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「お前は犠牲者役だ」と捨てられた俺、ラスボスと配役を交換する ~役なし《代役》は、世界最強ヒロインと台本どおりに死なない~  作者: michael


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第二十四話「妹が、小道具を捨てる日」

第二十四話 妹が、小道具を捨てる日


 凪には、一人だけ現実へ帰る方法があった。


 銀のハサミで、自分専用の出口を切る。


 ただし使えば《小道具持込》は完成し、ノークレジットの通路は永遠に閉じる。


「使わない」


 凪は三年間、同じ答えを選んできた。


 だが最適配役が始まり、舞台裏の削除速度は限界に達した。


 残った避難者は四百三十一人。

 出口を作る時間はない。


 ディレクターが提案する。


 《鳴海凪が帰還すれば、他の者へ安楽な消去を提供します》


「安楽ってつければいいと思ってる」


 凪は笑った。


 俺はハサミを取ろうとする。


「代わりに俺が残る」


「また始まった」


「今は役じゃない」


「だから余計に悪い。お兄ちゃん本人が、同じことを言ってる」


 凪は俺の額を指で弾いた。


「一人分の出口を、四百三十二人で使う方法を考える」


 ハサミの能力は、小道具を一つ持ち込むこと。


 物ではなく、《出口》そのものを小道具として舞台へ入れる。


 ただし大きさが足りない。


「切って分ける」


 凪は銀のハサミを分解した。


 刃。

 ねじ。

 持ち手。

 魔力核。


 四百三十二の小さな欠片にする。


 一人へ一片ずつ渡す。


「技能が壊れるぞ」


「小道具は、使われるためにあるんでしょ」


 全員が欠片を掲げる。


 一つでは扉にならない。

 四百三十二人が同時に、自分の帰りたい場所を思う。


 細い光が集まり、巨大な幕になる。


 《共同小道具――出口》


 ディレクターが削除を開始する。


 凪の指先が透けた。


「先に行け」


「一緒に!」


 今度は俺が、妹の言葉を聞く。


「分かった」


 二人で幕へ入る。


 四百三十二人全員が、廃体育館へ落ちた。


 銀のハサミは消えた。


 凪の《小道具持込》も表示からなくなる。


「後悔は」


「ある」


「あるのか」


「便利だったもん。でも、あれがなくても私が助けた人は消えない」


 俺は弁当箱を返す。


「これは持ち込んだ物じゃない。俺が持って帰った」


 凪が受け取る。


「卵焼き、作る?」


「今夜」


「焦げたら」


「食べて」


「努力する」


 初めて、三年前の続きを約束できた。


 体育館の大型画面にカイトが映る。


 彼は《最終稿》の中で、自分の名前を見つめていた。


 《演出家――皇カイト》

 《本人の降板権――なし》


「カイトも、役から逃げられない」


 キューが言う。


 凪は弁当箱を抱えた。


「じゃあ次は、あの人へ本人の希望を聞く番だね」


    ◇


 四百三十二人が帰還した後、廃体育館は夜まで騒がしかった。


 受入登録。

 健康確認。

 名前の照合。


 本人が望むまで家族へ連絡しない人もいる。

 死亡認定をすぐ取り消さない人もいる。

 帰ったことを公開したい人、隠したい人。


 凪は一人ずつ希望を聞いた。


「休め」


 俺が言う。


「あと七人」


「交代」


「私が一番事情を」


「三枝千春も、キューもいる」


 凪は反論しかけ、やめた。


「分かった。三十分」


 一人で背負わないことを、妹にも返す。


 体育館の裏で、三年ぶりに外の夜空を見る。


「星、少ない」


「舞台裏より?」


「あっちは作り物だから、毎晩満天」


「こっちの方が嫌?」


「ううん。見えない日がある方が、本物っぽい」


 凪の端末は三年前のままだった。


 友人から未読メッセージが何千件も届く。


 《どこにいるの》

 《帰ってきて》

 《生きてるなら返事して》


 一番新しいものは昨日。


 《今年も誕生日おめでとう》


