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「お前は犠牲者役だ」と捨てられた俺、ラスボスと配役を交換する ~役なし《代役》は、世界最強ヒロインと台本どおりに死なない~  作者: michael


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第二十五話「演出家も、誰かに配役されていた」

第二十五話 演出家も、誰かに配役されていた


 カイトは、母親の最期を二十年間見続けていた。


 避難門。

 持ち場を離れた救助者。

 閉じる出口。


 《全員が役を守れば助かった》


 その字幕だけが、何度も記憶へ入る。


 キューが元映像を復元した。


 字幕の消された最後の十秒。


 カイトの母親は、出口管理席を離れていた。


 瓦礫の下にいる幼いカイトを助けるために。


『門は自動で一分保つ! 誰か代わって!』


 叫んでいる。


 だが誰も聞けなかった。

 混乱の中で、交代の仕組みがなかった。


 母親はカイトを外へ投げ、戻ろうとして間に合わなかった。


 最期の言葉も残っている。


『一人へ任せちゃ駄目』


 カイトの信じた教訓と、逆だった。


「ディレクターが消したのか」


「あなたを《演出家》へ適合させるためです」


 キューが答える。


 カイトは長く黙った。


「では、俺の判断は操られていた?」


「役は欲望を強化します。選択そのものを奪ったわけではありません」


「都合よく無罪にはしてくれないか」


「私は端末ですので」


「正しい」


 復元映像には、さらに二十三秒残っていた。


 母親が出口管理席を離れる直前、清掃服の男へ鍵を投げている。


『赤いレバーを下げて!』


 男は鍵を受け取り、席へ走る。

 だが管理画面は彼を拒否した。


 《出口管理者ではありません》

 《権限のない者による操作を禁止します》


『代わってって言われた!』


 何度叫んでも認証されない。

 その三秒の間に、避難門が閉じた。


 カイトの顔から血の気が引く。


「母は、役を捨てたから失敗したのではない」


「交代したかった。でも交代を受け取る仕組みがなかった」


 俺が答える。


「俺は二十年、その逆を作った」


 一人へ権限を集中する。

 持ち場を離れないよう固定する。

 代わりを認めない。


 母親の死を防ぐつもりで、母親を殺した仕組みを完成させていた。


「清掃員の名前は」


 カイトが聞く。


 キューが欠けた記録を探す。


「役名のみ。《清掃員一名》」


「また名前がない」


 凪が映像を拡大する。

 胸の名札は煤で読めない。

 代わりに、男が最後まで握っていた鍵へ小さな番号がある。


 元施設職員へ照会する。

 返事はすぐ来た。


『夜間清掃の田所勇さんです。あの日、避難者を十七人外へ出して、自分は戻りませんでした』


 スタッフロールへ、新しい名前を足す。


 《田所勇――渡された鍵を、最後まで離さなかった》


 カイトはその一行を何度も読んだ。


「俺の記憶には、勝手に持ち場へ入った男として残っていた」


「本人の言葉は」


「一つもなかった」


 映像の音量を上げる。

 門が閉じる直前、田所は幼いカイトへ叫んでいた。


『お母さんは逃げたんじゃない! 君を助けた!』


 その声も、字幕に消されていた。


 カイトは目を閉じる。


「今、泣きたい?」


 凪が聞く。


「分からない」


「では、分からないままでいい」


「慰めないのか」


「私を世界の鍵にしようとした人だから、今すぐ優しくする役はやらない」


「正しい」


「でも、話は聞く」


 カイトは凪へ向き直った。


「君を一人の人間より、三千万人を救う数として見た」


「うん」


「今も、計算をすれば君を選ぶべきだと思う部分がある」


「そこまで正直に言う?」


「隠して近づく方が危険だ」


「それはそう」


「謝る。だが許しは求めない。俺がまた数字だけを見たら、権限を奪ってくれ」


 凪はすぐ頷かなかった。


「奪う役を、私一人へ渡さないで」


「では」


「みんなが止められる記録を残す。私がいない時も」


 カイトは最終稿の管理鍵を六つに分けた。

 俺、ミオ、凪、バン、キュー。

 最後の一つは、公開監査回線へ置く。


 一人が止めても、他の五人が理由を確認できる。

 一人が再開しようとしても、記録が残る。


「信頼しない仕組み?」


 ミオが聞く。


「信頼を、一人の善意へ任せない仕組みだ」


 カイトは初めて、自分が間違える前提で権限を設計した。


 それから最終稿を閉じる。


「零を犠牲者へ固定したのは、俺だ。凪を鍵にしようとしたのも」


「今、何をしたい」


 凪が聞く。


「世界を壊したくない」


「そのために私を殺したい?」


「……今は、別の結末を探したい」


 初めて、確率ではなく希望を口にした。


 ディレクターがカイトの身体を拘束する。


 《演出家の職務放棄を検知》

 《代替人格を起動》


 金色の糸が手足へ刺さる。


 カイトは自分の剣を俺へ投げた。


「最終舞台への鍵だ」


「お前は」


「演出家として先に入る。まだ降板できない」


「助ける役はするなって言われてる」


 凪が言う。


「だから聞く。手伝ってほしい?」


 カイトは苦笑した。


「ああ。俺がまた一人を選びそうになったら、止めてくれ」


「了解」


 世界中の空に、最後の舞台が現れる。


 巨大な円形劇場。

 観客席は人類全員。


 配役表が開く。


 《最終公演》

 《主役――天城ミオ》

 《敵役――鳴海零》

 《演出家――皇カイト》

