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「お前は犠牲者役だ」と捨てられた俺、ラスボスと配役を交換する ~役なし《代役》は、世界最強ヒロインと台本どおりに死なない~  作者: michael


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第六話「元主役、スライムに負ける」

第六話 元主役、スライムに負ける


 舞台裏から凪の拠点へ行くには、七つの廃棄舞台を越える必要があった。


 最初は《初心者草原》。


 敵は一匹の青いスライム。


「私が倒す」


 ミオが剣を抜いた。


 三秒後、顔から地面へ落ちた。


 スライムが足首へ張りつき、見事に転ばせたのだ。


「世界最強」


 俺が言う。


「過去形にしないで」


 もう一度踏み込み、剣を振る。

 速い。技術は本物だ。


 だが剣先が数センチずれる。


 以前は《スポットライト》が、観客の期待どおりに軌道を補正していた。

 攻撃も回避も、本人が意識する前に最適化された。


「私、こんなに下手だった?」


「主役役が上手すぎた」


 ミオは唇を噛んだ。


 配信カメラはない。

 誰も期待していない。

 失敗しても切り抜かれない。


 それでも彼女は立った。


「もう一回」


 十七回負けた。


 十八回目。

 ミオは剣を使わず、スライムの動きを待った。


 飛びつく直前、横へ一歩。

 空振りした身体を桶で受け、そのまま地面へ伏せる。


 《初心者スライム 敗北》


「勝った」


「桶でな」


「私が選んだ武器」


 嬉しそうなので否定しなかった。


 草原の出口へ、巨大な鎧が現れる。


 《チュートリアルボス》

 《初心者に敗北する義務》


 ただし俺たちは、システム上《逃亡者》で初心者ではない。

 敗北義務が発動せず、鎧の能力だけが残る。


 バンの盾が一撃で割れた。


「初心者向けの威力じゃねえ!」


「初心者には負けるから、攻撃力を上げ放題なんだ」


 俺は足元のスライムを見る。


 役は《最初に倒される敵》。


「交換」


 俺がその役を受け、スライムへ《代役》を渡す。


 俺の頭上に《最初に倒される敵》。

 鎧の頭上に《初心者に敗北するボス》。


 そしてスライムは、一時的に俺の技能を持つ。


「お前が交換しろ」


 意味が通じたのか、青い身体が震えた。


 スライムは自分の《代役》と、鎧の《ボス》を交換する。


 《チュートリアルボス――初心者スライム》


 初心者が、初心者用ボスになった。


 鎧は《代役》へ落ち、補正を失う。


 ミオが桶で兜を叩いた。


 鎧は一撃で崩れた。


「桶、強い」


「お前が強くなったんだ」


 ミオは少し考え、桶を腰へ下げた。


「持っていく」


 世界最強の装備欄へ、《初心者用木桶》が追加された。


 草原を出る直前、スライムがついてきた。


 キューが首を振る。


「小道具の持ち出しは禁止です」


 ミオがスライムを抱える。


「この子、自分で役を交換した。出演者でしょう」


 表示が迷った末、名前を求めた。


「名前は?」


 スライムが、ぽよんと鳴く。


「ポチ」


 俺が言うと、全員に止められた。


 結局、ミオが《アオ》と名づけた。


 《新規出演者――アオ》


 名前を得たスライムは、舞台裏への扉を自分でくぐった。


    ◇


 初心者草原の出口には、小さな休憩所があった。


 木のベンチ。

 壊れた給水器。

 壁には、歴代初心者の成績表。


 ミオの名前は最上段にある。


 《天城ミオ・初回攻略 二秒一四》


「当時は何をした」


「主役補正で、剣を抜く前にスライムが負けた」


「戦ってない」


「映像では格好よく編集された」


 今の記録が、その下へ追加される。


 《天城ミオ・再挑戦 二時間十一分》

 《敗北十七回》

 《使用武器――木桶》


「消せない?」


「真実です」


 キューが答える。


 ミオはしばらく見上げ、端末で自分から撮影した。


「保存するのか」


「二秒の映像より、こっちの方が私が戦った感じがする」


 撮影した直後、元の配信運営から削除要請が届いた。


 《ブランド価値を著しく毀損する映像です》

 《初心者向け攻略情報として誤解を招きます》

 《過去記録との整合性が取れません》


「過去記録の方を直せばいい」


 ミオは二秒一四の公式動画を開いた。


 華麗な踏み込み。

 剣閃。

 スライムが爆発。


 実際には、主役補正が戦闘開始前から敵の敗北条件を成立させていた。

 剣は触れていない。


 動画の下には、《努力で世界最速》《才能とは諦めないこと》という字幕がついている。


「私、努力した記憶がない」


「主役としての訓練はしただろ」


「した。でもこの二秒は、私の努力で勝った映像じゃない」


 バンが画面を覗く。


「格好いいからいいだろ!」


「あなたの悪役映像も、格好よければ嘘でいい?」


「よくない!」


「同じ」


 ミオは再挑戦の全映像を公開した。


 転倒一回目。

 二回目。

 五回目には、スライムへ「少し待って」と頼んでいる。

 十二回目は怒って地面を斬り、反動で自分の額へ土を飛ばした。