 凪の指が止まる。


「会う?」


「怖い」


「うん」


「三年分、相手は進んでる。私も進んだ。前と同じ友達になれないかも」


「同じでなくていい」


「簡単に言う」


「俺も今、そう思えるようになったところ」


 凪は短い返信を打つ。


 《生きてる》

 《今は説明できない》

 《会いたい。でも少し待って》


 すぐ既読がつく。


 《分かった》

 《返事だけで百点》


 凪が泣く。


 俺は抱きしめようとして、先に聞く。


「触っていい?」


「今は」


 妹が自分から肩へ額をつける。


「三十秒だけ」


 時間を測らず待った。


 体育館へ戻ると、バンが大鍋を用意していた。


「帰還祝いだ!」


「四百人分ある?」


「ない! 薄める!」


 元王子が野菜を切り、元魔女が火加減を調整する。

 帰還した人々が、自分で手伝う量を選ぶ。


 凪は台所で卵を見つける。


「練習する」


 小さな卵焼きを一本作った。


 焦げた。


「三年で下手になった?」


「舞台裏の卵は小道具で、火を通す必要なかったの!」


 俺は一切れ食べる。


「昔と同じ」


「褒めてない」


 ミオも食べる。


「私は好き」


「味覚、大丈夫?」


「好きな物は、自分で決める」


 凪は照れたように二切れ目を取った。


 帰る後の生活が、少しだけ始まる。


 その中心で、キューが最終稿を解析していた。


「演出家の降板権が削除されています」


「カイト本人の希望を確認する」


 俺が通信を開く。


 画面の向こうで、彼は金色の糸に両手を縛られていた。


「皇カイト。お前は今、何をしたい」


 役ではなく、本人へ初めて同じ質問をした。


    ◇


 画面の向こうのカイトは、すぐに答えなかった。


 金色の糸が彼の口を動かす。


『私は世界の安定を優先する』


 本人の目だけが、言葉を否定している。


「瞬きを使って」


 凪が言う。


「はいは一回。いいえは二回」


「子ども向けの尋問か」


 カイトは一回瞬く。


「今の台詞は、役?」


 一回。


「凪を犠牲にしたい?」


 二回。


「世界を不安定にしたい?」


 二回。


「別の方法を探したい?」


 一回。


 言葉を奪われても、選択は残っていた。


 キューが映像の背景を拡大する。


 カイトの背後に、古い避難門の記録。

 彼の母親が死んだ災害だ。


「ディレクターは、同じ映像を繰り返し見せています」


「役を強めるため?」


「演出家が迷うたび、《役を守らなかった結果》として再生」


 凪が眉を寄せる。


「音がない」


 映像には口を動かす母親がいる。

 だが何を言ったか記録されていない。


「元データはどこ」


 キューが自分の胸を指した。


「初期端末の一部として、私の記憶領域に保存されています。ただしアクセス権がありません」


「誰なら開ける」


「演出家」


 カイトの右手は糸に縛られている。


 凪が弁当箱を画面へ見せる。


「小道具能力はなくなった。でも、これは実物」


 箱の底へ、三年前カイトが書いた文字があった。


 《凪へ。零が焦げさせた卵焼きは残していい》


 失踪当日の朝、彼も家にいた。


「カイト。お母さんの映像だけじゃなく、自分が役になる前の記憶を思い出して」


 カイトの指がわずかに動く。


 金色のペンを逆手に持つ。

 自分の掌へ突き刺した。


 痛みで糸の制御が一秒外れる。


「キュー。初期記録の閲覧を承認する」


 画面に大量のデータが流れる。


 母親の音声。

 削除された避難記録。

 演出家役の選定理由。


「送信する」


 データがこちらへ届く。


 直後、カイトの口が再び役へ奪われた。


『鳴海凪を連れて最終舞台へ来い』


 凪は画面へ答える。


「行く。でも連れていかれるんじゃない。自分で行く」


 通信が切れる。


 俺たちは、カイトが命をかけて取り戻した母親の最期を再生した。


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