 《犠牲者――鳴海凪》

 《悪役――犬飼バン》

 《名前なし――進行補助端末Q》


 《幕引き――犠牲者の死亡により世界を固定》


 凪が自分の名前を見上げる。


「やっぱり、私なんだ」


「殺させない」


「それだけじゃ足りない」


「分かってる」


 誰か別の犠牲者を探さない。


 犠牲者という役そのものを、舞台から消す。


 最終公演の幕が上がった。


    ◇


 最終公演まで、十二時間。


 俺たちは一度だけ家へ帰った。


 三年前から止まったままの鳴海家。


 凪の靴は小さすぎる。

 机の教科書も、冷蔵庫に貼った学校予定も、失踪した日のまま。


「片づけたかった?」


 凪が聞く。


「触ったら帰ってこない気がした」


「迷信」


「知ってる」


 凪は自分で部屋を開ける。


 昔の制服。

 ぬいぐるみ。

 途中まで読んだ漫画。


「全部、残したいわけじゃない」


「捨てる?」


「一緒に選ぶ。今日は時間ないから後」


 未来へ片づけの予定を入れる。


 台所で卵焼きを作った。


 今度は火を弱める。

 少し形が崩れたが、焦げていない。


 凪、俺、ミオ、バン、キュー。

 カイトは遅れて来た。


 金色の糸を切った代償で、右手が動かない。


「敵の家へ夕食に来るとはな」


「最終舞台の前に、空腹を避ける合理的判断だ」


「それを言わないと食べられない?」


 凪が聞く。


 カイトは少し考える。


「一人で食べたくなかった」


「なら合格」


 全員で食卓を囲む。


 バンは卵焼きを一口で食べる。


「うまい!」


「ちゃんと味わって」


「もう一個!」


「一人二個」


「悪役差別!」


「元悪役」


 キューの前にも小皿がある。


「端末に食事は不要です」


「置くだけ」


 凪が一切れ載せる。


 キューは誰も見ていない瞬間に、ほんの少し触れた。

 ヘッドセットに黄色い光が走る。


「味覚データを検出」


「どう?」


「塩分、糖分、たんぱく質」


「感想」


「……温かいです」


 それで十分だった。


 ミオの肩はまだ上がりきらない。


「最終舞台で剣を使える?」


 俺が聞く。


「片手なら。でも使わない方法も探す」


「怖い?」


「前より。補正がないから」


「俺も代役を封じられる可能性がある」


「なら二人で弱い」


「励まし?」


「事実。三人と一端末もいる」


 バンが口いっぱいで親指を立てる。

 凪はハサミの代わりに普通の工具箱を持つ。

 カイトは動かない右手へペンを結ぶ。


 一人ずつ、不完全なまま行く。


 食後、俺は全員へ尋ねた。


「最終舞台へ行きたい?」


 義務ではなく確認する。


 ミオは「行く」。

 凪は「自分の役を破る」。

 バンは「仲間として行く」。

 カイトは「自分の最終稿を止める」。


 キューだけ答えに迷った。


「端末は――」


「定型文以外」


「……最後まで、舞台を見届けたいです」


「了解」


 玄関を出る。


 凪が鍵を閉めた。


「いってきます」


「いってらっしゃい、は帰ってから言う側が必要だ」


 近所の老夫婦が、門の前で待っていた。


「鍵は預かる。全員帰ってきな」


 簡単な言葉だった。


 俺たちは自分の足で、空に浮かぶ最終舞台へ向かった。


 門をくぐる直前、カイトが言う。


「零。凪を犠牲にすれば、本当に世界が助かる場合は」


「それでも別の方法を探す」


「時間がなくても?」


「本人に聞かずには決めない」


 凪が答える。


「私は死にたくない。世界も壊したくない。両方言う」


 カイトは頷く。


「なら、その二つを最終稿にする」


 出発前、各自が一つだけ持ち物を選んだ。


 ミオは木桶。


「聖剣より?」


「自分で勝った武器」


 バンは修理途中の盾。


「壊れてるぞ」


「直る途中の方が、今の俺に似てる!」


 凪は弁当箱。


「ハサミはない」


「なくても持っていきたい物はある」


 カイトは母親の音声を入れた古い端末。

 聞くたび苦しい。それでも、削除されたままにしないため持つ。


 キューはガムテープ。


「最終舞台でも?」


「世界規模設備ほど、応急修理が必要です」


 俺には選ぶ武器がなかった。


 凪が奏太の工具箱を渡す。


「借り物」


「返す予定がある方がいい」


 工具箱の底に、奏太から紙が入っていた。


 《役がなくても、ねじは締められます》


 全員の端末へ、帰還後の連絡先を登録する。


 意識不明になった場合。

 記憶を失った場合。

 別の役へ人格を奪われた場合。


 誰が本人確認をするか。

 何を勝手に決めてよいか。

 何は本人が起きるまで待つか。


「最終決戦前に事務手続きか」


 バンがぼやく。


「帰ってから困らないため」


「縁起がいいな!」


 ミオは自分の欄へ書く。


 《主役へ戻そうとしない》

 《剣を握らせる前に希望を聞く》

 《零が一人で残ろうとしたら止める》


「最後はお前の手続きじゃない」


「重要事項」


 俺の欄には凪が書く。


 《兄役を理由に決めさせない》

 《でも家族として心配するのは可》


 カイトの欄は本人が長く空けた。


 最後に一行。


 《数字だけで決めていたら、名前を読ませる》


 バンは《大声で呼ぶ》。

 キューは《個体名を消さない》。


 準備が終わる。


 最終舞台の門が開く。


 向こうから、完璧に揃った拍手が聞こえた。


 門が閉じる。


 八十億の観客が待つ劇場へ、六人が降り立った。


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