 十七回目、木桶を使う発想へたどり着く。


 編集は、休憩と個人情報の部分を切っただけ。

 格好いい音楽もない。


 投稿直後、登録者がさらに二十万人減った。


《見たくなかった》

《最強じゃないなら価値ない》

《負けすぎ》


 ミオは数字を見たまま動かない。


「消す?」


 俺が聞く。


「消したくない」


「怖い?」


「すごく」


 それでも端末を伏せなかった。


 十分後、別の反応が増え始める。


《剣を使わない発想、参考になった》

《失敗しても次へ行っていいんだ》

《うちの子が十八回目を応援してる》


 短い動画通話が一件届いた。

 病室の子どもだった。


『ミオさんでも失敗する?』


「します」


『失敗したら、主役じゃなくなる?』


 以前のミオなら、安心させる正解を探しただろう。


「主役かどうかは分かりません。でも、失敗した後も私です」


『またやってもいい?』


「休んでからなら」


 通話が切れる。


 ミオは成績表の《敗北十七回》を指でなぞった。


「視聴者が減った」


「うん」


「でも、今の一人には届いた」


「うん」


「配信って、人数以外にも使えるのかもしれない」


 主役補正では、注目の量が力になった。

 今は、誰へ何が届いたかを自分で選び直している。


 ミオは自分の動画へ、最初の固定コメントを書いた。


 《これは最速攻略ではありません。失敗して、休んで、別の方法を試した記録です》


 アオが足元で跳ねる。


 新規出演者になったものの、役はまだない。


 配役表が候補を出す。


 《愛玩動物》

 《マスコット》

 《最初に倒される敵》


 どれも俺たちから見た呼び方だ。


「本人へ選ばせると言っても、言葉が通じない」


 バンが顎を撫でる。


 ミオは三枚の札を地面へ置いた。


「嫌なものから離れるかも」


 アオは《最初に倒される敵》へ酸を吐いた。

 札が溶ける。


 《愛玩動物》へは近づかない。

 《マスコット》の上で眠った。


「選んだ?」


「寝床にしただけだろ」


 起きたアオは札を身体へ貼らず、ミオの木桶へ入った。


 表示が迷う。


 《同行者――アオ》


「これなら役じゃなく関係だ」


 俺が言うと、キューが記録する。


「前例なし。新規分類を追加」


 俺たちが一つ選ぶたび、システムに今までなかった欄が増える。


 休憩中、ミオは剣を振り始めた。


 素振り一回目で肩が流れる。

 二回目は足が遅れる。


 バンが後ろから見ていた。


「踏み込みが主役補正前提だ。敵が避けない軌道になってる」


「直せる?」


「俺は盾だぞ」


「攻撃を一番見てきた」


 バンは照れたように鼻を鳴らし、足の位置を直した。


「世界最強へ教える日が来るとはな!」


「元をつけたら斬る」


「主役補正なしで?」


「木桶で」


 二人の訓練が始まる。


 俺は奏太の工具箱で給水器を直した。

 キューが内部へ入り、錆びた弁を押す。


「端末へ水分は不要です」


「休憩所を次の人も使える」


「廃棄舞台へ次の人は来ません」


「俺たちが来た」


 水が出る。


 キューは小さな両手で一滴受け、珍しそうに見た。


「命令にない修理です」


「嫌ならやめていい」


「嫌という処理はありません」


「では、続けたい?」


 しばらく返事がない。


「……弁の状態を、もう少し確認します」


 それを希望と呼ぶには、まだ本人が認めないだろう。


 草原の空が夕焼けへ変わる。


 出口の向こうへ、次の舞台が映った。


 燃える城。

 逃げる住民。

 崩れかけた巨大な門。


 《廃棄舞台二・無名城塞》

 《終幕――百名の犠牲により閉門》


 ミオは新しい構えで剣を握る。


「今度は何回負ける?」


「一回も負けない、とは言わない」


「成長した」


「でも全員で帰る」


 俺たちは燃える舞台へ入った。



    ◇


 燃える城へ入った瞬間、ミオは反射的に配信端末を起動した。


 画面には《契約停止中》の表示。

 それでも個人回線は生きている。


「救助情報だけ流す。戦闘は映さない」


 視聴者は以前の十分の一まで減っていた。


《桶の人だ》

《スライム連れてる》

《主役に戻らないの?》


 ミオは質問へ答えず、避難経路と必要物資を読み上げる。


「北門は閉鎖。南の河原へ。負傷者を運べる人は連絡してください」


 格好いい決め台詞はない。

 視聴数も伸びない。


 それでも画面の向こうから、三人の協力者が現れた。


 元兵士。

 料理人。

 地図を読める郵便配達員。


 全員、主役ではない。


「配信って、こういう使い方もあるんだ」


 ミオが呟く。


「今までは?」


「私が勝つところを見せる場所」


「今日は」


「助けてくれる人を探す場所」


 彼女はカメラを自分ではなく、避難案内板へ向けた。


 視聴者は少なくても、必要な人へ届けばいい。


 城の鐘が鳴る。


 《城門崩壊まで 十分》


 俺たちは配信で集まった三人と役割を相談し、住民の最後尾へ走った。


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