第二十一話「主役は、助けを求める」
第二十一話 主役は、助けを求める
舞台下には、役の光が届かなかった。
代わりにミオの血が、黒い床へ広がる。
「剣を抜くな」
俺は服を裂き、肩を圧迫した。
「役が戻ったら、また動く」
「先に死ぬ」
「主役は死なない」
「今のお前は、ただの怪我人だ」
ミオが目を閉じる。
強制された《主役》は、助けを求められない。
痛みを隠し、自分で立ち、最後まで中心にいなければならない。
舞台上から光が差す。
《主役へ復帰すれば、外傷を即時修復します》
「戻れば治る」
凪が言う。
「でも零を殺す」
ミオの右手が、剣の柄へ伸びる。
俺は手首を押さえた。
「選べ」
「治りたい」
「うん」
「零を殺したくない」
「うん」
「怖い」
主役役へ亀裂が入る。
ミオは俺ではなく、仲間全員を見る。
「助けて」
その一言で、役札が割れた。
主役は助けを求めない。
だから今の言葉は、天城ミオ本人のものだった。
「任せろ!」
バンが剣を固定したまま彼女を抱える。
凪が非常通路を切る。
キューが誰にも見られない隙に、救護室の鍵を開ける。
中には舞台用の偽物の薬しかない。
「現実の救急へつなぐ」
俺は配信端末を起動した。
世界の敵の位置が知られる。
それでも助けを求める。
「天城ミオが負傷。肩部貫通。舞台下第三通路。救護できる人を探してる」
一秒で、三枝千春から返事が来た。
『映像を見せて。指示する』
止血。
固定。
意識確認。
役の奇跡ではなく、人が覚えた手順で命をつなぐ。
十五分後、相沢咲が描いた避難図を持つ救助隊が到着した。
最適配役を拒否した医師たちもいる。
「世界の敵を助ければ、役を失うぞ」
追跡部隊が警告する。
三枝千春が答えた。
「医者だから助けるんじゃない。今、助けたい患者がいるから来た」
追跡役と救護者が衝突する。
ミオが担架の上から配信カメラを見る。
「私は世界最強ではなくなりました」
コメントが止まる。
「主役補正も、スポットライトも戻しません。失敗します。負けます。助けを求めます」
弱い声でも、世界中へ届いた。
「それでも私について来る人は、観客ではなく、自分で選んでください」
視聴者数が半分へ落ちた。
残った一千二百万人の頭上から、《観客役》が消える。
代わりに、小さな文字が現れた。
《協力者――本人希望》
追跡部隊の中からも、武器を下ろす者が出る。
キューが驚いた。
「役を与えず、関係だけが登録されています」
「それでいい」
ミオは俺の手を握った。
「次は零が助けてって言う番」
「必要なら」
「必要になる前に」
答える前に、舞台全体が揺れた。
ディレクターが、役なしの協力者を異常として排除し始めた。
◇
救護室の扉は、主役の決め台詞では開かなかった。
代わりに、廊下にいた全員の声へ反応した。
「救護室を開けて!」
三枝千春。
高瀬修司。
元観客の協力者。
役のない人々が、同じ要求を別々の言葉で送る。
扉の認証が過負荷を起こす。
《主役一名を確認できません》
《救護希望者 一万二千四百名》
《例外処理》
扉が開いた。
ミオは現実側の手術室へ運ばれる。
肩の血管と筋肉を損傷していた。
主役補正を戻せば一秒で治る。
普通に治療すれば、剣を以前どおり振れる保証はない。
「本人へ説明」
修司が選択肢を示す。
「役による即時修復。通常手術。応急処置だけして後で決める」
ミオは迷った。
「剣が使えなくなる可能性は?」
「ある」
「配信は」
「身体が回復すればできる。ただしリハビリが必要」
「通常手術を」
自分で選ぶ。
「零」
手術室へ入る前に呼ばれる。
「何だ」
