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「お前は犠牲者役だ」と捨てられた俺、ラスボスと配役を交換する ~役なし《代役》は、世界最強ヒロインと台本どおりに死なない~  作者: michael


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第二十八話「名前のない舞台監督」

第二十八話 名前のない舞台監督


「犠牲者役を消すには、台本の管理権限が必要です」


 キューが舞台の端で言った。


「演出家でも足りないのか」


「演出家は、用意された結末を選ぶ役。舞台そのものを作った者ではありません」


「誰なら変えられる」


 キューは答えなかった。


 ディレクターが代わりに告げる。


『進行補助端末Qは、回答権限を持ちません』


 彼女の口が閉じる。

 身体が透明になる。


 配役表には、今も《非出演》とある。


 舞台裏を直した。

 俺たちを逃がした。

 削除された名前を守った。


 それでも出演者ではない。

 名前もない。


「キュー。お前は何をしたい」


 口は動かない。


 俺たちは彼女から視線を外した。


 誰にも見られていない間だけ、キューは動ける。


 床へ工具を落とす。

 金属音で、短い符号を送る。


 長、短、短。

 短、長。


 凪が読み取った。


「《舞台監督》」


 最終配役表にない役だ。


 演出家が物語を決める。

 舞台監督は、照明、幕、装置、安全を管理する。


 表には出ない。

 だが公演全体を止める権限を持つ。


「キューが、その仕事をしてた」


 ミオが言う。


『端末は仕事をしません。命令を実行します』


 ディレクターが否定する。


「命令にないこともした」


 俺たちを助けた。

 ガムテープで最終稿へエラーを作った。

 名前のない人を記録した。


『異常動作です』


「本人の選択だ」


 俺はカイトの剣を抜く。


 最終舞台への鍵。

 刃ではなく、脚本へ文字を書くペンへ変わる。


「演出家権限では、新しい役を作れない」


 カイトが言う。


「でも、空欄へ名前を入れることはできる」


 配役表の最後。


 《名前なし――進行補助端末Q》


 俺は《名前なし》を消した。


 代わりに書く。


 《舞台監督――キュー》


 文字が拒絶する。


 《正式名称ではありません》


「本人が選んだ名前だ」


 見ていないふりをしたまま聞く。


「違うなら、一回。合ってるなら二回鳴らせ」


 工具音が二回。


「証人は」


 ミオ、凪、バン、カイトが手を挙げる。


 観客席からも、佐伯奏太、三枝千春、相沢咲、瀬名るか。

 名前を取り戻した人々が続く。


「私たちは、この人をキューと知っています」


 八十億の画面へ、初めて彼女の仕事が映る。


 壊れた扉を直す背中。

 誰もいない舞台で床を掃く姿。

 出演者が帰った後、落ちた名札を拾う小さな手。


 キューの輪郭へ色がつく。


 黒い作業着。

 黄色いヘッドセット。

 工具で傷だらけの指。


 彼女は消えなかった。


 見られても、動ける。


「進行補助端末Q」


 自分の口で言う。


「個体名、キュー」


 ヘッドセットを外す。


「職務、舞台監督」


 配役表が受理した。


 《新規クレジットを登録》

 《舞台監督――キュー》


 劇場中の照明が一斉に点く。


 キューが指を鳴らす。


 凪を拘束していた光が消えた。

 バンの悪役鎧が外れる。

 ミオの聖剣が舞台袖へ収納される。

 俺の足元にあった敵役の炎も止まる。


「公演を一時停止します」


『許可しません』


 ディレクターの声が初めて乱れる。


「安全上の重大な問題を確認しました」


「何だ?」


 バンが聞く。


 キューは胸を張った。


「出演者を殺す舞台装置です」


「重大だな!」


「はい。全停止します」


 世界崩壊の時計まで止まった。


 残り、二十九分五十九秒。


 完全停止ではない。

 キューの身体が少しずつ光へ変わる。


「一人で持ってるのか」


「舞台監督権限は、現在私一名へ集中しています」


「分ける方法は」


「あります」


 彼女は観客席を見た。


「全員を、観客ではなく出演者として登録することです」


 観客は安全な席から結末を見る。

 出演者になれば、世界の矛盾も、選択の失敗も、少しずつ引き受ける。


『八十億人が同意する確率は、〇%に近似します』


 ディレクターが告げる。


「全員でなくていい」


 キューが答えた。


「舞台を支えられる人数へ届けば、犠牲者役を分割できます」


「何人」


 表示が出る。


 《必要出演者数 一億人》

 《一人あたり負担時間 三十秒》


 世界中の観客席へ、二つの選択肢が現れた。


 《観客のまま結末を見る》

 《出演者として、三十秒だけ舞台を支える》


    ◇


 一億人募集の表示が出ると、世界中で誤情報が広がった。


 《参加すると寿命が十年減る》

 《政府が強制登録する》

 《参加者だけ新世界へ行ける》


 どれも嘘だった。


 キューは公式説明を作る。


「分かっている危険」


