら、全員へ一つずつ配る映像が作られただろう。
今はカメラがない。
目の前の人へ聞ける。
バンは鍋を作り、アオは火を弱める水係になった。
俺は城門役の残りで、じっと入口を見ていた。
閉じなければならない。
知らない者が近づくたび、身体が硬くなる。
夜、少女がテントへ入りたいと言った。
俺は反射的に腕を伸ばし、止めた。
「零」
ミオの声で我に返る。
少女は怯えていた。
「ごめん。名前は」
「メイ」
「中に家族が?」
「弟がいる」
通す。
城門役の衝動が、痛みになって胸へ残る。
「交換を解除したのに」
「長く演じた役ほど、身体へ残ります」
キューが診断する。
「完全に消す方法は?」
「本人の名前と、役ではない行動を繰り返すこと」
ミオが俺の前へ座った。
「鳴海零。今日は何をした?」
「門になった」
「それ以外」
「子どもを通した」
「鍋を何杯食べた」
「二杯」
「私より一杯多い」
「競争じゃない」
「好きな人は?」
「確認の幅が広い」
「答えられないなら、役残りが強い」
「理屈が雑だ」
俺が言い返すたび、石のような感覚が薄くなる。
ミオは自分の指先を見た。
「私にも主役の残りがある」
「何が」
「誰かが困ると、自分が一番先に答えないと不安になる。今も、食料の分け方を私が決めた」
「役だった?」
「分からない」
「本人へ聞けばいい」
代表者を呼び、やり方を押しつけていなかったか確認する。
「助かった。でも次は、一緒に決めたい」
その返事に、ミオは頷いた。
役を捨てれば自由になるわけではない。
役で覚えた癖を、一つずつ見直す必要がある。
翌朝、避難民たちは自分たちで担当を決めた。
料理。
見張り。
子どもの世話。
固定ではなく、昼に交代する表を作る。
城の舞台は終了した。
黒い扉が開き、白い冷気が流れ込む。
向こうに礼拝堂。
床へ並ぶ二百人の患者。
中央で、十二歳の少女が一人、治癒の光を出し続けていた。
《廃棄舞台三・最後の聖女》
少女の残り時間は、四十分だった。
◇
礼拝堂へ入ると、最初に甘い匂いがした。
花ではない。
治癒魔法で焼けた空気の匂い。
二百人の患者は、怪我や病気を《役》として与えられていた。
《治される兵士》
《奇跡を証明する盲人》
《聖女を泣かせる子ども》
全員が、少女の物語を美しくするために苦しんでいる。
「患者本人の病気じゃないのか」
キューが首を振る。
「一部は舞台による演出です。ただし公演終了までに治癒しなければ、本物の傷として固定されます」
十二歳の聖女リリは、一人を治すたび笑顔を作る。
観客席から拍手が鳴る。
「痛くない?」
ミオが聞く。
「聖女は笑います」
「理々花は?」
少女の顔が一瞬崩れた。
「……痛い」
指先の透けた部分を隠す。
俺たちはまず患者を数え直した。
舞台の表示は二百人。
実際は二百三人。
背景にされた三人は、治療対象へ入っていない。
「この人たちから」
理々花が言う。
「台本と違う」
「だから」
少女は初めて観客席に背を向け、名前のない患者へ光を使った。
拍手が止まる。
聖女役へ亀裂が入った。
俺はその瞬間を逃さず、交換を申請した。
消える役は、一人だけで十分だった。




