第五話「チーム名は《アドリブ》」
第五話 チーム名は《アドリブ》
新人オーディション迷宮は、参加者へ役を売る場所だった。
主役候補、一億円。
天才剣士役、三千万円。
人気ヒロイン役、五千万円。
背景役、無料。
「世知辛い!」
バンが料金表へ叫ぶ。
受付嬢は笑顔を崩さない。
「役は投資です。強い役ほど、攻略報酬も増えます」
「役なしで入る」
俺が申請書を出す。
「規定にありません」
「禁止とも書いてない」
「審査します」
十分後、俺たちは最低評価の《落選者枠》へ入れられた。
観客席にはスポンサーと配信者。
舞台中央には、役を買った新人たち。
審査内容は、巨大な鏡の魔物を倒すこと。
《主役候補は最後の一撃を担当》
《剣士役は敵を弱らせる》
《ヒロイン役は主役を応援する》
《落選者は舞台装置を運ぶ》
俺たちへ渡されたのは、重さ百キロの背景パネルだった。
「持てるか?」
「軽い!」
バンが一人で担ぐ。
「重い物は三人で持つ」
ミオも端を持つ。
俺も入った。
「非効率では?」
「一人だけ雑用役へ固定しない練習」
開演。
主役候補が派手な剣を振るう。
鏡の魔物は、攻撃を反射した。
剣士役が倒れる。
ヒロイン役は台本に縛られ、応援しかできない。
「がんばってください!」
「回復しろ!」
「役にありません!」
鏡が観客席へ光線を向けた。
避難指示は出ない。
主役が勝つ台本だからだ。
「舞台装置を置くぞ」
俺たちは背景パネルを盾にする。
光が反射し、鏡の魔物自身へ当たった。
体力が半分になる。
審査員が慌てた。
「落選者は攻撃禁止です!」
「攻撃してない。運んだだけだ」
魔物が第二形態へ変わる。
《鏡役――真実を映す者》
鏡面へ、参加者の本音が映った。
主役候補は、怖くて逃げたい。
ヒロイン役は、自分で戦いたい。
剣士役は、治療してほしい。
台本と本人の願いが違う。
「役を降りろ!」
ミオが叫ぶ。
「補正がなくなる!」
「なくても、やりたいことは残る!」
最初にヒロイン役の少女が札を破った。
応援しかできなかった手で、倒れた剣士へ回復薬を使う。
剣士も役を降り、観客を避難させる。
主役候補だけが残った。
「俺は一億払ったんだ!」
最後の一撃を入れなければ、投資が無駄になる。
鏡の魔物は、その執着を映して巨大化した。
俺の胸へ《舞台装置役》が浮かぶ。
「交換する」
鏡の本名は、審査資料に書かれていた。
「反照獣ミラ。お前の《真実を映す者》と、俺の舞台装置を交換」
俺の身体が鏡になる。
ミラは背景パネルへ変わった。
バンが即座に担ぎ上げる。
「舞台装置は運ぶんだったな!」
そのまま場外へ投げた。
落下判定。
審査終了。
俺は鏡のまま、観客全員の本音を映してしまった。
スポンサーは経費をごまかしていた。
審査員は主役候補の親から金を受け取っていた。
受付嬢は今日で辞めたかった。
配信は史上最高の視聴数になった。
審査画面へ最後の入力欄が現れる。
《正式チーム名を登録してください》
「《悪役と愉快な逃亡者たち》!」
バンが即答した。
「嫌」
ミオも即答した。
「では《世界最強と二人の部下》」
「主役へ戻りたいのか」
「冗談」
「顔が本気だったぞ」
候補欄が勝手に、世間で呼ばれている名称を並べる。
《反主役同盟》
《零一味》
《追放者連合》
《新生ノー・ロール》
「どれも、他人から見た呼び方」
ミオが消していく。
「台本なしで戦ったんだから、アドリブでいい」
「準備不足みたいだ」
「準備はする。でも途中で変える」
バンが腕を組む。
「格好よさが足りん!」
「お前の案よりいい」
「では《超絶アドリブ》」
「余計なものをつけるな」
チーム名は《アドリブ》に決まった。
次に代表者を一人登録するよう求められる。
「零」
ミオとバンの声が重なった。
「俺へ固定するな」
「では私」
「主役へ固定するな」
「俺!」
「悪役へ固定するな」
「誰も残らん!」
審査システムは代表なしを受理しない。
キューが画面の裏へ回り、入力形式を調べた。
「代表者ではなく、《連絡を最初に受ける者》と定義すれば交代可能です」
勤務表のように、時間帯ごとの名前を入れる。
午前は俺。
午後はミオ。
夜間はバン。
「なぜ俺が夜だ!」
「声が大きく、寝ていても分かる」
「合理的で腹が立つ!」
さらに、正式登録にはチーム規約が必要だった。
既定の雛形には、こうある。
《代表者の命令へ絶対服従》
《役の配分は成績順》
《脱退には全員の承認が必要》
「全部消す」
俺たちは、鏡の舞台から剥がれた背景パネルの裏へ新しい規則を書いた。
一、役より本人の名前を先に呼ぶ。
二、危険な仕事は時間を決め、交代を確認する。
三、「嫌だ」「分からない」「助けて」を違反にしない。
四、離れたい者を、裏切り者役へしない。
五、報酬は経費を引いた後、仕事と本人の希望を確認して分ける。
「五番が曖昧だ」
バンが言う。
「均等でいいだろ」
「均等だと、装備を壊した者だけ損する」