「待ってて」
「待つ」
「勝手に戦いへ行かないで」
「状況による」
「恋人候補への約束」
「候補だったのか」
「今決める余裕ないから保留」
「分かった。ここにいる」
手術は二時間かかった。
その間、ディレクターの排除が始まる。
協力者として登録された人々の端末が停止。
銀行口座、病院予約、職場記録から名前が外される。
役を持たない者を、社会のシステムが処理できない。
「名前を別の一か所へ集中させるな」
凪が指示する。
家族、友人、職場、地域。
一人の情報を複数へ分けて保存する。
咲は顔を描く。
奏太は端末を分散接続する。
るかは学校の名簿へ手書きで記録する。
デジタルから消されても、紙、声、記憶へ残る。
俺は世界の敵なので、表へ出れば攻撃が集中する。
待つしかない。
椅子へ座り、何度も立ち上がりかける。
凪が隣へ来た。
「待つの、下手」
「何かした方が早い」
「今は、しないのが仕事」
「役みたいに言うな」
「じゃあ希望。私は、お兄ちゃんにここにいてほしい」
座り直す。
手術室の灯りが消える。
ミオが担架で出てきた。
まだ眠っている。
医師が成功を告げる。
剣を完全に戻せるかは、リハビリ次第。
「世界最強へ戻らないかもしれない」
「本人が起きてから話す」
俺は結果を先に決めなかった。
翌朝、ミオが目を開ける。
「腕、動く?」
「指は」
ゆっくり曲げる。
「怖い?」
「怖い」
「助けてほしいことは」
「水」
俺はストローを差す。
小さな願いから口にする練習。
「次」
「髪が顔にかかってる」
直す。
「次」
「零がここにいて」
「いる」
ミオは安心して目を閉じた。
そのとき、病室の壁へ非常口が現れる。
《脱出条件》
《悪役・犬飼バンが仲間を裏切ること》
ディレクターは、今度はバンの役を使おうとしていた。
◇
壁の非常口を見たバンは、笑わなかった。
「裏切れば、全員逃げられる」
「台本上は」
「俺が殴るふりをしても?」
キューが判定する。
「悪役本人に、仲間を売ったという認識が必要です」
「演技では駄目か」
「本気で裏切る必要があります」
病室にいた協力者たちへも選択肢が出る。
《犬飼バンを説得してください》
《成功すれば、あなたの役を保護します》
一人が口を開く。
「あなた一人が裏切ったことにすれば、何百人も助かる」
バンの顔が強張る。
昔なら受け入れただろう。
自分だけ悪役になれば分かりやすい。
他人の選択も罪も、全部引き受ければいい。
「嫌だ」
低い声で答える。
「俺は、お前らを助けたい。裏切りたいとは思わん」
「気持ちを変えれば」
「そのために自分へ嘘をつくのも、役へ従うのと同じだ」
別の協力者が言う。
「では、私たちがここへ残ります。あなたたちだけ逃げて」
「それも嫌だ!」
バンは非常口を盾で殴る。
開かない。
「条件を選ぶんじゃなく、扉を壊す!」
補正のない腕では、亀裂一つ。
俺たちも加わる。
凪は工具。
キューは蝶番。
協力者はベッドを運び、てこの原理で押す。
扉は少しずつ歪む。
ディレクターが警告する。
《規定外の脱出》
《成功率 一二%》
「ゼロじゃない!」
バンが叫ぶ。
最後の一撃で扉が外れる。
向こうに出口はなかった。
代わりに、一人ずつ違う扉が並んでいる。
自分の違反と責任へ戻る道。
「全員一緒の近道はない」
ミオが病室から出てきた。
肩を固定し、まだ歩くのも苦しい。
「でも、それぞれの道ならある」
バンの扉には《裁判所》。
彼は一度だけ俺たちを見る。
「逃げない」
「俺たちも、各自の扉を行く」
全員が、他人の罪を一人へ集めず、自分の扉の前へ立った。




