第四話「悪役は、土下座しない」
第四話 悪役は、土下座しない
三人目は、向こうから壁を壊してきた。
廃倉庫のシャッターが吹き飛ぶ。
「鳴海零ぉ! 予約した一発、受け取りに来たぞ!」
犬飼バン。
二メートル近い巨体。
黒い大盾。
固定役《悪役》。
俺が拳を構えると、バンは盾を捨てた。
「殴れ!」
「先に説明しろ」
「殴ってからでいい!」
「順番を決めるのは俺だ」
腹へ一発入れた。
バンは床を三回転し、親指を立てる。
「いい拳だ!」
「気持ち悪い」
ミオが率直に言った。
バンは《ファイナル・キャスト》を辞めてきた。
処刑劇場の未編集映像も持っている。
カイトが零を犠牲者へ固定した記録。
自分が反対しながら、最後には従った記録。
「これを公開する」
「お前も炎上するぞ」
「俺は悪役だ。嫌われるのは業務内容だ」
「本音は」
「普通に怖い」
即答だった。
「でも、反対したことを免罪符にしてえ方が、もっと怖い。俺はお前を置いて帰ろうとした。それは役じゃなく、俺の選択だ」
土下座はしなかった。
許せとも言わなかった。
ただ記録を差し出した。
「チームへ入れろ。舞台裏まで盾を持つ」
「信用できない」
「正しい!」
「そこで喜ぶな」
倉庫の外から、武装部隊の足音が聞こえた。
カイトは早い。
バンが未編集映像を全世界へ送信する。
同時視聴者、三千万人。
映像の中で、バンは叫んでいた。
『全員で戻る方法を探せ!』
『制限時間は四十秒だ』
『だからって零を――』
『決定だ』
最後に映るのは、バンが歯を食いしばり、帰還門へ足を向ける姿。
コメントは彼を擁護しなかった。
《結局置いていった》
《口だけ》
《最低》
バンの胸へ黒い光が集まる。
固有技能《汚名代行》。
仲間が受ける敵意と罰を、自分の役へ移す能力。
俺とミオへ向いていた非難まで、彼が引き受け始めた。
「やめろ」
「俺の役だ」
「好きか、その役」
バンの笑顔が止まる。
「……大嫌いだよ」
武装部隊が突入した。
バンは大盾を拾う。
「でも俺が降りたら、誰かが着せられると思ってた!」
盾が床へ刺さる。
追跡役の攻撃が、全部バンへ吸い寄せられた。
ミオは補正なしの剣で、銃だけを切り落とす。
俺はバンの役札へ触れた。
「一幕だけ交換する」
「悪役を着るな!」
「お前が全部持つ必要はない」
《悪役》と、俺に与えられた《逃亡者》を交換。
追跡部隊の攻撃が今度は俺へ向く。
代わりにバンは、逃げ道を必ず見つける補正を得た。
「右の床だ!」
バンが盾で床を割る。
地下水路。
三人で飛び込む。
追跡役は悪役を倒す義務があるため、俺だけを追う。
ミオとバンが左右から足を払った。
「役なし二人に負ける気分は?」
ミオが尋ねる。
部隊長は答える前に気絶した。
水路の出口で、バンが右手を出す。
「仲間になれとは言わん。仮契約でいい」
「試用期間は一公演」
「給料は?」
「ない」
「ブラック!」
「嫌なら帰れ」
「入る!」
ミオがその手へ自分の手を重ねた。
「私は天城ミオ。役なし」
俺も重ねる。
「鳴海零。代役」
「犬飼バン。悪役――は、今日から辞め方を探す!」
三人目が決まった。
明日の新人オーディション迷宮へ、出場資格が表示される。
《未登録チーム》
《チーム名を入力してください》
バンが叫ぶ。
「最強無敵超絶――」
「却下」
ミオが言った。
「《アドリブ》」
俺は頷く。
その名前が登録された瞬間、舞台裏のどこかで、凪の笑い声がした気がした。