「俺の盾は毎回壊れるぞ!」
「故意でなければチーム経費」
「採用!」
ミオが六番を加えた。
六、誰かが役残りを指摘したら、怒る前に一度確認する。
「俺を見て書いた?」
「全員」
「お前も含む?」
「もちろん」
最後に、署名欄が三つ出る。
俺は《代役》ではなく、鳴海零。
ミオは《元主役》ではなく、天城ミオ。
バンは少し迷い、《悪役》を消して犬飼バンと書いた。
「まだ役は持ってるけどな」
「名前が先でいい」
三人の署名へ、キューが小さな指を近づける。
「端末はチーム員へ登録できません」
「同行者欄は」
「あります」
「本人は同行したい?」
キューは処理に困ったように停止した。
「命令があれば」
「命令ではなく」
長い沈黙の後、黒い作業着の胸を押さえる。
「舞台裏通行権の安全確認を、最後まで実施したいです」
「では一緒に行く」
同行者欄へ《進行補助端末Q》が入る。
足元のアオも跳ねたが、その時点ではまだ名前がないため、《青いスライム一体》と仮登録された。
規約を読み終えた審査システムが、しばらく固まった。
《標準様式との不一致を確認》
《勝利確率を算定できません》
《脱退による編成崩壊の可能性があります》
「全部分かってる」
俺が承認する。
《新規様式として保存》
《チーム・アドリブ 合格》
《特典――舞台裏通行権》
黒い扉が開く。
キューが向こうで待っていた。
「正式な出演者登録を確認」
「凪はどこだ」
「その前に、届け物があります」
渡されたのは、古い弁当箱だった。
三年前、凪が消えた日に持っていた物。
蓋の裏へ、新しい文字が刻まれている。
《お兄ちゃんへ》
《私一人だけを連れ帰る出口なら、いりません》
《百二十七人分を持ってきて》
黒い通路の奥で、何人もの足音がした。
その先に妹がいる。
俺たちは、舞台裏へ入った。
◇
鏡の舞台が終わると、落選者用の控室が開いた。
中には四十三人いた。
誰も怪我をしていない。
代わりに、胸の役札が白紙になっていた。
「適合役なしと判断された新人です」
受付嬢が震える声で説明する。
「舞台裏へ送られ、存在記録を処分される予定でした」
彼女自身も辞表を握っていた。
「知っていた?」
「昨日まで、別の施設へ移籍すると聞かされていました。今日、鏡に本音が映って……私も、見ないふりをしていたと」
運営責任者は逃げた。
スポンサーの不正送金記録は、奏太の工具箱にあった端子で回収できた。
ミオは四十三人を配信へ並べなかった。
本人の同意を一人ずつ確認する。
顔を出したい者。
声だけの者。
記録を残したくない者。
全員同じ救われ方を望んでいるわけではない。
「役が見つからなかっただけで、何もできないわけではありません」
元ヒロイン候補の少女は、救護班へ入りたいと言った。
剣士候補の青年は、迷宮を辞めて家業を継ぐ。
白紙のまま考えたい者もいた。
俺たちは、役を与えなかった。
連絡先と、選べる支援だけを渡した。
黒い扉の前へ戻る。
キューが注意事項を読む。
「舞台裏では、役名より本名を優先してください。名前を忘れた場合、本人の記憶を確認。勝手に仮名を固定しないこと」
「役残りが強くなったら?」
「互いに本人確認を」
ミオが俺を見る。
「好きな食べ物」
「焦げた卵焼き」
「更新して」
「今は、バンの鍋も入る」
遠くでバンが泣いた。
「俺は?」
ミオへ聞く。
「昆布おにぎり。鮭も。じゃがいも。選びきれないものが増えた」
「正常だ」
「零の好きなところは?」
「確認項目に必要か?」
「役残り対策」
「まだ分からない」
「不合格」
扉を開ける。
黒い扉をくぐると、最初に《配役検査室》へ通された。
三つの椅子がある。
俺が座ると、《犠牲者適性九八%》。
ミオは《主役適性一〇〇%》。
バンは《悪役適性九九%》。
今までと同じ数字だった。
「拒否」
三人で同時に押す。
機械は別候補を出した。
俺は《裏切られる友人》。
ミオは《悲劇のヒロイン》。
バンは《改心して死ぬ敵》。
「俺だけ最後まで悪役じゃねえか!」
「拒否」
十回繰り返す。
ついに表示が止まった。
《適切な役が見つかりません》
《役なしでの生存は保証されません》
「保証されないのは、最初から同じ」
ミオが立つ。
検査室の隅に、キュー用の椅子はなかった。
「端末は検査対象外です」
そう言う彼女の足元へ、アオが跳ねる。
スライムにも椅子はない。
ミオは床へしゃがんだ。
「私たちと同じ。空欄で行こう」
アオが一度跳ねる。
キューは何も言わず、自分の名札を少しだけ見える位置へ直した。
検査室の奥に、七つの扉が現れる。
凪の弁当箱が、最初の扉へ反応した。
向こうは黒い通路ではなく、青空の下の草原だった。
看板が立っている。
《廃棄舞台一・初心者草原》
《通過条件――最初の敵を倒す》
足元へ、手のひらサイズの青いスライムが跳ねてきた。
世界最強だったミオが剣を抜く。
「三秒で終わらせる」
三秒後、彼女は顔から地面へ落ちた。