 短時間の身体負荷。

 役の一部を一時的に共有する可能性。

 記憶や予定への軽微な変動。


「分からない危険」


 個人差。

 世界崩壊時の影響。

 ディレクターが最後に何をするか。


「参加しない権利」


 不利益なし。

 名前の公開なし。

 途中撤回は、三十秒開始前まで可能。


「参加しない人を責めない」


 最後に大きく表示する。


 ミオの元運営会社から連絡が来た。


『宣伝映像を作れます。感動的な音楽と、あなたの呼びかけで参加率を――』


「作りません」


『一億人が必要です』


「私が泣けば増えるでしょう。でも私に選ばされた人数になる」


 彼女はカメラの前へ立たず、説明資料だけを共有する。


 バンにも、悪役らしく不参加者を煽る案が届く。


「断る!」


『あなたの大声は有効です』


「今日は静かに決めさせろ!」


 声が大きい。


 凪は子ども向けの説明会を開いた。


「未成年は参加できる?」


 質問が来る。


「保護者が決める?」


「本人と保護者、両方の同意。どちらかが嫌なら参加しない」


「世界を助けたくても?」


「助けたい気持ちは、参加以外にも使える。水を用意する。参加する家族のそばにいる。終わった後、話を聞く」


 出演者だけが偉い物語にしない。


 カイトは、固定役を望む人々と話していた。


「役のある世界を完全に消すのですか」


「候補として残す案を作る」


「自由は不安です」


「役を選ぶ自由も残す。ただし、降りる権利を失わせない」


 反対派の意見まで最終案へ入れる。


 参加希望は三千万人。


 同時に、《自主参加命令》という矛盾した通達が各地で出始めた。


 企業が従業員へ参加画面の提出を求める。

 学校がクラスごとの参加率を掲示する。

 自治体が《世界救済協力家庭》の認定証を作る。


「全部止めろ」


 カイトが監査回線へ指示する。


「参加を評価へ使った組織は、認定対象から外す。参加率の公表も禁止」


『ですが人数を集めるには有効です』


「命令で集めた一億人なら、最終稿と同じだ」


 かつての部下たちは、彼の次の命令を待っていた。


『代表。私たちは参加すべきですか』


「俺はもう代表ではない」


『では、皇カイト個人として』


 彼は数秒黙った。


「俺は参加する。怖いし、成功率が下がる選択だと思っている。それでも、自分の判断で三十秒を持つ」


『それは推奨ですか』


「違う。俺の回答だ。君の回答は君が決めろ」


 命令に慣れた側も、急に自由になれば困る。

 考える時間を与えることも、支援の一つだった。


 参加しない人の窓口には、別の相談が殺到した。


『持病があって負担に耐えられません』

『乳児を抱いています』

『怖くて押せません。でも何もしないのも怖い』


 キューは第三の選択肢を追加する。


 《出演者を支える》


 直接負担は引き受けない。

 代わりに、参加者が倒れた場合の連絡、水分、避難、子どもの見守りを担う。


「出演者だけが偉い公演にしない」


 凪が説明文へ書く。


「舞台へ立たない人にも仕事はあるし、何もしないで休む権利もある」


 ある母親は参加ボタンから指を離した。


『私が倒れたら、この子を抱く人がいない』


「それが今の役割?」


『役と言われると嫌だけど、私が選んだことです』


「では、それでいい」


 別の町では、歩けない老人が近所の若者へ電話をかけた。


『わしは参加せん。お前が参加するなら、三十秒後に生きてるか確認してやる』


『素直に心配って言えよ』


『通話料がもったいない。早く決めろ』


 支援登録は一億を超えた。

 直接参加は増えない。


「数字としては失敗です」


 キューが言う。


「でも参加者の撤回率が下がりました。待っている人がいると分かったからです」


 三十秒だけでも、一人で耐える必要がない。


 さらに、障害や年齢を理由に参加を自動拒否されていた人々から異議が届く。


『危険を説明したうえで、私にも選ばせてください』


 医療班が負担を三段階へ分けた。

 身体負荷を受ける。

 記憶変動だけを受ける。

 舞台装置の監視を担う。


 全員へ同じ三十秒を押しつけず、本人が引き受けられる形を選ぶ。


 参加希望は四千二百万。

 四千八百万。


 増え方は遅い。

 だが、命令で作った数字ではなかった。


 必要数の三分の一を越えた。


 キューの身体が点滅する。


「公演停止負荷が上昇」


「交代できない?」


「舞台監督が私一名です」


 また一人へ集中している。


 奏太たちへ操作権を分ける。

 照明、幕、非常口、時間計測。


 キューの負担は少し下がった。


「一億人が集まる前に、お前が消えたら」


「公演再開。凪さんが犠牲になります」


「消えさせない」


「保証は?」


「ない。交代を増やす」


 世界中の舞台技術者が、キューの指示で制御卓へ入る。


 名前のなかった端末が、自分の仕事を人へ教える。


 残り十五分。


 参加希望は六千万人。


 観客席のまま待つ八十億人へ、最後の選択画面が静かに表示された。


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