◇
登録された《アドリブ》のチーム情報には、空欄が多かった。
代表者。
主役。
指揮官。
固定隊形。
「全部、決めなくていい」
ミオが言う。
「代表は必要だろ」
「手続き担当と、戦闘指揮と、会計を分ければいい」
バンが胸を張る。
「会計は俺に任せろ!」
「却下」
「なぜだ!」
「さっき自販機で釣りを取り忘れた」
「細かい!」
結局、登録上の代表は俺。
配信と外部交渉はミオ。
防御と炊事はバン。
機械協力者として奏太の名前も、本人と母親の同意つきで記録した。
キューは登録できなかった。
《端末は構成員ではありません》
「本人はどう思う」
俺が聞くと、キューはヘッドセットを直す。
「質問の意味を処理できません」
「入りたいか、入りたくないか」
「端末に希望はありません」
答えが早すぎた。
ミオが仮の名札を作る。
《舞台裏案内――キュー》
「正式登録まで、これ」
「不要です」
受け取りながら言った。
夜は倉庫で、バンが鍋を作った。
盾より大きな寸胴へ、肉と野菜を放り込む。
「特技に料理と書いたのは本当だったのか」
「悪役は宴会場面が多い。煮込みだけは上達した!」
味は濃かったが、うまい。
ミオは一口ごとに考える。
「これは好き」
「何が?」
「じゃがいも」
「肉は!」
「普通」
バンが本気で落ち込む。
俺たちが笑った瞬間、俺の端末だけが鳴った。
カイトからの非公開通信。
『明日のオーディション迷宮へ行くな』
「理由は」
『あそこは新人を選ぶ場所ではない。役へ適合しない人間を舞台裏へ捨てる選別施設だ』
「知っていて運用していた?」
『半年前に疑い、証拠を集めている途中だった』
「なら公開しろ」
『今公開すれば、運営側が記録を消す。お前たちが入れば、証拠ごと舞台を壊す可能性が高い』
「助けられる人は」
沈黙。
『推定四十三名』
「それを先に言え」
『零。俺はお前を止める』
「俺も、お前が一人を選ぶたび止める」
通信を切る。
ミオとバンは、内容を聞かなくても俺の顔で分かったらしい。
「四十三人?」
ミオが尋ねる。
「ああ」
「なら行く」
バンが鍋の蓋を盾のように持つ。
「朝飯を食ってからな!」
チーム《アドリブ》の最初の公演は、救助予定四十三名、成功率不明で始まることになった。
◇
翌朝、俺たちは初めて同じテーブルで作戦会議をした。
バンはホワイトボードの中央へ大きく書く。
《全員生還》
「目標はこれだ!」
「方法ではない」
「気持ちは大事だろ!」
ミオがその下へ三つ書き足す。
《役を勝手に決めない》
《危険を隠さない》
《退きたい時は言う》
「零も守って」
「俺だけ名指し?」
「一番破りそう」
バンとキューまで頷く。
俺は四つ目を追加した。
《役残りが出たら名前を呼ぶ》
本人確認の質問も決める。
好きな食べ物。
今したいこと。
嫌なこと。
答えは毎回変わっていい。
「合言葉は?」
バンが聞く。
「必要ない」
「チームらしくない!」
「固定したら敵に知られる」
「実用理由で潰すな!」
結局、危険時には互いの本名を呼ぶことだけ決めた。
オーディション迷宮の搬入口には、役札の自動販売機が並んでいた。
俺たちは一枚も買わず、チーム登録証だけをかざす。
機械が何度も警告する。
《主役が未設定です》
《公演品質を保証できません》
「保証なしで入る」
扉は不満そうな音を立て、それでも開いた。
チーム《アドリブ》は、全員が役を空欄にしたまま最初の舞台へ進んだ。




